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春
第7話 スローライフはほど遠い
しおりを挟む辺りはすっかり暗くなったので今日はもう眠ることにした。
「おかしい!!! なぜあんなことが!! 」
「だから、死神の……」
「俺はじっくり作物を育ててのんびりスローライフがしたかったのに……」
これは一体なんだ!? と俺は叫ぶ。
そこにあったのは両手サイズの大きさをした大量のイチゴ。
もし収穫しなければもっと巨大化していただろう。
「まあまあ、味は美味しいぞ。甘くて最高じゃ」
そのお化けイチゴを齧りながらフレイアは呑気に床に転がっている。
「俺は! ごく普通に! 時間をかけて! 畑いじりがしたかったんだ! 」
「え~、一瞬で作物が育てられるなら最高じゃないか」
一瞬で出来る作物に一体どんな感慨を抱けというのだろう……。
俺は毎日コツコツ水やりをして、害虫を駆除し、雑草を抜いて、そしてようやく収穫の日を迎える。
そのときに得られる達成感はおそらく俺の想像を遥かに超えるものだろう。
「それがこんな……普通のことも出来ない体にされるなんてな」
「人聞きの悪いことを言うな! それにさっきも言ったじゃろ、これから慣れていけば力を制御することが出来る! そしたらお前さんの望む生活が送れるようになるじゃろな」
「分かったよ……」
まだフレイアと出会ってから日が浅い。
これから俺に目覚めた力のことも分かってくるだろう。
「そ・れ・に! このお化けイチゴの種はあの娘に貰ったんじゃろ? その善意を無下にするのは失礼だと思うんだがの~」
「確かに……」
シャロンがせっかく分けてくれたのだ。
彼女にとってもおそらく貴重なものだったはず。
確かにそれを無下にするのは彼女に失礼だ。
「大きさはでかいけど味は良いんだから特産品にしても良いと思うんだがの」
「特産品か……でもこんな大きいイチゴ、気持ち悪がられるだけだろ」
「人間の考えはわしには分からん」
食べ終わったのかフレイアは自分の口を拭うと、ベッドに転がった。
「わしはもう疲れた。寝る」
「ああ、おやすみ」
「何を言っとる」
ちょいちょいと手で俺を呼ぶフレイア。
一緒に寝ろということらしい。
「俺はまだやることがあるんだ。一応神父なんだからその準備もしなきゃいけないんだぞ」
「どうせ何も出来ないじゃろ」
きっぱりと言い捨てられる俺。
そりゃそうなんだけどさ……。
「フレイアと契約していなければ出来たかもしれないんだがな」
ふふん、それは無理じゃ。と彼女が笑った。
何を根拠に? と少しむっとした俺は言い返す。
しかしフレイアは何か根拠があるようで強気な口調を崩さない。
「アレスの魔力を制御できるのはわしぐらいじゃからな」
「は? 制御? 」
聞きなれない単語に俺は思わず聞き返す。
制御どころか、俺は魔力がなさ過ぎて回復魔法も使えない落ちこぼれだったのだが……。
「アレスの魔力はちょっと多すぎるな。精霊ごときでは扱えんよ」
「冗談はよせ。俺は簡単な魔法すら使えなかったんだぞ」
「そりゃそうだろうな。例えるならアレスの魔力は大海原のように膨大じゃ。魔法を使えなかったのは魔力が膨大すぎるあまり調節が下手くそだったからじゃな。魔法というのは魔力を集中させて初めて発現する。しかし大量の魔力を垂れ流し状態のアレスにはそれが難しい」
そこでじゃ、とフレイアはにやりと笑う。
「わしと契約したことによって、わしがアレスの魔力を調節してやってるんじゃよ、まるで蛇口のようにな」
「……じゃあ俺は魔力がないわけではなかったのか」
魔法が使えない落ちこぼれだと散々罵倒されてきた。
婚約者のミリーナが影でこう言っていたのを聞いたことがある。
『なんで私は外れを引いちゃったんだろう』
外れとは俺のこと、そして当たりは弟のこと。
ミリーナのことは俺なりに幸せにしてやりたいと思っていた。確かに今の自分では魔法は使えないけれど、訓練を重ねればいつか……と。
これを聞いたとき、俺は少し変わってしまったのかもしれない。
名家とか婚約者とかもうどうでもいい、俺には知ったこっちゃない。
今思えば、そう思うことで自分を守ろうとしていたのかもしれまい。
「そういうことじゃな! 感謝しても良いぞ。あんなガキじゃアレスのことは扱えん」
「ガキって誰のことを言ってるんだ? 」
「ん? ああ、精霊のことじゃよ。あーんなの生まれたてのヒヨコじゃ」
精霊というのは千年の時を生きていると言われている。
そしてそんな精霊をヒヨコ扱いするなんて……。
「フレイア、お前は一体いくつなんだ? 」
その伝説が正しければ軽く千歳は超えているということになるが……。
「レディに年齢なんて聞くもんじゃないね。さ、もう寝よ」
仕方ないな……。
俺はフレイアに強く腕を引っ張られて同じベッドにもぐりこむ。
甘えたがりの彼女はいつもこうして、俺の手を握りながら眠りにつくのだった。
「おやすみ、アレス」
「ああ、おやすみ」
そうして目を閉じて、寝息をたて始める彼女の柔らかい髪を撫でる。
いつもこんなに大人しかったら可愛いんだけどな、ということは本人には内緒だ。
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