まあ、いいか

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短編

前編

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 人の手を引っ張って陽気に歩く純銀の髪を揺らす男はとても楽しそうだ。心の底から楽しんでいるのだろうが彼は何百年と生き続ける人外の生き物。不老と言われると違う。とても長生きな生き物だからと言う。だが当然とも言える。彼――ヴィルに手を繋がれて好きに連れて行かれているジューリアは、まあいいか、と好きにさせた。

 ジューリアは前世女子高生だった少女の記憶を持つ元貴族の娘。隣の帝国で代々癒しの能力を持つフローラリア公爵家の長女。
 人格が十割前世女子高生のせいで大貴族の御令嬢らしい感性を育てるには大変苦労するも、前世の記憶を取り戻したのは齢二歳の時。教育も何もないだろうという時に戻って良かったと言える。フローラリア家の令嬢だった母は当然癒しの力を持ち、強い魔力を持つが故に婿養子に選ばれた父から生まれたジューリアは癒しの力を持てなかった。強い魔力を持って生まれるもそれだけ。魔法の操作能力はポンコツ、魔力量は無駄に多いからよく体調不良を起こしては両親から煙たがられた。
 フローラリア家特有の癒しの能力もなく、父譲りの魔力を持て余すポンコツ令嬢と呼ばれるのに時間は掛からなかった。幸いなのは家には兄が一人と妹が一人おり、どちらも両親の能力を余すところなく受け継いで優秀だ。兄は次期公爵であり皇太子の右腕として働いており、妹は歴代でも強い癒しの能力を持つ為、帝国では『治癒の女神』として讃えられている。
 唯一の出来損ない、ポンコツ令嬢ジューリアは家で暴力を振るわれているわけでも、食事を抜きにされているわけでもなかった。フローラリア家の長女として相応しい教育や生活を与えられてきた。


「それだけだもんね~」
「何の話?」
「家のこと思い出して」
「恋しくなったとか? 帰りたいなら送るよ」
「いいよ。帰らない。ヴィルにずっと付き合うと決めたもの」
「そっか」


 良かった、と笑うヴィルはまた前を向いて歩く。自分達が歩いているのは実家のある帝国の隣の国。観光地としても有名で一番大きな街は沢山の人々で溢れ返っている。

 ふと、カップルと思しき男女が何組も並んでいる店があった。気になって見つめているとヴィルも足を止めてそちらを見た。


「ああ、恋人同士でお揃いの腕輪を買うのが売りの店。欲しいなら並ぼうか?」
「いいの?」
「ジューリアは欲しいんだろう?」
「ヴィルはああいうの気にするタイプ?」
「人間らしくて興味はある、かな」


 ヴィルに手を引っ張られ列の最後尾に並んだ。かなり長く、腕輪を買うまでに凡そ三十分は掛かるだろう。


「退屈になったら言って。私一人で並んでおくから違う店を見て来ていいわよ」
「カップルで並んでいる場所に女性を一人置いて行かないよ。君の婚約者と同じにしないでくれ」
「元よ、元。私がヴィルと家を出た時点で他人となったもの」


 婚約者か……と単語が出て思い出した。いたな、と。


「私」
「うん?」
「ヴィルの事は必ず名前で呼ぶけど、彼は名前が被るから呼んだことないのよね」
「はは。可哀想に」


 元婚約者はジューリオ。帝国の第二皇子。
 魔法の才能も癒しの能力もないジューリアが第二皇子の婚約者になったのは、膨大な魔力量に目を付けられたからだ。皇族も代々強い魔力を持って生まれる。ジューリオも例外ではなく、皇帝となる兄皇子の補佐を務めていた。ゆくゆくは皇帝から公爵位を賜り臣籍に下る。その妻となるのがジューリアとなる筈だった。強い魔力を持つ者同士から生まれた子はより強い魔力を持って生まれる。常識である。

 前が少し進んだので二人も二歩距離を詰めた。


「可哀想と言うけど全然よ? あの皇子、最初から私なんて眼中になかったし。妹の事しか見てなかったもの」
「ははは、ジューリアの妹君は女神の名の如く美しい容姿だからね。ジューリアもとても綺麗だけどね」


 褒められて嬉しい気持ちはあるが妹と比べるジューリアの美しさは霞んでしまう。
 太陽の輝きを閉じ込めた黄金の髪、癒しの能力が強い程濃くなる青の瞳。母も青だが妹と比べると青味は薄い。


「妹君の名前なんだったかな。ああ、メイリンだ」
「ヴィルってあまり人の名前覚えないから意外」
「気にしてる方だよ? 一応おれ、天使様だから」
「正確には神の弟でしょう」
「それは前の神であって今は甥っ子がしてる」
「はあ……」


 人外の存在、この世で最も尊き神の弟(現在は叔父)であると知ったのは、出会ってすぐのこと。
 この世界が前世で流行った悪役令嬢や追放物、復讐物だったら物語の内容は知ったのに残念ながらジューリアとして目覚めてからどの作品にも当て嵌まらないと知った時は絶望した。未来の展開が全く読めないからだ。家族はポンコツジューリアをいない者として扱い、婚約者であるジューリオはメイリンに夢中。使用人にすら軽く扱われる。さっさと家を出たい所だったのをヴィルと出会った。その時齢十歳。
 最初に出会った時から人間とは違う生き物だと直感的に感じていた。更にヴィルはジューリアを一目見て「異邦人か」と発した。異邦人とは彼等特有の言葉で前世の記憶を持つ者をそう呼ぶのだとか。ジューリアに魔法の才能がないのも癒しの能力が発現しなかったのも異邦人だからと言われた。
 詳しい話は分からなかったがジューリアの体内にある魂の形が前世女子高生だった時の魂と混ざって異なる形となって上手く魔法も癒しの能力も使えなくしているのだとか。人間に姿を見られないよう、姿を隠して人を探していたものの、異邦人自体珍しいからとジューリアが家を出るまでずっと屋敷に居続けた。

 掌に白い魔力を発光させると蒲公英の綿の如くふわりと消したジューリアは「ふふ」と笑ってヴィルの腕に抱き付いた。


「魔法が使えるって良いわね」
「おれがしたのはあくまで補助。きちんと魔法や癒しの能力を使えるようになったのはジューリアが努力したからさ」


 前世怠け者とよく友人や母に言われていたが、今の人生怠け者では生きていけない。
 ヴィルは珍しい異邦人の頼みを聞いてやり、先程述べた通り、魔法や癒しの能力を使える補助はしてくれた。が、そこからは練習の日々に明け暮れた。幸いにも家族はジューリアが魔法や癒しの能力を扱えるようになったと気付かず、ジューリオも定期的にあるお茶も全部メイリンと過ごしたのでジューリアの変化には気付かなかった。


「最初は期待したんだよ? ジューリオって他人には優しくて紳士的で社交界では令嬢達に大人気だったんだ。しかもすごく――好みだったんだ、顔が」


 面食いの自覚は大いにある。
 顔が非常に良かった。青みがかった長い銀髪も皇族特有の翡翠色の宝石眼も。本物の翡翠が埋め込まれているかのような美しさに何度も息を呑んだ。瞳の美しさに負けないジューリオの美貌は面食いのジューリアの気持ちを大爆発させるも、儀礼的な態度しか見せず、微笑みすら浮かべないジューリオに即諦めがついた。初めて屋敷を訪れた際、帰りを見送っている最中にメイリンが挨拶をと顔を出したら、頬を赤らめ翡翠の瞳を輝かせたのだ。人が恋に落ちる瞬間というのを初めて見た。
 それ以来ジューリオが常に視線で追っていたのは妹のメイリンで。ジューリアはいてもいなくてもどちらでも良い存在となった。


「可愛いは正義ってね」
「それは前世の言葉?」
「そうよ」
「それを言うならジューリア、君だってとても可愛いよ?」
「褒めても何も出ないのに」


 ジューリアの顔も決して悪くない。何なら美しい少女の部類にどっかりと腰を下ろせる。
 太陽の輝きを閉じ込めた黄金の髪は同じだが青緑の瞳だけが違う。


「君の瞳は空や海の色を思わせる。開放感を感じられて好きなんだ」
「それ褒めてるのよね?」
「勿論さ。おれは嘘は吐かないよ」
「神様の叔父さんだから?」
「天使や神が嘘を吐いたら、君達人間へ示しがつかないじゃないか」
「確かに?」


 一人孤独な子供時代を過ごさなかったのはヴィルの存在が大きい。ヴィルがいなかったら、家を出てもこんな風に感情豊かで楽しい生活にはならなかっただろう。

 現在、二人はヴィルの探し人を探す旅をしている。と言っても、真面目に探す気はないらしく、広い世界の何処かで会えればいいかくらいの気持ちだ。ヴィルの甥っ子は神の座を押し付けたヴィルの探し人に早く戻って来てほしいらしく、彼が偶に連絡を取り合っていると『伯父さんまだ見つからないの!?』と泣いている声が漏れる。

 ヴィルが大真面目に探したらすぐに見つかるらしいが、真面目の一文字すらやる気のないヴィルはこれからも甥っ子の泣き言を聞きながらジューリアを連れて世界中を歩く。
 若い神様には申し訳ないがヴィルとこれからもずっと一緒にいたいジューリアは心の中で両手を合わせ彼との生活を楽しむ。

 列が半分ほど進んだ。が、まだまだ購入までには遠い。


「そういえば、私が家出してから半年は経過するけどあの人達どうしてるのかな」
「知りたいなら戻る?」
「戻らないって言ったでしょう。戻る以外で知る方法ってある?」
「あるけどおれはどうでもいいから、知りたいなら自分で術を見つけてごらん。魔法の特訓だと思って」
「特訓か」


 自分で言っておいて「まあいいわ」と止めた。あっさりと。


「いいの?」
「うん。何なら、居なくなった事にすら気付いていないかもよ」
「それはないんじゃないかい。第二皇子と結婚の話まで出ていたのに」
「不思議よね~。あれだけメイリンと交流を続けて私には何もしなかったのに」
「不思議だよね~」

 婚約者としての交流は何をしただろうか? ジューリアの記憶が正しければ何もしていない。
 だって、本当に何もしていない。

 誕生日のプレゼントも、婚約者としての交流も、近況を伝え合う手紙のやり取りも、夜会やパーティへのエスコートも、ファーストダンスすらも。

 何もしていない。

 フローラリア家としては魔力量以外何も持っていないジューリアは要らない存在で、要らない存在でも魔力量に目を付けていた皇帝はジューリオが女神と名高いメイリンとしか親しくしなくても問題視しなかった。

 

 ジューリアが絶対の信頼を置く人外の男に。

 ジューリアの頭にヴィルがキスをする。


「天使だって欲しいものは絶対に手に入れたいのさ」
「? 何の話。というか、ヴィルは天使様じゃなくて神様の叔父さんでしょう?」
「うん。そうだよ」
「お兄様やメイリンとも思い出ないけど友達はいたからお別れの手紙くらい送れば良かった」
「送っても構わないよ。どうせ、届いた頃には別の国にいるのだし」
「そうね。腕輪を買ったら可愛い便箋を買いに行きましょう!」


 ジューリアの諦めがあまりに早くなければ、もっとジューリオに拘っていたら、ヴィルも様子見をしようとしていたが。結果はこの通り。一切の未練はない。


「メイリンは皇子殿下を慕っていたし、殿下もメイリンを好んでいたから、私がいなくなって婚約を結んでいたりしてね! そうなると美男美女のカップルの誕生か」


 ジューリアがいなくなった途端、ヴィルが掛けていた魔法の効果は切れた。国を出てまで継続させる気はなかった。出てしまえば此方の物。
 意外だったのはフローラリア夫妻だ。親としての情はあったらしく、痕跡もなく消えたジューリアを必死で探し回っている。更に意外、長男の方も皇太子の力を借りてジューリアを探し回っている。そのままなのは妹メイリンのみ。これで心置きなくジューリオと婚約が出来ると舞い上がったそうだが。


 ジューリオもまたいなくなったジューリアを必死になって探している。

 ジューリアの存在がどうでもよくなる魔法を掛けていたが効果を強くしたのは皇帝のみであって家族やジューリオにはかなり薄くした。

 フローラリア夫妻や兄の場合は、フローラリア家に生まれながらもポンコツなジューリアを甘やかすと我儘な人間に育つからと敢えて厳しく冷たく接してきただけだったらしい。
 ジューリオもキラキラと自分を見るジューリアに好意を抱くも、その後現れたメイリンの美しさに中てられた。最初はメイリンを好ましく思っても、次第に我儘振りに辟易し、自分の都合の良い事しか耳に入らない・語らないメイリンに愛想を尽かしていた。そんな状態でもメイリンと交流を続けたのはジューリアに嫉妬して欲しかったからだった。

 義務を果たさなかった理由までは知らない。ただ、今までの自分の行いがとても褒められたものじゃないと解っていたジューリオは心底後悔しており、見つからないジューリアに日々懺悔している。

 ……と、帝国の教会を担当している大天使が話していた。毎日教会に足を運んでは懺悔するジューリオの声を大天使は律儀に聞いているのだ。それをヴィルに伝えている。
 ジューリオをかなり哀れに、不憫に感じているらしい大天使にジューリアを返してあげてほしいと頼まれているが。


「ヴィル! 好きな人が出来たら真っ先に私に言ってね! すっぱり身を引くから!」
「怖いから冗談でも言わないでくれ」


 長く接している内に情が移った、愛情が湧いて来た。
 何百年も生きてきたのに。
 嘘でも好きな人が出来たと言ったら、ジューリアは宣言通りあっさりと身を引いて姿を消してしまうだろう。
 諦めの早さは美徳であり欠点でもある。

 ヴィルにしても、ジューリオにしても。

 列はかなり進み、腕輪を買うのに時間は掛からないだろう。


「何色にする?」
「丁度、おれと君の瞳の色と同じのがあるから、それを買おうか」
「賛成!」


 ヴィルはジューリアの瞳の青緑を。
 ジューリアはヴィルの瞳の純銀を。

 購入して利き腕に身に着けたのだった。


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