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極秘任務

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 父シトロンが戻ったのは昼前。気を利かせた執事が、魔術で召喚した伝書鳩でシトロンにラフレーズが体調不良で早退をしたと伝えていた。戻ってすぐに部屋を訪れてくれた父に若干の申し訳なさが。手に持っているバケットを気にするとシトロンは軽々と持ち上げた。


「ラフレーズの体調が優れないと聞いて、街で果物を買った。食べられる物があれば食べなさい」
「ありがとうございますお父様。あの、後でお父様に話したいことがあるのです」
「……ひょっとして、クイーン様や王太子殿下に関する?」
「!」


 シトロンから出された2人の名前に肩が跳ねた。これだけで知られるのは十分。バケットを下げた父は、後ろに控えていた執事にバケットを託し、室内に入った。
 ソファーに座ってもらうとラフレーズは隣に腰を下ろした。


「私が登城したのは、陛下にクイーン様から話があると報せを受けたからだ」
「クイーン様が……」


 クイーンは学院を後にすると国王の元へ足を運び、ベリーシュ伯爵を登城させろと迫ったとか。シトロンが駆けつけると人払いの魔術を展開し、国王・シトロン・クイーンだけの空間を造り上げた。


「ラフィ。クイーン様の恋人になった、というのは本当か?」
「う……は、はい。私が昨日クイーン様に恋人になってほしいと頼んだのです」


 話すのはまだ先だと呑気に構えているのではなかった。全てを白状した。
 メリーくんを出してもシトロンは精霊が見えると知っているので口は挟まなかった。恋人に夢中なヒンメルを見返してやりたかっただけなのが、今日大勢の生徒の前でクイーンが堂々と恋人発言をしたので知れ渡る事実となった。よくよく考えると、これはヒンメルとメーラの仲を後押しする結果になってないだろうか。
 ヒンメルとしては、下に見ていた婚約者が自分よりも上の相手と恋人になって面白くないのは明白。そうでないなら、自分を棚に上げてラフレーズを責めたりしない。

 訳を話し終えるとシトロンは眉間に濃く皺を寄せていた。発せられる雰囲気も重苦しい。優しい父も今回ばかりは怒るだろう。閉ざされていた瞳に怒気はなく、代わりに罪悪感を滲ませていた。


「すまなかったラフレーズ。お前が王太子殿下との関係に悩んでいると知っていたのに、なんの力もなれず」
「お父様のせいではありません。元々、殿下は隣国との関係強化の為に結ばれた婚約を嫌がってましたから。昨日メーラ様にそう言ってました……」
「何?」


 途端、シトロンを纏う空気が変わった。国を背負う次代の王となる者が簡単に滑らせていい台詞じゃない。ラフレーズは慌てて修正しようとするも、既に遅かった。数度事実かと確認され、他者を圧倒させる騎士の覇気に勝てずラフレーズは全てに頷いた。

 顔を片手で覆ったシトロンは暫し固まった後、盛大に溜息を吐いた。


「そうか……なら、仕方ないな」
「お父様?」
「ラフレーズ。クイーン様と恋人になって殿下を見返す、一泡吹かせてやりたいだろうが1つ聞かせてくれ。クイーン様は、無条件でお前の頼みを聞いたのか?」
「それは……」


 ちゃんと条件はある。
 精霊の衰弱する原因を探るという、精霊が見える者にしか不可能な頼み。ヒンメルがメーラと恋人になったのは理由があるとクイーンは告げていた。父は国王から絶大な信頼を寄せられる王国の忠臣。理由を知っているかもしれない。
 逆に、その事を訊ねると苦い顔をされた。
 やはり、父は知っている。


「クイーン様と同じだ」
「クイーン様もですか? 陛下はご存知かもと仰ってましたが」
「私も知っているんだ。……ただ、すまない。これは陛下と王太子殿下、私しか知らない極秘任務。まだ、知られるわけにはいかないんだ」
「そうですか……」


 重要な地位にいる者が極秘に3人動き、まだまだ情報が足りてないと付け足されると錚々たる案件と抱いた。シトロンは父であると同時に国を守る忠臣であり、伯爵でもある。家族よりも王国に重きを置くのは当然であった。
 悲しいと抱いていけないと自分を叱り、分かりました、とラフレーズは頷いた。


「お父様や殿下の任務の邪魔は決してしません。これ以上の詮索は致しません」
「すまないな。私もクイーン様の条件を無理に聞こうとは思わない。ただ、これだけは教えてほしい。クイーン様の頼み事は危険なことではないのだな?」
「はい」


 こちらもまだ詳しい情報は全然な上、何かあれば精霊が助けてくれるようにクイーンが話をつけてくれていると言った。


「お前に精霊が見える目があって良かった。メルローは年の割に大人びているし、私も家に長くいられないから、自然とお前達と接する時間が限られてしまった」
「いいえ、お父様。私、騎士として働くお父様が好きですわ」


 何度か、父に会いたくて泣いているラフレーズの為に幼いメルローが執事や侍女を連れて鍛錬場にいる父に会わせてくれた。
 父に抱っこをされるとあっという間に泣き止むラフレーズへ優しく笑うメルローは小さい時分から既に兄としての自覚があったからだろう。
 その時は、メルローも父に抱っこをされて嬉しそうに笑っていた。

 そろそろ昼食を伝えに誰かが来る。
「もう1つ、聞かせてください」とラフレーズはヒンメルとメーラの仲について意見を求めた。


「お父様は殿下とメーラ様をどう見ますか。私は……」
「ラフレーズ。その件について、今日はクイーン様と陛下と話した。必要以上にメーラ様と親しくする必要はないと何度も苦言を呈したのだが聞き入れてもらえなくてな。私や陛下が言うと殿下は意固地になってしまった……」
「きっとメーラ様の側が心地良いのでしょう……。私には、1度だってあんな風に笑ったりしませんでした……」


 思い出すだけで胸が締め付けられ、心が鋭い氷の刃で何度も刺される。婚約の誓約魔術を解除してしまったせいで体のどこかに空洞が出来て虚しさだけが突き抜けていく。


「……これはあくまでも1つの選択肢として聞きなさい。
 ラフレーズ、お前が望むなら王太子殿下との婚約を白紙に戻してもいい」


 シトロンから示されたのは、早退する前メリーくんと考えていたものだった。
 考える時間が欲しいとシトロンに言い、昼食を報せに来た執事に返事をし、一緒に食堂へ向かった。



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