蒼炎の魔法使い

山野

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第百三話 恋は状態異常

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「ロサ将軍入ってもよろしいでしょうか!!」

「ま、待ってください!! 将軍、今準備をしますので!!」

「はっ!! 準備が出来たらお声をかけて下さい!」
帝国軍人らしく左胸に握りこぶしを当て返事をしたは良いが、待てど暮らせど一向に中からお呼びがかからず30分ほど過ぎ、ついに痺れを切らした飛竜隊の指揮官が再度声をかける

「ロサ将軍、準備にまだかかりそうでしょうか?」

「も、もうちょっと将軍かかりそうです! すみません!」

「ちなみにロサ将軍、何の準備でしょうか?」

「将軍、心の準備です!」

「……失礼します!」
指揮官の男が溜息と共に勢いよく入っていくのに続くと、叫声にも似た声が中から発せられた

「待って! 待って! まだ将軍心の準備が出来てないの!! いやーー!!」

「ロサ将軍…いい加減慣れて下さい、昨日今日の付き合いじゃないでしょう?」
テントの中は簡易的で机と椅子だけ、ロサ将軍と呼ばれた女性は椅子の後ろにブルブルと震えながら隠れていた

「無理無理無理! 将軍の人見知りは知ってるでしょ? それに誰ですかその女性は! 私の知らない人を対面させて殺す気ですか?! 国家反逆罪で罰しますよ?!」
顔を覗かせては隠れてを繰り返しながらなんとか指揮官とコミニケションを図っている

「アラクネ?」
椅子の後ろのに隠れるのはいいが、蜘蛛の様な下半身が全く収まりきっておらず、普通の人間種ではないという事は即座に理解できる

フラミレッラの呟きが耳に入ったのか、ここまで運んできた飛竜隊の隊員がフラミレッラにボソッと耳打ちする
「ロサ将軍はアラクネなんだ。 それに極度の人見知りでな、もう三年以上の付き合いになるあの隊長ですら椅子の後ろに隠れないとまともに話す事すら出来ないんだ」

「そんな状態で戦えるの?」

「…あぁ…尋常じゃない強さだよ。 戦ってる時のあの人は… なんていうか怖い。 まるで人を殺める事自体を楽しんでいる様なそぶりすらある」

「へぇ気が合いそうだわ」
いかほどの物か試してみようかしら
手に付いている拘束具を【腐敗】の力を使って外す
以前の【腐敗】の力は生物にしか効果がなかったが、魔力操作を覚えた事によりある程度の無機物も対象入った

「死霊魔術【骸の嘆き】」
突如鋭利な骨が地面から突き出てロサ将軍を襲うが、すでにロサ将軍の姿はなく、隠れる為に使っていた椅子は魔術に巻き込まれボロボロだ

「あら図体の割に俊敏なのね? これは…糸かしら?」
ロサ将軍は既にフラミレッラの後ろの回っておりピンと張った糸をフラミレッラの喉元に当てていた

「わ、わざと後ろを取らせましたね? 貴女はかなりの上位アンデッドとお見受けします、この糸は神聖属性を纏わせた糸。 貴女でも首を落とせば死にます」
声からは動揺や緊張が伺えるけど、漂う雰囲気は私と同じ人殺し特有の体に纏わり付く不快な物

「うふふ、私とあなた、似てるわね」

「と、とっても似てると思います。 出会い方が良ければ将軍、友達になれていたかもしれません。 椅子越しですが…」
私からも同じ様な雰囲気が漂っているからすぐに理解できるわよね、今やってるのが殺し合いだって事

「ロサ将軍、早くそいつの首を跳ね飛ばしてください! そいつは危険です!」
突然起こった事に理解がやっと追いついた指揮官は慌てた様子でロサ将軍に声をかけていた

「そうしたいんですが… そうすると将軍も死にます。 将軍の身体に触れているこの手、凄く嫌な感じがします」
一瞬で理解したようね、遠距離だと【腐敗】の力は魔素を高めればガード可能だけど、直接触れている状態ならどんなに魔素を高めても朽ちる、魔力を使えない限りは。

「理解が早くて助かるわ、あなただけじゃなくてここに居る兵士達も大量に失う事になる」

「はったりではなさそうですね… 将軍、貴女を離します。 でもその前に目的を聞かせてくれませんか? できればこのままで… 将軍顔を合わせると、まともに話せないので…」

「ただの偵察よ、こっちも大変なんだから戦力分析位しないとでしょ?」

「…う、嘘ではなさそうですね、その余裕から察するに逃げる手段もあるのでしょうか?」

「えぇ、間違いなく逃げ切れる方法があるわね」

「…それも本当みたいですね。 では離しましょう、もう一戦交える事も考えましたが周りに被害を与えられた挙句に逃げられるのではこちらのリスクが大きすぎます。 このままお引き取り願います」
どうやら本当か嘘かを判断出来る何かがあるみたいね、この糸かしら?
糸に指を当て横に滑らせると、バターを切る様にスーッと皮膚が切れ不可視だった糸が血で汚れ赤い糸へと変わる。 
この指に感じる神聖な攻撃を食らった時に受ける焼けるような熱さ、彼女は本当に私を殺せるタイプの敵ね

「いいわ、私も大方目的は達したから」

「大方?」
ピンと張られていた糸が消え無事に解放されたと同時にロサ将軍に触れていた手を放すと、ロサ将軍は距離を取り、先程の魔術で大破した椅子の背もたれを持ちあげ顔を隠してフラミレッラと対峙した

「ええ、後一つだけあるの」
血の滴る切れた指先を艶めかしく舐め取るその姿に、指揮官やここまで乗せた兵士はすっかり見惚れてしまっていた

「ねぇ、あなた、私の物にするって言ったわよね?」
舐めていた指先を離すと、舌先と指先を繋ぐ唾液の糸がキラリと光って消える
フラミレッラの挑発する様な視線にここまで運んできた兵士はゴクリと生唾を飲み込みんだ

「私の前で跪き頭を垂れなさい、これが最初で最後のチャンスよ?」
未だ止まらない血の滴る指を彼へと向けると、男は黙ってフラミレッラの前に跪き頭を垂れる

男は本能的に理解した、自分ではこの女性を物に出来ない、自分とではそもそも釣り合わなさすぎる女性だったのだと。
だが彼女の物になる事は出来る、だがこのチャンスを逃せば次はない、答えは簡単だった。

指揮官が止めに入ろうとしたのをロサ将軍が遮る、フラミレッラが暴れたりして被害が出るのを避けたいのだろう

「無様ね、さっきは私を物にするなんて身の程を弁えない事を言っていたのに、今では見下ろされてるなんて。 良いわ私の物にしてあげる、顔を上げなさい」
顔を上げた男の顔は歓喜に満ちている。
こんな女性の物になれるのならこんな屈辱などなんでもない、国を裏切ってでも彼女について行く、そう固く決心し、見下ろす彼女の蒼い瞳をしっかりと見据えた

トン

フラミレッラの指先が彼の額に触れた瞬間その場所から体が朽ち始め、【腐敗】の力が彼の生を飲み込んで行く。
残されたのは哀れな骸だけ。

「うふふ、約束通りこれであなたは私の物よ、存分に働かせてあげる」
彼の骸が黒いドロドロした何かに沈んでいくのを黙って見て居られなかったのは指揮官の男だ

「貴様! 俺の部下を殺した挙句に亡骸も奪っていくのか! 弔わせてももらないと言うのか!!」

「彼が望んだ事よ、それともあなたも彼の一緒の場所に行く?」
ニタリと笑ったフラミレッラに指揮官の男は何も言えずに唇を強く噛んだ

「何故、何故あんな事を…」

「だって仕方ないじゃない、私が計画した事とは言えあの男は私の大好きな人を不快にさせたのよ? 死をもって償う必要があるじゃない?」

「そんな理由で俺の部下は殺されたのか?」

「これ以上ない理由じゃない」

「貴様ーー!!」
指揮官は剣を抜いてフラミレッラへと駆けていくがタイムアップだ

「それじゃあロサ将軍、またね」
フラミレッラは突然現れた骨で出来た禍々しい扉へと日傘を差して入っていくとそのまま姿を消した

「ロサ将軍、あいつ…あいつだけは俺にやらせて下さい! じゃないと部下が浮かばれません!」
テーブルに両手を置き大声で抗議する指揮官の声など、ロサの耳には届いていなかった

彼女の頭の中は、先程まですぐそこにいた豊潤で濃密な血の匂いを漂わせる女性の事で一杯なのだ

あぁ…殺したい…指を一本一本切り落として部屋に飾るの、きっと最高のオブジェになる。
ダメ…今は抑えなきゃ…じゃないと横でキャンキャン喚いてるゴミを殺してしまいそう…
こんなのじゃ小腹も満たされない。

あんなにゾクゾクしたのは久しぶり…あの何者にも屈せず媚びない表情がたまらない…人を殺した時のあの満たされた顔を鈍器でぐちゃぐちゃに潰したい。

雪の様に白い肌を火で炙って彼女の匂いを感じたい… どこの骨の折れる音が一番綺麗か知りたい…
あの子は絶対私が殺す、殺して、頭を割って貴女の考えてに直接触れたいの…心臓に頬ずりして貴女の心を感じたいの。

これが…恋なのね…

「ロサ将軍聞いてますか? というか何故顔が赤いのでしょうか、どうかされましたか?」

「…恋」
恥じらう様に蜘蛛足をバタバタさせ、顔を赤らめるロサ将軍を見て指揮官の男は思った、それは恋じゃなくて変なのだと。
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