烙印に口付けを

ぬい。

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《1章》鐘の音

5話 優しい女性

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 天井を見つめてつぶやいていたメアリーは、いつしか静かな寝息をたてていた。先ほどまでの怒涛の流れが落ち着きを取り戻す。人間以外いなくなってしまったこの地域では、夜に鳴く鳥の囀りなど聞こえやしない。進んでいるのかすら感覚を無くすほどの静寂な時を過ごしていた。

 目の前に映る先ほどのメッセージをずっと眺めていた。いまだに送り主の思考が読み取れていない。何を考え悪魔と理解できるメアリーを教会に行かせたのか。俺しかいないことをこの人はわかっていたはずである。ということは、俺に合わせるために仕組んだことまではわかったのだが、一向にその理由がわからなかった。確かに、俺はどの天使とも契約をすることができていない。いわば、戦では使うことのできない落ちこぼれではある。しかし、そこで悪魔と出会ってしまうということは、悪魔と契約をしろと言っていると他ならない。何を考えているのだろうか。彼女よりも、俺のほうが明日のことで頭がいっぱいなのが手に取るようにわかっていた。

 結局、今考えても意味がないと判断し、ノートパソコンを閉じる。寝てしまったメアリーを抱きかかえて布団まで連れて行った。これからの生活を考える。もし仮に彼女がここで永住をすることに決まってしまった場合、俺の布団はないことになる。新しく手に入れるまではソファーで寝るしかない。布団に寝かせ静かに部屋を後にしようとしたとき、

「…やだ」

 静かに寝ていたはずのメアリーは、小さくつぶやきながら俺の裾をつかんできていた。寝ているのは判断できる。しかし、先ほどまでの落ち着いた表情とは裏腹に涙を流していた。

「わかったよ」

 メアリーの隣に潜り込む。彼女の体はほのかに温かかった。触れないように慎重に距離をとって横になる。先ほどまでの悲しそうなメアリーの表情は消え失せていた。さみしがりや。多分そうなのだろう。片方から感じる温もりになれないながらも寝ようと試みる。

 一気に頭頂部が痛み始めた。瞬間に俺の意識は現実からどこかの記憶に移動していた。

 目をゆっくりと開く。青い空が広がっていた。なぜこんな場所で寝ているのだろう、ゆっくりと体を起こそうとしたとき、頭頂部が重たい痛みを感じ、また元の体勢に戻ってしまった。この景色には見覚えがある。しかし、どこだったか思い出すことができない。大きな扉が横に見えている。微かに聞こえる女性の歌声、讃美歌のようだった。人々の声もする。街の一角であることがすぐ分かった。

「こんなところで寝てたら、風邪ひくわよ?」

 見えていた大きな扉が開き、聖女が着るような正装を身にまとった女性が俺のことをのぞき込んでいた。

「どうしたの?」

「頭が…痛くて…」

「あら、どこら辺?」

 女性が優しく俺の頭をなでている。温かく優しい感覚に癒されていた。

「どう?治った?」

 放たれた言葉を飲み込むのに少しの時間を要した。体をゆっくりと起き上がらせる。頭頂部の痛みは消えていた。

「あ、ありがとうございます」

「いいのよ、こういうことしかできないから。ほら、こんなところで話しててもあれだから、ゆっくり中で休みなさい。一時的に痛みを取り除けただけでもあるし」

「…ここは?」

「ん?ノートルダムよ」

 中は街の人たちと教会で祈りを捧げている修道士がいた。奥のほうでは、偉い方に見える人たちが集まっている。何か険しい表情で会議をしていた。

 かすかに聞こえてく。第三の嵐が目の前にやってきている。光と闇の戦いだ、と。

「そこ、少し座って休んでいいからね」

「あの…」

「ん?」

「何でここに、俺、いるのかわからなくて」

「んー。なんで、そうね、たぶん」

 女性は聖堂の奥で静かにたたずむキリストの像を見つめている。瞬間、窓という窓すべてから優しくまぶしい光が降り注いだ。すべてがキリストをスポットライトのように照らしている。

「呼ばれたのかも。これからの私たち人々のために」

 帰る場所はわかるの、と聞かれ、わからないと答えていた。確かにわからない。どこから来たのかもわかっていない。目を開けたら聖堂の目の前だったのだから。女性は微笑みながら、修道士に話しかけに行っていた。少し話しこんでから走って帰ってくる。

「空いている部屋があるみたいだから、一時的にそこにいていいらしいわ」

 よかったわね、とにこやかに話しかけてくる。すごく優しい感情、そして、懐かしい感情に心が安らいでいた。
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