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本性
しおりを挟む只今家庭教師ミリアムとの勉強の時間。
ミリアムは若干苛々としているのをジューリアは肌で感じていた。何故なら、今日になって兄グラースが部屋にいるからだ。
ミリアムはやんわりと部屋から追い出そうとするも、家族の誰かが見張っていたらジューリアも真面目に授業を受けると聞き入れず。問題を解くジューリアの隣から離れようとしない。
ジューリアとしてはミリアムの暴挙が封じられたので有り難いが目玉乾燥するぞと言いたくなるくらい問題集を凝視するグラースの視線が痛い。
ミリアムにもグラースにも聞かず、一人黙々とペンを走らせていく。ミリアムから指定されたページをやり終えるとペンを下ろした。
「見せて」
グラースが問題集を手に取り、ジューリアが書き込んだページを捲っていく。
「全部解けているじゃないか……しかも間違いがない。出来るのにどうしてしないの?」
ミリアムが回答を握り潰すからと言ったって、昨日のシメオンやマリアージュと同じでグラースだってきっと信用しようとしない。言うだけ無駄だと割り切っているジューリアは欠伸をするだけ。眉を寄せて顰めっ面を作っても怖くない。
「ジューリア。僕の話を聞いてる?」
「私の話を聞かない人の話をですか?」
「……」
どうでもいいと全面的に出ている目で言ってやればグラースは黙り込み、問題集を机に戻した。自分の話を聞けと言う割にジューリアの話を聞こうとしない。グラースだけじゃない、この家の人達は皆そうだ。
「よ、よく出来ましたねジューリア様。グラース様がいなくても普段からこの調子で受けて頂きたいですよ~」
お前が回答を握り潰すのだろうが! と叫びたいのを堪え、代わりに強く睨んでやればミリアムは瞳に見る見る内に涙を溜めていった。
「なんですかその目はっ、私が毎日ジューリア様を思って厳しくしているのはジューリア様の為なのにっ」
「ジューリア謝りなさい」
「嫌です」
「ジューリア!」
「無能の私には無能な家庭教師がお似合いですから」
「なっ!」
泣き真似をしていたのに無能に無能呼ばわりされたミリアムはあっという間に顔を赤く染め、体をぶるぶると震わせた。怒れば自分が不利になるとミリアムだって解っているのだ。不意に銀色の髪が見えた。横からグラースの怒りが飛んでいるが華麗に無視をし、ミリアムの目の前に立ち唇に指を当てたヴィルを注視した。
ヴィルが離れると我慢していたミリアムが声を上げた。
「私が無能ですって!? 名家の無能に無能呼ばわりされる筋合いはないわよ! グラース様がいるからって調子に乗るな、私が旦那様や奥様にお嬢様の態度が悪いと言えばそれでお前は……」と最後まで言い切る前にミリアムは顔を青褪め口を両手で閉ざした。
「ミリアム先生……? 今のはどういう……」
「ち、ちが、違うのですグラース様、今のは」
「今のは明らかに公爵家の令嬢に対する言葉じゃない。それに父上や母上に嘘の報告をするとはどういう事です?」
「嘘だなんてっ! 私は奥様に信頼されているんです。私の報告は嘘だろうが奥様からしたら真実で」
また口を滑らせたミリアムは更に顔を青くした。これ以上青くなったら死にそうな程。信じられない者を見る目は見開かれ、グラースは激しく呼び鈴を鳴らした。側にいるジューリアはうるさくて耳を塞いだ。いつも通りノックもなしに入ったセレーネは入った瞬間ミリアムとは違う意味で顔を青くした。
「何故扉を叩かず入る!」
「あ、い、いや、こ、これは」
「ジューリア。セレーネはお前に酷い虐めを受けていると泣いて訴えていたが?」
急に態度を変えたグラースはどうしたのだ、朝頭を強くぶつけたのか。怪訝にしつつ、虐めを受けているのは自分の方だと今までセレーネにされた数々の仕打ちを話した。途中セレーネが口を挟もうとするがグラースが黙らせた。全てを聞き終えたグラースは顔を真っ赤にし、後からやって来た使用人達にミリアムとセレーネをシメオンに突き出せと怒鳴った。
「この二人はフローラリア家を侮辱した! すぐに自白剤を飲ませ、父上の許へ連れて行け!」
「待って下さいグラース様! 誤解なんです、ジューリア様に脅されて!」
「黙れ! まだフローラリア家を侮辱するか!」
散々馬鹿にしてきたジューリアに縋る眼をやるミリアムとセレーネに呆れつつ、さようならと手を振ったジューリアは無理矢理連れて行かれる二人には目もくれず、問題集を閉じて椅子から降りた。
うるさい声が遠ざかっていく。この後は何をしようかと考える前にグラースへ振り向いた。
「ジューリア……」
「頭でも打ちました? 貴方があんな事するなんて」
「っ……悪かった……僕は気付いてやれなくて」
「親が気付いてなくて貴方が気付いたらそれはそれで可笑しな話になりますよ。もう慣れたので私は気にしてませんでした」
どうせ、もうじきヴィルに屋敷から連れ出してもらうから。
「ごめん……。……ミリアム先生に回答を握り潰されたっていうのも、本当だったんだな……」
「自白剤を飲むとまで言った私を信じなかったお母様やお父様でも、貴方の証言なら信じそうですけどね」
「…………妹じゃないと、ジューリアに昔言った言葉は訂正出来ないのは分かっている。でも、謝らせてほしい」
「そうですか、お気遣いなく。今朝のお父様と一緒ですね貴方。やっぱり頭打ちました?」
「……」
違うと首を振り、深く落ち込んだままグラースも部屋を出て行った。
静観していたヴィルが急に噴き出したので首を傾げた。
「どうしたの?」
「ジューリアのあまりの素っ気なさにツボが入ったんだ。君の切り捨ての早さや信用しない姿勢は前世が関係しているのかな?」
「割り切りが早いって言って。そうかもね、期待したって向こうは私を嫌っていたもん。なら、私だってあんなのと関わりたくないから視界に入れないようにしたの」
まあ、人としてのマシさならグラースが上だ。前世の兄達はジューリアに謝った事は一度たりともなく、父も兄達に暴力をふるわれても意地悪をされてもお前が悪いで片付けた人だ。大学を進学したら出て行けと言われた際には、今更過ぎると鼻で笑った。
「君のお父上が部屋に来たのは食堂に来れないのを喜んだと報告されたからだよ」
「ああ、家令が報告したのね」
「落ち込んでいるなら、反省の兆しがあったらすぐに呼び戻すつもりだったって。正反対な反応に戸惑ったようだよ。あまりに厳しくしたせいで捻くれてしまったと悔やんでジューリアを呼びに来たの」
「捻くれてて悪かったわね。捻くれ上等よ!」
「はは。まあ、別の理由も一応あったらしいよ」
「別の理由?」
パン屋に行く前、食堂に寄って様子を見てくれたらしいヴィル曰く、帝国の第二皇子との婚約を皇帝から打診されていると語られた。それもジューリアを。
魔法も使えない癒しの能力も使えない無能でも膨大な魔力は魅力的で、第二皇子も魔力量に関しては皇太子よりも上らしく、強い魔力を持つ子を作る為に二年前から皇帝がシメオンに打診していたとか。
皇族か……と一度も会ったことも、見たこともない第二皇子を想像するも浮かばない。
「婚約か……私よりお兄様やメイリンが決まりそうなのにね」
「君の婚約相手を探す方が難しそうだよ?」
「まあね。あの二人なら選り取り見取りだし、言い寄って来る数も多そう。私の場合はフローラリア家と縁を結びたい連中しか寄って来ないだろうしね」
言ってて悲しくなった。
「ジューリア」呼んだヴィルは目線が合うよう膝を折った。
「君は俺が選ぶ。それじゃあ不満?」
「ちっとも! ヴィルは私を気に入ってくれたの?」
「とてもね。君の下心は嫌いじゃない」
「言い方! 事実だけど」
これからもヴィルに感じた気持ちは全て声に出していこうと決めたジューリアは抱き付いた。
出会ってまだ二日目である。
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