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昨日

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 昨日、呼び出しを受けて登城したラフレーズとシトロンは使者に案内されるがまま応接室に入った。室内には既にメーロ、リチャード、クイーンが居た。リチャードとクイーンの前の席を勧められ、2人が腰を下ろすとメーロが口火を切った。


「ベリーシュ伯爵、ラフレーズさん。来て頂いてありがとう」
「いえ。トビアス様とメーラ様について話があると聞き」
「ええ」


 蜂蜜色の瞳が伏せられると侍女が茶菓子を運んで来た。人数分テーブルに並べると再び出て行った。ティーカップを引き寄せ、砂糖瓶から四角砂糖を1つ入れたメーロが伏せていた瞳を上げた。
 少し晴れ晴れとしている。


「旦那様とは離縁することに致しました。旦那様の実家と私の両親がかなりうるさく騒ぎましたが何とか離縁は現実になりそうです」
「そう、ですか。メーラ様はどうされるのです」
「それについてですが」


 トビアスの実家である侯爵家と先代ファーヴァティ公爵夫妻は、可愛く誰からにも愛されるアップルとメーロの夫であるトビアスが浮気をし、アップルがメーラを身籠っても逆にメーロを責めたのだ。魅力もなく、夫を立てない女だから浮気をされるのだと。幼少期から、婿養子を貰ってファーヴァティ公爵家の為に尽くせと育てられたメーロは様々な我慢を強いられてきた。勉学もマナーも淑女の振る舞いも魔術も。どれも一流と名高い才能と成績を修めるも両親は当然としか見ず、逆にアップルは己の愛らしさを利用して容姿の手入れにのみ力を入れた。更にメーロの持っている物を何でも欲しがり、メーロが断ると両親を使って奪われ続けた。
 婚約者トビアスも同じ。初めて会った時から自分勝手で見目しか取り柄のない男と見抜いていた。トビアス以外をと変更を申したくても、すっかりとアップルが夢中になっていたせいで叶わず。トビアスも愛くるしい美少女を選んだ。侯爵家側も筆頭公爵家の婿という立場を失いたくなかったみたいでメーロの意見には耳を傾けてくれなかった。
 魔術師として優秀で、特に結界魔術に於いてはメーロ以上の才能を持つ者はおらず、クイーンですら絶賛する程。メーロの状況を見兼ねたリチャードが魔術師団に勧誘した。魔術師団は身分が低かろうと女性であろうと才能さえあれば入団出来る。メーロの実力なら問題ないと踏んで。

 当時王太子であったリチャードからの推薦を受けた両親はその時になって焦り出した。いくらアップルが可愛いからと言っても、アップルではファーヴァティ公爵家の運営は出来はしないと。トビアスが婿として期待されているのは何もなく、メーロ本人が顔だけは良いからと最初の頃と比べて変更を願い出なくなったのもある。
 すぐさま説得をされるも聞く耳を持つつもりのないメーロは、学院卒業後はすぐに魔術師団の寮に移った。婚約? 結婚? 知った事ではないと。

 が、そこは筆頭公爵家。なまじ権力だけは強く、メーロだけの抵抗では抗えなかった。リチャードも協力するが先代国王の時代だった為、ファーヴァティ公爵家の存続を危うくさせるトビアスとアップルを夫婦にはさせられないと、強引に公爵邸へと戻されトビアスと結婚式を挙げさせられた。

 ラフレーズは兎も角、シトロンも初耳で驚愕に目を見開いて固まってしまっている。


「メーロ様が数か月だけ魔術師団に在籍していたのは、そういう理由だったのですか……」
「先王陛下にすらお馬鹿と認識されている2人では、ファーヴァティ公爵家は没落の一途を辿るでしょうからね。周りは必死になって私を説得してきましたわ」


 全て跳ね返したとスッキリとした顔で言うのは、彼女の心がそうなっているのだ。
 夫婦としての営みは初夜のみだったのに、グレイスを宿したのは奇跡だとメーロは感慨深く零した。妊娠が発覚すると今までの自分の行いを棚に上げて男の存在を疑われた。

 話を聞いているだけでトビアスはヒンメルの何倍も酷い男という認識がラフレーズの中に生まれる。確かにメーロの言う通り、顔だけは絶世と評価してもいい。


「グレイスが生まれてすぐに魔力検査と血縁検査もしました。当然私と旦那様の子でした。なので、その時は旦那様の顔を結界魔術で3度殴らせていただきました」
「結界で人を殴るという発想はお前くらいなものだ……」


 呆れるリチャードへ不満げな眼をやるも、気を取り直したメーロは更に続けた。

 正式な夫婦となろうがトビアスの女遊びは止まらず、また、アップルとの関係も水面下で継続させていた。メーロと結婚をする際、アップルとは一切関わりを持たないと約束させていたのに平気で破った。浮気をする男が契約書で交わしていない約束を守る筈がないとメーロは薄々感付いており、グレイスが3歳の時に赤子のメーラを連れてアップル共々押し掛けるとは予想していなかった。

 今度こそ堪忍袋の緒が切れたメーロは離縁を所望するトビアスの言う通りに、以前に用意していた離縁状を重力付きで顔面に叩き付けた。その時全治3か月の大怪我を負ったと聞くも知った事じゃない。グレイスを連れて再び魔術師団に戻った。メーロの実力を知っている魔術師団団長は快く迎え、当時から騎士団団長を務めていたシトロンも事情を知り、親身になって助けた。グレイスの面倒は一緒に付いて来た侍女が寮で見てくれた。生活費は魔術師団からの給金で生活可能。豪華なドレスや宝石や食事がなくても気にしないメーロだからこそ、何の躊躇もなくあっさりと屋敷を出て行けた。


「けど結局、両親や侯爵家から泣きが入りました。私が戻るまで帰らないと寮に居座られましたの。結界魔術で追い出して怪我をさせてもしつこくて、先に折れたのは私でした」
「契約書を交わさせておくべきだったな」
「全くですわ」


 苦笑するクイーンが前髪を掻き上げ手を下ろした。特徴的な前髪はピョロンと元の位置に戻った。
 当時を知る者は硬く口止めをされているので、社交界では知れ渡っていない。
 赤子を妊娠するどころか、黙ったまま出産するなり、妻の座を渡せと迫ったアップルとアップルこそが運命の相手と言い張るトビアスの両名を黙らせる方法をメーロに託す条件で屋敷に戻った。

 アップルへの条件は他の相手へ嫁ぐこと。幸いと言うべきか、当時は南国で最も強い影響力を持つ国王が貴賓として招かれていた。ハーレム王としても有名で既に6人の妃がいた。一目見るだけで心奪われる美しいアップルを妃にしたいと南国の王がリチャードに相談していたのもあり、即アップルは南国へ送られた。自分以外に妃が6人もいるハーレム王に嫁ぎたくないと泣き叫ぶアップルを馬車に詰め込んだのは両親。散々アップルを甘やかし、好きにさせてきたツケが回ってきただけ。
 トビアスへの条件は去勢と次に浮気をすれば容赦なく侯爵家へ送り返し、2度とファーヴァティ公爵家の敷居を跨がせないもの。優し過ぎるとメーロが抗議をしても最愛のアップルをハーレム王に奪われ、呆然としているトビアスに過度な罰は与えたくないと侯爵夫妻に泣き付かれた両親が勝手に承諾してしまったのだ。


「侯爵家は既に長男が跡を継いでいますし、跡取りの子にも恵まれています。旦那様の戻る場所はありません」
「先代侯爵夫妻ももう亡くなっているな」
「ええ。処分はお任せしますと言いましたし、無理なら私が処分しますとも伝えました」


 処分とは何かとリチャードに問われたメーロは楽し気に笑んだ。


「アップルが嫁いだ南国の王は男性のお相手も欲していると以前お聞きしました。旦那様、自分の容姿磨きは怠らず体力作りにも余念がない方なので、しっかりとお務めを果たせるかと」
「そうか」


 南国の王は男性なのに同性を欲しがる理由が分からなくてラフレーズが困惑とすると肩にシトロンの手が乗った。


「ラフレーズ、そこは気にしなくていい」
「そう、なのですか?」
「うむ」


 父が気にするなと言うのならそうしておこう。


「メーラ様はどうなるのですか?」


 ラフレーズや他が最も気にしているのはメーラの今後。紅茶を飲み干したメーロの蜂蜜色の瞳が真っ直ぐにラフレーズへと注がれた。


「その前に確認を。ラフレーズさんは、殿下と今後どうありたいのですか?」
「まだ……分かりません。ただ」
「ただ?」
「殿下とのやり直しはきっと無理、です」


『魔女の支配』によって絆を壊されても、最後はお互いが築き上げてきた信頼で再構築した王太子と公爵令嬢の話を聞いた時から考えていた。自分とヒンメルに置き換えても再構築は可能かと。何度考えても出る答えは否のみ。記憶の引き出しを探ってもヒンメルとの思い出で楽しかったことは殆どない、優しく声や瞳を見せられた時がない。
 情報収集の為に近付いたメーラにはあっさりと見せていたものを、ラフレーズには1度も見せていない。
 重く言葉を紡ぐラフレーズを大人達は心配げに見つめ、リチャードとクイーンはどうしようもないと溜め息を吐いた。


「私は殿下との婚約破棄を陛下に求めます」
「……分かった。ヒンメルが目を覚まし次第伝えよう」
「婚約破棄については私から殿下に言わせてください。最後くらい、殿下ときちんとお話がしたいんです」


 まともな話になるかはヒンメルの態度次第。
 再度頷いたリチャードの次にメーロが「メーラについても殿下の気持ち次第にしましょうか」と保留にするかと思いきや。


「殿下がメーラを望むなら愛人なり何なりしたらいいですわ。殿下がメーラを拒むなら、親子3人仲良く南国の王に面倒を見てもらいます」


 ヒンメルが目覚め婚約破棄を伝える時、嘘でメーラが次の王太子妃候補に決まったと伝え、その時のヒンメルの態度でメーラの今後が決まる方針となった。


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