梅は咲いたか桜はまだか

ものまねの実

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梅は咲いたか桜はまだか

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「お、綺麗に咲いたな」

多くの学生が黒板をノートに写している中、呑気な声を上げたのは去年からこの学校に赴任してきた男性教師だ。
英語を受け持っているこの教師は、しばしば授業中に話が脱線することで知られており、その話の内容が結構面白いと人気もある。

静寂の中にあった教室で、ふと窓を見て呟いたその言葉は、生徒達の耳にすんなりと染み込んでいき、自然と多くの目を窓の外へと誘導することとなった。
窓の外では春の日差しを受け、白く小さな花が風に揺れていた。

「先生の祖父は昔、戦争で特攻隊ってのにいたんだ。特攻隊って知ってるか?爆弾を積んだ飛行機ごと敵の船に突っ込むんだ。当然、パイロットも死ぬんだから、今の我々からしたら信じられないよな。まぁ倫理的には認められないが、昔はそうすることが必要なぐらいに追い詰められてたんだ」

顰められた顔からは、教師としても人としても到底認めることが出来ない、人道に悖る行いを忌避する感情が読み取れた。

「私の祖父はね、そんな特攻隊の一員として飛び立つ直前、戦争の終わりを迎えて呆然としたそうだ。命が助かったことを安堵する気持ちは確かにあった。でもそれより、先に特攻隊として飛び立っていった仲間達の死はなんだったのか、自分だけが助かるのは正しいのかと、長いこと悩んだと聞いたなぁ。んで、その祖父は毎年、春になると家の縁側で生垣の向こうに見える桜を見て寂しそうにするんだ。私はおじいちゃんっ子ってやつでね、そんな祖父からいろんな話を聞いたもんだ。だからこうして目の前に綺麗な桜を見ると、嬉しさと悲しさが混じって胸にざわつきを覚えるんだ」

そう言って窓の外を眺めている教師の浮かべる顔には微かな笑みがあった。
遠い日を思っているのは分かるが、ただ嬉しいだけとは違うような思いも込められているように感じられる。
ふと、ある生徒がジッと教師の方を見て口を開いた。

「先生、あれ梅です」
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