2 / 29
令嬢生活のはじまり
第2話 婚約者なんていたんですか?
しおりを挟む
先ほどぶちのめしたならず者からせしめたお金を手に、私はホクホク顔で帰路に着いた。
お金はやっぱり大切だ。ユノは令嬢ではあるけれど個人的に使えるお金はそう多くはなかった。
但し親はドレスだの化粧品だの必要のないものは無条件に買ってくれた。こんなもの何の役に立つのだろうか?
「ただいまーっと」
豪華な門を足で蹴破ると、使用人たちが目をまあるくしてこちらを見ていた。
あれ? 私何か変なことしたかな……。
「は、はしたないですよお嬢様!! 足でドアを開けるなんて! 」
メイドのルキがこめかみに青筋立てて怒る。いけない、前世の記憶が蘇ったせいで癖が出てしまった。
ごめんごめん、と口だけの謝罪をしつつぺろっと舌を出してお道化て見せる。
「で、今日のご飯何? 私もうお腹ペコペコで」
でもすぐに食欲に負けてしまう、それが私なのだ。
「何を呑気にしているのですか!? 今日はユリウス様が見えているのですよ、急いでめかし込まなければ」
ユリウス……。
「……誰だっけ? 」
卒倒しかけるルキを慌てて支える。
「一体どうしてしまったのですかお嬢様……何か悪いものでも食べたのですか? あぁこのルキ、悪い夢を見ているようです」
「悪いものを食べたというか思い出したというか……」
前世の記憶が戻りましたー。えへへ☆ なんて言っても通じないだろうし、更に頭がおかしい奴だと思われるんだろうな……。とてもじゃないが打ち明けられない。
「一体何の騒ぎです!? 」
ルキの怒鳴り声と物音を聞きつけて飛び込んできたのは恐ろしく顔立ちの整った青年だった。ミルクティー色の短髪に鳶色の瞳が良く映える。服装もまさに物語に出て来るような王子様といったかんじだ。ただしその白くて細い腕、華奢な体にあまり筋力は期待できそうになかった。
ああいけない、直ぐに人の戦闘力を見積もってしまう癖が……。
「ははは、すいません。うるさくして」
誰だか分かんないけど取りあえず場を収めるために謝る私。
「ってユノじゃないか、もうこっちは長い間待っているんだ。いい加減にしてくれないか」
私の顔を見た青年は途端に眉を顰める。もしかしなくても怒っているようだった。
いい加減?? 待つ???
何のことか分からず、私は首をかしげる。
「ええっと、どなたでしたっけ? 」
「は? 」
はいやってしまった。私は最大級の地雷を踏んだようだ。
「ユリウス様申し訳ありません!!! 何だか今日はユノ様に熱があるみたいで」
復活したルキが私と青年の間に割って入る。
そうか、この青年がユリウスさんか。いや悪気はないのだが、雪路としての記憶が復活した影響か、どうもユノとしての記憶がおぼろげになってしまったみたいだ。
「いや私熱なん「だから日を改めて頂けないでしょうか? 」
熱なんてないよ、と言おうとしたのだが、ルキに途中で遮られてしまった。
「なるほど、そういうことでしたか……。それでは日を改めてお伺いすることにしましょう。私にとってもあなたにとっても大事なことですからね」
大事なこと? 何だろう……タイマンする約束でもしていたのだろうか。私はこそっとルキに尋ねる。
「大事なことって、何でしたっけ? 」
「は? 」
はい、本日二回目の「は? 」頂きましたー。
般若の顔になったルキにがくがくと揺さぶられる。
「今日はユノ様とユリウス様が婚約の儀を取り交わす日でしょう? そんな大事なことも忘れてしまわれたのですか!? 」
「ここここここ婚約!? 」
「そうです! ロイマン家長男であるユリウス様と結ばれるなんて……ああなんてユノ様は幸運な女性なのでしょう」
じょーだんじゃない。結婚なんてしたら私は自由気ままに動けなくなるではないか!
ここはもうあれしかない、ユリウスにはなんとしてでも婚約を破棄して頂きたい。
というか、私が破棄しちゃダメなの? と、ふと思いついた考えはルキの次の言葉によって粉々に打ち砕かれた。
「この結婚が失敗すればルーンベルグ家とロイマン家の関係は悪化する一方です。ユノ様分かってますか? もしかしたら戦いに発展したっておかしくはないのですよ」
戦い!? おっと危ないうっかり良い笑顔をしてしまった。
とりあえず結婚しないと私の家族とユリウスの家族の仲が悪くなるということだろうか? ふむ、つまり前世でいうご近所トラブルというやつか。あれは確かに面倒だったな、玄関にゴミを捨てられたり家の壁に落書きされたり……。
やはりここはユリウスから破棄して貰うのが一番良さそうだ。
「そうでしたそうでした。申し訳ありません、熱で意識が朦朧としていまして……」
「今日はこれで失礼します。ゆっくり休んでくださいね」
出ていくユリウスの背中を見つめながら、私の粗末な脳みそは婚約破棄されるまでのシナリオを考え始めていた。
あ!
そして思い出した。これは乙女ゲームの世界であることを。
「主人公マリーにユリウスは惚れる……そうすると私は捨てられる!! 」
完璧な筋書きだ。学園にさえ入ってしまえばもう後はこっちのものである。
私は一人密かに笑みを浮かべた。
お金はやっぱり大切だ。ユノは令嬢ではあるけれど個人的に使えるお金はそう多くはなかった。
但し親はドレスだの化粧品だの必要のないものは無条件に買ってくれた。こんなもの何の役に立つのだろうか?
「ただいまーっと」
豪華な門を足で蹴破ると、使用人たちが目をまあるくしてこちらを見ていた。
あれ? 私何か変なことしたかな……。
「は、はしたないですよお嬢様!! 足でドアを開けるなんて! 」
メイドのルキがこめかみに青筋立てて怒る。いけない、前世の記憶が蘇ったせいで癖が出てしまった。
ごめんごめん、と口だけの謝罪をしつつぺろっと舌を出してお道化て見せる。
「で、今日のご飯何? 私もうお腹ペコペコで」
でもすぐに食欲に負けてしまう、それが私なのだ。
「何を呑気にしているのですか!? 今日はユリウス様が見えているのですよ、急いでめかし込まなければ」
ユリウス……。
「……誰だっけ? 」
卒倒しかけるルキを慌てて支える。
「一体どうしてしまったのですかお嬢様……何か悪いものでも食べたのですか? あぁこのルキ、悪い夢を見ているようです」
「悪いものを食べたというか思い出したというか……」
前世の記憶が戻りましたー。えへへ☆ なんて言っても通じないだろうし、更に頭がおかしい奴だと思われるんだろうな……。とてもじゃないが打ち明けられない。
「一体何の騒ぎです!? 」
ルキの怒鳴り声と物音を聞きつけて飛び込んできたのは恐ろしく顔立ちの整った青年だった。ミルクティー色の短髪に鳶色の瞳が良く映える。服装もまさに物語に出て来るような王子様といったかんじだ。ただしその白くて細い腕、華奢な体にあまり筋力は期待できそうになかった。
ああいけない、直ぐに人の戦闘力を見積もってしまう癖が……。
「ははは、すいません。うるさくして」
誰だか分かんないけど取りあえず場を収めるために謝る私。
「ってユノじゃないか、もうこっちは長い間待っているんだ。いい加減にしてくれないか」
私の顔を見た青年は途端に眉を顰める。もしかしなくても怒っているようだった。
いい加減?? 待つ???
何のことか分からず、私は首をかしげる。
「ええっと、どなたでしたっけ? 」
「は? 」
はいやってしまった。私は最大級の地雷を踏んだようだ。
「ユリウス様申し訳ありません!!! 何だか今日はユノ様に熱があるみたいで」
復活したルキが私と青年の間に割って入る。
そうか、この青年がユリウスさんか。いや悪気はないのだが、雪路としての記憶が復活した影響か、どうもユノとしての記憶がおぼろげになってしまったみたいだ。
「いや私熱なん「だから日を改めて頂けないでしょうか? 」
熱なんてないよ、と言おうとしたのだが、ルキに途中で遮られてしまった。
「なるほど、そういうことでしたか……。それでは日を改めてお伺いすることにしましょう。私にとってもあなたにとっても大事なことですからね」
大事なこと? 何だろう……タイマンする約束でもしていたのだろうか。私はこそっとルキに尋ねる。
「大事なことって、何でしたっけ? 」
「は? 」
はい、本日二回目の「は? 」頂きましたー。
般若の顔になったルキにがくがくと揺さぶられる。
「今日はユノ様とユリウス様が婚約の儀を取り交わす日でしょう? そんな大事なことも忘れてしまわれたのですか!? 」
「ここここここ婚約!? 」
「そうです! ロイマン家長男であるユリウス様と結ばれるなんて……ああなんてユノ様は幸運な女性なのでしょう」
じょーだんじゃない。結婚なんてしたら私は自由気ままに動けなくなるではないか!
ここはもうあれしかない、ユリウスにはなんとしてでも婚約を破棄して頂きたい。
というか、私が破棄しちゃダメなの? と、ふと思いついた考えはルキの次の言葉によって粉々に打ち砕かれた。
「この結婚が失敗すればルーンベルグ家とロイマン家の関係は悪化する一方です。ユノ様分かってますか? もしかしたら戦いに発展したっておかしくはないのですよ」
戦い!? おっと危ないうっかり良い笑顔をしてしまった。
とりあえず結婚しないと私の家族とユリウスの家族の仲が悪くなるということだろうか? ふむ、つまり前世でいうご近所トラブルというやつか。あれは確かに面倒だったな、玄関にゴミを捨てられたり家の壁に落書きされたり……。
やはりここはユリウスから破棄して貰うのが一番良さそうだ。
「そうでしたそうでした。申し訳ありません、熱で意識が朦朧としていまして……」
「今日はこれで失礼します。ゆっくり休んでくださいね」
出ていくユリウスの背中を見つめながら、私の粗末な脳みそは婚約破棄されるまでのシナリオを考え始めていた。
あ!
そして思い出した。これは乙女ゲームの世界であることを。
「主人公マリーにユリウスは惚れる……そうすると私は捨てられる!! 」
完璧な筋書きだ。学園にさえ入ってしまえばもう後はこっちのものである。
私は一人密かに笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
607
あなたにおすすめの小説

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる