16 / 85
連載
子供の姿の理由
しおりを挟むあの後、両親と公爵邸に帰ったジューリアは大人から子供姿になったヴィルが気になって仕方なかった。騒ぎを聞き付けた皇帝や両親が来ると大天使とヴィルと思しき子供は大教会の最高責任者に連絡を入れてくれと伝えた。帝国は神の祝福によって守られる数少ない国の一つ。大天使が前触れもなく現れたので大人達は大層慌てていた。皇帝はすぐさま、大教会へ使者を飛ばし、フローラリア家の面々はまた後日となり帰宅となった。
馬車の中で両親に状況説明を求められたジューリアは起きた出来事をそのまま説明した。
直接、しかも間近で天使を見たのは初めてなジューリアと同様、両親も天使、それも大天使を見たのは初めてである。
屋敷に戻ると長年公爵家に仕えた執事はいなかった。代わりに侍女長が迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
「旦那様、ジューリアお嬢様の部屋の結界は問題なく張られました」
「分かった。ご苦労だったな」
ヴィルが言っていたから何となしに口にした話が意外と大事になるとは誰が思うか。てっきり、父の指示だとばかり思っていたジューリアは執事が意図的に結界を薄くしていたとは考えもしなかった。
これで安心するシメオンやマリアージュ。ジューリアも取り敢えず話に合わせた。夕食になったら食事を運んでくれるよう侍女長に頼むと「待て」とシメオンから待ったがかかった。
「ジューリア。今日から食堂に来る事を許す」
「自室で食べるのが楽なのでいいです」
「……そう意地を張るな。大勢が食べた方が楽しいじゃないか」
「楽な方がいいです」
「…………分かった。食堂で食べたくなったら何時でも来なさい」
落胆し、トボトボと屋敷へ入って行ったシメオンと平然とするジューリアを心配げに交互に見ていたマリアージュは、暫し考えた後シメオンの後を追った。残ったのはジューリアと気まずげな侍女長のみ。
「時間になったら食事を運ばせて」
「……畏まりました」
侍女長は何も言わず、静かにジューリアの頼みを聞き入れた。
部屋に戻ろうと邸内を歩いていると道を塞ぐように立つメイリンがいた。相手にしなくてもいいか、と避けて歩くと「お姉様!」と呼ばれ腕を掴まれた。待っていたのはジューリアだったみたいだ。
「何故無視をするのです!」
「私を待ってたの?」
「そうです。そうでなければ、こんな所にいませんわ」
グラースやメイリンの部屋は両親の部屋と近く、日当たりもよく出入りし易い場所にある。対してジューリアは日当たりは悪く、奥の方にある部屋なので世話をする者以外はあまり近寄りたがらない。メイリンが来る事自体珍しい。
些かプリプリしているメイリンに用を訊ねると今日会った第二皇子ジューリオがどんな人なのかを訊ねられた。
どんな人……と訊かれ、非常に悩んだ。見目だけで言うとメイリンも食い付く美形振り。中身に関しては保証しない。魔力しか取り柄のないジューリアに初対面から嫌悪剥き出しの礼儀もない少年だが、母よりも強い癒しの能力を持ち将来美女になるのが確定なメイリンに好かれれば話は違ってくる。実際そうなったら、余計ジューリアの中のジューリオの価値は無に等しくなる。
優秀な皇太子と比べられ劣等感を抱くのも、婚約者となった相手が無能なのも、不満を持つには十分な要素だ。責める気はないが最低限の振る舞いだけはしてほしかった。面食いジューリアとて、露骨に嫌がられると仲良くなりたい気は地の底まで飛んで行った。
「また会う機会があるから、その時が来たらお父様に頼んでメイリンも同席させてもらいなさい」
「良い考えですね! お姉様にしたら上出来ですわ」
「ありがとう」
――私あなたより年上なんだけど……
言ったら拗ねるか反論して泣くかのどちらか。面倒なのでグッと堪えた。
満足したらしいメイリンは、近場で控えていた侍女を連れて帰って行った。ホッとしたジューリアは最奥にある私室に帰った。
部屋に入ると吃驚した声を上げかけるも、咄嗟に口を手で押さえて事なきを得た。我が物顔でソファーで寛ぐ美少年になっているヴィルがいた。手を離し、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてヴィルに駆け寄った。
「ヴィルだよね?」
「俺だよ」
「なんで子供になってるの?」
「ジューリアと気軽に会える方法を実家に戻って探していたら、面倒な事になってね。暫く元の姿には戻れそうにない」
「面倒?」
隣においでと叩かれ、言われるがまま座った。
「まず、俺の事を話そう」
「うん。天使様と一緒なんて……ヴィルは天使様なの?」
「天使よりも上の立場さ。君達人間が言う神様は俺の甥っ子」
「……え……」
大天使と一緒にいて、様付けされているから偉い天使様なのだと予想は見事に外れた。神様は甥っ子? つまり、ヴィルは神様の叔父さんとなる。叔父さん……呆然と呟くと肯定された。
「叔父さんだね」
「……え、え? ってことは、ヴィルは人間じゃ……ないのか……」
「人じゃない。神やその一族は神族と呼ばれる。天使は天族。簡単でしょう?」
「あ、ああ、うん。そうだね」
規模が大きすぎて思考が理解に追い付くまで時間差が生じていた。ジューリアが理解すると待っていてくれたヴィルは続きを話した。
「俺の甥っ子は最近神の座に就いたばかりのヒヨッコ。先代神である俺の兄者は、甥を神の座に就かせると早々行方を眩ませてね。甥っ子も早々に泣き言を繰り返して伯父さん連れ戻してって俺と俺の弟に泣き付きに来たんだ」
「ヴィルって三人兄弟?」
「四人。長兄が先代神の座にいて、次兄は甥っ子の父親でずっと兄者の補佐をしていたから流れで甥っ子の補佐をして、末っ子と俺は自由に過ごしてた。自由って言っても、神の座に就いてもやる気がなかった兄者に色々制限を付けられていたから多少は不便だったかな」
「そうなんだ。ヴィルが此処に居るのはお兄さんを探す為?」
「そうだよ。まあ、俺も末っ子も兄者を探す気も見つける気もないからのんびり過ごしてる」
未熟なまま神の座に就いた彼の甥っ子に同情した。
「実家に帰った俺に神の仕事に耐えられなくなった甥っ子が暴れてね」
自分も伯父を探しに行くと人間界から帰還したヴィルにしがみついた甥は、補佐をする父親に無理矢理引き剥がされ仕事場に戻されそうになった。力は強くてもまだまだ甘えたで泣き虫な甥っ子は嫌がり、先代神の次に強い力を持つヴィルに代わりを頼んだ。四人兄弟の内、長兄の次に強い力を持つヴィルは長兄の予備として育てられた。代役として神の座に就くのは可能だが、ジューリアというお気に入りを見つけたヴィルは断固拒否。必ず長兄を見つけると説得しても甥っ子は納得せず。寧ろ、無理矢理連れて行こうとする父親への反抗が増した。
若くても神の座に就けるのは強い力を持つから。甥っ子は父親よりも強い。それが災いした。
「眼鏡が俺から甥っ子を引き剥がしたら、甥っ子が眼鏡に攻撃したんだ」
「眼鏡?」
「次兄。あれは眼鏡で十分」
眼鏡を掛けた姿が似合う知的男性を思い浮かべていると頬を摘まれた。
「俺の話聞いて」
「聞いてるよ」
「もう。で、甥っ子は訳も分からず力を使ったから的は外れるし効果は考えてないしで最悪だ」
父親に放った能力はヴィルに当たってしまい、現在の子供の姿になってしまった。
解除は無理なのかとジューリアが問うと溜め息を吐かれた。無駄に力が強い為、時間が掛かり直ぐには不可能なのだと。更に子供になったのでヴィル自身の力も大幅に削減されていると。思わず身を乗り出した。
「大丈夫なのそれ!? もしもの時があったら」
「その為のミカエル君。俺と一緒にいた大天使。俺が元の姿に戻るまで、彼は俺の保護者として帝国の大教会に駐在してもらう。最悪だけど、堂々とジューリアと会えるのなら悪くはない」
護り敬う存在を将来有望な天使と偽って世話をする大天使ミカエルに些かの同情を抱きつつも、絶世の美形である大人ヴィルよりも絶世の美少年でありながら近寄りやすい子供ヴィルの方が距離感が近くて接しやすい。
「改めてよろしくねジューリア」
「こちらこそ、ヴィル!」
ジューリオよりヴィルといる方が何倍も楽しい。
皇帝から言われない限り、向こうだって来ないだろう。
81
お気に入りに追加
1,003
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
「だから結婚は君としただろう?」
イチイ アキラ
恋愛
ホンス伯爵家にはプリシラとリリアラという二人の娘がいた。
黒髪に茶色の瞳の地味なプリシラと、金髪で明るい色彩なリリアラ。両親は妹のリリアラを贔屓していた。
救いは、祖父母伯爵は孫をどちらも愛していたこと。大事にしていた…のに。
プリシラは幼い頃より互いに慕い合うアンドリューと結婚し、ホンス伯爵家を継ぐことになっていた。
それを。
あと一ヶ月後には結婚式を行うことになっていたある夜。
アンドリューの寝台に一糸まとわぬリリアラの姿があった。リリアラは、彼女も慕っていたアンドリューとプリシラが結婚するのが気に入らなかったのだ。自分は格下の子爵家に嫁がねばならないのに、姉は美しいアンドリューと結婚して伯爵家も手に入れるだなんて。
…そうして。リリアラは見事に伯爵家もアンドリューも手に入れた。
けれどアンドリューは改めての初夜の夜に告げる。
「君を愛することはない」
と。
わがまま妹に寝取られた物語ですが、寝取られた男性がそのまま流されないお話。そんなことしたら幸せになれるはずがないお話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】アーデルハイトはお家へ帰る
ariya
恋愛
アーデルハイト・ローゼンバルト伯爵夫人は誰もが羨むシンデレラ、元々は山羊飼いの娘だったが先代伯爵に見初められて嫡子の花嫁になった。まるでシンデレラのようではないか。
庶民の間ではそう思われていたが現実は違う。
2年間夫に相手にされないアーデルハイトは貴族令嬢たちの間の笑い者、屋敷の使用人からも見下されて居場所のない日々である。
そんなある日についにアーデルハイトは伯爵家を出ることを決意する。離婚届を自分の分までしっかりと書いて伯爵家を出た瞬間彼女はようやく自由を手に入れた心地がした。
彼女は故郷に戻り、元の山羊飼いの娘・アデルに戻るのである。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる