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極彩色情狂
三/四
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「――もしかして、いまおならした?」まさか、違うよ、そんなわけないじゃない、とでも弁明するその代わりに丸っこいでか尻が左右に揺すぶれる。「嘘つけ」
「空気が、空気が――」
荒川がそう言い訳をしようにもこれは羞ずかしすぎることであった。空気が、空気が、とそれだけを繰り返して涙声で訴えた。
「ほんとかよ」と充が言った次の瞬間、またおならのような音が――。こんどは蒼甫の耳にも確かに聞こえた。「おい!」
「ごめんなさい、空気が入ったのよ」と、せっかく言い訳をしているのにもかかわらず、躰を捩じった時に再びぶひぶひっと音が鳴ってしまった。「ごめんなさい、でもおならじゃないの!」
へえ、と充は怪訝そうな顔つきを緩めた。ジッとお尻を注視すること暫くすると、アソコぜんぶが躰の中からバカでかい注射器で空ポンプでもされたみたいに充血して膨らみ、とば口から内部の肉襞が覗き見えるほどおおきく拡がっていて奥のほうから空気を噴射させていた。あのおならのような音の正体とは、俗に言われるマン屁であった。
「羞ずかしい、許してぇ」
「すげ」と、やにわにとば口へと鼻のさきまで顔を寄せて充は誉めた。「すごいよ、なにこれ」
「やだぁ!」
とば口からいままでで一番おおきなマン屁が出た。噴射されてきた微風に僅かばかり充の前髪がそよいだ。なにこれ、なにこれ、と悪戯っ子のように尋ねられるたびにアソコぜんぶが勢いよく内から膨らみ、あんぐり口を開いたとば口からマン屁が出る。いいや、出た、というよりはやはり噴射された、と言ったほうがより正しいのかもしれない。女が皆同じではないだろうが、荒川のそれは間違いなくそういった類のものであった。
「何マ×コで返事してんだよ」と丸っこいでか尻に一発、きついビンタが炸裂した。「ぶひぶひぶひぶひうるせえぞ」
「ごめんなさい!」と言い終わる前に語尾が涙声で揺らぎ、火のついたように荒川が啼きだした。「ごめぇんなさい、ごめぇんなさい、許してください!」
「聞かされるこっちが恥ずかしいぜ」と二発目の折檻がでか尻にいった。罰を受けたその印として雪白の肌におおきな手形が桜色にくっきりと染まった。「ねえ、もっとよ、真剣に謝ってくれる?」
快い返事のあとでたたみかけるような早口で荒川から謝罪の言葉がでた。色のついていない太い声で、地の低いあの声で、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すのだ。何度も何度もだ。充もそうなのかもしれないが、蒼甫にしてみても大の大人がこれほどまでに謝る姿というのは初めて見た。
それというのは、海の向こう側で起きた実感の伴わない銃乱射事件を紙面で見るよりも、ミサイルの発射実験がミッキーマウスのような笑顔で独裁を続ける国家からニュース速報で流れてくるよりも、FIFAワールドカップやハロウィンでひどく寂しそうな人々が安酒と処方箋でバカ騒ぎをする渋谷のスクランブル交差点や、国内で日々起きるどんな凶悪な犯罪よりもずっとリアルでショックだった。まるでこの世には神様なんていませんでした、我々はこの事実を真摯に受け止める、とローマ教皇に暴露されるくらいの信じがたいことであった。にもかかわらず、傷の付いたレコードが針飛びを起こして何度も何度もリピート再生するかのように、もはや狂ってしまったのではないかと思えるくらいに荒川はひたすら謝り続けた。
蒼甫が狼狽えてしまうくらいなのだから、童貞のあの充が動揺しないはずがなかった。まさか初体験でここまで倒錯するとは。突き付けられた事実は童貞の妄想を遥かに超えてエグかったはずだ。
「ごめんなさぁい、ごめんなさぁい、ごめんなさぁい、ごめんなさぁい!」
反芻された哀願が、目には見えないほど小さな羽虫となって毛穴から浸食し脳に直接語りかけてくるようだ。頭蓋骨を内から連続的に響かせてくる。
深い残響が次第次第に思考を奪い去っていってしまう。後頭部の辺りがもうずっと痺れっぱなしだ。信じていたものに裏切られたどす黒い穴が心臓から肺にかけてぽっかりと空いているようだった。そこは傷口のように熱くなっていてひどく脈打っている。これに気づいた時、同じように熱く脈打ったものがドクン、と鳩尾の辺りから下腹部のほうまで落ちてきた。と同時に何か被虐的なものが胸に宿っていった。嗜虐的じゃない、間違いなくこれは被虐的な何かであった。一枚のコインが表裏一体であることが肌に染みてわかった。
「ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい!」
そう繰り返される哀訴が青年期まで童貞であった充のトラウマを嗜癖のように呼び覚まし、また蒼甫に対しても幼児期の頃から出来の良い兄貴と較べられて母親に甘えることを一切許されなかった精神的外傷というのが躰じゅうから燃え上がってきた。
嗜癖に酔っ払い、いまひどく酩酊したあの充が、入れるよ、などと一言断りを入れるなんて考えられないことであった。だから唐突に起きた衝撃に、ごめんなさい、が振るえながら裏返った。それは傷口が抉られた時にあげるような金属的で尖った悲鳴だった。
「空気が、空気が――」
荒川がそう言い訳をしようにもこれは羞ずかしすぎることであった。空気が、空気が、とそれだけを繰り返して涙声で訴えた。
「ほんとかよ」と充が言った次の瞬間、またおならのような音が――。こんどは蒼甫の耳にも確かに聞こえた。「おい!」
「ごめんなさい、空気が入ったのよ」と、せっかく言い訳をしているのにもかかわらず、躰を捩じった時に再びぶひぶひっと音が鳴ってしまった。「ごめんなさい、でもおならじゃないの!」
へえ、と充は怪訝そうな顔つきを緩めた。ジッとお尻を注視すること暫くすると、アソコぜんぶが躰の中からバカでかい注射器で空ポンプでもされたみたいに充血して膨らみ、とば口から内部の肉襞が覗き見えるほどおおきく拡がっていて奥のほうから空気を噴射させていた。あのおならのような音の正体とは、俗に言われるマン屁であった。
「羞ずかしい、許してぇ」
「すげ」と、やにわにとば口へと鼻のさきまで顔を寄せて充は誉めた。「すごいよ、なにこれ」
「やだぁ!」
とば口からいままでで一番おおきなマン屁が出た。噴射されてきた微風に僅かばかり充の前髪がそよいだ。なにこれ、なにこれ、と悪戯っ子のように尋ねられるたびにアソコぜんぶが勢いよく内から膨らみ、あんぐり口を開いたとば口からマン屁が出る。いいや、出た、というよりはやはり噴射された、と言ったほうがより正しいのかもしれない。女が皆同じではないだろうが、荒川のそれは間違いなくそういった類のものであった。
「何マ×コで返事してんだよ」と丸っこいでか尻に一発、きついビンタが炸裂した。「ぶひぶひぶひぶひうるせえぞ」
「ごめんなさい!」と言い終わる前に語尾が涙声で揺らぎ、火のついたように荒川が啼きだした。「ごめぇんなさい、ごめぇんなさい、許してください!」
「聞かされるこっちが恥ずかしいぜ」と二発目の折檻がでか尻にいった。罰を受けたその印として雪白の肌におおきな手形が桜色にくっきりと染まった。「ねえ、もっとよ、真剣に謝ってくれる?」
快い返事のあとでたたみかけるような早口で荒川から謝罪の言葉がでた。色のついていない太い声で、地の低いあの声で、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すのだ。何度も何度もだ。充もそうなのかもしれないが、蒼甫にしてみても大の大人がこれほどまでに謝る姿というのは初めて見た。
それというのは、海の向こう側で起きた実感の伴わない銃乱射事件を紙面で見るよりも、ミサイルの発射実験がミッキーマウスのような笑顔で独裁を続ける国家からニュース速報で流れてくるよりも、FIFAワールドカップやハロウィンでひどく寂しそうな人々が安酒と処方箋でバカ騒ぎをする渋谷のスクランブル交差点や、国内で日々起きるどんな凶悪な犯罪よりもずっとリアルでショックだった。まるでこの世には神様なんていませんでした、我々はこの事実を真摯に受け止める、とローマ教皇に暴露されるくらいの信じがたいことであった。にもかかわらず、傷の付いたレコードが針飛びを起こして何度も何度もリピート再生するかのように、もはや狂ってしまったのではないかと思えるくらいに荒川はひたすら謝り続けた。
蒼甫が狼狽えてしまうくらいなのだから、童貞のあの充が動揺しないはずがなかった。まさか初体験でここまで倒錯するとは。突き付けられた事実は童貞の妄想を遥かに超えてエグかったはずだ。
「ごめんなさぁい、ごめんなさぁい、ごめんなさぁい、ごめんなさぁい!」
反芻された哀願が、目には見えないほど小さな羽虫となって毛穴から浸食し脳に直接語りかけてくるようだ。頭蓋骨を内から連続的に響かせてくる。
深い残響が次第次第に思考を奪い去っていってしまう。後頭部の辺りがもうずっと痺れっぱなしだ。信じていたものに裏切られたどす黒い穴が心臓から肺にかけてぽっかりと空いているようだった。そこは傷口のように熱くなっていてひどく脈打っている。これに気づいた時、同じように熱く脈打ったものがドクン、と鳩尾の辺りから下腹部のほうまで落ちてきた。と同時に何か被虐的なものが胸に宿っていった。嗜虐的じゃない、間違いなくこれは被虐的な何かであった。一枚のコインが表裏一体であることが肌に染みてわかった。
「ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい、ごめぇんなさぁい!」
そう繰り返される哀訴が青年期まで童貞であった充のトラウマを嗜癖のように呼び覚まし、また蒼甫に対しても幼児期の頃から出来の良い兄貴と較べられて母親に甘えることを一切許されなかった精神的外傷というのが躰じゅうから燃え上がってきた。
嗜癖に酔っ払い、いまひどく酩酊したあの充が、入れるよ、などと一言断りを入れるなんて考えられないことであった。だから唐突に起きた衝撃に、ごめんなさい、が振るえながら裏返った。それは傷口が抉られた時にあげるような金属的で尖った悲鳴だった。
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