まあ、いいか

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簡単には変わらない

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 知らんぷりをしたい気持ちは強くても他に人がいるので応じる以外に道はなく、渋々ジューリオに向いたジューリアは心が籠らない挨拶を述べた。大根役者でもまだマシな声を出すぞと言いたくなる棒読みにヴィルは笑い、ジューリオはジューリアに負けず嫌そうな顔を隠そうともしない。


「此処で何をしている」
「天使様に呼ばれたんです」
「お前みたいな奴を?」


 翡翠の宝石眼が笑みを浮かべるヴィルへ移り、すぐにまたジューリアに戻った。


「お前は帰れ。大体お前みたいな無能が何故——」

「ジューリオ、さっきから聞いていれば、その口の利き方はなんだ」
「あ、兄上」


 やはり、似ている男性はジューリオの兄だった。第一皇子。険しい顔付きでジューリオを叱る姿は皇子というより、何処にでも兄にしか見えない。


「彼女はジューリア=フローラリア嬢、お前の婚約者になったご令嬢だろう。なのにその言葉遣いはなんだ」
「だ、だって、初めに態度が悪かったのはこいつの方で……」
「そうだとしても、お前が原因ではないのか? さっきの口振りからするに、先に失礼な態度を取って嫌われたのではないか」
「っ、こんな魔法も癒しの能力も使えない無能なんかと婚約させられた僕の気持ちなんて兄上に分かるもんか!」
「ジューリオ!」


 走り去ったジューリオを第一皇子は追い掛けて行った。側にいた護衛騎士達も後を付いて行く。残ったジューリアとヴィル、ミカエルはその背中を見送った。


「騒がしいね皇族は」
「第二皇子があんなだから、第一皇子も酷いのかなって予想してたけど、普通にまともだったんだ……」
「第二皇子様の場合は、優秀過ぎる第一皇子様に尊敬と劣等感を持ってるから。魔力しか取り柄のないジューリアという婚約者を付けられて第一皇子様に失望されたくなくて取った態度が裏目に出たね」
「そうかな? あの感じからすると私が婚約者でも第一皇子は何も思わなさそうだけど」


 突然現れた台風はあっという間に別方向へ行ってしまった。気を取り直し、パンを買いに行こうと歩き掛けた時、ジューリオを追い掛けて行った第一皇子が護衛を連れて戻ってきた。側にジューリオはいない。呼び止められたジューリアは急に謝罪され、瞬きを繰り返した。


「弟が申し訳なかったジューリア嬢。代わりに謝らせてほしい」
「いえ……本当の事なので気にしないでください。大体無能だなんだと言われるのは慣れっこなので気にしてませんよ」
「良くない。魔法や癒しの能力を使えないのは君のせいじゃない。必ず理由がある。民の手本となるべき皇族が他者に対し、あのような態度を取るのは褒められたものじゃない。ジューリオには後日謝罪に行かせる」
「いいですよ、許します。だから来なくてもいいです。仲良くなる気は元からないので」


 最初がアレだったせいで抱いた期待も面食いの性質も全て消え去った。多少なら我慢しても、露骨に嫌いという雰囲気を出されると面食いジューリアもお断りだ。歩み寄る気が更々ないジューリアに第一皇子は深い溜め息を吐いた。恐らくだがジューリオも似たような態度だったのだろう。謝罪に来たとしてもどうせ嫌々なのは目に見えている。なら、お互い必要最低限の接触に抑えるべきだ。


「君達二人は婚約したんだよ?」
「あの殿下の事ですから、皇帝陛下に認められる相手をきっと見つけますよ。最初から義務を果たす気も上辺だけでも取り繕う気のない殿下とずっと婚約するのは嫌ですし、結婚するのはもっと嫌です」
「……ジューリオには必ず謝罪させる。ジューリア嬢も貴族なら政略結婚の重要性は分かっているよね?」
「分かっています。なら、私より私の妹の方が良いと思いませんか?」


 魔力しか取り柄のないジューリアと違い、魔法も癒しの能力も使えるメイリン。特に癒しの能力に関しては母マリアージュ以上の才能を持っており、練習を怠らなければ立派な能力者となる。皇族としても利が多いメイリンを第二皇子の婚約者とするべきなのだ。


「私からは何とも言えない。父である皇帝の決定だからね」
「まあ、私は気にしませんよ。早く殿下が私以外の人を見つけてくれるよう祈っておきます」
「ジューリア嬢……」


 何とも言えない顔をする第一皇子に一礼した後、静観しているヴィル達を連れて今度こそパン屋へと向かった。


 街を歩いていると隣に来たヴィルに「ジューリアは頑固だねえ」と苦笑された。


「第二皇子様が改心するとは思わない?」
「思わない。ああいう相手は死ぬまで変わらない」
「前の君の家族がそうだったから?」


 そうだよ、と頷いた。しおらしい顔で謝っても、次の日には忘れたように暴力をふるわれた。父に言いつけてもお前が悪いで終わり、兄達には言い触らした罰として食事を捨てられたり、学校に必要な物を壊され捨てられる等の嫌がらせが酷くなった。父方祖父母だけでも味方になってくれていて良かった。友人の小菊一家がどれだけ助けてくれても身内ではないので踏み込んだ部分までは手を出せない。
 前の家族は本当に今どうしているのだろうと零した。邪魔者樹里亜がいなくなって乾杯してそうと言うとミカエルが引いていた。


「してそうなんですもの」
「君の言う通りなら、人間としてどうかと」
「お母さんを殺した私がそれだけ憎いって事ですよ」
「出産が命懸けなのはどんな母親だって同じです。父親とて、二度も出産をしている妻を見ているなら、出産のリスクを知っている筈です」
「知っていても私を出産するまでは母子共に健康だったんですから、人間、いざ体験しないと分からないものでは」
「……」


 まだ何か言いたげな顔をされるも、歩いている内にパン屋へ到着。距離が近付くにつれ届くパンの香りに期待度は大きい。扉を開けて入ると店内は美味しいパンの香が充満しており、客数もそこそこ。魔法で浮かせパンを選んでいくようで、食べたいパンをヴィルに言って浮かせてもらう。


「ヴィルとミカエル様はどうするの?」
「俺はタマゴが載ったパンにしようかな。ミカエル君、どれにする?」
「私は結構です」
「折角人間界で生活するんだから人間の食べ物を沢山食べようよ。固いなあ君は」
「遊びに来ているのではありませんよ、ヴィル様」
「はいはい」


 食べないと言っているミカエルの分も勝手に選び浮かせていき、会計を済ませ、パンを袋に詰めてもらうと店を出た。さっきまでいた部屋で食べようと大教会へ戻った。裏側に回って建物内に入った。


「飲み物も欲しいよね。神官様に言って厨房を借りてくるね」
「俺も行こうか?」
「一人で平気。ヴィルとミカエル様は部屋に戻ってて」


 途中で別れ、通りかかった神官に厨房の場所を聞き、飲み物の用意を始めた。出す相手が相手なので神官も手伝う。


「あ」
「どうしました」
「珈琲と紅茶が切れていたようです。すぐに買いに行きます」
「特に指定はないからジュースでも大丈夫ですよ。何かありますか?」
「朝市で買ったリンゴジュースがあります。これを出しましょう」


 子供や大人にも好まれるリンゴジュースなら、出しても問題はない。三つのグラスを用意し、リンゴジュース瓶の蓋を開けてグラスに注いでいく。グラスをトレーに載せ、持ち上げたジューリアだが意外に重く、腕が震えているのを見兼ねた神官が持ってくれた。お礼を言い、二人が待つ部屋へと戻った。


「ヴィル、ミカエル様、飲み物を持って来ました……え」


 室内にヴィル、ミカエルはいた。
 他にもいた。
 パン屋へ行く前にひと悶着あったジューリオと第一皇子がいた。ジューリオはさっきの態度とはまるで違い、俯いて落ち込んでいて。第一皇子はジューリアに座るよう勧め、神官からグラスを貰ってヴィル、ミカエルに渡した後自分の分も取りヴィルの隣に座った。


「君に謝罪するまで城に戻るのをジューリオに禁じてね。どうか、ジューリオの謝罪を聞いてやってほしい」
「気にしてませんし言われ慣れてますから要りませんよ。連れて帰ってもらって大丈夫ですよ」
「そうはいかない。このままでは、君達の仲は悪くなる一方だ」
「元々、殿下に仲良くなる気が更々ないので無理な話ではありませんか」
「……ジューリオ」


 俯いたままのジューリオは兄皇子に背を押され、前へ来ると顔を上げた。雰囲気と同じで相当叱られたのか落ち込み具合が激しい。さっきまでの嫌々丸出しの相貌は消え、申し訳なさげな面をし、ジューリアに謝った。尊敬する第一皇子から促されたとは言え、簡単に謝ったジューリオに面食らうジューリア。だが、すぐに真顔になった。
 過去の経験から、これはほんの一時凌ぎで翌日になればすっかりと頭から抜け落ちている。


「殿下の謝罪は受け取りました。なので、これ以降はお気になさらず」
「き、昨日もすまなかった。僕は……」
「良いですよ。さっきも言いましたが慣れているので気にしていません。なので殿下もお気になさらず」
「お前がそうでも、フローラリア家は……」
「公爵家の事もお気になさらず。私はいてもいなくても同じ存在なので」
「……」


 セレーネとミリアムの件から急に距離を縮めようとするが先に遠くへ行ったのは向こう、今更歩み寄る気はない。またがある可能性は消えない。何とも言えない顔をするジューリオと第一皇子。
 言い足りないらしいジューリオに納得してもらうには、先に折れないとならないと察したジューリアは再度気にしないで下さいと告げた。

 

 
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