まあ、いいか

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子供の姿の理由

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 あの後、両親と公爵邸に帰ったジューリアは大人から子供姿になったヴィルが気になって仕方なかった。騒ぎを聞き付けた皇帝や両親が来ると大天使とヴィルと思しき子供は大教会の最高責任者に連絡を入れてくれと伝えた。帝国は神の祝福によって守られる数少ない国の一つ。大天使が前触れもなく現れたので大人達は大層慌てていた。皇帝はすぐさま、大教会へ使者を飛ばし、フローラリア家の面々はまた後日となり帰宅となった。
 馬車の中で両親に状況説明を求められたジューリアは起きた出来事をそのまま説明した。

 直接、しかも間近で天使を見たのは初めてなジューリアと同様、両親も天使、それも大天使を見たのは初めてである。

 屋敷に戻ると長年公爵家に仕えた執事はいなかった。代わりに侍女長が迎えた。


「お帰りなさいませ」
「ああ」
「旦那様、ジューリアお嬢様の部屋の結界は問題なく張られました」
「分かった。ご苦労だったな」


 ヴィルが言っていたから何となしに口にした話が意外と大事になるとは誰が思うか。てっきり、父の指示だとばかり思っていたジューリアは執事が意図的に結界を薄くしていたとは考えもしなかった。
 これで安心するシメオンやマリアージュ。ジューリアも取り敢えず話に合わせた。夕食になったら食事を運んでくれるよう侍女長に頼むと「待て」とシメオンから待ったがかかった。


「ジューリア。今日から食堂に来る事を許す」
「自室で食べるのが楽なのでいいです」
「……そう意地を張るな。大勢が食べた方が楽しいじゃないか」
「楽な方がいいです」
「…………分かった。食堂で食べたくなったら何時でも来なさい」


 落胆し、トボトボと屋敷へ入って行ったシメオンと平然とするジューリアを心配げに交互に見ていたマリアージュは、暫し考えた後シメオンの後を追った。残ったのはジューリアと気まずげな侍女長のみ。


「時間になったら食事を運ばせて」
「……畏まりました」


 侍女長は何も言わず、静かにジューリアの頼みを聞き入れた。
 部屋に戻ろうと邸内を歩いていると道を塞ぐように立つメイリンがいた。相手にしなくてもいいか、と避けて歩くと「お姉様!」と呼ばれ腕を掴まれた。待っていたのはジューリアだったみたいだ。


「何故無視をするのです!」
「私を待ってたの?」
「そうです。そうでなければ、こんな所にいませんわ」


 グラースやメイリンの部屋は両親の部屋と近く、日当たりもよく出入りし易い場所にある。対してジューリアは日当たりは悪く、奥の方にある部屋なので世話をする者以外はあまり近寄りたがらない。メイリンが来る事自体珍しい。
 些かプリプリしているメイリンに用を訊ねると今日会った第二皇子ジューリオがどんな人なのかを訊ねられた。
 どんな人……と訊かれ、非常に悩んだ。見目だけで言うとメイリンも食い付く美形振り。中身に関しては保証しない。魔力しか取り柄のないジューリアに初対面から嫌悪剥き出しの礼儀もない少年だが、母よりも強い癒しの能力を持ち将来美女になるのが確定なメイリンに好かれれば話は違ってくる。実際そうなったら、余計ジューリアの中のジューリオの価値は無に等しくなる。
 優秀な皇太子と比べられ劣等感を抱くのも、婚約者となった相手が無能なのも、不満を持つには十分な要素だ。責める気はないが最低限の振る舞いだけはしてほしかった。面食いジューリアとて、露骨に嫌がられると仲良くなりたい気は地の底まで飛んで行った。


「また会う機会があるから、その時が来たらお父様に頼んでメイリンも同席させてもらいなさい」
「良い考えですね! お姉様にしたら上出来ですわ」
「ありがとう」


 ――私あなたより年上なんだけど……

 言ったら拗ねるか反論して泣くかのどちらか。面倒なのでグッと堪えた。
 満足したらしいメイリンは、近場で控えていた侍女を連れて帰って行った。ホッとしたジューリアは最奥にある私室に帰った。
 部屋に入ると吃驚した声を上げかけるも、咄嗟に口を手で押さえて事なきを得た。我が物顔でソファーで寛ぐ美少年になっているヴィルがいた。手を離し、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてヴィルに駆け寄った。


「ヴィルだよね?」
「俺だよ」
「なんで子供になってるの?」
「ジューリアと気軽に会える方法を実家に戻って探していたら、面倒な事になってね。暫く元の姿には戻れそうにない」
「面倒?」


 隣においでと叩かれ、言われるがまま座った。


「まず、俺の事を話そう」
「うん。天使様と一緒なんて……ヴィルは天使様なの?」
「天使よりも上の立場さ。君達人間が言う神様は俺の甥っ子」
「……え……」


 大天使と一緒にいて、様付けされているから偉い天使様なのだと予想は見事に外れた。神様は甥っ子? つまり、ヴィルは神様の叔父さんとなる。叔父さん……呆然と呟くと肯定された。


「叔父さんだね」
「……え、え? ってことは、ヴィルは人間じゃ……ないのか……」
「人じゃない。神やその一族は神族と呼ばれる。天使は天族。簡単でしょう?」
「あ、ああ、うん。そうだね」


 規模が大きすぎて思考が理解に追い付くまで時間差が生じていた。ジューリアが理解すると待っていてくれたヴィルは続きを話した。


「俺の甥っ子は最近神の座に就いたばかりのヒヨッコ。先代神である俺の兄者は、甥を神の座に就かせると早々行方を眩ませてね。甥っ子も早々に泣き言を繰り返して伯父さん連れ戻してって俺と俺の弟に泣き付きに来たんだ」
「ヴィルって三人兄弟?」
「四人。長兄が先代神の座にいて、次兄は甥っ子の父親でずっと兄者の補佐をしていたから流れで甥っ子の補佐をして、末っ子と俺は自由に過ごしてた。自由って言っても、神の座に就いてもやる気がなかった兄者に色々制限を付けられていたから多少は不便だったかな」
「そうなんだ。ヴィルが此処に居るのはお兄さんを探す為?」
「そうだよ。まあ、俺も末っ子も兄者を探す気も見つける気もないからのんびり過ごしてる」


 未熟なまま神の座に就いた彼の甥っ子に同情した。


「実家に帰った俺に神の仕事に耐えられなくなった甥っ子が暴れてね」


 自分も伯父を探しに行くと人間界から帰還したヴィルにしがみついた甥は、補佐をする父親に無理矢理引き剥がされ仕事場に戻されそうになった。力は強くてもまだまだ甘えたで泣き虫な甥っ子は嫌がり、先代神の次に強い力を持つヴィルに代わりを頼んだ。四人兄弟の内、長兄の次に強い力を持つヴィルは長兄の予備として育てられた。代役として神の座に就くのは可能だが、ジューリアというお気に入りを見つけたヴィルは断固拒否。必ず長兄を見つけると説得しても甥っ子は納得せず。寧ろ、無理矢理連れて行こうとする父親への反抗が増した。
 若くても神の座に就けるのは強い力を持つから。甥っ子は父親よりも強い。それが災いした。


「眼鏡が俺から甥っ子を引き剥がしたら、甥っ子が眼鏡に攻撃したんだ」
「眼鏡?」
「次兄。あれは眼鏡で十分」


 眼鏡を掛けた姿が似合う知的男性を思い浮かべていると頬を摘まれた。


「俺の話聞いて」
「聞いてるよ」
「もう。で、甥っ子は訳も分からず力を使ったから的は外れるし効果は考えてないしで最悪だ」


 父親に放った能力はヴィルに当たってしまい、現在の子供の姿になってしまった。
 解除は無理なのかとジューリアが問うと溜め息を吐かれた。無駄に力が強い為、時間が掛かり直ぐには不可能なのだと。更に子供になったのでヴィル自身の力も大幅に削減されていると。思わず身を乗り出した。


「大丈夫なのそれ!? もしもの時があったら」
「その為のミカエル君。俺と一緒にいた大天使。俺が元の姿に戻るまで、彼は俺の保護者として帝国の大教会に駐在してもらう。最悪だけど、堂々とジューリアと会えるのなら悪くはない」


 護り敬う存在を将来有望な天使と偽って世話をする大天使ミカエルに些かの同情を抱きつつも、絶世の美形である大人ヴィルよりも絶世の美少年でありながら近寄りやすい子供ヴィルの方が距離感が近くて接しやすい。


「改めてよろしくねジューリア」
「こちらこそ、ヴィル!」


 ジューリオよりヴィルといる方が何倍も楽しい。
 皇帝から言われない限り、向こうだって来ないだろう。



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