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島村春穂

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二度見されるくらいの存在の軽さ

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 壁にもたれかかり、薄く瞼を閉じつつ、天井を仰向いた首筋をピンと張り詰めさせながら、くちゅ……くちゅ……と小刻みに動かす股間の手つき以外、ほとんど放心しきっているユウトの顔を朝日がくすぐるように照ってきた。


 ……そろそろだな……
 リュックをまさぐってスマホを取ってみてみれば――、七時一五分であった。ユウトはあるところへ電話をかけた。


「……もしもし、おはようございます……一年A―2の水野です……」
 電話にでたのは、ユウトのクラスで国語を教えている富田先生であった。


「……すみません……担任の山本先生はいらっしゃいますか?……」
 どうやらまだ出勤していないらしい。


「……では、言伝をお願いします。風邪をひいたのできょうは休ませてください……はい……そうです……はい……では、お願いします……」



 ――これですべてが整った。ユウトは改めてもう後戻りができない覚悟を決めた。



 スマホの電源を切るときにも已然オナホールには貫通したままの肉径が刺さったまんまであった。


 個室に侵入してからというもの、だいたい一時間半は軽くオナっていることになる。若いだけあってユウトの肉径はずっと勃ちつづけ、この緊張のさなかでさえふにゃることなどあり得やしなかった。高一にして遅漏の化け物に育てあげた肉径は根本から先までが太くて固く、そして洋物めいて長かった。


 尿道から我慢汁こそこぼすものの、ユウトに逝きそうな気配など微塵もない。それこそ先に気配があったのは個室の外のほうからで、女子トイレを抜けた廊下側からであった。


 耳を澄まして細心の注意を払うユウトには誰の足音だっておおよその予測がついた。これもみな、ぼっちがなせる匠の技といっていいだろう。


 ……こいつは先生じゃない……
 どうやら朝一登校組がやってきたようである。


 この狭い歩幅と規則正しいかすかな足音からして一人で歩いているようだ。この朝一登校組には少し変わり者がおおい。ユウトと一緒でぼっちがおおいからだ。


 どこがどう変わり者かといえば、どうせぼっちなのだからできるだけ遅く登校をしてくればよいものを、奴らときたらどういうわけか誰よりも早く登校をしたがるのだ。もちろん、ぼっちのなかには遅く登校をしてくる者もいたけれど、そうした連中は二学期を待たずしていつの間にかに中退をしてしまい、現在までに八人が学年から姿を消していた。おそらくだが、朝一登校組のぼっちたちはきちんと卒業をすることだろう。だから、変わり者なのである。


 ……おっ……これはぼっちじゃない……
 今度は連れだって歩く振動音が女子トイレまで響いてきた。


 お次に登校をしてくるのは電車通学組である。地方の田舎では分刻みで電車が通っているわけではないから、遅刻ギリギリかこうして早めに登校をするかの二択を迫られることになっていた。ここで登校をしてくる電車組は勉強熱心な大人しい生徒がおおい。そして、性悪な連中も。


 とどのつまり、こうした連中が社会にでてから重役に就くことを考えれば、世の中がギスギスしてくるのもうなずけてしまう。表に出す態度とは裏腹に野心家がとにかくおおいからだ。そのくせにだ。ユウトに接するときの態度だけは露骨にちゃんとだす。同族嫌悪をもっともしてくるのがこの手のタイプなのであって、有言実行の陰キャといってよい。ユウトにとってはまさに敵地なのであった。声を大にしていえる。こいつら心のブスを口説けるのはイケメンだけだと。


 そして朝一電車通学組のお次はいよいよアイツらがやってくる。


 物々しい振動が躊躇なく迫ってきた。廊下をこする音が小気味よくキュキュキュッと鳴る。飛んだり跳ねたりするのは一人ではなく、きまって四、五人はくだらない。アイツらの正体とは自主練部活組である。最初に女子トイレにやってくるのはいつもこの連中なのであった。


 ……くるぞ……くるぞ……くるぞー!……
 ユウトは宙空を一点に睨み据えながら、肉径が刺さったままのオナホールを握り締めた。


 アイツらは話しながら近づいてきて、会話が聞き取れるまでになった。


「――そうだよねー――」


「――それでねー――」
 トイレのドアを勢いよく押すから、ブアン! と風が巻き起こってアイツらがはいってきた。


「ああー、ねむいー!」
 と室内で声が木霊した。ボヤキつつも、こいつらは朝からすこぶる元気がいい。脈絡のない会話を全力でまくしたてる。そして、とにかく声がバカでかい。


 こいつらはトイレにはくるけれど、朝一で用は足さない。おそらく髪を結いにきたのであろう。


 ユウトはがに股になったままの姿でオナホールから頭を覗きだす肉塊を見せつけるようにしてこいつらのほうを向いた。


 ……みなさーん、おち×ぽみてえ……
 ローションから水音が鳴ってしまうなんてヘマをしでかさないように、いまにも爆発しそうな欲望を抑えおさえ静かに腰を使う。


 ……いひひひ……
 と、おおげさに嗤ってみせることもけっして忘れず、まさか個室の壁越しに人間をやめた同級生が化け物めいて佇んでいるなんて夢にも思うまい。


「ちょっとーあたしにも鏡貸して」
 自主練部活組には陸上とホッケー、それとバスケがあるが、いまきた連中は声からしてたぶんホッケー部の連中だろう。R高等学校では毎年スポーツ推薦をとるくらい力を入れている部で全国大会では必ず上位入賞を果たす。


 部員はみな寸胴ではち切れそうにパンパンな脚をしていて、足首もたくましく太い健康優良児ばかり。しかも見事なモリマンときてる。あか抜けていないくせにどこか性欲旺盛な体つきをしているからユウト好みの女子がとてもおおい。陰キャにとってパンピーは憧れなのだ。


 R高等学校のスクールカーストを端的に説明をすれば、いわゆる一般パンピ―にこうしたスポーツ女子がはいることになる。


「昨日――、ルキアくんと寝落ちしちゃったー」
 マジかよ!?……


「マジ!?」


「どうだったー?」


「どうだったって?」


「ぜったい寝落ちだけじゃないっしょ」
 ちくしょう!……聞きたくねえー!


「ン……どういうこと……?」


「その……エッチな会話とかしたでしょ」


「してないよー!」
 ちょっとー違うじゃん! と顔の前で必死に手をバタつかせるリリコさんの姿が目に浮かぶ。


 頼む! 恋バナだけはやめてくれー!……くそーっ、ルキアくんとか誰だよ!……


 こうして、ユウトからまた一人恋愛対象が消えていくのであった。


「好きなマンガとか映画の話して寝ただけだよ」


「なんじゃそら」


「先行ってるねー」


「あたしもいくー」


「……他になにかあるの?」


「……エロイプとか……」


「……そういうのって、リアルの人ともするの?」


「エ!? ちょ、ちょっと待って! まさかアンタいつもやってんの?」


「してないけど!」


「ちょっとー! 事件! サキー! リリコがおさーんとエロイプしてるんですけどー!」


 ブアン!


「おじさんなんていってないー! 待ってー! ハルコー! 違う! してないー! ちょっとってばー!」


 ブアン!


 まるで局地的豪雨でもやってきたかのような騒がしさであった。


 ……くそぉ……あのリリコさんまで死亡した……
 生ぬるいフェロモンだけをかすかに残し、いままでの嬌声が嘘みたいに再びトイレ中が静けさに黙りこくった。


 先程とはまた味の違う放心がユウトを襲って動けなくするのであった。


 消沈したこんなときでさえ、肉径がギン勃ちしたままオナホールを貫通しているのだから滑稽なものである。


 ……くそったれぇ……
 ユウトの嫉妬はなかば復讐となっていき、ぬくいフェロモンを鼻いっぱいに吸いこんで深呼吸をしてやった。


 ああぁ、この匂いをいずれ独占する奴がいるんだろうな……


 この怒りを収めるためには感情をこめて鼻の穴をおっぴろげながら吸いこむ必要があった。そんな最低な顔をしながら、オナホールを握りこむ手をきつく固定させて、中腰のままやけっぱちでケツを前後させるのである。


 ……リリコぅ……リリコぅ……
 と、胸のうちでその名を何度も呼びながら。くちゅ……くちゅ……くちゅ……とリリコが泣いて感じるまで。


 ……でっけえケツしやがって……ああ、でか尻、でか尻、日焼けしたまっ黒いケツ、ああぁ……、ホッケー部ぜんいんと姦りてえ……
 と、唱える頃にはユウトの表情に再びイヤラシイ笑みが戻ってきていた。


 ……生意気いうとぶっ壊しちまうぞ……
 腰のストロークがしだいにおおきくなっていき、貫通するたびオナホールからローションで艶めいた肉塊がにゅぽにゅぽ頭をだした。


 ……撃つべし!……撃つべし!……撃つべし!……
 この疑似おま×こには大小さまざまなイボイボがあって、奥のほうには輪重のシワシワまで刻まれてある。腰を引いたときにこうしたイボやシワが傘肉にひっかかり、腰を押しこんでやれば肉塊の裏筋から盛り上がった双頭の瘤をザラザラと撫でつけてくれるからとんと具合がよい。生ぬるい残り香を嗅いでいれば姦っているも同じであった。


「……気持いい……幸せェ……」
 目の前にある白い個室の一枚板が靄がかってきて、夢心地のまま気が遠くなっていきそうであった。と――
 ――ブアン!


 いけないッ!……
 油断していた。まったく外の気配に気付くことができなかった。


 瞬時に現実に戻され、ユウトはピタリと腰をとめた。



 ――どうやら一人らしい。おそらくぼっちの奴だろう。電車登校組が朝一からトイレにくることが稀だからだ。



 バタン! とユウトが居る前の個室にはいった。


 ……間違いない……
 奥の個室を使わないあたりがいかにもぼっちらしい。


 ほの甘い匂いがユウトまで届いてきた。


 衣擦れと一緒にしゃがみ込む気配がした。ちょろちょろちょろ……と水を流しもせず、なんとも申し訳なさそうなお小水である。


 ……音消しなしかよ……
 ユウトは止めたままの腰を微動だにさせなかった。


 ぼっちのときは決して無理をしてはならない。同族ぼっちのユウトにとってこいつらは思いがけない行動をする場合があるから警戒をしているのだ。いままで怪しい素振りをみせたことはないが断じて油断はできない。


 ユウトは息を止めとめ、こいつが出るのを待った。――ところが、いつまで経っても水を流さない。立ち上がった気配すらないし、どうやらしゃがみ込んだままのようである。時折、衣擦れやタイルを足でこすったりする音は聞こえてくる。


 ユウトは首を伸ばして壁越しの気配にさらなる注意を払ってみた。と、ふいに、


「ああ……」
 と、重たいため息が聞こえてきてユウトをドキリとさせた。


 ……びっくりしたあ!……
 一瞬、握りこんだオナホールから肉径が抜けそうになってしまい、間を置いてからドッと冷や汗が噴きだしてきた。握っているオナホールも手もベトベトだから油断ができない。


「……&%$#?#%$&……」


 ……は……?
 いま確かになにかをしゃべった。聞き取れないくらい弱い声で。ユウトはニ三度瞬きをしてから、完全に顔を固めて聞き耳を立てた。


「……&%おと%&%しい……」
 衣擦れと一緒になにかを囁いている。


「……おとこが……」


 ……くそぉ……もうちょっとだ!……


「……おとこが欲しい……」


 ……マジか!?……男が欲しいっていったぞ、いま!……
 ユウトはオナホールに注意を払いつつ、膝をゆっくり屈した。こうしたとき、衣擦れが起きないからノーパンパンストがおおいに役に立つ。


 オナホールを握っている手はそのままで、空いたもう一方の手をタイルに突きながら、


 ……節鳴るなよ……
 と、運にすべてをゆだねて慎重に四つん這いになっていった。――節は、鳴らなかった。


 ……よし!……この賭けに勝った……
 そして、いよいよ下から覗き上げてみる。


 うんこ坐りでパンパンに張り詰めたおおきな尻が眼前に姿をあらわした。真っ白いそのでかい尻は光沢を帯びて艶々していた。


 思った通り女の手が股ぐらにあった。妖しげな指使いはまぎれもなく自慰をしているものだ。陰毛が薄く丸見えだ。時折、くっ、くっと切れのようさそうな紅色の小さな菊門がいかにも十代らしく、恥じらいつつすぼまってみせた。この至近距離だから皺の数を一本、一本数えられそうなくらい鮮明にみえる。


 肉厚な溝がくちゅ……くちゅ……と濡れだした。やがて亀裂をなぞるばかりだった中指が角度を変え、垂直に刺さっていく。その指使いはまるで肉棒にみたてたように動かしていてやや乱暴にみえたほど激しく上下した。


「アン……」
 その声を聞いて誰かわかった。同じクラスのアユミだ。吹奏楽部に入部している。容姿は中の下。背が一六四もあるくせして運痴うんちっぽい。どことなくブスかわいい女だ。


「……男が欲しい……男が欲しい……」


 ……まさか、あのアユミがな……
 人のプライベートとは覗いてみなければわからないものである。


「……アン、アン……アン……」
 アユミの感度が高まるにつれ、指は深くまで刺さり、濡れそぼる小さな菊門が盛り上がってきて平たくなっていく。ビクつくたび、絖白い尻がぷるぷる振るえてみせた。


 ……ああ……すんげえ、ブスぐうかわええ……


「……男の匂いすき……男の匂いだいすき……」
 初めて朝一から個室に忍び込んで、いきなりアユミの秘密を覗きみれるとは幸先のよい収穫であった。ユウトはズリネタを目に焼き付けるようにして瞬きさえ忘れて魅入っていた。


「アン!……アンアンアンアン!……」
 ドスの利いた声に変わってきた。なんと無防備なあえぎ方であろうか。


 ……もしかして……アユミはこれがしたくてわざわざ早く登校しているのか……
 そう思ってしまった瞬間、衝動的にアユミに襲いかかりたくなってきた。


「……てぃんぽ……てぃんぽ、てぃんぽ……」


 ……この個室の壁をよじ登ってしまおうか……
 手汗がジンと滲んできてドクン、ドクンと胸が鳴った。


「……アアン……男に笑われたい……バカ扱いされたいよぉ……」


 ……ドMじゃんか! もうたまらん! やるならいましかないぞ!……とそのとき、


「イクぅ!」
 と、空気をざわめかせたアユミの尻がブルブルっと振るえた。


 ……お! やっべえ……
 危ないところであった。あと一〇分も長くアユミにオナられたら襲いかかっていたかもしれない。


 胆を潰したユウトは、アユミがティッシュで拭くあいだ、ずっと白い一枚板を見たままであった。


 アユミが個室を出ていってすぐ、ぞろぞろと登校してきた女子の話声やバカ笑いでトイレの外が賑やかになっていった。


 ……危なかった……全国ニュースデビューするとこだったぜ……
 まさにその通りなのである。おおげさな話なんかじゃなくあのとき性欲に負けて襲いかかっていたら、家族もろとも人生が終わるところであった。


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