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堂々たる逃走
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彼の力量を知る逸話がもうひとつある。退却中にアンティゴノスの荷駄隊を見つけたとき、これを襲えば多くの自由民に奴隷、そして戦争と掠奪で蓄えた富を容易く手に入れることが出来たにもかかわらず、彼はあえて行わなかった。分捕り物を背負ったままでは敵の追撃をかわしきれず、贅沢は長い期間放浪するための忍耐力を奪うと判断したからである。
ここからも分かるようにエウメネスの基本戦略は持久戦であり、時がいたずらに経過すればアンティゴノスは撤退せざるを得ない、とみたのであった。しかし手の届く範囲にある財宝から兵士らの気をそらすのは困難なことだったので、こういう芝居を考えた。
まず彼らに十分休養をあたえ馬にも餌をやって、気力横溢を待ってから敵に立ち向かおうと話しておいて、一方で向こうの荷駄隊を率いるメナンドロスには内密に書簡を送った。
いわく――古くからの友人として君の身が気がかりでならない。警戒されよ、そんな街道すじの平地に陣を張ればたちどころに騎兵の餌食になってしまうだろう。包囲の難しい近くの丘陵まで出来るだけ早く撤退するように――
メナンドロスはわが身にせまる危険を理解してすぐに軍を動かした。そうしておいてからエウメネスは公然と物見を送り出し、兵士らには物の具をとれ、馬に手綱つけよなどと号令し、いかにもさあこれから敵に踊りかからん、という構えを作ってみせた。
そこに物見にやった兵が帰りきて――メナンドロスは要害地に籠ってしまったため攻略は難しい――と知らせると、エウメネスは腹を立てたふりをして軍勢を引き上げさせた。
伝わるところによれば、アンティゴノスに合流したメナンドロスはこの出来事を復命し、またマケドニア兵もエウメネスを称賛してやまなかった。彼らの子たちを奴隷にし、妻を辱める絶好の機会であったものを見逃がしてくれたからだ。誰もがエウメネスに対して恩義を感じ始めていたが、そこへアンティゴノスはこう言ってたしなめた。
「いやいや諸君、あの男が助け舟をよこしたのは優しさからではないぞ。自分が逃げるにあたって君たちが足かせになるのを恐れたからだ」
その後エウメネスは彷徨をつづけるなかで、ほとんどの兵士に自分のもとを去るよう説得した。ここで散らせる命ではないと思ったか、あるいは戦をするには小さすぎ、敵の目から逃れるには大きすぎる部隊を引き連れるのは不利だと悟ったからか、それは分からない。
さらには騎兵500と歩兵200を連れてリュカオニアとカッパドキアの境界にあるノーラの要塞に避難した後も、その地の険しさと兵糧の乏しさに耐えかねて解雇を求める者には、嫌な顔ひとつせずみな行くにまかせた。
アンティゴノスの軍勢がノーラに到着し、包囲戦が始まった。まず彼はエウメネスに会談を申しいれたが、エウメネスはこういって寄越した――アンティゴノスの幕下に後継者となれる将軍は多いが、わが陣営には自分が斃れたのち指揮する者がいない。会談を望むならば人質を送るように――と。
またアンティゴノスが会談では自分を目上として立てるよう要求したときも、エウメネスは「この剣を佩くかぎり、なにびとも私の上におくつもりはない」と拒絶した。
アンティゴノスはそれでもエウメネスの条件をのんで甥のプトレマイオスを要塞に送ったが、エウメネスがこの長年の親友を迎えると、ふたりは抱き合って挨拶を交わし再会を喜んだ。
長い会談が終わった。エウメネスはわが身の安全や罪の減免などには一切触れず、むしろ自らの太守領の領有権を主張し、これは正統な報酬として得たものだから返還するよう要求した。聴衆たちは驚き、彼の高邁な精神と力強い態度を称えたのだった。
このとき多くのマケドニア人がエウメネスに興味をいだいて集まってきた。クラテロスを倒してからというもの軍隊の間でこれほど話題になった人物はいなかったからである。
アンティゴノスはエウメネスに危害を加える輩が出るのではないかと恐れ、まず大声で兵士たちに近づくことを禁じ、それでも向かってくる者には石を投げつけたが、最後にはエウメネスを抱きかかえて護衛とともに群衆をかき分け、彼の身を安全な場所に移してやった。
ここからも分かるようにエウメネスの基本戦略は持久戦であり、時がいたずらに経過すればアンティゴノスは撤退せざるを得ない、とみたのであった。しかし手の届く範囲にある財宝から兵士らの気をそらすのは困難なことだったので、こういう芝居を考えた。
まず彼らに十分休養をあたえ馬にも餌をやって、気力横溢を待ってから敵に立ち向かおうと話しておいて、一方で向こうの荷駄隊を率いるメナンドロスには内密に書簡を送った。
いわく――古くからの友人として君の身が気がかりでならない。警戒されよ、そんな街道すじの平地に陣を張ればたちどころに騎兵の餌食になってしまうだろう。包囲の難しい近くの丘陵まで出来るだけ早く撤退するように――
メナンドロスはわが身にせまる危険を理解してすぐに軍を動かした。そうしておいてからエウメネスは公然と物見を送り出し、兵士らには物の具をとれ、馬に手綱つけよなどと号令し、いかにもさあこれから敵に踊りかからん、という構えを作ってみせた。
そこに物見にやった兵が帰りきて――メナンドロスは要害地に籠ってしまったため攻略は難しい――と知らせると、エウメネスは腹を立てたふりをして軍勢を引き上げさせた。
伝わるところによれば、アンティゴノスに合流したメナンドロスはこの出来事を復命し、またマケドニア兵もエウメネスを称賛してやまなかった。彼らの子たちを奴隷にし、妻を辱める絶好の機会であったものを見逃がしてくれたからだ。誰もがエウメネスに対して恩義を感じ始めていたが、そこへアンティゴノスはこう言ってたしなめた。
「いやいや諸君、あの男が助け舟をよこしたのは優しさからではないぞ。自分が逃げるにあたって君たちが足かせになるのを恐れたからだ」
その後エウメネスは彷徨をつづけるなかで、ほとんどの兵士に自分のもとを去るよう説得した。ここで散らせる命ではないと思ったか、あるいは戦をするには小さすぎ、敵の目から逃れるには大きすぎる部隊を引き連れるのは不利だと悟ったからか、それは分からない。
さらには騎兵500と歩兵200を連れてリュカオニアとカッパドキアの境界にあるノーラの要塞に避難した後も、その地の険しさと兵糧の乏しさに耐えかねて解雇を求める者には、嫌な顔ひとつせずみな行くにまかせた。
アンティゴノスの軍勢がノーラに到着し、包囲戦が始まった。まず彼はエウメネスに会談を申しいれたが、エウメネスはこういって寄越した――アンティゴノスの幕下に後継者となれる将軍は多いが、わが陣営には自分が斃れたのち指揮する者がいない。会談を望むならば人質を送るように――と。
またアンティゴノスが会談では自分を目上として立てるよう要求したときも、エウメネスは「この剣を佩くかぎり、なにびとも私の上におくつもりはない」と拒絶した。
アンティゴノスはそれでもエウメネスの条件をのんで甥のプトレマイオスを要塞に送ったが、エウメネスがこの長年の親友を迎えると、ふたりは抱き合って挨拶を交わし再会を喜んだ。
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