恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

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側にいてほしくなった

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 広い室内一杯に立てられた巨大な本棚全てに収められた蔵書から、1冊を取り出したクイーンはその場でページを捲った。今朝ラフレーズと学院に登校して感じた気配、大昔1度だけ感じた決して忘れられない不愉快な気配だった。もしもあれが今回の件と関わっているなら、当時の記録を読み漁るのが早い。


「もう何百年前になるんだか」


 当時のクイーンは第3王子だった。王太子の長兄と婚約者の公爵令嬢は幼い頃から交流を深め、将来は互いを支え国を守ろうと何度も誓い合っていた。第2王子であった兄といつも微笑ましく眺めていた。この2人なら立派に国を導いてくれると。天才的な魔術の才があったクイーンは国を放浪するか、留まって王国の魔術師になるかどちらかを悩んでいた。
 世界を見て歩きたいクイーンと王国に留まって筆頭魔術師になってほしい兄達とで意見は割れたが揉めはしなかった。
 結局は好きなようにしろ、と苦笑をされたから。


「色々片付いたら、久しぶりに墓参りでもするか」


 年に1度は歴代王族が眠る墓地に足を運んで1日を過ごす。今年はまだ行けていない。
 本を読むのに集中するか、と文字を追っていく最中騒がしい足音が。顔を上げた時と訪問鳥がやって来たのは同じタイミングだった。
 力強く扉を両翼で開けたクエールは大きな声でクイーンを呼ぶ。クイーンにしか見えない、聞こえないにしても大きい。


「うるせえ」
「クワワ、クワワワ!」
「は?」


 手から本が落ちた。
 クエールから話を聞かされ、盛大に舌打ちをした。


「何やってんだあの馬鹿は……!」


 やり直す機会があるのにあの2人は拗れてばかり。今回は最悪だ。ラフレーズが盛大に拒絶し、残されたヒンメルは失意の底まで落ちた顔を見せた。
 2人の近くを飛んで行った大きな黒い鳥。長く生きるクエールでも見覚えのない精霊だと言う。


「そいつがヒンメルやラフレーズに何かをしたのかもな」
「クワワ」
「マリン=コールド……何が目的なんだかな。クエール、マリン=コールドを見張ってくれ。黒い鳥とも関係がありそうだ」
「クワ!」


 元気よく了承したクエールは淡い粒子を残して消えた。残ったクイーンは本を元の位置に戻し、転移魔術で屋敷から学院に戻った。光景を目撃したクエールはすぐにクイーンの屋敷まで走って来たと語っていた。なら、まだいるはずだ。人が来ない場所や隠れやすい場所を虱潰しに足を運ぶと目的の人はいた。膝に顔を埋めて声を押し殺して泣いていた。人のいない場所で膝を抱えて泣いている姿を子供の時から見ていた。
 厳しい王妃教育に、ヒンメルに冷たくされて、気を張り続けていてもいつかは壊れてしまう。
 近付くと涙に濡れた顔を上げ、泣き声でクイーン様と呼ばれた。大きくなってもこの部分は変わらない。

 しゃがんでラフレーズを抱き締めた。何かを言おうとするのを止め、ゆっくり背中を撫でてやる。


「く、いん様っ」
「あーあ、可愛い顔が台無しだ。……事情はクエールから聞いた。ラフレーズ、もし――」
「もう……嫌ですっ……」
「ラフレーズ……」
「私、殿下が好きだったんです、どんなに冷たくされても何時かはって、メーラ様を恋人にした時も何時かはって、期待して。でも、もう無理です。クイーン様に協力してもらって、一泡吹かせて、それで殿下が……」
「うん」


 途中で言葉が切れてもクイーンはずっと背中を撫で続けた。


「殿下が……困ってしまえばいいと、婚約者に恋人が出来た腹立たしさを味わえばいいとっ、思いました。でも、殿下は、私がクイーン様と少しいるだけで怒って、私がメーラ様との事を指摘したら自分の行いを棚に上げてばかりでっ」
「好きなだけ吐いちまえ。お前が楽になるなら幾らでも付き合う」
「っ……本当は、殿下に会ったら謝ろうと思っていたんです。でも、またクイーン様の話をされて、私もカッとなってしまって……殿下が嫌いだと言ってしまって」


 言うつもりはラフレーズにだってなかった。言葉のどれにも罪悪感が滲み出ていた。そこからヒンメルに無理矢理キスをされ、頭に血が上ったラフレーズは絶縁の言葉を叫んでしまった。
 屋上を出ても聞こえたヒンメルの叫びに耳を塞いで。

 話を聞き終えたクイーンは背中を撫で続けたまま問うた。


「お前はどうしたいんだ?」
「私は……もう、疲れました。殿下にどんな思惑があろうと殿下の婚約者であり続ける自信が無くなりました」
「なら、王太子妃にはメーラ=ファーヴァティがなるかもしれんぞ?」
「……良いのではありませんか。殿下はメーラ様といる方が楽しそうでしたし。……メーラ様には、私に向けていた冷たい瞳も声も態度も何も向けませんでしょう」


 メーラが王太子妃になる可能性が高くなれば、間違いなくメーロが絶対に駄目だと反対するだろう。
 ファーヴァティ家の問題はファーヴァティ家が解決するべきなのでクイーンは敢えて深くは考えなかった。

 背を撫で続けていた手を止めた頃には、ラフレーズは泣き止んでおり。泣きすぎて赤くなった目元をハンカチで拭った。ついでに頬も。恥ずかしそうに目を伏せ、口を小さく開閉しては声を出すのを躊躇うラフレーズ。

 クイーンはある事を訊ねた。


「ラフレーズに聞きたい事があるんだが。屋上で大きな黒い鳥を見なかったか?」
「クイーン様はご存知なのですか?」
「どこで見た?」


 場所は屋上でだが見たのは一瞬ですぐにヒンメルに気を取られ、何処へ行ったかまでは聞けなかった。当時屋上にはマリン=コールドが隠れていたと話すと疑問を強くした。


「マリン嬢の目的は私と殿下の婚約解消なのでしょうか……」
「もしそうなら、メーラとヒンメルが婚約出来るようになるからな」
「マリン嬢がメーラ様と殿下の婚約が目的とするなら、考えられるのはコールド家とファーヴァティ家に繋がりを作る為……?」


 が、コールド男爵がファーヴァティ家に益を齎すかと言えばそうでもない。クイーン曰く、腹黒い噂が絶えないとのこと。


「若しくは、王太子妃付き侍女として王宮に上がるのが目的とか……ですか?」
「どうだろうな。侍女として雇用するにも素質がいる。マリン=コールドが王太子妃の侍女になれる器用さを持っているとは思えん」
「メーラ様と大層仲が良いのでメーラ様が選べばなれるのでは」
「だとしてもだ。侍女になりたいが為とは思えない。あの女には、もっと別の理由があるだろうよ」


 その理由が何なのか、ほんの欠片程度の情報でもいいから欲しい。


「魔術でマリン嬢を監視してみましょう」
「それしかないか。例の黒い鳥はクエールに任せた。俺やラフレーズは精霊の異変の調査とマリン=コールドの監視だな」


 涙は止まり、立てるようになったラフレーズだがまだ微かに体が震えていた。教室に戻ったらヒンメルはきっといる。
 気丈に振る舞うラフレーズを心配し、何かを言われる前に転移魔術で屋敷に飛んだ。


「教師には俺が後から連絡を入れる。少しの間、ゆっくり休め」
「マリン嬢や精霊は……」
「マリン=コールドに関しては、お前がいない方が案外尻尾を見せるかもしれないぜ?」


 今は特にそうであろう。ヒンメルとの仲に決定的に亀裂が入った瞬間を目撃し、大喜びしていたマリンだ、ラフレーズがいない今日を狙ってメーラを嗾けヒンメルに急接近させると見る方が高い。


「ベリーシュ伯爵邸へ連絡を入れてもいいですか?」
「今日はいればいいさ。伯爵にも俺から話をつける」
「お父様に心配を掛けるのは」
「掛ければいいさ。伯爵の場合は、手が掛からない子供より掛かる子供の面倒を見る方が合っているしな」


 クイーン個人としてもラフレーズにはいてほしい。首を傾げられて、何でもないと誤魔化した。

 頭を撫でて早速頼み事をした。

 ヒンメルに一泡吹かせてやりたいという頼みを聞いただけの恋人役なのに、必要以上の気持ちをもってどうするのかと。



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