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クラリッサに渡しなさい②
しおりを挟む「私が聞きたいくらいですわ。アルジェントは動けないクラリッサを抱き上げようとしただけ。顔を近付け、キスをしたのはクラリッサからでした」
「わたくしの可愛いクラリッサがはしたない真似をするとでも!?」
「現にはしたない娘ではありませんか。婚約者のいる殿方に近付いて平然と目の前で――」
ベルティーナの言葉は最後まで続かず。
激昂したアニエスに水を掛けられた。飛沫は側に控えるアルジェントの服にも飛んだ。
「なんて無礼な娘! わたくしのクラリッサを従者を使って汚しただけではなく、あくまで自分は悪くないと!?」
今までのクラリッサの行いを棚に上げてベルティーナを責める様は父と全く同じ。血の繋がった兄妹とはこういうのを指す。やられっぱなしは性に合わない。おろおろとしながらも時折ベルティーナへ勝ち誇った余裕の笑みを見せるクラリッサに更に苛つき、水を掛けられた際に濡れた手袋を両手から外し二人に投げ付けた。
固まった二人へ嘲笑うように「まあ、ごめんなさい! 濡れた手袋が煩わしくて投げたらお二人へ吸い寄せられてしまったみたいで! 濡れた手袋に好かれるなんて流石ですわね!」と嬉々として言い放てば、瞬く間に顔を赤くして怒気を露にしたアニエスがテーブルから身を乗り出しベルティーナに掴みかかろうとした。
咄嗟にアルジェントが間に入りアニエスの手を掴んだ。
「モルディオ夫人、如何なる理由があろうとお嬢様に手を上げるのはお止めください」
「その手を離しなさい! お兄様に言い付けて解雇させるわよ!」
「どうとでも。俺は公爵に雇われてはいませんので、どうぞご自由に」
「な!?」
アルジェントはアンナローロ公爵から一度も給金を貰っていない。ベルティーナが個人的に給金を払うと言っても断る。定期的に実家から仕送りをさせている上、物欲がない為貯まる一方。
アルジェントが雇われ従者でないと今知ったアニエスとクラリッサは衝撃を受けている。言った事がないから知らなくて当然だ。
「俺はお嬢様に仕えているので公爵に何を言われようと無関係なので」
アニエスの手を離し、ベルティーナの真横に立ち、懐から出したハンカチを差し出した。
渡されたハンカチで濡れた顔や手を拭くベルティーナは目を泳がせ戸惑うクラリッサに目をやった。
「ねえクラリッサ。何故アルジェントにキスを? 貴女、殿下という恋人がいるのに随分な尻軽ね」
「なっ!? そ、それを言うならお姉様だってそうではありませんか!」
「私?」
「殿下という婚約者といながら、その従者をずっと側に置いて……殿下の気を引きたいからってやり過ぎです!」
「はい? 私が殿下の気を? 何故?」
「な、何故って……ベルティーナお姉様は殿下を……」
「好きじゃないわ。今は嫌い、大っ嫌いよ。顔を見たくもないくらいに。貴女も叔母様も同じよ。殿下に愛されてくれて寧ろ感謝しているわ。何時婚約破棄か解消をしてくれるか待っていたの」
本音を淡々と言っているだけなのにクラリッサは段々と顔を青褪め、アニエスの方は憎々し気に睨みながらも……それだけではない只ならぬ熱量を持つ感情をぶつけてくる。それが何か考えると鳥肌が立ってしまう。
顔や手を拭いたアルジェントのハンカチを鞄に仕舞い、席を立ったベルティーナは声を発し掛けたアニエスや俯いたクラリッサに告げた。
「クラリッサにキスをした責任を取れとお父様に訴えても無駄です。アルジェントは私だけの従者でお父様に指図される謂われはありません。行くわよ、アルジェント」
「屋敷に帰ったらタダで済むと思わないで」
退室する間際、アニエスから放たれた言葉に焦りも恐怖も見せず、ベルティーナは美しく笑って去った。
「ベルティーナ、大聖堂へ行こう。このまま戻ればモルディオ夫人達の思い通りになる」
「分かった……クラリッサの狙いは何なのかしら」
リエトの恋人でありながらアルジェントにキスをするなんてどうかしている。今までアルジェントに気がある素振り等一度たりとも見せていないのに。ベルティーナの側にいるから欲しくなったとか、馬鹿な理由ではない。ベルティーナの持つ者を欲しがる娘じゃない。
部屋に置いてある荷物はアルジェントに頼めば何時でも運べる。濡れたドレスや体を魔法で乾燥してもらい、急いで大聖堂へ移動をした。
個室に残ったままのアニエスとクラリッサ。
クラリッサは泣きながらもアルジェントにしたキスを思い出しては顔を真っ赤にする。
一方、ベルティーナに去られたアニエスは最初は怒りを見せていたのに、今では恍惚とした表情で強気な態度を崩さないその姿に兄クロウを重ねた。
「ああ……忌々しい子。忌々しくて……お兄様にそっくりな愛しい子……ビアンコなら良かったのに、どうして、女の子に産まれてしまったの……」
――アニエスが恍惚とした表情で呟いた直後、大聖堂付近までアルジェントに飛ばしてもらったベルティーナは連続四回のくしゃみをし、寒気を感じ体を震わせた。
「風邪?」
「わ、分からないわ。今、ものすごくぞわぞわした」
「風邪かな。大聖堂に着いたら、温かい飲み物を貰おう」
「そうする……」
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