最強目指す脳筋令嬢は婚約破棄されたい

寿司

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1年生・春

第21話 ハルイベント①

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「んっ……」

 目を覚ました私はまだぼんやりする頭を無理に動かす。

 手足を動かそうとしたが、なぜか動かなかった。そちらに目を向けると、頑丈な鎖のようなものが私の体を縛っていた。

 えっと、私何してたんだっけ……。

 確か反省文を書き終わったから寮に戻ろうとして、それで誰かに会って……。

「おはよう、よく眠れた? 」

 顔を上げると、そこにいたのは両目を顕わにしたハル。しかしいつものハルとは少し違う、何だか怪しい空気を纏っていた。

「ハル!? え、どうしてここに? 」

「ここは魔法で作った私と君だけの世界。もう何も心配いらないよ、私が守ってあげるから」

「この鎖もハルが!? 何すんのよ、早く帰して」

「嫌よ」

 ゆっくりと近づき、私の頬に触れる。
 ハルの手はびっくりするぐらい冷たかった。

「私、君のことが欲しくなちゃった」

「えええええ!? ハルってそんな趣味だったの!?」

 まじか……。ハルは女の子が好きだったのか。いや、他人の趣味に私がどうこう言える資格はないな。良いと思う、愛の形は人それぞれなのだから。

 ……じゃなくて。

「この右目を見た人はね、皆私の虜になっちゃうの。ふふふ、馬鹿みたいだよね」

「は? 虜? 」

淫魔インキュバスって分かる? 私、その血を継いでるの」

「あ、ああエロいことする悪魔ね」

「う、うん間違ってはないかな。だからね、少しだけど悪魔の力を持ってて、それがこの右目」

「つまり、この目を見た人はエロいことになると……」

「間違ってはいないかな……」

 なるほど、だから隠していたのか。

 あれ? でも私何ともないけど。
 
 そんな様子に気が付いてか、ハルがにんまりと笑う。

「そうなんだよ、私の魔法にかからない君は特別なんだ」

「そりゃ、どうも……」

「その辺の人間を見てごらん、汚らわしい、気持ち悪い。でも君は違う、汚らわしい欲望を剥き出しにしない!! 私はずっと君を探していたんだよ」

 一人で盛り上がるハル、何だか人格が変わってしまったようだ。

「えー、もう良い? 私お腹空いたから帰りたい」

「うふふ、ここは私の為の私の世界、出口なんてないよ。お腹が空いたの? それなら私が何だって食べさしてあげ……」

「よいしょ~!! 」

 出口がないなら作れば良いのだ!  

 私は体を縛っていた鎖を引きちぎると、確かめるように腕を回す。
 ふむ、ぐっすり寝たから体力は戻っているようだ。

「嘘でしょ……!? 私の魔力を練りこんで編んだ鎖が……」

「あ、これ手作り品だったの……ごめんね」

 そこらへんの壁をテキトーに殴ると、ヒビが入った。
 そしてそのヒビの向こう側には私の部屋が見えた。

 お、良かった。寮の近くまで来ていたようだ。

「そんな……デタラメだ……」

「じゃ、おやすみー」

 ヒビを広げようと壁を蹴りまくる私。うーん、中々堅いな。
 暴れてたらお腹空いた。どのくらい寝ていたかは分からないけどゼノご飯残しといてくれてるかな?

「待ってよユノちゃん!! ここで私と二人で暮らそう、ね? 汚いものなんて見なくていい! 美しい世界で私と生きようよ」

 諦めきれないハルが叫んでいる、が、私に引きこもり生活は出来ないよ……。

「また遊びに来るからさ、ね? 」

「……逃がさない」

 あ、何かまずい雰囲気。

 目から光が消えたハルから、無数の闇の帯のようなものが私に向かって伸びてきた。
 不意を突かれ、避けきれなかった私はその帯に捕らわれ、再び体の自由を奪われる。

 身動きが取れなくなった私にゆっくり近づいてきたハルが奈落のような瞳で私を見つめた。

「どうしてどうしてどうして、分かってくれないの? 私が一番君のこと分かってるのに……」

 口を塞がれ、もごもごとしか喋れない私。

「どうして私から逃げるの? 私が一番君のことが大好きなのに、こんなに愛してるのに……」

 いや一方的に喋ってないで私にも喋らせて!!! 

「あの男か……あのゼノとかいう君の弟……あいつが君をたぶらかしてるんだな」

 いやゼノどっから出てきた!? そしてもう空腹が限界に近い。お腹がキュルキュルと情けなく鳴いている。

「そっかぁ、分かったよ、あの男がいなくなれば君は私のことを好きになってくれるんだね……」

 ハル!! ごめん!!!

 私もう限界!!

 私は唯一自由の利く右足でハルの股関を蹴り上げた。女の子だしまぁ大丈夫でしょ、と思ったのだが、右足には何やら感触が……。

「◇☆●×▼▽!?~~」

 人間のものとは思えない悲鳴をあげて悶絶するハル。
 自分の股間を抑えたままばったりと倒れ、ピクピクと小刻みに震えている。
 そして、ハルのダウンに伴って、私を拘束していた帯も消え失せた。

「私のことを分かってるのは私しかいないの!! 他人になんて分かってたまるか! 」

 しかしハルからは返事がない。よっぽど股間のダメージが深刻らしい。
 ふむ、それにしてもあの右足に感じた質量、これが勘違いじゃなければハルは……。

 そのとき、私はすっかり忘れていた妹の言葉を思い出した。

「ハル=ヴァイオレテスはね~、見た目は完全女の子なんだけど、実は男ですっごいヤンデレなのよ~」

 そうだ!
 ヤンデレ男の娘ハル=ヴァイオレテス!

 彼女……じゃなくて彼も立派な攻略対象の一人だった。

 妹曰く、その見た目と性格のギャップがウケて、結構な人気キャラクターらしい。
 しかしそんな人気者も、股間の痛みには勝てなかったようだ。

 何だか悪いことしちゃったな~、と私は一人呟いた。


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