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第五話

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 シェーラ・フィリトゥスがメイドとして雇われてから、一ヶ月が経過した。

 その間、細々とした騒動はあったが今は置いておこう。さして重要な事でもない。
 重要なのは、彼女はメイドとしてそれなりに仕事に慣れてきたという事。そして、自分をスラムから救ってくれたシオンに対し強い好意を抱き、かつ周囲の使用人達とはあまり良い関係では無いという点である。
 と言っても、これは使用人達が悪いのでは無い。彼等彼女等を避けているのは、シェーラの方なのだ。

 理由は単純。使用人達が、シオンをあまり良く思っていないからである。

 何せシオンは奔放で、掴みどころの無い王子だ。そんな子供、関わりの薄い使用人達からすれば面倒で厄介な主でしかないのである。
 加えてシオン自身も使用人達を信用していない為、自然と両者の距離は遠くなった。そしてそんな使用人達と、シオンと非常に近い距離にありよく接触をもたれているシェーラが合わないのは、最早当然の帰結なのだろう。

 結果。シェーラは、よりシオンに入れ込むようになった。ある種彼の狙い通りである。

 大切な人が孤立していれば、自分は味方であらねば。他の人はどうでも、私はあの人の味方なんだ。と思うのは自然な流れであった。
 シオンはこの結果に大満足である。いまや二人の仲は、古くからの幼馴染のように親密なものとなっていたのだから。

「失礼します。……シオンさん、朝です。起きてください」

 朝、シオンの私室を訪ねたシェーラは、大きなベッドの傍まで近寄ると声を掛けた。服装は当然制服でもあるメイド服だ。シオンの好みにより、フリルは抑え目な、シックなロングスカートのメイド服である。
 また、彼女はシオンの事を『王子』や『シオン様』ではなく『シオンさん』と呼ぶ。これは彼たっての希望である。
 何でも、その方が近しく感じられて良いそうだ。勿論、必要な場では呼び方を変えるが。

「んん……ん……」

 ベッドから眠そうな呻きが返って来る。しかし起きる気配は無い。
 仕方が無く、シェーラは布の膨らみに手を掛け、揺り動かした。

「あの……朝だよ。起きて?」
「ん~……。えいっ」

 そしてそれを待っていたかのように、布がバサリと動き、小さな体を引きずり込む。
 彼女は抵抗しなかった。今までにもよくあった事だからだ。

「おはよー、シェーラ」
「おはよう御座います。……あったかい」

 少女が幸せそうに呟く。
 シェーラはこういった、シオンに抱きしめられる時間が好きだった。ぎゅっと、自分からも抱きつく。

 それから暫く。メイド長に怒られるまで、彼等はずっとベッドに籠もっていた。

 ~~~~~~

 朝食を終えたシオンはまた屋敷を抜け出し、一人街に繰り出していた。
 シェーラというメイドを手に入れた彼だが、当然満足などしていない。もっと多く、可愛い女の子が必要だ。

(ここ一ヶ月はシェーラに構ってばかりだったけど。そろそろ、増やしたいな)

 シェーラとの絆を確かなものにする為に、シオンはこの一月間努力した。
 積極的に彼女に話し掛け、スキンシップを取り、一人ぼっちの彼女の寂しさ・これまでの人生で積もってきた悲しさを、自らで埋めていったのだ。
 ただしその代償として、新しい女の子の発掘は滞ってしまった。これではいけない、と思い直す。

「でも、そう思った所で都合よく女の子はやって来ないし。んー、どうしよっかな~」

 またスラムに行くのも良いが、それでは芸がない。
 少し趣向を変えてみるかな、と考えていたしオンの視界に、遠く聳える建物が映る。

「あそこは……そうだっ。あそこで探してみよう」

 るんるん気分でスキップを刻み、シオンは人混みを抜けて行った。

 ~~~~~~

 そうして辿り着いたのは、王都の端に存在する大きな練兵場である。
 数多くの兵士が鍛練を積むこの場所に来たのは、一重に『騎士』を見つける為であった。

 離宮に居る人間というのは、何もメイドのような使用人だけでは無い。衛兵や、王子であるシオンに仕える騎士もまた存在するのだ。
 だが所詮、シオンに仕えている騎士というのは『シオンが王族だから』『王子であるシオンに割り当てられたから』という理由で仕えているだけの者達に過ぎない。そんな者達を、彼は信用していなかった。

 だから自分で見つけに来たのだ。信頼の置ける騎士。それも、強くて可愛い女の子を。

「ふんふんふふ~ん。ちょっと通してくださいな」
「む? こらこら、勝手に入っちゃいけないよ。君、何処の子だい? 何の用で此処に来たのかな?」

 練兵場に入ろうとしたシオンを、衛兵がすかさず制止する。
 シオンは不思議そうな顔でその衛兵を見上げた。パチクリ、と目を瞬かせる。

「入っちゃいけないの?」
「いや、それは……。無関係の者は流石に入れられないよ。それとも君は、軍への志願者かな? 或いは貴族様の息子さん?」

 十五歳で成人とされるこの国では、軍に所属したり騎士と成れるのは当然十五歳からだが、訓練自体はそれ以前から受けることが可能だった。
 本格的な従軍ではなく、基礎的な体力づくりや戦い方を幼い頃から学ぶのだ。幼少時からそういった努力をしておけば、いざ兵士となった時に高い実力を持ち、部隊長などの上位職に就きやすい。
 なので、子供がこの練兵場を訊ねることもそれなりにあるのだ。また、今回のシオンもそうだが、貴族が将来有望な騎士を求めて視察に訪れる事もある。

「おじさん、僕のこと知らないの?」
「お、おじさん……?」

 無邪気な問いかけに、衛兵が頬をひくつかせる。
 一見すれば自意識過剰にも思える台詞だが、実は妥当なものだ。王都に居る兵士ならば、自分達が仕える王族の顔位は知っておくべきなのだから。
 国王や、政務に積極的に関わっているシオンの兄達と違い、彼はあまり公に王子として姿を表す事はなかったが、それでもゼロでは無い。絵姿なども少ないがあるので、気付けないのは問題だ。

 最も。この兵士は最近地方から移動になったばかりなので、知らないのも仕方が無いのだが。

「う~ん。悪いけど、私にはちょっと分からないかな。よければ名前を教えてもらえるかい?」
「うん。シオン」
「シオン?」
「シオン・オルデュラデゥ・ビスィー・デ・スルト。この国の第四王子だよ」

 すらっと明かされた身分に、衛兵の思考が止まる。
 ふらふらとシオンが手を振った。反応が無い。完全に停止している。

「じゃあ、勝手に入るね~」

 その隙にシオンは門を潜り、練兵場の中へと姿を消した。
 結局衛兵が再起動したのは、それから一分後の事だったそうな。

 ~~~~~~

「で、中に入ったのは良いけど。一体何処を見れば良いんだろう?」

 石の壁をぺたぺたと触りながら、適当に歩く。
 行く宛てもなく、シオンは練兵場内を彷徨っていた。流石王都にあるだけあって規模が大きい。子供の足では全て回るだけでも日が暮れてしまいそうだ。

「ん? この声……。練習中かな?」

 途中、聞こえて来た声を辿り中庭に出る。
 柱の影からこっそり様子を窺えば、複数の子供達が刃の潰れた剣を振っていた。教官役らしき大人の姿もある。

「兵士志望……いや、騎士志望かな?」

 練習風景から、シオンはそう判断した。
 自分とそう変わらない年頃の子供達が受けている特訓は、ただの兵士志望が受けるものよりも大分厳しく感じたのだ。騎士志望の場合その役割から、特訓も自然と厳しくなる傾向にある。
 それに加え、子供達の身なりが妙によかった。動きやすい服装ではあるのだが、一般的な市井のそれよりも明らかに上等だ。恐らくは貴族の息子・娘達なのだろう。
 貴族の子供の中でも、長男以外はこうして騎士を目指す者も多い。或いは領地を持たない名誉貴族なども同様だ。

「丁度良いや。良い子が居ないか、探してみよ」

 邪魔しないよう気配を殺し、シオンは見学を続ける。
 暫く眺める中で、一人の子供に目が引かれた。

「はぁ……はぁ……やあっ!」
「どうした! そんな様では騎士には成れんぞ!」

 教官と模擬戦をしている、小柄な少女。
 栗色の長髪を頭の両側で括り、ツインテールの形にしている。空色の瞳が美しいまだ幼さの強い女の子だ。
 彼女は容易く教官にあしらわれ、何度も地面を転がっている。だがその度に諦めず、剣を手に立ち向かっていく。
 その瞳の強さと、奥底に秘められた暗い感情に、シオンは一発で心を惹かれた。

「あの子に決ーめた」

 クスリと笑う。
 陽が、傾き始めていた。
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