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第39話 いってきます
しおりを挟む「おいおい、マザーのところに行くんじゃないのかよ」
「行くわよ。でもその前に挨拶しとかなきゃ」
来た道を引き返す私たち。マザーを探しだしてアステルを狙った理由を聞くのは当たり前だ。
しかしその前にご主人様に挨拶しとかなければ。
「ほら、ちょっと遠出しちゃうでしょ。だからご主人様に行ってきますをしとかないと」
「と言ってもお前その姿で行くのか? 元に戻れないんだろ? 」
呆れたように目を細めるグレン。
「まー、仕方ない。それに別に直接会おうとは思ってない。こそっと顔だけ見えれば良いよ」
「よく分からん心理状態だな……」
あっという間に襲撃現場まで戻って来れた私たち。うわぁ……凄い人だかりだ。騎士団たちが事情を聞き回っているらしい。
「……グレン、怪しさ抜群だよ」
「まあ俺が犯人だしな……」
と言いつつも物陰に身を潜める彼。内心結構ビビってるらしい。
目を凝らすと、奥の方にアステルの姿があった。その隣ではロゼッタが青い顔をして震えている。
耳を澄ませると、彼は私を必死に探してくれているようだった。
……ごめんね、ここにいるんだけど。
「あーあ、グレンのせいだよ」
「分かってるよ! だから罪滅ぼしの為にお前を案内してやるって言ってんだ」
「ほんとだよ。頼りにしてるからね」
「おい、そこで何してる」
音もなく後ろに人が現れた。
甘い香水の匂いが鼻腔を刺激する。
「……あらヴァイス」
こんなことが出来る男は一人しかいない。
「え、そ、その声!? ステラか? 」
「正解! 」
ヴァイスはしばらく口をポカンと開けて私を見た後、ぷっと噴き出した。
「お、お前、本当に犬っころになっちまうなんて……ふふっ……」
「うっさいわね、喉笛噛み千切るわよ」
「やってみろよワンちゃん」
私たちの険悪ムードを察したのかオロオロしだすグレン。大丈夫大丈夫、これがいつもの私たちだから。
「とまあそんな戯れはおいといて。一体何があった? 」
こういうとき、この男は話が早くて助かる。
私はこれまであったことと、グレンのこと、そして私がこれからすることについて話した。
ヴァイスは冷静さを崩さず、かといって額に汗をかきながら聞いていた。
全てを話終わると、はぁと深くため息を吐く。
「じゃ、なんだ。お前一人でそのマザーとやらを見つけにいくと? 」
「そーそー、ま、このグレンも連れてくけどね」
ヴァイスはグレンをギラリと睨み付ける。
「信用できるのか? こいつは生粋の暗殺者だぞ」
「信用は出来ないかもしれない。でも、私の方が強い。それだけで十分」
とんでもない理論だな、とヴァイスが苦笑を浮かべた。
「まー、当分アステルのことよろしく! 大丈夫、すぐ戻ってくるから! 」
「相変わらず無茶苦茶な女だな。別に騎士団の連中に任せたって良いんじゃないか? 」
「いや無理だ……マザーは彼らなど脅威とも思っていない」
ぽつりと呟くグレン。
「らしいよ。へーきよ、私なら」
アステルの死亡フラグはどんな小さなものでも叩き折っておかなければ。
「……気を付けろよ。もしお前が死んだなんてなったら……アステルは……」
「ヴァイスは心配性ね。大丈夫、傷一つ負わずに帰ってくるから。アステルには適当に言っといて」
「分かった。こっちのことは任せろ。アステルの身は守るし俺も軽く探っておく」
「仕事が出来るおじさんね」
「……誰がおじさんだ」
こうして私はヴァイスと別れ、アステルたちのいる方向とは逆の方向に走り出した。
その網膜にアステルの姿を焼き付けて、私はただ走ることにしたのだ。
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