まあ、いいか

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『異邦人』でも特に珍しい

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 昼。待っていたらヴィルの言っていた大教会からの使者はジューリアを訪ねた。純白の神官服に身を包んだ神官に挨拶を述べると早速大教会への同行を求められた。断るつもりは最初からないジューリアは手ぶらで使者と同じ馬車に乗り込んだ。
 大教会に到着すると馬車から降ろされ、此方ですと使者の後を付いて行った。正面は今日の祝福を授かに来た平民、貴族に分かれて並んでおり、平民の中には観光客もいる。行列の横を通って奥へ歩き、階段を上がって三階へ到着。すぐ近くにある扉をノックし、中からヴィルの声がした。


「失礼します」
「やあ、待ってたよ」


 室内にいるのはヴィル。ともう一人。
 薄い金髪の男性。アイスブルーの瞳がジューリアを観察するように眇める。顔を見るに先日ヴィルの側に現れた天使だ。という事は彼がヴィルの言うミカエル君となる。
 神官が去るとヴィルはこっちとジューリアを呼び、自分が座っているソファーの隣を叩いた。


「座って」
「うん」


 ヴィルの隣に座ると黙ったままの天使(仮)が口を開いた。


「ヴィル様、彼女が?」
「そう。俺が見つけた『異邦人』の女の子。しかも特に珍しい」
「珍しい?」


『異邦人』自体珍しいとは言われたがその中でも特にとはどういう意味なのか。
 ジューリアに向いたヴィルは頷いた。


「ジューリア。あのね、抑々『異邦人』は生前恵まれない環境にあった人間が主なんだ。君だってそうだろう?」
「うん」


 樹里亜の出産と引き換えに亡くなってしまった母。母を愛していた父や兄達から物心ついた時から冷遇され、特に兄達には執拗な虐めを受けていた。虐められてもお前が悪いと父は相手をしなかった。両家の祖父母や友人の小菊一家がいなければ、高校卒業等出来ていなかっただろう。小さな頃から死んでいたって変じゃない。
 前の家族から受けた仕打ちを話すと「なんと愚かな……」と天使(仮)は顔を顰めた。


「はは。人間って、愛する人を亡くした原因を憎む傾向にあるけど、その愛する人が遺した子供を憎むのはどうしてなんだろう」
「二度とお母さんに会えないからじゃない」
「そっか」
「私の前の家族だった人達がどうなってるかって、やっぱり分からない?」
「気になるの?」
「家族だった三人は心底どうでもいいけど、友達やおじいちゃんおばあちゃん達がどうしてるか気になって」
「気が向いたら探してあげる」
「ありがとう」


 多分だが前の自分は死んだ。死んだ後、親しい人達がどうなったかどうしても知りたい。無理を言っている自覚はあるが、頼める相手はヴィルしかいない。焦らず、のんびりヴィルの気が向くのを待とう。


「さっき、私が特に珍しい『異邦人』って言ってたじゃん? 結局、どういう意味なの?」
「『異邦人』は生前恵まれない環境にいた人が主だと言ったでしょう? 新しい人生では、恵まれなかった環境が恵まれた環境になるんだ」


 ジューリアの場合で言うと、前世家族仲に恵まれなかったので今世では仲の良い家族に恵まれる。筈が魔力しか取り柄のない無能、欠陥と失望され家族の枠から外された。
 ジューリアのように『異邦人』でありながら不幸な人はいない。にもかかわらず、ジューリアだけ不幸だ。性格のお陰か悲壮感はなくても。


「要は運がないってことよね」
「簡単に言えばそうなるね」
「前に言ってた家を出るの。ヴィルが小さくなったからすぐには無理だよね」
「大教会で住む? 俺がジューリアを気に入って離したくないと責任者に言ったら、君の家にも話がすぐに行くよ」


 大教会の責任者と言えば司祭がいる。年に一度、神の祝福を授かる為に大教会へ行き司祭に授けてもらうのが通例。見た目穏やかな好々爺。かなりの高齢だと聞いており、とある疑問をぶつけた。


「ヴィルは大教会の人にはなんて言ってるの?」
「現神に子供の姿にされた叔父さんって正直に答えたよ。嘘は言えないからね、俺は」
「……そっか」


 腰を抜かしていないといいが……。
 本物の天使は何度か見ていても、本物の神の一族までは見ていないだろう。
 慌てふためく人間達が面白かったとおかしく笑うヴィルと遠い目をするミカエル。きっと想像通りならさぞ大変だった筈……。
 大教会でヴィルと一緒に住むのは良案だ。ジューリアという問題児がいなくなれば、フローラリア家の空気も少しはマシになる。屋敷に戻ったら早速話してみる事にし、次は何を話そうかとヴィルは話題を探した。
 ふと、ミカエルから強い視線を受けた。


「どうしたのですか?」
「今まで悪魔に襲われた経験は?」
「ないですよ」
「そうか。ならいい」
「どういう意味です?」
「君程魔力が強いのに、魔法が使えないとなると悪魔達にとればまたとない餌となる」
「今までよく無事でいられたわね私……」


 魔法が使えない無能だから外の結界を一番薄くされていたのに、一度も悪魔と遭遇していない。結界を薄く? と聞き逃さなかったミカエルにやってしまったと気付いても時遅く。理由を話すと大層呆れられた。


「君はどうも『異邦人』の割に運が無さすぎる。生きているだけで幸運と言えばいいのか」
「昨日から結界を強くしたみたいなのでもう大丈夫ですよ」
「今まで悪魔に目を付けられていないのが不思議だ」
「私だけ薄くしていたと言っても、屋敷全体には掛けていた訳ですし、そのせいで会わなかっただけじゃ」


 とは言え、ジューリアの部屋の外だけ結界を薄くされていたのは事実。ミカエルの言う通り無事なのが奇跡なら、今後は結界を薄くされないようにしようと誓った。


「そろそろお腹空いたね。ジューリア何か食べる?」
「街へ行って美味しいって評判のパンを買いに行きましょう! あ……」


 言って思い出した。手ぶらで来たせいでお金を持って来ていないと。
 一旦屋敷に戻って取りに行くのも手だ。お小遣いはきちんと貰っている。セレーネがくすねていたお金も全部戻っている。気付いても使う機会がないから言わなかっただけとは伝えていない。


「お金なら俺が持ってる。兄者を探すのに人間に紛れて生活をしていたから沢山持ってるんだ」
「ヴィル様。ネルヴァ様探しに本腰を入れてください。毎日毎日ヨハネス様は泣いてばかりで仕事にならないのです」
「苦情は俺じゃなくて甥っ子の父親であるメガネに言ってよ。俺は叔父さんであってお父さんじゃないから」
「メガネではなくアンドリュー様です。ヴィル様といいイヴ様といい、アンドリュー様をもっと敬ってください」
「ええ? 俺より弱いのに? いやだ」
「はあ~」


 兄弟がいるとは聞いても名前までは聞いていなかった。次男がアンドリュー、ヴィルに訊ねるとイヴは末っ子の名前。名前から女の子と思うも性別は男だと。昔から美人と褒められるので顔はかなり綺麗だとか。顔の良さで言うとヴィルも超一級。子供の姿は大人と違って可愛さが追加されて天使のようだ。実際には天使より偉い立場だが。
 上下関係なら生まれた順となるも、力の関係になると長男・三男・四男・次男となるらしい。力関係も生まれた順なのかと予想したが違うらしい。


「一番強いのは兄者。その次に俺、末っ子、メガネになる。弱いって言ってもあくまで身内の話だけどね」
「ヴィルってすごいんだ」
「どういう意味? 俺だってやる時はやるよ。その気がないだけ」
「でしょうね……」


 彼がやる気に満ち溢れた青年ならば、甥っ子は今頃泣いてなどいない上、ヴィルだって子供の姿にならなかった。呆れ果てた溜め息を吐いたミカエルに同情しつつ、本格的に空腹を覚えたジューリアは話を切り上げパン屋へ行こうとヴィルを誘った。


「いいよ。ミカエル君も行こうよ。俺が子供の姿でいる時は俺の見張りをしなくちゃね」
「子供姿を満喫していられるようで何よりです……」


 部屋を出て丁度鉢合わせた神官に出掛ける旨を伝え、護衛は要らないと断り裏口から外へと出た。正面に回ると行列は変わらず存在した。
「あ」と発したジューリアは昨日目にした姿を見つけた。
 婚約者となったジューリオだ。側にそっくりな青年がいて。もしかして……と抱くと向こうが此方に気付いた。
 ジューリオと目が合うとあからさまに嫌な顔をした。ジューリオも負けじとジューリアを睨む。ぷいっと顔を背け、行こうとヴィルとミカエルを促してパン屋へ行こうとするも。
 待てとジューリオが叫んだせいで行けなくなった。



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