鳥籠の中のラオイン

寿司

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鷹、眠る

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 自分の部屋に戻った私、蓮華の目にまず飛び込んできたのは誰かに読まれた形跡のある私の日記。鷹華の姿は無かったが、一枚の文が目についた。

「地下にて待つ」

 と、だけ書かれたその文は恐ろしいぐらいの達筆だ。誰が書いたのか即座に理解した私は、その文を乱暴に懐にしまい込むと地下に向けて走り出した。

 地下というのは恐らくこの『鳥籠』の最下層、病や老化で働けなくなった女たちが行き着く『金糸雀』の墓場。

 私は目立たないよう店の裏にある古ぼけた階段を数段飛ばしで駆け下りる。いつでも『金糸雀』たちをここに放り込めるようにと地下への階段はこの花街の至る所にあった。
 
 華やかな上界と

 地獄の下界

 この相反する二つの層から『鳥籠』は出来ていた。地下にたどり着くと、死臭のような臭いが鼻孔を塞いだ。

「やぁ蓮華くん。久しぶりだね」

 すると、不意に背後から一番聞きたくなかった男の声が聞こえた。あの人と同じ蒼い瞳、一見善良にも見えるその老紳士は恐ろしいぐらいの野心と悪意で煮詰められている。そして背後に控える彼の部下の腕の中では、鷹華が力なく目を閉じていた。

「鷹華!! 」

「安心したまえ、ちょっと気を失っているだけだ。殺すつもりはない」

「……自分の息子は殺したのにねぇ? 」

 その男、立木の眉がわずかに動く。

「はて、何のことかな? 」

「とぼけるんじゃないよ! お前は自分の息子を手に掛けた! あの人はこの『鳥籠』の廃止を目指していた。おそらくその活動が目障りになったんだろう? 」

 ふーっと立木が細く息を吐き出した。

「……あの子はどうしようもない馬鹿息子だった。この『鳥籠』のお陰で私たちは富を得、権力を握ることが出来た。そのことを理解しようともせずに、あの子は『鳥籠』から『金糸雀』たちを逃がそうとした」

「何が『金糸雀』だ! 女を食い物にして不要になったらゴミのように捨てる。ここは地獄じゃないか」

「それの何が悪い? 愛玩鳥は庇護なしではこの大空は飛べないのだから」

 全身の血が沸騰するのが分かった。

「……そうそうこの話をしたら鷹仁も怒り狂っていたな。たまたま手元にあった銃を使ったら大人しくなったが」

「貴様ああああああ!!!! 」

 私は懐から取り出した短刀を構えると、彼に向かって襲い掛かった。しかし、まるでこのことを察知していたかのように彼は余裕の笑みを浮かべる。

 ずどん!! 

 立ち込める火薬のにおい。私はあまりの激痛に倒れ込み、右足からおびただしい量の血が流れていく。

「私の命を狙うのは分かっていた。さて、別に私は貴様に殺されにきたわけではない」

 復讐を果たす機会を永遠に逃した私の目からは涙が次々に溢れていく。

「この鷹華という娘は汚らわしい血を引いてはいるものの、紛れもなく宗の血を引く私の孫だ」

「……何が言いたいんだい? 」

「私はこの子を迎えに来たのだ。安心していい、この子には何不自由ない暮らしをさせてやる」

「何だと! どうせお前の政治の道具として扱うつもりだろう」

「政治の道具? この家に生まれた女は皆そうしてる。私が決めた相手の元に嫁ぎ、子を産み、育てる。女に意思など必要ないのだよ」

 この男は私と鷹仁の娘さえも薄汚い野望に利用しようというのか、そんな私の表情を見てか、立木は更に言葉を続ける。

「そんな怖い顔をせずにそれに良く考えてみなさい、この劣悪な環境でいずれ男に買われる人生と、ある程度はやりたいことが出来て家族に恵まれる人生、どちらが幸せかな? 」

「……どうして私を呼び出したんだ。黙って攫うことだって出来たはずだ」

 すると立木はふぅむと低く唸った。

「何、これは私の趣味のようなものなのだが、貴様には貴様の口から鷹華との縁を否定して欲しい。天涯孤独だと思っていた少女が実は母親がいると知った。しかしそのことを否定されたとき……きっと心は壊れてしまうだろう。その場面を想像するだけで私は笑みが零れてしまうよ」

「そんなこと、口が裂けたって言うわけがないだろう」

「貴様の答えなど関係ない。もし断れば娘の命がどうなるかは……分かるだろう? 」

 汚い男だ。鷹華の命を盾に取れば私が何でも言うことを聞くと思っているのだろう。そして私に、その要求に逆らう術はない。

 黙りこくった私を見て満足そうに頷く立木。

「それで良い。おっと、そろそろ眠り姫様も目覚めるようだ」

 立木の言った通り、意識を取り戻したのか鷹華が何やらむにゃむにゃ言いながらゆっくりと目を開いた。あたりの状況を認識すると、はっとしたような顔をした。

「蓮華姐さん……! あれっ?他の方々は一体……」

「おはよう鷹華ちゃん。初めまして」

 立木の合図により部下が彼女をおろす。拘束が解かれた鷹華が私に駆け寄ってきた。

「何が起きたんですか? 早く手当しないと! 」

「……大した怪我じゃないよ」

 混乱しているのだろう鷹華が矢継ぎ早に質問を繰り返す。

「あれ、私は一体何をしていたんでしたっけ……、そうだ……私、姐さんの日記を読んだんです。あ、勝手に読んでしまったのはごめんなさい。でも、蓮華姐さんが私のお母さんだって……」

 本当は私が貴女の母親なのだと抱きしめたい。……しかし、彼女の幸せのためには更に嘘を重ねなければならない。

「あんた夢でも見ていたんじゃないのかい? お前はある日『鳥籠』の前に捨てられていた孤児だ。私はそれを拾っただけ、私たちは親子でもなんでもない」

「でも、姐さんの日記には」

「いい加減夢から目を覚ましな!! お前には親はいない、自分の力だけで生きていかなきゃいけないんだ! 」

 愕然とする鷹華に私は何と謝れば良いのか。
 しかしこれで良い、少なくとも命の保証はされるし、私の娘は『鳥籠』から解放されるのだから。

 狙っていたかのように立木は優しく鷹華の肩に手を置き、柔らかい声音でこう言う。

「大丈夫だよ鷹華ちゃん。一緒に私たちと行こう、君は私たちに必要な人間なんだ」

「必要……? 私が……? 」

 縋る様な瞳で立木を見る鷹華。私は夫だけでなく、娘ですらこの男に奪われるのか……、復讐してやるなんて大層なことを言っていたが結局私は何も守れなかった。

「そうだよ私たちは君を迎えに来たんだ。さぁ、行こう」

「……せん」
 
 か細く鷹華が呟いた。

「ん? 何と言ったかよく聞き取れなかった。もう一度言ってくれるかい? 」

「私はあなたとは行けません。例えお母さんじゃなかったとしても、私は蓮華姐さんと一緒にいたい! 」

 きっぱりと言い切る鷹華。

「どうしてだい? この女は君の母親でも何でもなかった。それどころか君のことを悪く言っていたんだよ? 」

「確かにお母さんじゃなかったのは残念だったけど……私はそれでも蓮華姐さんが好きなんです。悪く言われちゃうのは私の出来が悪いから仕方ないんです」

 鷹華は私をおぶると、にっこりと立木にこう言い放った。

「必要と言って貰えたのは嬉しかったです。それでは、失礼致します」

 今までの余裕ぶった表情はどこへやら、顔を赤鬼のように真っ赤にした立木がぶるぶると震える。

「……ふざけるなよクソガキが。下手に出ればつけあがりおって、やはりお前も父親に似て私の神経を逆なでするやつだ」

 鷹華に銃を向ける立木。
 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった娘は逃げることも出来ない。

「孫として迎えてやろうと思っていたのに興醒めだ……お前はここで惨めに死ね」

 躊躇なく引かれた引き金、黒光りする弾丸が鷹華に向かって吸い込まれていった。
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