上 下
10 / 23

第十話 異世界でなりたい職業第一位!

しおりを挟む
 さて。どうやってモルス子爵をぶちのめすか、妙案を考えていた俺こと上山賢治だが、結局浮かばないので棚上げした。
 しょうがないじゃん。モルス子爵は結構な影響力を持っているらしい。今すぐどうにかするのはちょっと厳しいのだ。

 そこで俺は地味な事だが、鍛冶屋『アルテミス』と本格的に手を組んだ。

 材料に困っていたおっぱいさんにこれからも硬貨を提供する代わりに、パン屋同様俺を便宜上のオーナーとしてもらったのだ。
 これは収入源を増やすだけではなく、他の鍛冶師、ひいては子爵の力を少しでも削げれば、と考えての事である。最も、腕が良いとは言えおっぱいさんは一人。大した効果はないだろうが、しないよりはましだろう。

 一応、ターゲットは高級武具に限定してある。此方ならば市場全体での流通量が少ないのでおっぱいさん一人でも製造が追いつくし、腕の良さでシェアを奪いやすい。利益率も高いしな。

「加えておっぱいさん自身も組合に所属する知己の友人に働きかけて、内から崩そうとしているそうだし。これが上手く言って子爵の動きが鈍ってくれれば良いんだが……ところでところで」

「……?」

「俺の膝の上で何をしているのかね。君は」

 可愛く小首を傾げて見上げるんじゃない。子猫みたいにじゃれても無駄だ、ククナ。

「駄目?」

「いや正直駄目では無いしむしろ得だと思うんですけどね。でもそうも身体を擦り付けられるとですね、俺の理性へのダメージが爆撃受けたみたいにガリガリ削られていくんですわ」

 って言ってる傍から寝ようとするな。少しはこっちの話を聞け、仮にも俺はお前の主人なんだぞ!

「……そんな威厳、ない」

「心を読まれたっ!? どうせ読むならこっちの辛さも察して退いてくださいよやだー!」

 先日のベッド潜伏事件からほんと、何なんでしょうねこの子は。
 尚、ベッドへの潜伏はあれからも毎日続いている。だけではなく、今のように自室で寛ぎ、脳内作戦会議を開いている時にも無遠慮にやって来ては猫のように自由に振舞うのだ。いや、猫なんだけど。

「……猫なんだよね?」

「? 今更? 私は猫の獣人である母さんと人間の父さんの子。所謂ハーフ」

「あぁ、そうなんだぁ。あれ、でもスピカちゃんは獣人じゃないよな?」

「それは、私とお姉ちゃんが異母姉妹だからです」

 答えは、緩やかに開いた扉から。

「もうっ、やっぱり此処に居た。ご主人様に迷惑掛けちゃ駄目だって言ったでしょ、お姉ちゃん!」

 ぷりぷり頬を膨らませて怒るスピカちゃん。
 しかし怒られた当人はまるで気にする素振りもなく、

「別に迷惑じゃない。でしょ?」

「迷惑か迷惑じゃないかで言えば迷惑な気もするが、こんな可愛い子がくっ付いてくるのは得でもあるので、差し引きゼロ……いや、若干プラスだなっ」

「ほら」

「ほらじゃないのっ! そもそも男女がそんなにくっ付くなんてよく無いんだよ、お姉ちゃん!」

 ぐいーと引っ張るスピカちゃんだが、ククナは此方にしがみ付き必死の抵抗。
 痛た、何でそんなに抵抗するんだ。っていうか痛い、二人共力が強すぎる……!

「ストップ、ストォォォォップ! 俺を引き摺るんじゃない、あっ、振り回すなぁ! 自慢じゃないが俺はこの中で一番貧弱なんだぞう!」

「わわわっ! 申し訳ありませんご主人様!」

 非情なジャイアントスイングが終わりを告げる。
 き、気を付けてくれよ。ただでさえスピカちゃんは豪腕なんだからさぁ。

「おかしいな、ただの人間のはずなのにこの力。まさか、実はゴリラとのハーフとか言わないよな……?」

「幾らご主人様でも酷いですっ。私のお母さんは普通の人間ですよぅ。力が強いのは生まれ持ってのものですっ」

「生まれた時からハイパワーだったのか。これも高名な聖騎士らしい父親の遺伝かね……?」

 聖騎士、バルフリート・ランゲルンだったか。俺は良く知らないが、あの時の聴衆の反応からして相当な有名人なんだろう。

「そうだ、気になってたんだ。ここ数日のごたごたですっかり忘れてたけど」

「? 何でしょうか、ご主人様?」

「いやさ。二人の父親は有名な聖騎士なんだろう? そんな人の娘である二人がさ、どうして二級奴隷になんてなっちゃったのよ」

 言った瞬間、スピカちゃんが俯いたのが分かった。
 まぁ、あまり良い話ではないだろうね。とはいえ俺は一応二人の主人。そこら辺の事情を把握しておかないと、後々それが原因で面倒な事態に……なんてのも充分有り得る。
 決して好奇心から聞いているだけではないのだ。本当だよ?

「その……なんて言ったら良いんでしょうか。私達のお父さんは、世間一般との認識とは違って、その……」

 言い淀むスピカちゃんに代わり、ククナが口を開く。

「屑」

「シンプルな答えをありがとう。いやでも屑って、どれくらい?」

「毎日ギャンブル。一年と経たずに『飽きた』って理由で母さんを捨てた。私とスピカの母さんが死んだ後、私達を引き取って、『賭けの資金にするから』って二級奴隷として売った」

 わお、清々しい程のド屑。

「お、お姉ちゃん、言い過ぎだよ! 勘違いしないで下さいご主人様、あんなお父さんにも良い所はあったんですよ?」

「あんなて。ちなみにどんな所?」

「えっと……。暴力は振るいませんでした!」

 胸を張るな胸を。それは良い所じゃなくて当たり前の事だ。

「大変だったんやなぁ。二人共……」

「ああっ、ご主人様の目が急に優しく!?」

 そりゃそうなるて。そんな苦労ばかりの人生を歩んで来たあげく、あんな子豚に買われようとしていたのだから。

「二人共、もっとわがまま言ってええんやで。俺は二人の味方や」

「ああっ、ご主人様の目が更に優しく! まるで牧師さんみたいです!」

「じゃあもっと寝る。ダラ~……」

「君はもう少しやる気を出そうね!」

 いかんいかん。少し頭がおかしくなっていたみたいだ。

 しかし成る程。そういう事情があったとなると、二人の父親、バルフリート・ランゲルンとは会わないほうが良さそうだな。
 何処に居るかも知らないが、出会った途端に金の無心をされそうだ。俺の力の事を知られれば更に不味い。

 と、考えていた俺は気付いた。何時の間にやら、また膝の上に戻って来ていたククナが、その黒真珠のような瞳で此方をじっと見詰めている。

「どしたの。俺ってそんなに見蕩れるほどイケメン?」

「普通。……一つ、私からも質問」

 容赦ないなぁおい。少しは主を立ててくれても良いんじゃないですかね。
 しかし質問ですか。何でしょな、と首を傾げて聞き返せば、ククナは珍しく言い淀んだ後、

「……なんて呼べば良い?」

「へ? それって俺を、って事?」

 そう、と短く頷く。
 せっかく身構えてたのにそんな事かい。確かに呼び方って重要だけどさ。

「好きに呼べば良いんじゃねぇの? スピカちゃんみたいにご主人様でも良いし、なんなら賢治って呼び捨てでも構わんぞ」

 どうせ主としての威厳なぞ無いのだ。此処は器の広さをアピールしよう。
 俺の言葉に、ククナは数秒考えて。

「……旦那」

「えぇ……。多分『旦那様』から来てるんだろうけどさ、それだけだとまるでチンピラの舎弟みたいだな。もしくは悪巧みしてる商人」

「様って感じじゃない。それに好きに呼んで良いって言った」

 だとしても斜め上に行き過ぎじゃないですかね、俺結婚してないし。別に良いけどさ。
 「失礼だよお姉ちゃん!」とわたわた騒いでいるスピカちゃんを尻目に、壁の時計に目を向ける。
 短針は8を指していた。そろそろ良い時間だろう。

「あーあー分かった旦那で良いよ。それじゃあ呼び方も決まった所で退いてくれ、ついでに出かける準備もな」

「……? 何処か行く?」

「おう。異世界に来て早や二ヵ月半。遂にやってきましたこの時がっ」

 異世界? と二人が疑問符を浮かべるが関係ない。
 今の俺はテンション急上昇中なのだ。そう、異世界に来たからには経験しておくべきこのイベントっ。

「向かうは冒険者ギルド! 冒険者に俺はなるっ!」

 麦わら被った人っぽく言いながら、異世界生活は過ぎていく。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...