烙印に口付けを

ぬい。

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《1章》鐘の音

3話 彼女との帰路

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 少女を抱きかかえて帰っているのだから、周りの目はこちらを向くかと心配していた。だがそんなことは起こらなかった。起こるというよりも、起こりえないほどに街は閑散としていた。先ほどまで、ここは火の海だったのだろう。よくあることだった。一体の悪魔が出現すればおのずと大勢の悪魔が集まってくる。となれば、主となりえる強力な力を保持した悪魔に操られているであろう人間を、戦いやすい場所に誘導してしまえばこちらとしてはやりやすい。
教会の周りは、いつも戦地として扱われていた。

 歩きにくくなったアスファルトを進む。昔は栄えたこの地域も今となっては無人と等しいほど人間はいない。高くそびえる電波塔、前は人にあふれたであろう商店街、愛をはぐくむにはふさわしい一軒家が立ち並ぶ。どこもかしこも、壁は剥がれ崩れている個所が点在し、竜巻の後のように屋根やガラスはなくなっているものが多い。

 およそ、30分ほど速足で歩いてきた。何年もここを行き来している足なら余裕だと思っていた。しかし、今日は彼女が腕の中にはまっている。思ったより軽いとはいえ、人間の生命維持をするためには一定の重さはある。家に着く前には、腕が限界と叫んでいた。

 教会から少し離れた場所、誰かが昔は住んでいたのであろう一軒家に着いた。我々教会の人間は、住まいとして空いていて現在生きていると確認できない人物の持ち物、かつ、壊れていないなど生活に支障がない建物は、住まいとしての使用を許可されていた。ここを見つけたときは、広すぎるかと思っていた二階建ての一軒家は、今この腕でまだ眠る彼女がいるのであれば、好都合な大きさとなる。

 俺は、急いでいつも使っている布団に寝かせた。いまだに体のすべての神経が、今すぐにでもこの世から彼女を葬れと言ってくる。葬ることに関しては、しようと思えば、できるかわからないがやることはできる。しかし、心が恐怖し行動に移すことができなかった。

 彼女が寝ている部屋を後にし、俺はバスルームで今日の一切の汚れをそぎ落とし、キッチンにて何か簡単な食事を準備していた。ついでに食べるかわからない眠り姫のためにおにぎりも作っておく。できたものすべて低いテーブルに並べて、ソファに座りノートパソコンを開いた。インターネットに接続できるようには組合がしてくれている。どうやら、世界の金融を握っていた組織が加担して、教会や戦士の情報共有のために何とかしてくれているらしい。いまだにビジネスというものが、生きているという話は聞いているが、どこで金銭を発生させているのだろうといささか不思議に思っている。

 開いた液晶には、今どこでどの戦力がどう戦っていて、勝率がどれくらいかがリアルタイムに更新され続けていた。現在俺の周りは収まっている。つまり皆、帰宅し休める時間があるということを意味していた。広い範囲で確認する。いつも決まって、ロシア付近は多く戦闘状態となっていた。多くの国から援助も入っている。今日に限っては、日本付近も混乱状態に墜ちていることが確認できた。我が教会もタイミングを見計らって、日本に加戦するとメッセージが入っていた。

 この情報を見ながら食べる飯は、大しておいしくはない。しかし、食べなければ生きていけないのは、事実として存在してしまっている。無理くり喉に送り込み、水で胃まで落とした。ほっと一息つく。やっと、何もできないと考えなくてもよい束の間の時間が現れたと、少し気が楽になった。

 階段がきしむ音がする。彼女を寝かせたのは二階の一間。一瞬にして背筋が凍る感覚がする。しかし先ほどまでの全身の緊張状態はなくなっていた。

「おきたかい?」

 恐る恐る、子供に話しかけるように声を出す。

「…ここは、どこ」

「ここは、俺の家だよ」

「あなた誰?」

 抱き着いてきた時を思い出す。やっと会えたそうつぶやき、泣いていた彼女。しかし今は、本当に誰なのかわからないといったような表情を浮かべている。背中に走る緊張もいつの間にかなくなっていた。

 事情を少し簡略化して話す。君は泣いて抱き着いてきたんだと伝えても、わからないと答えていた。

「君、どこから来たの?」

「わからない。けど」

「けど?」

「気づいたときには、周りに人だかりができてて。
逃げなきゃって。逃げた先が」

「教会だった?」

「うん」

 彼女の顔は、少しだけうつむいていた。表情からはただ虚無を感じとれる。

「そのあとのことは?」

「何も覚えてない。起きたら、ここだった。」

 その言葉を聞いたとき、何か記憶の片隅が疼いていた。
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