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第百十四六話 何者にも何物にも代えがたいモノ
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「ショウ様」
矢を受け崩れ落ちたモレロ抱きかかえたアンジェがショウの名を呼んだ。
「わかってますよ」
モレロに駆け寄り再生魔法をかけようとすると、彼は弱々しく手を上げてそれを遮る
「いいんだ、女を庇って矢に射られれて死ぬなんて、チープ過ぎてぴったりじゃないか……」
「何故ソレを庇ったのですか? ソレはアンジェリカ様ではありません。モレロ様にしてみれば、アンジェリカ様の人格を殺した憎しみの対象ですらあるはずです」
「……そうだね、ただの抜け殻、全くの別人……言動には感情がなく人形その物。でも……だったらどうしてアンジェリカの顔をしている? どうしてアンジェリカの声で言葉を紡ぐ? どうして時折彼女の面影が垣間見える? 他人だというのはわかっているさ、だからってアンジェリカの体が傷つけられるのは耐えられない、その体は僕が愛した者の体なのだから……」
もう彼女は存在していないのに、そこに存在している彼女をみて亡き彼女を重ねてしまうのは、仕方のない事だと思う。
「君達もこれで気が晴れたかい?」
モレロが近くまで来たアンジェリカのかつての仲間三人に力なく笑いかけると、三人は小さくため息を吐く
「いやはや……君を悪者にしたかったんだがねぇ……」
「うむ、今ではどちらが悪者かわからん。これでは余達が亡きアンジェリカに呪われてしまうではないか」
「あーもうやめやめ!シラケちゃったよ。俺達は装置の破壊に行くから後は勝手にやっちゃってよ! ほら新しい雇い主さん達も行こう!」
アーチャーのウィオに二人きりにするよう遠回しに促され、俺とジルは2人を残して奥の部屋へと入るとヴィオがすぐ側の壁を殴り、乾いた笑いを浮かべて口を開く
「あはは、カッコつけて復讐なんて言っておいて結果こんなだよ。軍事力は確かに上がったけどそれは多大な人体実験による犠牲がらあったから。非道な人体実験を繰り返すクレイジーオートマタ技師、殺すには十分だよね。でもさ、結局俺達はあの男を、アンジェリカが愛した、アンジェリカを愛していたあの男を恨みきれなかった」
「いやはや、あの男の純粋さには全く持って感服するよ。たった1人の愛する者を救いたい、その想いだけで大勢の無関係な人や国まで巻き込み自分の願いを叶えようとした。それに比べて私達はどうだ?」
「余達は何が出来た、何をした? 余達がしていたのはただの八つ当たりに他ならん。それも余達の友の為に尽力した最も敬うべき相手にだ。犠牲になった者は確かに残念だとは思うが、余達はそれを都合よく出汁に使い奴を踏み台にして前に進もうとしただけだ」
余りにも真っ直ぐな想いを持つモレロを復讐の対象にしても意味がないとわかってしまった、いや本当は最初からわかっていたのだ。
それでも目を逸らして盲目的にモレロさんを狙ったのは、誰かに責任を取らせないと自分達の気持ちに折り合いが付かないという、極めて利己的な理由に他ならない。
「新しい雇い主さん、どう? こんな小さい俺達、雇う気なくなったんじゃない?」
なんとも言えない表情でそう言う彼、彼女等は笑ってしまうぐらいに小さくて、そしてとても人間らしく思う。
「いや、逆に変な親近感が湧いて実家の様な安心感すらありますよ、うまくやっていけそうな気がします」
正直言って不特定多数の為になんて変な正義感を振りかざされるより、誰か一人の為に利己的に行動するぐらい小さい人間の方が理解出来る。
「いやはや……新たな雇い主も相当小さい男らしいな」
「余という逸材を果たして其方の様な小物に飼い慣らせるのか?」
小物って……確かにかなりの小物という自覚はあるが……
『お兄ちゃんの器の小ささは折り紙付きだもんね。かなり器は小さいけど器自体は純金で出来てると思うよ!』
小さい癖に純金な所が更に小さく見えるんだけどな!!
「本当にショウ君は小さくて小さくて……そういう所全然変わってないね。でも膨張率が……」
おい、何の話をしている?!
ジルは時折俺の事を昔から知っているかの様な口調で話す事がある。
俺と彼女はまだ知り合ってそう時間が経っていないのに、俺の好みを知っていたり……いつかちゃんと話してくれるのだろうか?
一先ず膨張率については詳しく聞いてみたいと思う。
俺達がお互いの小ささを認め合った所で、手に何か持ったアンジェさんがこちらへと歩いて来た
「あの人は?」
「先程、ソレの腕の中で息を引き取りました」
「そうですか……その手に持っているものは……封筒と何?」
アンジェさんの手には血で汚れた封筒と何か光る結晶の様な物が握られている
「これは人工ルドスガイトのエネルギー供給を止める装置とおっしゃってました。こちらを粉砕すれば人口ルドスガイトで動いているオートマタは全て動きを止め、アンジェリカ様の願いを叶える事が出来ます。そしてこちらはアンジェリカ様に出すはずだった手紙の様でございますが、ソレはアンジェリカ様ではありませんのでこちらは処分するべきでしょうか?」
いつも通りの無表情で抑揚なく冷たい事を言うアンジェさんに何だか寂しさを覚えた
「それをアンジェさんに渡したって事はアンジェさんに読んで欲しいんじゃないんですか? というか読みましょうか?」
「はい、それでしたらお願い致します」
俺は血の付いた封筒から手紙を取り出し声を出して読み始める
君がこれを読んで頃、僕はきっと恥ずかしさに悶え、落ち着きなく部屋をうろうろしている事だろう。
僕は言葉を尽くすのが余り得意じゃないからいつも返事は出来なかったけど、今回筆をとったのは君に言いたい事があったからなんだ。
いつも手紙をありがとう、君から貰える手紙があったから僕は頑張ってこれたし、離れていても君を側に感じる事が出来た。
〇月〇日、今日は君の誕生日だね、本当に生まれてきてくれてありがとう。
君に出会えて、君と過ごせて僕は本当に幸せなんだ。
そんな幸せな僕がもっと幸せになるのは欲張りだろうか?
アンジェリカ、愛してる。
僕と結婚して欲しい、ずっと一緒に居よう。
手紙でこんな事言うのはやっぱり情けないって思うかな?
でも君の顔を見るとどうしても照れてしまって言えないんだ。
本当に君が大好きだから。
さぁ目の前にいる情けない僕に返事をしてあげて下さい。
丁度誕生日に届くように出したかったんだろうけど、アンジェリカさんが病気になってしまった事でそれどころじゃなかったんだろうな……ってか〇月〇日って今日じゃないか!
そうか……一応は渡せたのか……
そこには届けたかった人も、届けられるべきだった人も失った行き場のない想いが綴られていて、受け取り手になれない俺達は口を噤んでしまい、その場に重苦しい沈黙が生まれたが、それを破ったのはアンジェさんの意外な言葉だった。
「ショウ様……この胸の痛みは何なのでございましょうか? 胸の奥がとても痛くて苦しくて辛いのです。体に損傷は見られないのに、何か大事な物を欠損したようなこの感覚はなんなのでしょうか? どうすればこの症状が収まるのですか? ソレは何処かおかしくなってしまったのでしょうか?」
アンジェさんは胸を苦しそうに抑えて涙を流して震えていた。
感情を失い表情などないはずの彼女の顔は歪み、目から零れ堕ちる涙は混じりけのない悲しみで出来た物。
元人間のオートマタ、ルドスガイトに感情を食われているが決して感情がないわけではない、決して傷つかないわけではない、ただ感情が抑制されて表に出ないというだけで感じている事は普通の人間と同じではないのだろうか?
きっと自分がアンジェリカさんの代わりにもなれず、ソレ、とただの人形としか扱われなかった事にも酷く傷ついているし、アンジェリカさんの人格を自分が消してしまった事に負い目も感じているが、それに気付いていないだけ……
「おかしくないですよアンジェさん、あなたは何処もおかしくない……いいんです辛い時はそれで……これから知って行けばいいんですよ。きっとあなたにとっても、モレロさんは特別な人だったんです、だからアンジェさんは今そんなに苦しいんですよ」
アンジェリカさんが愛した人をアンジェさんが特別だと思っていても何もおかしくない。
例えソレと呼ばれ、ただの人形として思われていなくても、彼は彼女のマスターアンジェリカさんの大事な人だったのだから。
「モレロ様がソレにとって特別な人……モレロ……様……」
初めて感じた悲しみという感情で顔をくちゃくちゃにしながら、大声で泣きじゃくるアンジェの声が部屋中に響いたのだった
◇ ◇ ◇ ◇
モレロが息を引き取り、アンジェが悲しみに打ちひしがれている時、ロイとメイサも自分の目的を達成しまいと、城のとある一室に足を運んでいていた。
「よぉ大臣、やっと今日という日を迎える事が出来たよ」
「ロイ貴様! こんな事をしてただで済むと思ってるのか?! ぎゃー!!」
メイサの魔工銃から射出された弾丸が、怒り心頭で怒鳴る大臣の手足を欠損させ、動きを封じる
「思っちゃいないよー。でもなぁ、割に合わない約束しちまったんだよねーメイサと」
ニヤニヤと笑いながら、剥き出しになった骨が覗く欠損した箇所を踏みつけるとあまりに激痛に大臣の苦痛に悶える声が部屋を満たした
「ロイ、もっともっと……もっと苦しめよう。私達はもっと痛い……」
メイサは大臣の上に跨りマウントポジションで彼の顔を覗き込む
彼の瞳に映ったメイサは悍ましく、体中を駆け巡った恐怖は肛門を緩ませ、尿を排出させた
「汚いねー全く。 お前がメイサに強くなれるからなんて言って変な話を持ち掛けたんだろう? 実験に協力しないと俺の立場をなくすとかどうとか変な事も吹き込んでさ。こいつはさーバカなんだよ、俺がいないとお前みたいな悪人にすぐ騙される。そりゃ確かに凄く強くなったよ? 動きも早くなったし魔工銃なんて物も扱える。でもさ、これはないよな?!」
先程大臣の手足を吹き飛ばす為に魔工銃を使ったので、メイサの皮膚は裂け、そこらかしこから血が滲んでいて、特に顔の部分は酷く整った顔立ちで綺麗だった面影はもうない
ロイは大臣の腕に剣を刺し、ただ痛みを感じさせる為だけにグリグリと剣を捻じ込む
「なぁ痛いか? でもさぁこいつはもっと痛いんだってよ? 動く度に物凄い激痛なんだってよ? 俺はさぁこいつが生きてさえいてくれりゃそれでいいんだよ。でも毎日毎日俺に殺してくれって頼むんだ……あんたにその気持ちがわかるかい? えぇ?! 答えろよ!!」
今度は肩の方に蛇腹剣を突き刺し、少しずつ奥へと捻じ込む
「痛い! 痛い! もう止めてくれて……頼む……何でもするから……やめてくれ」
鼻水を垂らして泣き叫ぶ大臣にロイとメイサはご満悦の表情だ
「メイサはとても美人だった。俺は今でもそう思うよ、あんたはどうだい?」
「美人です、とても美人です!」
「ははは、メイサ、こいつお前の事美人だってよ、目おかしいんじゃないのか?」
「うん、ロイ。こいつ目がおかしい。目が悪いのかな? 見てみようか」
「いいね!」
「止めろ、止めろクソ野郎!! ただの物の癖に!! ぎゃーー!!」
「おいおい、ちゃんと見ろよ」
大臣がゆっくりと目に迫ってくる剣に怯えて瞼を閉じようとするので、ロイが瞼を切り落とし恐怖で瞼を閉じられないようにした
目に突き刺した剣で眼球を穿り出し、眼球に繋がっている物をブチブチと千切る感覚が楽しかったのかメイサはとてもはしゃいでいて、それを見るロイもとても嬉しそうだ。
マウントと取っているメイサは楽しそうに大臣の腹を刺す。
体を刺し、内臓を抉り、睾丸を潰してあらゆる痛みを与えて楽しんで、さてこれからという時に大臣は出血多量で既に死んでいた。
「あー止血するの忘れてたわ。まぁいいか……メイサ終わったな」
その場にあったのは目を両方ともくり抜かれ、四肢をなくし腸が引きずり出された無残な肉塊。
「うん。終わったね。最後の約束だね、私を……殺して」
「そうだな、ごめんな遅くなって……ずっと痛かっただろ?」
「うん、でもロイも痛かったでしょ? 私と居る時ロイはずっと辛そうだった。多分私が感じる痛みよりもずっとずっとロイが感じて来た痛みの方が痛いよ。ごめんね割に合わない事やらせて。ロイってばそういうの嫌いなのにね。今あげられるのはこれだけ……」
そういってメイサはロイの唇に自分の唇を重ねる
口の周りも裂けていて血まみれなので普通ならすぐに唇を離す所だが、2人は離れなかった。
そして暫くしてメイサの方から唇を離し、再度ロイに謝罪の言葉を口にしようとした瞬間ロイが察した様に口を開く
「謝るなよ、貰える物は今しっかり貰ったからチャラだよ。お前のキスはどんな報酬よりも高いからねー。今までありがとうな。それじゃあ……またいつか……」
「うん。いまままで本当にありがとう、大好きだよ。それじゃあ……またいつか……」
ロイの蛇腹剣がメイサの額を貫き人工ルドスガイトを破壊した事で、メイサの身体はドロドロに溶けていく
その時の彼女の表情はこれまでの苦しみに満ちた表情を全て払拭してしまう程、満ち足りた物だった。
「メイサ……やっぱりどうやっても割に合わねぇよ……お前の代わりになるものなんてないんだからさ……」
ドロドロに溶けた彼女の側にある魔工銃拾い上げ、天井を見上げる。
下を向くと涙が零れ落ちてしまうから。
矢を受け崩れ落ちたモレロ抱きかかえたアンジェがショウの名を呼んだ。
「わかってますよ」
モレロに駆け寄り再生魔法をかけようとすると、彼は弱々しく手を上げてそれを遮る
「いいんだ、女を庇って矢に射られれて死ぬなんて、チープ過ぎてぴったりじゃないか……」
「何故ソレを庇ったのですか? ソレはアンジェリカ様ではありません。モレロ様にしてみれば、アンジェリカ様の人格を殺した憎しみの対象ですらあるはずです」
「……そうだね、ただの抜け殻、全くの別人……言動には感情がなく人形その物。でも……だったらどうしてアンジェリカの顔をしている? どうしてアンジェリカの声で言葉を紡ぐ? どうして時折彼女の面影が垣間見える? 他人だというのはわかっているさ、だからってアンジェリカの体が傷つけられるのは耐えられない、その体は僕が愛した者の体なのだから……」
もう彼女は存在していないのに、そこに存在している彼女をみて亡き彼女を重ねてしまうのは、仕方のない事だと思う。
「君達もこれで気が晴れたかい?」
モレロが近くまで来たアンジェリカのかつての仲間三人に力なく笑いかけると、三人は小さくため息を吐く
「いやはや……君を悪者にしたかったんだがねぇ……」
「うむ、今ではどちらが悪者かわからん。これでは余達が亡きアンジェリカに呪われてしまうではないか」
「あーもうやめやめ!シラケちゃったよ。俺達は装置の破壊に行くから後は勝手にやっちゃってよ! ほら新しい雇い主さん達も行こう!」
アーチャーのウィオに二人きりにするよう遠回しに促され、俺とジルは2人を残して奥の部屋へと入るとヴィオがすぐ側の壁を殴り、乾いた笑いを浮かべて口を開く
「あはは、カッコつけて復讐なんて言っておいて結果こんなだよ。軍事力は確かに上がったけどそれは多大な人体実験による犠牲がらあったから。非道な人体実験を繰り返すクレイジーオートマタ技師、殺すには十分だよね。でもさ、結局俺達はあの男を、アンジェリカが愛した、アンジェリカを愛していたあの男を恨みきれなかった」
「いやはや、あの男の純粋さには全く持って感服するよ。たった1人の愛する者を救いたい、その想いだけで大勢の無関係な人や国まで巻き込み自分の願いを叶えようとした。それに比べて私達はどうだ?」
「余達は何が出来た、何をした? 余達がしていたのはただの八つ当たりに他ならん。それも余達の友の為に尽力した最も敬うべき相手にだ。犠牲になった者は確かに残念だとは思うが、余達はそれを都合よく出汁に使い奴を踏み台にして前に進もうとしただけだ」
余りにも真っ直ぐな想いを持つモレロを復讐の対象にしても意味がないとわかってしまった、いや本当は最初からわかっていたのだ。
それでも目を逸らして盲目的にモレロさんを狙ったのは、誰かに責任を取らせないと自分達の気持ちに折り合いが付かないという、極めて利己的な理由に他ならない。
「新しい雇い主さん、どう? こんな小さい俺達、雇う気なくなったんじゃない?」
なんとも言えない表情でそう言う彼、彼女等は笑ってしまうぐらいに小さくて、そしてとても人間らしく思う。
「いや、逆に変な親近感が湧いて実家の様な安心感すらありますよ、うまくやっていけそうな気がします」
正直言って不特定多数の為になんて変な正義感を振りかざされるより、誰か一人の為に利己的に行動するぐらい小さい人間の方が理解出来る。
「いやはや……新たな雇い主も相当小さい男らしいな」
「余という逸材を果たして其方の様な小物に飼い慣らせるのか?」
小物って……確かにかなりの小物という自覚はあるが……
『お兄ちゃんの器の小ささは折り紙付きだもんね。かなり器は小さいけど器自体は純金で出来てると思うよ!』
小さい癖に純金な所が更に小さく見えるんだけどな!!
「本当にショウ君は小さくて小さくて……そういう所全然変わってないね。でも膨張率が……」
おい、何の話をしている?!
ジルは時折俺の事を昔から知っているかの様な口調で話す事がある。
俺と彼女はまだ知り合ってそう時間が経っていないのに、俺の好みを知っていたり……いつかちゃんと話してくれるのだろうか?
一先ず膨張率については詳しく聞いてみたいと思う。
俺達がお互いの小ささを認め合った所で、手に何か持ったアンジェさんがこちらへと歩いて来た
「あの人は?」
「先程、ソレの腕の中で息を引き取りました」
「そうですか……その手に持っているものは……封筒と何?」
アンジェさんの手には血で汚れた封筒と何か光る結晶の様な物が握られている
「これは人工ルドスガイトのエネルギー供給を止める装置とおっしゃってました。こちらを粉砕すれば人口ルドスガイトで動いているオートマタは全て動きを止め、アンジェリカ様の願いを叶える事が出来ます。そしてこちらはアンジェリカ様に出すはずだった手紙の様でございますが、ソレはアンジェリカ様ではありませんのでこちらは処分するべきでしょうか?」
いつも通りの無表情で抑揚なく冷たい事を言うアンジェさんに何だか寂しさを覚えた
「それをアンジェさんに渡したって事はアンジェさんに読んで欲しいんじゃないんですか? というか読みましょうか?」
「はい、それでしたらお願い致します」
俺は血の付いた封筒から手紙を取り出し声を出して読み始める
君がこれを読んで頃、僕はきっと恥ずかしさに悶え、落ち着きなく部屋をうろうろしている事だろう。
僕は言葉を尽くすのが余り得意じゃないからいつも返事は出来なかったけど、今回筆をとったのは君に言いたい事があったからなんだ。
いつも手紙をありがとう、君から貰える手紙があったから僕は頑張ってこれたし、離れていても君を側に感じる事が出来た。
〇月〇日、今日は君の誕生日だね、本当に生まれてきてくれてありがとう。
君に出会えて、君と過ごせて僕は本当に幸せなんだ。
そんな幸せな僕がもっと幸せになるのは欲張りだろうか?
アンジェリカ、愛してる。
僕と結婚して欲しい、ずっと一緒に居よう。
手紙でこんな事言うのはやっぱり情けないって思うかな?
でも君の顔を見るとどうしても照れてしまって言えないんだ。
本当に君が大好きだから。
さぁ目の前にいる情けない僕に返事をしてあげて下さい。
丁度誕生日に届くように出したかったんだろうけど、アンジェリカさんが病気になってしまった事でそれどころじゃなかったんだろうな……ってか〇月〇日って今日じゃないか!
そうか……一応は渡せたのか……
そこには届けたかった人も、届けられるべきだった人も失った行き場のない想いが綴られていて、受け取り手になれない俺達は口を噤んでしまい、その場に重苦しい沈黙が生まれたが、それを破ったのはアンジェさんの意外な言葉だった。
「ショウ様……この胸の痛みは何なのでございましょうか? 胸の奥がとても痛くて苦しくて辛いのです。体に損傷は見られないのに、何か大事な物を欠損したようなこの感覚はなんなのでしょうか? どうすればこの症状が収まるのですか? ソレは何処かおかしくなってしまったのでしょうか?」
アンジェさんは胸を苦しそうに抑えて涙を流して震えていた。
感情を失い表情などないはずの彼女の顔は歪み、目から零れ堕ちる涙は混じりけのない悲しみで出来た物。
元人間のオートマタ、ルドスガイトに感情を食われているが決して感情がないわけではない、決して傷つかないわけではない、ただ感情が抑制されて表に出ないというだけで感じている事は普通の人間と同じではないのだろうか?
きっと自分がアンジェリカさんの代わりにもなれず、ソレ、とただの人形としか扱われなかった事にも酷く傷ついているし、アンジェリカさんの人格を自分が消してしまった事に負い目も感じているが、それに気付いていないだけ……
「おかしくないですよアンジェさん、あなたは何処もおかしくない……いいんです辛い時はそれで……これから知って行けばいいんですよ。きっとあなたにとっても、モレロさんは特別な人だったんです、だからアンジェさんは今そんなに苦しいんですよ」
アンジェリカさんが愛した人をアンジェさんが特別だと思っていても何もおかしくない。
例えソレと呼ばれ、ただの人形として思われていなくても、彼は彼女のマスターアンジェリカさんの大事な人だったのだから。
「モレロ様がソレにとって特別な人……モレロ……様……」
初めて感じた悲しみという感情で顔をくちゃくちゃにしながら、大声で泣きじゃくるアンジェの声が部屋中に響いたのだった
◇ ◇ ◇ ◇
モレロが息を引き取り、アンジェが悲しみに打ちひしがれている時、ロイとメイサも自分の目的を達成しまいと、城のとある一室に足を運んでいていた。
「よぉ大臣、やっと今日という日を迎える事が出来たよ」
「ロイ貴様! こんな事をしてただで済むと思ってるのか?! ぎゃー!!」
メイサの魔工銃から射出された弾丸が、怒り心頭で怒鳴る大臣の手足を欠損させ、動きを封じる
「思っちゃいないよー。でもなぁ、割に合わない約束しちまったんだよねーメイサと」
ニヤニヤと笑いながら、剥き出しになった骨が覗く欠損した箇所を踏みつけるとあまりに激痛に大臣の苦痛に悶える声が部屋を満たした
「ロイ、もっともっと……もっと苦しめよう。私達はもっと痛い……」
メイサは大臣の上に跨りマウントポジションで彼の顔を覗き込む
彼の瞳に映ったメイサは悍ましく、体中を駆け巡った恐怖は肛門を緩ませ、尿を排出させた
「汚いねー全く。 お前がメイサに強くなれるからなんて言って変な話を持ち掛けたんだろう? 実験に協力しないと俺の立場をなくすとかどうとか変な事も吹き込んでさ。こいつはさーバカなんだよ、俺がいないとお前みたいな悪人にすぐ騙される。そりゃ確かに凄く強くなったよ? 動きも早くなったし魔工銃なんて物も扱える。でもさ、これはないよな?!」
先程大臣の手足を吹き飛ばす為に魔工銃を使ったので、メイサの皮膚は裂け、そこらかしこから血が滲んでいて、特に顔の部分は酷く整った顔立ちで綺麗だった面影はもうない
ロイは大臣の腕に剣を刺し、ただ痛みを感じさせる為だけにグリグリと剣を捻じ込む
「なぁ痛いか? でもさぁこいつはもっと痛いんだってよ? 動く度に物凄い激痛なんだってよ? 俺はさぁこいつが生きてさえいてくれりゃそれでいいんだよ。でも毎日毎日俺に殺してくれって頼むんだ……あんたにその気持ちがわかるかい? えぇ?! 答えろよ!!」
今度は肩の方に蛇腹剣を突き刺し、少しずつ奥へと捻じ込む
「痛い! 痛い! もう止めてくれて……頼む……何でもするから……やめてくれ」
鼻水を垂らして泣き叫ぶ大臣にロイとメイサはご満悦の表情だ
「メイサはとても美人だった。俺は今でもそう思うよ、あんたはどうだい?」
「美人です、とても美人です!」
「ははは、メイサ、こいつお前の事美人だってよ、目おかしいんじゃないのか?」
「うん、ロイ。こいつ目がおかしい。目が悪いのかな? 見てみようか」
「いいね!」
「止めろ、止めろクソ野郎!! ただの物の癖に!! ぎゃーー!!」
「おいおい、ちゃんと見ろよ」
大臣がゆっくりと目に迫ってくる剣に怯えて瞼を閉じようとするので、ロイが瞼を切り落とし恐怖で瞼を閉じられないようにした
目に突き刺した剣で眼球を穿り出し、眼球に繋がっている物をブチブチと千切る感覚が楽しかったのかメイサはとてもはしゃいでいて、それを見るロイもとても嬉しそうだ。
マウントと取っているメイサは楽しそうに大臣の腹を刺す。
体を刺し、内臓を抉り、睾丸を潰してあらゆる痛みを与えて楽しんで、さてこれからという時に大臣は出血多量で既に死んでいた。
「あー止血するの忘れてたわ。まぁいいか……メイサ終わったな」
その場にあったのは目を両方ともくり抜かれ、四肢をなくし腸が引きずり出された無残な肉塊。
「うん。終わったね。最後の約束だね、私を……殺して」
「そうだな、ごめんな遅くなって……ずっと痛かっただろ?」
「うん、でもロイも痛かったでしょ? 私と居る時ロイはずっと辛そうだった。多分私が感じる痛みよりもずっとずっとロイが感じて来た痛みの方が痛いよ。ごめんね割に合わない事やらせて。ロイってばそういうの嫌いなのにね。今あげられるのはこれだけ……」
そういってメイサはロイの唇に自分の唇を重ねる
口の周りも裂けていて血まみれなので普通ならすぐに唇を離す所だが、2人は離れなかった。
そして暫くしてメイサの方から唇を離し、再度ロイに謝罪の言葉を口にしようとした瞬間ロイが察した様に口を開く
「謝るなよ、貰える物は今しっかり貰ったからチャラだよ。お前のキスはどんな報酬よりも高いからねー。今までありがとうな。それじゃあ……またいつか……」
「うん。いまままで本当にありがとう、大好きだよ。それじゃあ……またいつか……」
ロイの蛇腹剣がメイサの額を貫き人工ルドスガイトを破壊した事で、メイサの身体はドロドロに溶けていく
その時の彼女の表情はこれまでの苦しみに満ちた表情を全て払拭してしまう程、満ち足りた物だった。
「メイサ……やっぱりどうやっても割に合わねぇよ……お前の代わりになるものなんてないんだからさ……」
ドロドロに溶けた彼女の側にある魔工銃拾い上げ、天井を見上げる。
下を向くと涙が零れ落ちてしまうから。
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申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
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ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
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カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
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