悪魔の甘美な罠

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貴方がいないと何もできない3

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    次に目を覚ますと外はすっかりと夜空に包まれていた。
 眠る前はまだお昼だった。何時間寝たんだろう。
 隣を見るとルーがいない。シーツを触るとまだ微かに温かい。私が起きる少し前にルーも起きたんだ。
 身体を起こし、ベッドから降りて寝室を出た。てっきり部屋にいると思ったのにいない。


「何処に行ったの?」


 ルーは私を置いてあまり部屋を出ない。余程の事じゃない限りは。
 このままルーを待っているか、外に出てルーを探すか。
 ……でも、もし外に出てルーを見つけたとしても、私に待ち受けているのは――


『あ、あああっ、るう、るーもお、やらあっ』
『何が嫌? 俺は言ったのにね? 一人じゃ絶対外に出ちゃいけないって? 約束を破ってお仕置きされるのは当然だよ』
『きゃあ……! あ、あん……ああっ……くうん……!』


 ……媚薬を飲まされ、何時間も犯され続けるお仕置きだ。
 ルーはどんなに怒っていても乱暴はしない。ただ、可笑しくなる程の快楽を与え、更に私をきつく縛って束縛する。
 悪魔は独占欲が強い生き物なんだよとルーは言う。でも、ルー以外の人と一緒になる気持ちが微塵も沸かない私には、悪魔の独占欲は魅力的だった。
 だって、愛情があるから独り占めしたくなるのでしょう? それは、つまりルーが私を愛してくれてるから傍に置きたいのでしょう?


「ルー……」


 何処? 何処へ行ったの? 早く、早く帰って来て、ルー……。
 幼い頃、王城で生活した日々を思い出す。ルーと会えない時間が酷く寂しかった。朝・昼・夜、必ず一度は会いに来てはくれてもずっと一緒にはいてくれないから常に寂しかった。『魔界』に来てから、一人だった時間は皆無に等しい。第二王子としての公務は存在するが、全部私を傍に置いて熟している。一度、王妃様の子である第一王女殿下ヒルダ様に苦言を呈された事がある。人間の娘を大事な公務に関わらせるなと。
 幾らルーが私を大事にしてくれても、所詮は人間でそれも聖女。快く思わない人だっている。寧ろ、簡単に受け入れてくれたメリル様が寛大過ぎた。ヒルダ様の言葉は正しい。何も言えず、俯く私の髪にキスを落としていたルーが身体中の体温が消える冷めた声を発した。


『それが? 常にミリーちゃんを傍に置いておきたいと父上に頼んだのは俺だけど、認めたのは父上だ。王妃の子だからといって、魔王の決定に逆らうの?』


 メリル様と魔王陛下の子はルー一人だけ。他の王子や王女は王妃様と王妃様の従者の子、である。詳しい理由は知らない上、気にするものじゃないとルーは話してくれないから今も知らない。魔王陛下の実の子じゃなくても、実力主義なので血はあまり重要視しない。過去の魔王には、平民出身の人もいたのだとか。


「人間の王族は血筋を何よりも重んじるものね」


 世界が違うだけでこんなにも違ってくるとちょっと面白い。


「ルーを待ってる間、何をしたらいいのかな」


 部屋には沢山の本や人形がある。
 ふと、私は作りかけの刺繍を視界に入れた。
 以前、貴族令嬢は嗜みとして刺繍が出来ないといけないのと話すと俺のも作ってよと言われ、少しずつ作業を進めていた。
 ここ最近は抱かれ続けていたから全然してない。ルーが戻るまで刺繍の続きをしようとソファーに座った。



 ◆◇◆◇◆◇
 ◆◇◆◇◆◇


 桜色の癖のある髪を揺らし、炎に燃えるような赤い瞳をした青年ルーリッヒは、自分を呼び出した父である魔王の前にいた。
 魔王城の最上階にある部屋。本来であれば、罪を犯した上位貴族を捕らえる為の部屋であるが父フィロンが愛しいメリルを閉じ込める為の部屋と変えた。罪人を閉じ込める部屋を唯一愛する令嬢を閉じ込める部屋に使用するとは……。
 我が父ながら呆れるとルーリッヒは溜め息を吐いた。
 フィロンのメリルに対する愛は尋常じゃない。それはフィロンの血を唯一受け継ぐルーリッヒがよく理解している。桜色の髪と赤い瞳はどっちにも似てない。フィロンは青みがかった銀糸に冷たい紺碧の瞳。メリルは栗色の長髪に青と紫が混じった瞳。曰く、ルーリッヒの髪と瞳の色はメリルの母に似たらしい。顔立ちはフィロンそっくりで笑うと周囲を和やかにさせるのはメリルに似た。但し、本人に和やかにさせる気は全くない。

 母メリルを膝に置いて飽きる事もなく髪を指で滑らせていく父フィロン。頬を染めながらも困った顔でフィロンを見上げたメリルは「フィロン様」と鈴の音を転がしたような可憐な声を発した。


「ルーリッヒが困っています。ちゃんとルーリッヒを見てください」
「俺はいいですよ母上。呼び出された理由は何となく分かりますので」


 そうなの? と言いたげな眼がルーリッヒとフィロンを見比べる。メリルの額にちゅっとキスを落としたフィロンが初めてルーリッヒへ紺碧を向けた。


「ルーリッヒ。翌年に『人間界』で件の王国の王太子と王太子妃の婚姻の儀があるのは知っているな?」
「知ってるよ。ミリーちゃんの元婚約者と家柄で決められた令嬢の結婚式なんてこれっぽっちも見たくないけど」
「おれが言いたい事は分かるな?」
「……」


 フィロンへ不満げな顔を惜し気もなく晒すルーリッヒ。話の内容がよく分からないメリルだけおろおろとしている。


「そうやって十一年前も同じように命令したよね。聖女が覚醒する前に殺せって。まあ、俺としちゃミリーちゃんと会えて良かったけど。でも、どうして今更? 聖女であるミリーちゃんは俺のものになったのに」
「『人間界』で人間に混じって生活しているネーヴェから連絡が入った」


 ネーヴェとはフィロンの弟であり、ルーリッヒにとっては叔父にあたる。フィロンが魔王になったと同時に祖父と共に『人間界』で悠々自適な生活を送っているとか。だが、『魔界』に不利な事が起こると使い魔をフィロンへ寄越し状況を報告している。十一年前、ルーリッヒが聖女殺害を命令されたのもこのせい。


「王太子妃が聖女に目覚めたと情報が入った」
「は?」


 ポカンと口を開けた自分は悪くない。
 本来、一つの時代に聖女は二人も生まれない。ましてや、現在の聖女は生きている。今いる聖女が死ななければ次の聖女は生まれない。そういう理(ことわり)となっている。
 フィロンが与える命令は二つ。一つは、新たな聖女が目覚めた原因を探る事。二つ、その聖女の殺害。


「また俺に聖女殺害の命令、ですか。前回は殺す所か、花嫁にしたいと連れて戻った俺に」
「お前が殺せルーリッヒ。何故お前が選ばれるか……分かるな?」


 他者を圧倒する紺碧の瞳に見つめられれば、並大抵の者はこの時点で気を失う。
 が、ルーリッヒは正気を保ったまま。


「仰せのままに父上。……ですが、条件が一つ。ミリーちゃんの同行を許してくれるなら」
「好きにしろ」
「じゃあ、気が向いたら出発します」


 普通、魔王の命とあれば今日にでも出発するのが道理。準備が必要なら一週間以内で済ませないとならない。言う事を聞くようで聞かない息子が部屋から出て行くと。


「フィロ、んんっ!」


 メリルの言葉を遮り、華奢な身体を抱いて寝室まで運んでベッドの上に寝かせた。
 キスをしながらメリルのドレスを脱がしていくフィロン。メリルの抵抗も一瞬で……長年愛され続けているせいでキスだけで蕩けた顔をする。抵抗も忘れ、キスを止めたフィロンを赤に染めた表情で見上げる。


「はあ……あ……、フィロン、様……」
「メリル。おれの、可愛いメリル」
「フィロン様は……どうして、ルーリッヒにあのような命令を、するのですか……?」
「ルーリッヒは、見た目はラウネル公爵夫人でも、中身はおれとそっくりだ。だから、あいつの考えが分かる。もしも別の相手に王太子妃の殺害を命じても、命令を奪って自分から行っていた」


 中身だけは自分にそっくりなルーリッヒの事だから分かる。ルーリッヒが何を考えているのかを。何故、ミリディアナを連れて行くのかを。
 気になるメリルが何かを言う前にフィロンはもう一度キスをし、露になった豊満な胸を揉み始めたのであった。
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