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家族とは思えない②

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「待ってください」意義の声を唱えたのはクラリッサ。湖で溺れたリエトを助けたという貴族の令嬢はベルティーナで、ずっとベルティーナを好きでいたリエトにあんまりだと叫ばれても今更だ。
 ベルティーナ自身に別の問題が浮上した。その初恋の相手が自分じゃなく、自分そっくりに女装したアルジェントだと話すか、話さまいか。
 プライドの高いリエトが初恋の相手が同性だと知った時のショックは予想するに大きいだろう。しかもこの場には国王夫妻だけではなくクラリッサやビアンコもいる。リエトだけだったら苦渋の選択として事実を話した。

 違うと否定してもクラリッサは断固として認めない。リエト自身がベルティーナだと認識しているのが大きい。この場をどう収めるかと頭を悩ますと肩に手が乗った。
 アルジェントだ。


「ベルティーナ、もう言っちゃいなよ」
「簡単に言わないで。大体此処には」
「どうせいつか知るなら、今言ったところで大して変わらないさ」


 変わる。誰がいるかにより非常に変わる。
 アルジェントを止めても遅かった。


「王子様、湖で溺れた君を助けたのは俺だよ」
「は?」
「言われるまですっかり忘れていたんだ。確かに水中で溺れている人間を助けた覚えがある」
「ま、待て、それが私だとは」
「毛先が青い金髪に紫の瞳っていうのは、俺が君を引き上げた後君を見ていてってベルティーナに頼んだからさ。多分、意識が戻った君が見たのは君の様子を見ようと顔を覗き込んでいたベルティーナだよ」


 アルジェントが言ってしまっては後には引けず、盛大に呆れながらもベルティーナは事情を説明した。

 当時は背格好が同じで周囲の目を盗んでは外へ行って双子の振りをして遊んでいて、偶々湖までアルジェントの力でやって来たところ、湖で溺れているリエトをアルジェントが見つけて救出した。濡れた体を拭くのにとタオルで全身を拭き、陽光の下に置いては肌が焼けると瞼と鼻、口だけ露出させていたから殆ど顔は見ていなかった。

 アルジェントは溺れている人間の子供を引き上げた認識だから助けたという感覚はなく。
 ベルティーナは助けたのはアルジェントで自分は様子を見ていただけだから当然助けたという感覚はなく。

 どちらもリエトを助けた感覚がなかった為につい最近まで気付かなかった。

 唖然とするリエトや残念な目を向ける国王夫妻の視線が居た堪れない。こうなるから、話したくなかった。話すならリエトしか第三者がいない場で話したかった。


「これが真相です。殿下には大変申し訳ないと思います……」
「……」


 やはりショックが大きいようでピクリとも反応しない。

 これ以上は何も言わない方が良いと判断したら、高い声に非難された。


「あ、あんまりではありませんかベルティーナお姉様! 王太子殿下がどれだけお姉様を想っていたか、私は知っているのに!」
「貴女が知っていても私は知らない。湖の件以外では既に殿下とは話が済んでいるわ」
「でもっ」
「他人より自分の心配をしなさい。お兄様は貴女を引き取ると仰っているけど、モルディオ公爵夫妻の罪はすぐに知れ渡る。そうなれば貴女もただではすまない」


 やらかした罪が大きすぎてクラリッサを嫁にと欲しがる家はきっとない。相当な訳アリ貴族からの求婚ならありそうだがお勧めはしない。


「だったら、アルジェント君と結婚させてください! 公爵家を出て行くベルティーナお姉様にアルジェント君は必要ないでしょう!?」
「あるわよ。仮に出て行かなくてもアルジェントは渡さない」


 ——それ以前に。


「アルジェントが自分は悪魔だってさっき言ってなかった? それでもまだアルジェントが好きだと言うの?」
「よく分かりませんけどアルジェントくんが好きなんです」


「だ、そうだけど?」とアルジェントに振った。肩を竦め、苦笑したアルジェントは何も言わない。もう、と呆れたベルティーナはクラリッサから強い視線を向けるビアンコに向いた。


「なにか?」
「こ、公爵家を出て行くのか?」
「ええ」
「家族なら、助け合うのが普通だろ!」
「家族? 誰と誰がですか」
「は」
「他に言い方がないので貴方をお兄様と呼びますが貴方を兄だと思ってはおりません」
「な、僕はお前の兄だぞ!?」
「言っておきますわね。貴方はお父様やお母様とは違って叔母様の魅了には掛かっていません。なので、今までの私への態度は全て貴方の本心からきています。本心で私を落ちこぼれで両親に愛されない妹だといつもせせら笑って、今更兄ぶらないで」


 初めに話を聞いた時はビアンコの態度があんまりなのも魅了のせいかと思っていたがイナンナからの話を受けてそれはないとなり、今までの行いは全てビアンコ自身の意思からくるものと断定。自分が責められれば泣いて両親に縋って妹を叱ってもらう本物の情けない兄だったと知った時の絶望と呆れは凄まじかった。

 同時に楽にもなった。

 蒼白な顔で「違う……違う……僕はお前の……」と繰り返すビアンコを見ても可哀想だともざまあみろとも思えない。

  

「は~い、そろそろあたしのお願いをしたいのだけど~?」

 のんびりな声が扉が開かれた瞬間に響いた。

  
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