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花祭りー帰りなさいー

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 今し方、メーロの放った強烈な台詞により、衝撃から返ってこないヒンメル。夜会で見掛けるファーヴァティ公爵夫人といえば、夫の後ろに控えて自分の意見は言わず、ずっと微笑んでばかりの静かな女性。我儘で自信家なメーラとは対照的な性格という認識は捨て去った。呆然とするヒンメルへ貴婦人の笑みを見せ、ラフレーズが置いて行った髪飾りを持って去ってしまった。







 今日の花祭りでメーラの誘いは事前に断っていた。一緒に行くのはラフレーズと最初から決めていた。婚約者という理由もある、義務だからもある、1番はラフレーズと一緒にいたかったからだ。
 待ち合わせ場所を変えられ、時間になっても現れないラフレーズに心は諦めかけるも、彼女は来てくれた。おじクイーンと来た理由も納得がいった。

 今日ばかりは誰の邪魔も入らないと油断した矢先のメーラの登場。最初は父とベリーシュ伯爵との極秘任務を理由に近付いた。利用しているだけでも、情は生まれる。腕に抱き付いたメーラを離せなかった。どうメーラを納得させて帰らせるかと思案している間に、いつの間にかラフレーズがいなくなっていた。更にドレスに合わせて作らせた髪飾りが地面に置かれていた。
 悩んでいる僅かな時間でラフレーズに見捨てられた……目の前が真っ暗に染まった。メーラの腕を強引に離して髪飾りを拾い来た道を戻った。走って噴水広場へ来るがラフレーズの姿はない。遠くへは行っていないと信じ、婚約の誓約魔術を辿ろうとして呆然とした。

 ……ラフレーズに解除されて今誓約魔術は身に刻まれていなかった。ということが頭から抜けていた。
 ラフレーズを必死に探す。婚約の誓約魔術の繋がりがなくても、他の魔術を使って探せばいい。

 そんな時――


「王太子殿下」


 予想外の相手が現れた。
 メーロ=ファーヴァティ。メーラの母であり、魅惑的な赤い髪や蜂蜜色の瞳はメーラとそっくりだ。否、メーラがメーロにそっくりなのだ。


「奇遇ですわね。何か探し物でも?」
「ラフレーズを見なかったかっ」


 ラフレーズが見つかるなら何でもする。なりふり構っていられなかった。


「わたしがお預かりしました」
「な、どういう――」
「殿下はメーラといらしたら良いではありませんか」


 次期国王として厳しく育てられてきたヒンメルだが、相手に冷酷な声を出された回数は滅多にない。突き放し、氷の冷たさを纏った声に全身が固まった。
 王太子が自分の娘と恋仲となった。メーロも知っており、口煩いとメーラが話していた。
 娘を選んでほしいわけでも、ない。メーロの声に媚もない。

 目的がさっぱり分からない。


「王太子殿下。わたし、ずっと聞きたかったのです。婚約者がいるのに平然と浮気をする貴方の神経を」


 目の前の女性がメーロ=ファーヴァティという皮を被った他人なら、まだ納得がいく。それほどまでに雰囲気が違う。
 突然過ぎる言葉に何も言えないでいれば、瞳から威圧が消えて何も宿していない貼り付けた微笑みだけが残った。


「ごめんなさい。浮気相手の母親に言える筈もありませんわね」
「……」
「今のは忘れてくださいな」


 悪戯が失敗したように笑うメーロはころころと雰囲気が変わっていく。真正面から浮気だと指摘された事がなかった。それもメーラの母から指摘された。他の誰かに言われる以上に衝撃は強い。


「学生の遊びだったとしても、貴方が彼女を裏切っているのは変わりありません。本気であろうが遊びであろうがわたしは殿下――貴方を軽蔑しますわ」
「……」


 国王とベリーシュ伯爵だけが知る極秘任務でメーラに近付き、恋人の振る舞いをしているだけとは言え。周囲から見ればヒンメルがメーラを大切にしているのは明白。そのせいでラフレーズとの関係が悪くなり破綻しかけている。挙句クイーンと恋人にまでなられた。
 微笑みの瞳の奥には隠す気もない言葉通りの感情があった。
 理由が言えず、かといって、他の言い訳も思いつかず。黙ったままとなってしまった。


 メーロは眉尻を下げて苦笑した。


「王太子殿下に向かって軽蔑だなんて無礼でしたわね。申し訳ありません」


 深く頭を下げられるもヒンメルは責める言葉も謝罪を受け取る素振りも見せられなかった。メーロから少しも悪いという気持ちは伝わってこない。呆然と見つめていたら、顔を上げたメーロは感情が読めない微笑みを浮かべていた。
 貴婦人の仮面は鉄で作られていると言っていたのは誰か。表面だけを見て甘く見れば、痛い目を見て泣くのは自分となる。


「っ、夫人、ラフレーズがいるのは何処ですか」
「殿下、今日はお帰りなさい。メーラは放っておいて構いませんよ」
「放ってって……」
「親の言い付けを破って勝手に外に出たメーラの自己責任です。分別がつかない幼子ではないのです。それで何が起きようがメーラがどうにかしなければなりません。わたしは一切手を貸しません」


 尚もメーラの身が心配ではないのかと詰ろうとした矢先、放たれた言葉によって静止した。


「貴方が大事なのはラフレーズさんですか? メーラなのですか? どちらなのです」


 此方側の理由でメーラに近付いた。メーラには少なからず情がある。王妃教育の賜物で感情の起伏が少なくなっていたラフレーズに嫉妬させ、仄暗い喜びを抱いた時もある。
 いざとなると選んでしまうのはラフレーズだ。

 ラフレーズの名を叫んでもメーロから放たれる冷たい眼はヒンメルから逸らされない。寧ろ、冷たさが増した。


「メーラが嬉しそうに言うのです。ラフレーズさんは殿下の寵愛を受ける私が羨ましくて嫉妬してくる、殿下に愛されているのは私だ、と。聞いている此方がうんざりする程に」
「……」
「もう1度言いますわね。殿下、このまま1人で帰るか、メーラを拾って花祭りを楽しんでくださいな。わたしは止めはしません。ただ……1つだけ。わたし、浮気はこの世で1番嫌いなんです」
「っ!!」


 2度目に言われた浮気という言葉には殺気を感じる程の恐ろしさがあった。ほんの刹那、メーロの蜂蜜色の瞳が昏くなった。注目していないと見えなかった。もう光が戻って悍ましい昏さはない。
 自分達の周囲には花祭り参加者が大勢いるのに、誰1人気にしない。周辺を人々は避けて歩いている。漸く気付くとメーロはヒンメルの驚きを察知し、人払いの結界を張っているからだと言う。
 魔術に優れているとも聞かない。短い時間でメーロの印象が大きく変わって処理が追い付かない。
 遠くからメーラのヒンメルを探す声が聞こえる。気を取られると手に持っていた髪飾りの感触が消えた。ハッとなるも、髪飾りは気配もなくすぐ側に来ていたメーロに奪われていた。


「ラフレーズさんの髪飾りですね? 彼女が着ていたドレスにピッタリですわ」
「僕がラフレーズにっ」
「いいえ。わたしが渡します。では」


 取り戻そうと手を伸ばすも、視線だけで動きを止める氷の眼で見られ、伸ばした手は届かなかった。


「他家の令嬢であるラフレーズを夫人が気にする理由はなんですか!」


 足を止めたメーロはくるりと振り向いた。少女を連想とさせる花の笑顔は、先程からの態度と正反対。


「友人であるフレサ様と憧れの騎士様であるベリーシュ伯爵の娘ですよ? 気に掛けるのは当然ですわ」
「憧れの騎士様……?」
「ふふ。ご機嫌よう」


 淑女の礼を見せたメーロは今度こそ行ってしまった。ヒンメルが何度呼び止めても歩みは止まらなかった。






 ――馬車へ向かう道中、言い過ぎたと反省するメーロ。言い過ぎたとはヒンメルのメーラへの態度について。今までラフレーズ以外の令嬢にひよこ豆程度も興味を示さなかった王太子が学院に入学してからメーラと恋人になった理由が知りたかった。


「メーラを好きになって恋人にはなさそうね、あの態度は」


 メーラ本人は愛されているから恋人になれたのだと豪語している。


「まあ、理由があるにせよ、決められた相手がいるのに他の相手に走る浮気者の心情なんて知りたくないわ」


 恐らく理由はあるのだろうが、メーラへの態度が真実慈しむものだからこそラフレーズは深く傷付いている。相手の令嬢が他家の娘なら良かったのに。よりにもよってメーラを選ばれるなんて。と嘆息する。


「わたしだけが頑張ろうと旦那様やメーラ本人がねえ……」


 個人の努力だけでは叶わない悩みもある。
 馬車にはきっとラフレーズもいる。
 戻ったら美味しいを御馳走しよう。


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