悪魔の甘美な罠

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縛られたら何も出来ない1

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 お昼寝から起きた私がいなくなったルーを待って刺繍を編んで約十分程度経った後――


「ただいま、ミリーちゃん」
「ルー!」


 いつもと変わらない……ううん、何だか愉しそうな表情をしてルーが戻った。
 刺繍を一旦テーブルに置いてルーに駆け寄った私は、両手を広げて待っていてくれるルーに抱き付いた。


「お帰りルー。何処へ行っていたの?」
「父上に呼ばれていたんだ。ミリーちゃんに大事な話があるから聞いてくれる?」
「うん」


 魔王陛下に呼ばれてって事は、何かお仕事を命じられたのかな?
 ルーに腰を抱かれてまたソファーに座った。私の髪を愛おしげに指で梳くルーが驚く言葉を言った。


「今度、俺と『人間界』へ行こう」
「どうして?」
「父上の命令でね。ちょっと、行かなきゃならない事情が出来たんだ」


 他の王子や王女では任せられないお仕事らしく、でも私を置いては行けないから連れて行くのを条件に承諾したとか。


「どんなお仕事か聞いてもいい?」
「ごめんね。こればかりはミリーちゃんには教えられないんだ」


 申し訳なさそうな顔をするルーに私は首を振った。


「う、ううん! ルーが謝る事じゃないよ」


 ルーは『魔界』の第二王子。王子としての公務はきちんと存在する。私を傍に置くのを条件に仕事をするルーだけど、内容によっては話せない仕事は勿論ある。軽々しく聞いてしまった自分が嫌になる。
 ルーがどんなに私を大事にしてくれても、明かしていいものとしてはいけないものはきちんと存在する。

 でも、『人間界』か。


「十一年振りに戻るのね……」


 お父様やお母様は元気かな……。
 ……でも、今更よね。家族を捨てた私が両親を心配する権利はない。


「ご両親が気になる?」


 人の心を読んだようなタイミングで聞いてくる。うん……と小さく頷くと頭に柔らかい何かが当たった。
 それがルーの唇だと判断するのに時間は掛からなかった。


「まあ、それはそうだよね。ミリーちゃんを『魔界』へ連れて来る時、カモフラージュとして君を殺した事にしたから」
「……」


 十一年前、私を『魔界』へ連れて来る前にルーは私の死を偽装した。姿が消えただけだと逃げ出したと判断される為。もしも、私が逃げ出したとなるとアクアローズ伯爵家に責任がいく。最後の最後で両親に要らない責任を負わせたくないという私の我儘をルーは聞き入れてくれた。
 その時ルーが提案したのが私の死を偽装するものだった。
 逃走ではなく、誰かに殺されたというものだったら逆に警備の不備があったとして王国側に責任がいく。伯爵家に責任は問われない。ルーがいるからスノー殿下には何の感情も抱いていなかった私は迷いもせず頷いた。

 ふと、どんな偽装をしたのかが気になってルーに聞いてみた。


「ねえ、ルー。ルーは私の死を偽装したって言ってたけど、どんな風に偽装したの?」


 当時は知らなくていいと言われたから頷いたけれど、もう十一年も経ったのだから教えてくれても良い筈。


「うん? うーん……純粋なミリーちゃんに話して嫌われるのは嫌だな」
「嫌ったりしない。私がルーを嫌いになったりなんかしないもん」
「でも、聞いて気分の良い話じゃないんだよ?」
「……」


 それはそうかもしれないけど……。


「こんな話より、もっと別の話をしよう。ミリーちゃん、それでいい?」
「うん……」


 ルーにそこまで言われたらもう聞けないよ。


「『人間界』への出発は六日後にするよ。何でも、その日はお祭りがあるみたいだから。『収穫祭』だっけ」
「それなら知ってるよ」


 毎年ヘーリオス王国で行われる大きな祭事の一つ。その年に収穫された農作物を祭壇に捧げ、恵みを神に感謝をするのと同時に翌年の恵みを神に祈るお祭り。王国中の人が集まるので期間中は常に人が多く、皆お祭りに浮かれ気味となる。
 ただ、物心つく前から他人との接触を最低限に抑えられていた私は『収穫祭』に参加した事はない。期間中も変わらず屋敷にいるだけ。ただ、世話係をしてくれていた侍女が楽しそうに話してくれていたのは覚えてる。


「今から楽しみ!」
「良かった。でも、俺の仕事が終わってからでないと参加出来ないけどいい?」
「うん。ルーのお仕事が優先だもん。その間、私は何をしたらいいの?」
「宿は予め取っておくから、そこにいて。ミリーちゃんを『人間界』へ連れては行けても、今回は仕事自体に付き合わせる訳にはいかないから」
「私もそこまで我儘は言わない。でも、無事に帰って来てね?」


 どんなお仕事を魔王陛下に命じられたかは知らないけど、私にとって一番大切なのは彼がちゃんと無事に戻って来てくれる事。怪我をしても、聖女の私では魔族の彼を癒せない。


「分かってるよ。面倒だけど、危険ってわけじゃないから」
「そう、なの?」
「そうだよ」


 ルーの唇が私の額にそっと触れた。宝物に触れるかのような優しい口付けに心が暖かくなる。もっとルーを感じたくて背中に両腕を回した。


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