『官』『短』

島村春穂

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かりそめの天使

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「痒いところとかありますか」と武宮さんは言った。


 狐塚は溜め息を呑んで薄目を開けた。ちょうど指腹に糸が引き摺るのが見えて、狐塚と目の合った武宮さんは気まずそうにした。


「……皮のところ」と狐塚は遠慮ぎみに答えた。


「ここですね」と武宮さんはつとめて明るく言った。だが、そのあとで武宮さんは口ごもった。手を添えた肉竿を右に左に確かめてから言った。


「……ここ、下にひいても痛くないですか」


「……たぶん」と狐塚は答えた。


 武宮さんは咳払いを一つして、包皮を下にひいた。簡単に剥けないことがわかると、肉竿に添える手には力がこもり、鬼頭に巻きついた指のほうは完全に男根を握りしめていた。


 ここまではっきり圧がかかると、なおのこと血流は漲った。皮肉なことに、漲ればみなぎるほど包皮を剥くのは困難になった。ティッシュのカスを取ったときのように、武宮さんが唾をつけてもだめだった。


 包皮が中々剥けないことで、狐塚と武宮さんは額まで真っ赤にさせていた。


「……剥けますか」と狐塚が訊いた。


 武宮さんが見あげた狐塚は気の毒に思うほど心細そうであった。武宮さんは、つとめて明るく振る舞うことが白衣の使命であるかのように、心配ないですからねー、と言った。だが、その看護口調が狐塚を高まらせていたのだ。


 我慢汁を吐いた鬼頭は包皮を半分まで引っかけたまま、パンパンにふくらんだ。武宮さんは唾を呑んだ。鬼頭に巻きつけた指に脈動を感じたからだった。


 二人はお互いから目が離せなくなってしまった。狐塚は武宮さんの瞳がうるんだのを見ていたし、武宮さんもまた狐塚の瞳がうるむのを見てとった。そうやって見つめ合ったまま、武宮さんが微笑んだ。


 武宮さんは可憐な唇をわって、ベロを少しだけのぞかせた。白磁のような歯とピンク一色の腔内が印象的だった。


 狐塚の反応を窺って、一度ひっこめたベロを今度は大きくのぞかせた。武宮さんの顔は笑っているようであったし、両の眉をさげていて、どこか苦しそうでもあった。


 狐塚は唾を呑んだ。喉の奥がべとべとに渇いていて息がつまりそうだった。


 武宮さんのベロは味見でもするように鬼頭を舐めた。尿道口にふれた舌先が器用にうごくと糸をひいた。その感触を楽しむかのように、武宮さんは何度でも舌先でレロレロした。いやらしい音が立っても言い尽くせない表情のままやめようとはしなかった。


 狐塚は息を吸った。そして、尾を曳くようなながい溜め息を吐いた。


 武宮さんは舌をひっこめてゴクンと喉を鳴らした。それから、首を傾いで溜め息と一緒に狐塚にやさしく微笑んだ。狐塚はこの微笑みに何もかえすことができなかった。曖昧な意識の中で武宮さんが鬼頭をすっぽりと咥えこんだのをただ見ていた。


 口の中は熱くてぬるぬるしていて吸い込まれる感触に腰が浮きそうだった。武宮さんが頭を前後させた。苦しげな洟息が男根をなでてきて、くすぐったい、と狐塚は思った。


 武宮さんは真顔になった。ほっぺを凹ますたびに、狐塚の腹に力がはいった。武宮さんは汗を滲ませた額に幾筋の髪を張りつかせて、前後させる頭のうごきが速くなっていく。


 口の中では、ヌラついたベロが包皮をめくろうとして忙しなく蠕動していた。唇もつかって肉竿の皮を下げてくる。それだけつよく吸いつかれていたから、淫らな音というのは殆んどと言っていいほど出なかった。時折、男根を握った手でも皮をひっぱられた。


 武宮さんの口の中で、鬼頭に引っかかっていた包皮がずり下がっていく感触があった。そして、鬼頭の三分の二までくると、あとは自然と包皮は雁に納まった。


 武宮さんは鬼頭を口から離し、注意深そうに雁に納まった包皮を見た。


「よかった」と言って、武宮さんの顔が明るくなった。


 包皮が剥けた鬼頭は、生まれたばかりの幼気な色をしていた。外気にふれてぷるぷると震えている。武宮さんには内緒だったが、皮を全部剥いたのはこれがはじめてだった。


「痛い?」と武宮さんが言った。


「……少し」


「口の中が一番やさしいと思う」と武宮さんはそう言って、もう一度鬼頭を咥えこんだ。


 今まで包皮で保護されていた鰓の部分に、ベロがふれただけで抗いようがないほど腰がひけた。


 武宮さんが狐塚のお尻をつかんだ。うわ目づかいで睨むようにこう見つめられると、狐塚は我慢するほかなかった。


 男根に握られた手が下にしたに皮をひいていく。女性のやわらかい力であってさえも今の狐塚には刺戟がつよすぎた。雁首に納まった包皮は限界まで引きのばされ、唾液で温まったベロが徘徊した。


「……武宮さん」と消え入りそうな声で狐塚は言った。


 武宮さんは鬼頭を口から離して、なんですか、と訊いた。


「……おれ……俺」と狐塚は言葉につまる。


 そんな狐塚を武宮さんは待ってくれたし、口をはさんだりもしなかった。


「……おれ、女のひとと付き合ったことないんです」と言った狐塚は涙目になっていた。「さみしくて……さみしくて」


「どうしたいですか」と武宮さんは言った。


 今にも落っこちそうだった涙は、目頭から床に落ちた。


「なんでおれだけ……こんなさみしい思いを」


 狐塚の肩はちいさく震えていた。声を押し殺して泣きじゃくるのを我慢している。


「……どうしてほしいの?」と武宮さんは、もう一度訊いた。


「ううう……」


 とおい目をしたやさしい武宮さんの表情が涙で狐塚には見えなかった。


「男だったら自分でちゃんと言いなさい」と武宮さんは狐塚を励ました。


「おれ……俺。武宮さんとセックスがしたい」と狐塚は言った。武宮さんの目をはっきりと見て、確かにそう言ったのだった。


 武宮さんは顔を赤くさせた。今度ばかりは武宮さんが返事に困る番であった。


「武宮さん。だいじょうぶですかー」、それは足立さんの声だった。


 狐塚と武宮さんは寄り添うように身をちぢめた。


「……はい。もうすぐ終わります」とドアに向かって、武宮さんは言った。


 ――摺りガラスにあった影は居なくなった。


「時間がないよ」と武宮さんは言った。


「……で、でも」


「おねがい、困らせないで……」


 しかし、一度告白した思いは、もはや沈めようがなかった。狐塚は、武宮さんの名を何度も呼びながら彼女の頭を手繰った。


「こうやってすればいいの……?」と武宮さんは鬼頭を咥えこまされながら言った。


 狐塚はうなずいた。


 武宮さんの口中にめいいっぱいの肉竿が沈みこむ。狐塚は腰をうごかした。次から次に送りこまれてくる熱い漲りに、武宮さんは目をほそめた。


 もっと自信もって、すごく大きいわよ、男らしい匂いがして素敵、苦しげな喉奥から発せられた声は殆んど言葉になっていなかったが、声帯をふるえさせたその振動ははっきりと鬼頭に伝わってきた。


「がまんしないで……口にちょうだい」


 武宮さんは、きつく眉根を寄せた。


 男根に溜まった塊が狐塚にはわかった。あとは受け入れるだけだ。武宮さんを受け入れるんだ、狐塚はそう思い、武宮さんの頭をつよく引き寄せた。


 武宮さんの熱い洟息が陰毛に吐きかかる。


 塊が尿道をせり上がっていった。鬼頭がパンパンにふくれた。男根の力が抜けて、もう一度力をこめたとき、狐塚にはドクン、という音が聞こえたような気がした。武宮さんは、その瞬間に頭をビクリとさせた。


 解放感は二度三度と続いた。そのたびに狐塚は、武宮さんの頭をつよく抱きしめた。口中で肉竿が不律動に脈動している。出し切った感があった。そのうえ、武宮さんが尿道につまった体液さえも残らず吸ってくれた。


「……すごい、濃い」


 狐塚から解放された武宮さんが最初に口にした感想だった。唇に手をあててこぼさないように狐塚の体液をすすっていた。


「……ご、ごめん」


「そうゆう言い方きらい。こうゆうときはね、気持よかったっていうの」と武宮さんは教えてくれた。


「き、気持よかった」


 狐塚がそう言うと、武宮さんは微笑んでくれた。


「……武宮さん」


「なあに」


「武宮さんとセックスしたい」


「もう!」と武宮さんはうしろを向いた。


 狐塚は、うなだれたように床に手をついた。


「明日、お風呂はいったらね」


 それは、狐塚がはじめて女性と交わした約束だった。





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