ローランの歌

N2

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ー流転・二万余騎ー

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59.

夜が明け、太陽が昇りはじめたころ、帝は臣下を伴い閲兵をはじめられた。威風堂々、全軍をまわって馬上よりお声をかけられる。
「諸将よ、行く先の地をみよ!狭い谷路がどこまでも続いておる。隊列が伸びるのは避けられん、誰ぞ後衛を任せるに足る者はないか?」

ガヌロンはここぞとばかりに返答した「その役目、ぜひともわが義息ローランに!これに勝る騎士はおりませぬゆえ」

シャルル帝は先の夢もあることゆえ、にわかに御気色みけしきを変じられ、ガヌロンを睨み据えて言われるには「そちは悪魔の化身か、先日の恨みをまだ腹にかかえておったとは……まあよい、ならば代わりに先駆さきがけを誰に率いさせるのが最良か」

「デンマークのオージェ殿と推察いたす」ガヌロンは答える「ローランを除けば、もっとも勇気ある将軍ゆえに」


60.

推挙を受けたローランは、内心のざわつきを押しとどめ、騎士道の作法に従って返答する。

継父おやじどの、これはかたじけない。推薦の誉れを得たからには、殿しんがりの役目かならず果たしてご覧にいれる。主上、どうかご心配なく、お預かりする部隊は軍馬、儀礼馬、ラバはもとより、荷役の駄馬にいたるまで一頭たりとも損じはいたしません。邪魔する者あらばこの剣が黙っておりますまい」

ガヌロン答えて「そうじゃろうとも!ようよう分かっておるわ」


61.

この言葉の追い討ちにローランの我慢もついに堰を切った。怒り心頭、振り向きざまにおめき叫ぶ。

「おのれ匹夫!姦人!ごろつきの卑怯者め!貴様が王の御前でしくじった様に、この俺が手袋を受けそこなうとでも思うてか!」


62.

「伯父上」ローランは帝に懇願する「どうかどうか、御手のなかの弓をこの私にお与えくださいますよう。先にあれなるガヌロンが手袋を取り落としましたが、かような失態を皆の前で見せとうはございませぬ!」

帝はもはやローランの顔をまともに見ることもお出来にならない。昨夜の夢と今日のいさかいも手伝って、甥に危難のせまることを予感せられたのだろう。さりとてあやふやな夢見を言い訳に、真っ当な推挙を退けることは難しい。その手は白髭をしごき、ただはらはらと涙を落されるのみだった――


63.

老公ネームはさすがは幕下一の忠良というべきか、すかさずお側に歩みよって言上する。

「わが君、お聞きおよびの通りでございます。ローランの激情を鑑みればいったん決まった殿のお役目、もはや何人たりとも覆しうるものではござるまい。かくなる上は御弓を彼に授けなさりませ。援けとなる者をしっかりけて、あとは無事を祈ろうではありませぬか」

老臣の言葉にシャルル王も否やは仰らず、かくして弓はローランに手渡されたのである。


64.

「ローランよ、朕の兵を半分ほど割いてつけてやろう。さすれば安心じゃ」帝は愛する甥が気掛かりでならぬ様子。

だがローランはきっぱり断った。「いいえ、ご無用に願います。ご信任に背くことあらば、神が拙者を裁くでしょう。わが手勢二万はフランク軍より抜きの勇将ぞろい。帝においては山間の道を悠々お通りいただけましょう。拙者の生命のある限り、ご心配には及びません」


65.

ローラン伯は帝の御前をはなれ、丘の頂に駆けあがる。世にふたつとない見事な鎧かぶとが朝日に輝いていた。黄金づくりの鞘もつ神剣デュランダルを佩き、肩越しには盾をげる――この盾もまた意匠を凝らした銘品で、ユリの文様も麗しい。傍らでいななくは乗騎ヴェイヤンティーフ。握りしめたる槍先には純白地に金縁どりの吹流しがたなびく。

この勇姿を見て誰が彼を愛さずにいられようか、たちまちフランク勢から歓声があがった「どこまでもお供いたしまするぞ!」


66.

ローランは愛馬にうち跨り、オリヴィエがそっと横につく。ジュランとその友ジュリエ、伯爵オットー、べランジェ、サムソン、アンセイスに、ルッションの老将ジェラールもつどい来る。

ガスコーニュのアンジェリエにつづいて姿を見せたのは大僧正チュルパン。「わしも同行しようじゃないか、この首にかけて離れまいぞ」

リュム伯ゴーチェが言う「忘れてくれるな、私もそなたの家来であろう。誓って背は見せまいぞ」

――かくして二万騎の強者つわものたちはそろった。


67.

「ではゴーチェ殿に命じる、フランク勢一千をひきいて、あれなる高所を攻めとり敵を一掃されよ。帝の道中に少しの危険も残してはならぬ」

「承って候」会話が終わるが早いか、精兵一千がゴーチェの周りにつどった。彼の指揮のもと、武者たちは高地へ登り谷狭間を襲ってこれを奪う。七百振りの剣を抜かぬうちは、いかなる凶報にあうとも動かぬ構えをみせた。

ベルフェルヌの領主アルマリスが奪い返さんと手勢をくり出したため、ここを巡ってはやくも激戦となった。
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