まあ、いいか

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 ヴィルに夢中になっていたせいで夕食をすっかりと忘れていた。ヴィルを見られるのは拙い。咄嗟に振り返るとヴィルは立ち上がっていて、堂々と室内に入った。「ヴィル!?」と慌てて後を追ったが静かだ。あのセレーネなら、見知らぬ超絶美人なヴィルを見たら絶対に騒ぐのに不気味な程静かだ。恐る恐るセレーネを見たら、瞬きもせず固まっている。ヴィルの圧倒的美貌を前に言葉を失った? とメイド服のスカートを突いてやろうとしたら「だーめ」とヴィルに手を掴まれた。


「侍女に時間停止の魔法を掛けた。触ると動くよ?」
「時間停止? え、簡単に使えるの?」
「いいや。とっても難しい魔法さ。というか、時間に干渉する魔法はどれも高難易度を誇る」
「え? じゃ、じゃあ、ヴィルはすごい魔法使いなんだね!」
「俺は魔法使いでもない、かな」
「なら、ヴィルはどんな人なの?」
「俺と仲良くしてくれたらその内知れるよ」
「うん!」


 是非とも仲良くなりたいジューリアは即答し、セレーネに触れぬよう離れた。時計を見たら時間は十分程度しか経っていなかった。やっぱり十分だったか。ヴィルの銀瞳が乱暴に置かれ中身がテーブルにまで飛び散った料理を捉えた。


「彼女は君の専属?」
「まともにお世話されてないけどね」
「料理が哀れだ。ジューリアお腹減っているだろう? 俺が戻してあげるから、お食べ」
「え」


 言うが早いか、あっさりと料理は綺麗に盛り付けされた状態に戻り、テーブルの汚れも綺麗さっぱりと消えた。
 椅子に座ってナイフとフォークを作ってもらい、夕食を食べ始めた。味に変化はなく、隠れてゲテモノ食材を使われていないか危惧するも料理を使った嫌がらせはないと分かると安心した。頬杖をついてジューリアの食事風景を眺めるヴィルが一言漏らした。


「さっき、家を出たいって言ったろう? 魔法が使えるようになれば、君の家族は君を大切に扱うんじゃないかな」
「お断り。散々無能だ、お前はこの家の娘じゃないだの、落ちこぼれだの言ったくせに魔法が使えるようになった途端手のひら返ししてくるなんてごめんだわ」
「それでも可愛がられてはいたんだろう?」
「私ね、前世の時から家族っていう存在と縁がないの」


 スープを完食して前世での生活を語った。自分を出産後、母は亡くなってしまい、母を殺した死神と言われ父や兄達から嫌われていた事。救いだったのは両家の祖父母や友人に恵まれた事。前世で死んだのが二番目の兄に流れが急な川に突き飛ばされた事。


「私って前前世身内殺しでもしたのかな。こんなに家族と縁がないのなら、神様が私に下した罰なのかも」
「はは。神はそこまで暇じゃないさ」
「だよねー」


 実際に神様がいるのなら人間は死後どこへいくのか聞きたい。

 うるさいセレーネが固まっているのでゆっくり夕食を完食したジューリアはナプキンで口元を拭った。


「ふう。御馳走様。あ、セレーネをどうしよう。ヴィル、元に戻すには触れば良いの?」
「そうだよ」
「ヴィルが帰ってから戻す事にするわ。帰る迄に私が魔法を使えるようになる方法を教えて!」
「いいよ。俺の側においで」


 手招きをするヴィルの許へ椅子から降りてすぐ近付き、ヴィルの綺麗な手が両頬を包み込んだ。ふわりと舞った甘い香水の香りにくらりとした。徐に顔を近付けてきた。顔との距離が縮む。頬だけじゃなく顔全体真っ赤になりながらも目だけは閉じず、ヴィルは額にキスをして離れていっても手は両頬を離さなかった。


「とっても熱いのだけど、ジューリアの顔」
「ヴィルってモテそうだから、女の人の扱いとか上手そう」
「期待違いで申し訳ないけど、俺は女遊びをした事がないから扱い方を知らないよ」
「え!?」


 意外過ぎて驚きの声を上げたら頬を摘まれた。


「驚くとこ?」
「うん」
「君って正直者だなあ。そこが気に入ったのだけど」


 ヴィルの手が両頬から離れ、摘まれても力をかなり加減してくれたので痛くなかったので擦らなかった。
 ヴィルに何をしたか問うと、樹里亜の魂とジューリアの魂を一つにしたと言われ、キス一つでどうにかなるのかと違う疑問をぶつけた。前世と今世の魂を一つに出来るのはヴィルか、ヴィルと同じ家の人くらいだと答えらえた。出身を訊ねてもはぐらかされるだけで終わり。頬を膨らませても指で突かれ空気を抜かれた。
 試しに魔法を使ってごらん、と言われるもどう使えば……と戸惑うと明かりを出したいと念じてと説明された。言われた通り、明かりが出ますように、と念じれば今までと決定的な違いを体感した。
 体の中から込み上がる温もりが瞬く間に掌に集中し、熱い、と感じた瞬間、想像したよりも大きい明かりが現れた。前世でいうサッカーボール並の大きさだ。


「眩しっ」
「す、すごい、すごい! 私、魔法使えた!」


 生まれて初めての魔法の使用はジューリアを大いに興奮させた。見て、見て、とヴィルに見せると眩しいと消された。また頬を膨らませるも、向けられれば眩しいか、と反省。だが魔法を使えたのは現実だ、夢じゃない。
 座ったままのヴィルに抱き付くと抱き締められた。背中をあやすように撫でられ「ジューリア」と呼ばれ、少し距離を作った。


「俺と来る?」
「ヴィルと? どこに?」
「何処だろうね。探し者をしているんだ。見つけるまでは世界中何処にでも行く」


 ヴィルは兄を探しているらしく、道中帝国に立ち寄り、無能扱いされているジューリアが気になりフローラリア家の屋敷まで降りたらしい。


「この国にいるの?」
「さあ? 真面目に探す気がないから俺が気になる場所を行っているだけなんだ」
「え? 探す気ないの?」
「ないよ。甥っ子がどうしても見つけてくれとうるさいから、俺と末っ子の弟とで探しているんだ」


 四人兄弟の長男が外へ出たきり戻らず、三男であるヴィルと末っ子の弟が手分けして長男を探している最中らしく、次男は甥っ子の父でサポートに回っているらしい。ヴィルも末っ子弟も見つける気はないらしく、探しているフリをして世界を気儘に歩いているだけとか。若干彼の甥っ子を気の毒に思った。


「どうする?」
「行きたい! 魔法が使えるようになったってこの家の連中が私を無能扱いしていたのは変わらないもの」


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