まあ、いいか

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 ドレッサーの引き出しを開け、稀に行くお茶会や誕生日プレゼントで贈られた宝石類をテーブルに並べた。更に隣のドレスルームからも殆ど着ていないドレスを選別し、こちらはベッドに並べた。


「どうするの?」
「売るの。お金は必要よ」
「かなり高そうに見えるけど」
「平気よ。フローラリア家はお金も沢山あるし、私に渡してあるのはお兄様やメイリンと比べたら大した価値はない」
「ふーん」


 ドレスを綺麗に畳み、宝石は宝石箱に仕舞って換金の準備は終えた。
 次はセレーネ。食事をした皿を下げさせたい。ヴィルにテラスに出ていてと言ったのにセレーネに触れた。ヴィル!?  と驚く間もなくセレーネの時間停止は解除された。堂々とセレーネの前に立つヴィルを隠しても意味はない。
 が、セレーネはヴィルの存在に触れず、完食された食事を見て目を疑っていた。先程見た時は一度も手を付けられていなかったのに。ヴィルに気付いてないのなら後で聞こうとし、セレーネに皿を下げるよう告げた。


「い、一体いつの間に食べたのですか?  テーブルも綺麗に……」
「聞こえなかった?  私はお皿を下げてと言ったの。下げたら、さっさと出て行って」
「な!  わ、私に生意気な態度を取って良いと思っているのですか!?」
「はいはい食事抜きにしたければ好きにしなさい。ほら、出て行って」
「っ……」


 ジューリアの食事抜きは当たっており、焦りを見せない様を悔しげに睨まれ、渋々皿を下げ出て行った。


「ジューリアはこのままでいいの?」
「家を出るならもう無関係よ」
「君は少し気にするべきだ。仕返しするなら手を貸そうか?」
「いいのいいの。無関係になるから。仕返ししてもその後を知りたいとも思わないから」


 どうでもいいのだ、気にしたところで無駄なだけ。体力も時間も。前世でよく学んだ。
 納得がいかなさそうなヴィルに苦笑しつつ、要らない宝石とドレスを纏めて次はどうするかと腕を組んだ。


「どこか隠せないかな」
「俺が預かろうか?」
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう!」


 問題はあっさり解決。ヴィルが纏められたドレスと宝石箱を違う場所に飛ばした。絶対に誰にも見つからない場所だと。ヴィルを信じ、次は湯浴みの時間になると気付き項垂れた。


「ああ…………良くて冷水、悪くてお水無しな気がする」
「君、よく生きてこれたね」
「ご飯抜きもないし、暴力は稀にしかないし、服や寝るところはちゃんと用意されてるからね」
「……殴られたの?」
「お母様に二発、お父様に一発」


 どちらもジューリアが家庭教師ミリアムの言うことを聞かず、勉強の出来が悪すぎるせい。勉強を真面目にしたところでミリアムに取り上げられ、折角書いた文字は全て消された。信用に関してはミリアムが上。ジューリアの言葉は信じてもらえなかった。


「ジューリア。浴室はどこ?」
「どうしたの?」
「水がなかろうが冷水だろうが俺がお湯の作り方を教えてあげる。魔法を使う練習をしよう」
「! うん!」


 差し出された手を握って浴室へ向かった。
 浴槽には何も入っておらず、先ずは水を入れる作業に入った。


「水を出す魔法はジューリアにはまだ難しいから、温める方をしてみよう」


 指先をくるりと回すと空中から水が流れ出て浴槽に溜まっていく。微かに柑橘系の香りがするとヴィルを見たら、気分転換と香りも足してくれたようだ。浴槽一杯に水を張って次はジューリアに水中に手を入れてと指示。言われた通りジューリアは冷水に手を入れた。
 水が温かくなるイメージを強くするようにと言うヴィルの声に従い、手を回しながら明かりを出した時と同じ感覚で魔力を込めた。体中を巡る温もりを掌に集中させた。

「あ」と段々と冷水の温度が上がってきているのが分かり、楽しくなってぐるぐる混ぜた。


「はーい、そこまで」


 ヴィルの手でお湯を混ぜる自分の手を掴まれ、冷水が少々熱いくらいのお湯になったことを知った。
 湯浴みをするには熱いがこれで体を洗える。
 両手を上げて喜ぶジューリアは咄嗟に手で口を抑えた。大きな声を出したら誰が飛んでくるか、と焦るも誰も来ないかと冷静さを取り戻した。


「ふふ」
「どうしたの?」
「安心して。君が大声を出そうが物音を立てようが誰も来ない。人払いの結界をジューリアの部屋周辺に張った。早々は来れないよ」
「そうだったんだ。ありがとう」
「どういたしまして」


 堂々とセレーネの前にいたのもジューリア以外に見えない魔法を自身に掛けていたからとも話され、これにも納得がいった。
 部屋に戻り、着替えとお風呂セットを準備した。


「私が戻ってもまだいてくれる?」
「ああ。好きなだけ入っておいで」
「うん」


 体を洗うのもセレーネの仕事だが冷水だったり洗い方が雑で一人で洗った方が絶対に早いし、綺麗になるので今度からヴィルに魔法を掛けたままにしてもらおう。

 浴室に入った。自分でギリギリ脱げるドレスで助かったと裸になって、桶で掛け湯をして浸かった。

 出会ったばかりなのに親切なヴィルに感謝しつつ、警戒心の無さに自分自身呆れてしまう。顔が好みど真ん中なせいだ。ヴィルの思惑が別にあっても驚きはない。命を狙われたら死ぬ気で逃げよう。


「出来ればずっと仲良くしたいなあ」


 美の女神がこれでもかと詰め込んだ二人もいない圧倒的な美しさを持つヴィル。ずっと仲良くしたくなる感情は誰にだって生まれる。

 ――ジューリアの部屋で待っている筈のヴィルは、他人に姿が見えない魔法を使っているのを良いことにフローラリア家の中を歩いていた。特に目指している場所はないが人が多く集まっている方へ足が向いた。
 公爵夫妻と長男、次女がサロンでのんびりと寛いでいた。


「美味しい! お母様もう一つ食べたいですわ!」
「いけませんメイリン。今日は一つだけと約束したでしょう」
「だってとっても美味しいんだもん。そうだ、お姉様のをくださいな」
「いけません。ジューリアの物はジューリアの物です。今頃、セレーネが部屋に持って行ってジューリアは食べているでしょう」


 食べていない。まず、来てもいない。
 口を尖らせ、一切手が付けられていないグラースのケーキを欲しがったメイリンだがマリアージュの厳しい声にやっと諦めた。


「グラース、食べないのか?」とシメオンに問われたグラースは浮かない顔をしていた。


「後で頂きます。明日ジューリアがミリアム先生と勉強している所を僕が見ておきます」
「急にどうしたのだ?」
「ジューリアが怠けているなら兄として注意をしなければなりません。勉強が追い付いていないのなら僕が教えようと」
「ならミリアム先生にお任せしたら良いじゃないか」
「ミリアム先生はきっと甘く見られているんです。なら、僕か誰かが見張っていればジューリアだって少しは真面目にする筈です」


 ヴィルがジューリアを見つけたのはずっと前からで。ミリアムという家庭教師が無能のジューリアを下に見て好き放題しているのは知っていた。セレーネや他の使用人も同様だ。
 無関係となるなら仕返しする価値なしとジューリアは判断しているがグラースの同席有なら、あのミリアムも下手な真似はしてこない。
 渋るシメオンに「僕は決めたので父上に何を言われても変えません」と頑固な一面を見せたグラース。先に降参したのはシメオンの方。


「ええ、お兄様って時間を無駄遣いするのが好きなのですか?」
「……ジューリアが魔法や癒しの能力が使えないと判ってから、ジューリアとまともに接してこなかったんだ。ジューリアが攻撃的なのは僕の言葉が原因でもあるんだ」


 それはシメオンにも言える。
 あの時、魔法検査官の調査結果を聞かされ、頭が真っ白になった。魔法騎士として長年帝国を守護するシメオンと癒しの能力を使う名門フローラリア家の長女であるマリアージュの子が何の能力もない無能だと知らされ、無意識に口にしてしまった。
“お前はこの家の娘じゃない”と。
 ……しまったと気付いた時には遅かった。呆然とするジューリアを見たくなくて接触を最小限に抑えてしまった。
 ジューリアに謝ろうにも何と声を掛けたから良いか悩み、いざ部屋の前まで行っても呆然と自分を見上げたジューリアの顔が頭にちらついて会えなかった。
 食事の場では顔を合わせても話せず、厳しい言葉しか出て来ない自分自身が嫌になった。
 昨日は家庭教師ミリアムへの態度の悪さと勉強の出来の悪さでジューリアを叱ったものの、元を辿れば自分がジューリアを見捨てたせいであの子の性格が歪んでしまったのではと悩んだ。
 マリアージュも同じ考えのようで、ジューリアは自白剤を飲んでもいいとさえ声を上げたとか。その場では非を認めず反論してばかりのジューリアの話をまともに取り合わなかったが十歳の娘が自白剤を飲むと口にするだろうか。ミリアムが嘘を吐いているとも信じられない。どちらを信じれば良いかマリアージュも非常に悩んでいた。

 と、彼等の思考や心の声を覗き見、聞くヴィルは馬鹿らしいと肩を竦めた。


「人間って面倒だな」


 ジューリアみたいな下心満載なのに一切隠そうとしない面白い人間が希少なのだ。




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