8 / 44
極秘任務
しおりを挟む父シトロンが戻ったのは昼前。気を利かせた執事が、魔術で召喚した伝書鳩でシトロンにラフレーズが体調不良で早退をしたと伝えていた。戻ってすぐに部屋を訪れてくれた父に若干の申し訳なさが。手に持っているバケットを気にするとシトロンは軽々と持ち上げた。
「ラフレーズの体調が優れないと聞いて、街で果物を買った。食べられる物があれば食べなさい」
「ありがとうございますお父様。あの、後でお父様に話したいことがあるのです」
「……ひょっとして、クイーン様や王太子殿下に関する?」
「!」
シトロンから出された2人の名前に肩が跳ねた。これだけで知られるのは十分。バケットを下げた父は、後ろに控えていた執事にバケットを託し、室内に入った。
ソファーに座ってもらうとラフレーズは隣に腰を下ろした。
「私が登城したのは、陛下にクイーン様から話があると報せを受けたからだ」
「クイーン様が……」
クイーンは学院を後にすると国王の元へ足を運び、ベリーシュ伯爵を登城させろと迫ったとか。シトロンが駆けつけると人払いの魔術を展開し、国王・シトロン・クイーンだけの空間を造り上げた。
「ラフィ。クイーン様の恋人になった、というのは本当か?」
「う……は、はい。私が昨日クイーン様に恋人になってほしいと頼んだのです」
話すのはまだ先だと呑気に構えているのではなかった。全てを白状した。
メリーくんを出してもシトロンは精霊が見えると知っているので口は挟まなかった。恋人に夢中なヒンメルを見返してやりたかっただけなのが、今日大勢の生徒の前でクイーンが堂々と恋人発言をしたので知れ渡る事実となった。よくよく考えると、これはヒンメルとメーラの仲を後押しする結果になってないだろうか。
ヒンメルとしては、下に見ていた婚約者が自分よりも上の相手と恋人になって面白くないのは明白。そうでないなら、自分を棚に上げてラフレーズを責めたりしない。
訳を話し終えるとシトロンは眉間に濃く皺を寄せていた。発せられる雰囲気も重苦しい。優しい父も今回ばかりは怒るだろう。閉ざされていた瞳に怒気はなく、代わりに罪悪感を滲ませていた。
「すまなかったラフレーズ。お前が王太子殿下との関係に悩んでいると知っていたのに、なんの力もなれず」
「お父様のせいではありません。元々、殿下は隣国との関係強化の為に結ばれた婚約を嫌がってましたから。昨日メーラ様にそう言ってました……」
「何?」
途端、シトロンを纏う空気が変わった。国を背負う次代の王となる者が簡単に滑らせていい台詞じゃない。ラフレーズは慌てて修正しようとするも、既に遅かった。数度事実かと確認され、他者を圧倒させる騎士の覇気に勝てずラフレーズは全てに頷いた。
顔を片手で覆ったシトロンは暫し固まった後、盛大に溜息を吐いた。
「そうか……なら、仕方ないな」
「お父様?」
「ラフレーズ。クイーン様と恋人になって殿下を見返す、一泡吹かせてやりたいだろうが1つ聞かせてくれ。クイーン様は、無条件でお前の頼みを聞いたのか?」
「それは……」
ちゃんと条件はある。
精霊の衰弱する原因を探るという、精霊が見える者にしか不可能な頼み。ヒンメルがメーラと恋人になったのは理由があるとクイーンは告げていた。父は国王から絶大な信頼を寄せられる王国の忠臣。理由を知っているかもしれない。
逆に、その事を訊ねると苦い顔をされた。
やはり、父は知っている。
「クイーン様と同じだ」
「クイーン様もですか? 陛下はご存知かもと仰ってましたが」
「私も知っているんだ。……ただ、すまない。これは陛下と王太子殿下、私しか知らない極秘任務。まだ、知られるわけにはいかないんだ」
「そうですか……」
重要な地位にいる者が極秘に3人動き、まだまだ情報が足りてないと付け足されると錚々たる案件と抱いた。シトロンは父であると同時に国を守る忠臣であり、伯爵でもある。家族よりも王国に重きを置くのは当然であった。
悲しいと抱いていけないと自分を叱り、分かりました、とラフレーズは頷いた。
「お父様や殿下の任務の邪魔は決してしません。これ以上の詮索は致しません」
「すまないな。私もクイーン様の条件を無理に聞こうとは思わない。ただ、これだけは教えてほしい。クイーン様の頼み事は危険なことではないのだな?」
「はい」
こちらもまだ詳しい情報は全然な上、何かあれば精霊が助けてくれるようにクイーンが話をつけてくれていると言った。
「お前に精霊が見える目があって良かった。メルローは年の割に大人びているし、私も家に長くいられないから、自然とお前達と接する時間が限られてしまった」
「いいえ、お父様。私、騎士として働くお父様が好きですわ」
何度か、父に会いたくて泣いているラフレーズの為に幼いメルローが執事や侍女を連れて鍛錬場にいる父に会わせてくれた。
父に抱っこをされるとあっという間に泣き止むラフレーズへ優しく笑うメルローは小さい時分から既に兄としての自覚があったからだろう。
その時は、メルローも父に抱っこをされて嬉しそうに笑っていた。
そろそろ昼食を伝えに誰かが来る。
「もう1つ、聞かせてください」とラフレーズはヒンメルとメーラの仲について意見を求めた。
「お父様は殿下とメーラ様をどう見ますか。私は……」
「ラフレーズ。その件について、今日はクイーン様と陛下と話した。必要以上にメーラ様と親しくする必要はないと何度も苦言を呈したのだが聞き入れてもらえなくてな。私や陛下が言うと殿下は意固地になってしまった……」
「きっとメーラ様の側が心地良いのでしょう……。私には、1度だってあんな風に笑ったりしませんでした……」
思い出すだけで胸が締め付けられ、心が鋭い氷の刃で何度も刺される。婚約の誓約魔術を解除してしまったせいで体のどこかに空洞が出来て虚しさだけが突き抜けていく。
「……これはあくまでも1つの選択肢として聞きなさい。
ラフレーズ、お前が望むなら王太子殿下との婚約を白紙に戻してもいい」
シトロンから示されたのは、早退する前メリーくんと考えていたものだった。
考える時間が欲しいとシトロンに言い、昼食を報せに来た執事に返事をし、一緒に食堂へ向かった。
48
お気に入りに追加
3,016
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。
しげむろ ゆうき
恋愛
姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。
全12話
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる