いまそこにある媚肉

島村春穂

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口でするからソコだけはどうか許して、と言ってしまい……

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 あれから、匠はまるで何事もなかったかのように、夕食をとった。貴子と一切目を合わさないのもそうだし、ぶっきら棒に生返事するのだって、いつも通り変わりがなかった。もしかしたら、さっきの、あの出来事は白昼夢だったのではないかと疑うほど、嘘のように貴子に冷たくアタった。


 肉感的な躰に甘えられるとき以外、匠にとって、貴子の存在というのは、継母ではなく、旧姓のさんでもない、ただの知らないおばさん。赤の他人同然であったのだ。その知らない人が、ある日から突然、勝手に自分の家に居て、勝手に人の家の物を使い、勝手に住み始めた。そうした負い目が、貴子に正常な判断力を鈍らせていた。だから、食卓を立とうとした匠に、


「……お、お風呂は?」
 と、毎度毎度、貴子は尋ねてしまう。


「もうさ。あとでいいって何度も言ったよね。バカなの? 毎回毎回」
 と、こうして匠に怒られてしまうわけだ。匠から、村越宅に住むことをこうも嫌われながら、毎晩、新参者の貴子がこうやって一番風呂を取らされることに。罰が悪そうにして、


「……はい。ごめんなさい……」
 と貴子が謝るのが、夕食終わりの二人の会話であった。


 脱衣所で、さっきから浮かない顔をして物思いに耽る貴子は、おそらくこうした事柄を考えていたのであろう。思い出したかのように、貴子が明かりを点けた。二三点滅してから、いくつかの裸電球がやっと点いた。摺りガラス越しに、浴室のほうから、おぼろげなオレンジ色が溢れた。


 貴子は、ノースリーブフリルから脱ぎだし、スカート、ブラジャー、そして最後に、ショーツを脱いで、女性らしくそれらを綺麗に畳んでから、床に置いてある編み目の脱衣かごに入れた。


 昔ながらの屋敷だから、洗濯機はまた別のところにあるのだ。それだから、着替えを毎度持ってこなければならず、貴子は脱衣かごの横に、タオルと替えの下着とシュシュを一緒に置くようにしていた。


 そのシュシュを口で咥えながら、巻き髪をうしろで束ねてお団子にすると、うなじが艶っぽく明かりに映えた。シュシュでお団子をまとめてから、二三髪の毛を気にする仕草のあとで、足拭きマットを踏みしめ、建て付けの悪そうな摺りガラスを横に引いて、浴室に入っていった。



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