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第4話 選択
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牢獄を脱出した私だが、今後どうしようか決めかねていた。
もうお屋敷に戻ることは出来ないし、令嬢としての私は死んでしまった。
元々、普通の令嬢として生きるか化け物として生きるか決めかねていたところだったのだ。
あのまま何もなければ、おそらく私は誰かの妻として子を産み、それなりの人生を送れていただろう。
「でもまあ、仕方ないよね」
こういうことになった以上、吸血鬼にならざるを得なかったのだ。仕方ない。
実は母が生きていたとき、一度だけ吸血鬼になったことがある。
あれは確か、たまたま母の血液を舐めてしまったときだった。
吸血鬼になった私を見て、母は色々なことを教えてくれたのだ。
太陽は避ける
血液は飲みすぎない
人前で目立つことはしない
などなど。
「良い? カミル、絶対にこれを守るのよ。私は貴女にはごく普通の人間として生きて欲しいの」
とは母の口癖だった。
「分かった、お母さん」
半分人間の不完全な吸血鬼である私はずっとその姿を維持することは出来ない。
だから血液さえ口にしなければ普通の人間と同じだ。
「……ごめん、お母さん」
まさか私が母の教えを破ることになるとは。でも、もはや人間として生きることは無理だ。
「どうしたものかね…… 」
あー、久しぶりに力を使ったから酷く疲れた……。
意識が遠退いていくのが分かる。それに私は今どこまで来たのだろうか?
「お母さ……」
私の意識は、ここでぷつりと途切れた。
どこかで母の声がして、ごめんねと言われたような気がした。
◇◇◇
スープの良い匂いがする。
生きていたときにお母さんが作ってたものとちょっと似てる。
それにつられて、私はゆっくりと目を開けた。そしてそこには見慣れない木の家具が並んでいた。
「ここ、どこ……? 」
私はどれほど眠っていたのだろう。窓の外に目を向けると、日の光が差し込んでいた。
鏡に映る私は、いつもの私だ。目はいつものエメラルドグリーンの瞳だ。
「あ、起きましたか? 」
そして見知らぬ少女がパタパタと部屋に入ってきた。
栗色のセミロングがよく似合う可愛らしい少女で、少しだけミストに似ていた。
「あ、あの…… 」
「無理にしゃべらないで下さい。道端に倒れてて……しばらく眠っていたんですよ」
「す、すいません。ありがとうございます」
どうやら意識を失っていた私をこの少女が運んでくれたようだ。
「ふふ、お気になさらないで。スープ、飲めますか? 」
柔らかな笑みを浮かべた彼女は私に金色に透き通るスープを差し出した。
言われるがままそれを受け取り、一口。
「……美味しいです! 」
優しい旨味が口いっぱいに広がる。お腹が空きすぎた私にはとんでもないご馳走だ。
「良かった。あ、私はミルファと言います。貴女は……? 」
ろくに名乗らずに食べ物を受け取っていた私は慌てて姿勢を正すと、ぺこりと一礼。
「申し訳ありません、とんだご無礼を。私はカミルと言います」
「カミルさん、素敵な名前ね」
「ありがとうございます。あの、ここはどこですか? 私はその……エルステッド領の方から来たもので」
「エルステッド領!? そんな遠いところから!? 」
ミルファが目を丸くした。
「ここはイルステルス領。エルステッド領とはだいぶ離れていますよ」
何と、暗闇を移動しているうちにかなり遠くに来てしまったようだ。
「エルステッド領と言うと大都会ですね。この辺りは田舎ですから……」
確かにのどかな場所ではあるようだ。
「でもなぜカミルさんはこんな遠くまで……? 何か事情が……」
「え、えっと……その」
エルステッドの令嬢、とは言えなかった。でも何て答えよう、下手に嘘をつくのも彼女に失礼な気がする。
答えに困っていると、知らない男の人の声が背後から聞こえた。
「ミルファ、あまり人を困らせるな」
もうお屋敷に戻ることは出来ないし、令嬢としての私は死んでしまった。
元々、普通の令嬢として生きるか化け物として生きるか決めかねていたところだったのだ。
あのまま何もなければ、おそらく私は誰かの妻として子を産み、それなりの人生を送れていただろう。
「でもまあ、仕方ないよね」
こういうことになった以上、吸血鬼にならざるを得なかったのだ。仕方ない。
実は母が生きていたとき、一度だけ吸血鬼になったことがある。
あれは確か、たまたま母の血液を舐めてしまったときだった。
吸血鬼になった私を見て、母は色々なことを教えてくれたのだ。
太陽は避ける
血液は飲みすぎない
人前で目立つことはしない
などなど。
「良い? カミル、絶対にこれを守るのよ。私は貴女にはごく普通の人間として生きて欲しいの」
とは母の口癖だった。
「分かった、お母さん」
半分人間の不完全な吸血鬼である私はずっとその姿を維持することは出来ない。
だから血液さえ口にしなければ普通の人間と同じだ。
「……ごめん、お母さん」
まさか私が母の教えを破ることになるとは。でも、もはや人間として生きることは無理だ。
「どうしたものかね…… 」
あー、久しぶりに力を使ったから酷く疲れた……。
意識が遠退いていくのが分かる。それに私は今どこまで来たのだろうか?
「お母さ……」
私の意識は、ここでぷつりと途切れた。
どこかで母の声がして、ごめんねと言われたような気がした。
◇◇◇
スープの良い匂いがする。
生きていたときにお母さんが作ってたものとちょっと似てる。
それにつられて、私はゆっくりと目を開けた。そしてそこには見慣れない木の家具が並んでいた。
「ここ、どこ……? 」
私はどれほど眠っていたのだろう。窓の外に目を向けると、日の光が差し込んでいた。
鏡に映る私は、いつもの私だ。目はいつものエメラルドグリーンの瞳だ。
「あ、起きましたか? 」
そして見知らぬ少女がパタパタと部屋に入ってきた。
栗色のセミロングがよく似合う可愛らしい少女で、少しだけミストに似ていた。
「あ、あの…… 」
「無理にしゃべらないで下さい。道端に倒れてて……しばらく眠っていたんですよ」
「す、すいません。ありがとうございます」
どうやら意識を失っていた私をこの少女が運んでくれたようだ。
「ふふ、お気になさらないで。スープ、飲めますか? 」
柔らかな笑みを浮かべた彼女は私に金色に透き通るスープを差し出した。
言われるがままそれを受け取り、一口。
「……美味しいです! 」
優しい旨味が口いっぱいに広がる。お腹が空きすぎた私にはとんでもないご馳走だ。
「良かった。あ、私はミルファと言います。貴女は……? 」
ろくに名乗らずに食べ物を受け取っていた私は慌てて姿勢を正すと、ぺこりと一礼。
「申し訳ありません、とんだご無礼を。私はカミルと言います」
「カミルさん、素敵な名前ね」
「ありがとうございます。あの、ここはどこですか? 私はその……エルステッド領の方から来たもので」
「エルステッド領!? そんな遠いところから!? 」
ミルファが目を丸くした。
「ここはイルステルス領。エルステッド領とはだいぶ離れていますよ」
何と、暗闇を移動しているうちにかなり遠くに来てしまったようだ。
「エルステッド領と言うと大都会ですね。この辺りは田舎ですから……」
確かにのどかな場所ではあるようだ。
「でもなぜカミルさんはこんな遠くまで……? 何か事情が……」
「え、えっと……その」
エルステッドの令嬢、とは言えなかった。でも何て答えよう、下手に嘘をつくのも彼女に失礼な気がする。
答えに困っていると、知らない男の人の声が背後から聞こえた。
「ミルファ、あまり人を困らせるな」
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