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1.スパルタ人の気質
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アカントスの人々が奉献した宝物庫が、デルフォイの街に建っている。ところがその石碑に“ブラシダスおよびアカントス人がアテナイ人から勝ち獲った品々”と刻まれてあるために、大体のひとは内陣の入り口そばに立つ大理石の像をブラシダスだと思い込んでしまう。実際にはそれはリュサンドロスの像であって、長い髪と豊かなあごひげを蓄えたスパルタの古強者の風情をいまに伝えている。
彼らの容姿に関して、ある人はこんなことを言う。――アルゴス人がスパルタに大敗を喫した悲しみから頭髪を剃ったいっぽう、スパルタ人は逆に勝利を誇って髪を伸びるがままにしたのだ――と。また別の者の言うには、――コリントスからラケダイモンに亡命してきたバッキアダイ※1が一族そろって坊主頭なのがえらく貧相に見えたので、ああはなるまいと長髪にこだわるようになった――と。
どちらの説もてんで間違いである。あの姿はリュクルゴス以来の祖法に従っているだけなのだ。伝うるところによると、彼は常々「長髪にすれば美しい顔はより男前に、醜い顔はより一層凄まじく見えるだろう」と放言して憚らなかったという。
リュサンドロスの父アリストクレイトスは王家の連枝ではなかったものの、確かにヘラクレスの末裔とは認められていた。子供時分、家はずいぶんと貧乏していたが、彼は誰よりも国の掟に忠実な若者に育った。男らしい気性であらゆる欲望をものともしなかったが、ただ成功者として尊敬を集めたいという野望だけは例外だった。スパルタでは、若人がこの種の快楽に呑まれることは決して恥ではないと見做されたからだ。
そもそもこの国の大人達からして、青少年が世間からの好評、悪評に絶えずアンテナを張って、不名誉には苦しみを、称賛には喜びを感じることを望んでいたのである。さらにはこういった評判に無頓着な者は、意思薄弱で徳を積むには度し難い人格であるとして誰からも相手にされないのだった。
つまりリュサンドロスの剥き出しの野心と第一人者たらんとする執念は、ラケダイモンの教育方針によって植え付けられ、長じるとも消えなかったものであるから、生まれながらの性分として責めることは難しい。
しかし、彼はスパルタ人気質として片付けるにはあまりにも度を越して権威に盲従するところがあった。為政者のやる道理のない仕業にも、それが自分に有利に働くとなれば容易く目をつむることが出来たし、こういった性格は彼の政治態度に大きな影響を与えているだろう。
――偉大な人は多かれ少なかれ、気鬱で気難しい部分を抱えているものだ。ソクラテスやプラトン、ヘラクレスがそうであったように――と書いたのはアリストテレスだが、彼によると若い頃のリュサンドロスにはその傾向は見られず、険しい人格は老境を迎えてからだという。
彼の性質を語るうえで特異なのは、生涯を通して貧困に耐え抜いたこと、自分自身はまったく財貨の奴隷に成り下がらなかったこと、それでありながら祖国の経済には大いに富を流し込んで拝金主義を蔓延させ、蓄財に無関心な美風を市民から失わせてしまったことである。
アテナイとの死闘に勝った結果、彼は厖大な金銀を持ち帰ることに成功したが、自分自身にはひと掴みの銀塊さえ残そうとしなかった。
あるときシラクサの僭主ディオニュシオスがリュサンドロスの娘らにシチリア産の上等な衣裳を送ったが、彼は受け取りを拒絶した。豪奢な装いはかえって娘の容色を損ねるというのである。
ところがしばらく後にスパルタからシラクサへ正式な使節として派遣されたとき、僭主はこんどは二枚の打掛を見せて、貴君はどちらをご息女に持たせたいかね、と尋ねた。彼は「娘に欲しい方を選ばせます」とだけ答え、両方ともつかんで立ち去ってしまった。
※1:コリントスの旧王家
彼らの容姿に関して、ある人はこんなことを言う。――アルゴス人がスパルタに大敗を喫した悲しみから頭髪を剃ったいっぽう、スパルタ人は逆に勝利を誇って髪を伸びるがままにしたのだ――と。また別の者の言うには、――コリントスからラケダイモンに亡命してきたバッキアダイ※1が一族そろって坊主頭なのがえらく貧相に見えたので、ああはなるまいと長髪にこだわるようになった――と。
どちらの説もてんで間違いである。あの姿はリュクルゴス以来の祖法に従っているだけなのだ。伝うるところによると、彼は常々「長髪にすれば美しい顔はより男前に、醜い顔はより一層凄まじく見えるだろう」と放言して憚らなかったという。
リュサンドロスの父アリストクレイトスは王家の連枝ではなかったものの、確かにヘラクレスの末裔とは認められていた。子供時分、家はずいぶんと貧乏していたが、彼は誰よりも国の掟に忠実な若者に育った。男らしい気性であらゆる欲望をものともしなかったが、ただ成功者として尊敬を集めたいという野望だけは例外だった。スパルタでは、若人がこの種の快楽に呑まれることは決して恥ではないと見做されたからだ。
そもそもこの国の大人達からして、青少年が世間からの好評、悪評に絶えずアンテナを張って、不名誉には苦しみを、称賛には喜びを感じることを望んでいたのである。さらにはこういった評判に無頓着な者は、意思薄弱で徳を積むには度し難い人格であるとして誰からも相手にされないのだった。
つまりリュサンドロスの剥き出しの野心と第一人者たらんとする執念は、ラケダイモンの教育方針によって植え付けられ、長じるとも消えなかったものであるから、生まれながらの性分として責めることは難しい。
しかし、彼はスパルタ人気質として片付けるにはあまりにも度を越して権威に盲従するところがあった。為政者のやる道理のない仕業にも、それが自分に有利に働くとなれば容易く目をつむることが出来たし、こういった性格は彼の政治態度に大きな影響を与えているだろう。
――偉大な人は多かれ少なかれ、気鬱で気難しい部分を抱えているものだ。ソクラテスやプラトン、ヘラクレスがそうであったように――と書いたのはアリストテレスだが、彼によると若い頃のリュサンドロスにはその傾向は見られず、険しい人格は老境を迎えてからだという。
彼の性質を語るうえで特異なのは、生涯を通して貧困に耐え抜いたこと、自分自身はまったく財貨の奴隷に成り下がらなかったこと、それでありながら祖国の経済には大いに富を流し込んで拝金主義を蔓延させ、蓄財に無関心な美風を市民から失わせてしまったことである。
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※1:コリントスの旧王家
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