世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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召喚魔術を研究する会

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固有魔術に関して、過去には様々な研究が行われていた。
数は少なくとも、隈なく探せば見つかることのある固有魔術の使い手だが、必ずと言っていいほど同じ固有魔術は存在せず、そのせいで固有魔術の研究は無軌道に枝分かれし続けられていく。

一つの固有魔術を研究していっても、大抵は他への技術転用が見込めず、使い手が死亡するなどしていなくなるとその研究も立ち消えとなるという不安定さから、固有魔術の研究は自然と縮小していき、今では物好きが手を出すぐらいのものだそうだ。
それでも極稀に現れる強大な力を行使する固有魔術の使い手の存在はどの国も無視できず、見つかったらとりあえず手厚く保護というスタンスはいまだに続いている。

同じ時代に同じ固有魔術の使い手が現れないというのは、古くから脈々と続けられた固有魔術の研究成果で判明していることだが、逆に時代が違えば同じ固有魔術の使い手が現れるということでもある。
とはいえ、判明している固有魔術だけでも膨大な数になるうえに、近年見つかった固有魔術も過去に存在しなかった新しいものというケースも多いため、参考になる文献が存在するスーリアのケースは運がいい方だったのかもしれない。

もっとも、召喚魔術自体がメジャーな存在ではない上に、シペアの話では学園の蔵書室で閲覧可能な書物で召喚魔術に関するものはほとんどなく、その内容もあまり深いものではなかったため、手探り状態に近いのは他の固有魔術の使い手とそう差はないらしい。

そういうわけで、『召喚魔術を研究する会』とパーラの命名した集まりは、俺とパーラとシペアという3人の魔術師のサポートによって召喚魔術の明日を考えるという、なんだかぼんやりとはしているが理念だけは崇高な感じで打ち立てられたわけであった。







いつまでも俺達で食堂のテーブルを占拠するのも憚られ、俺達は食堂から場所を移し、シペアの心当たりに誘われる形で、街を出て少し行ったところにあるという秘密の場所へと向かうことになった。
俺とパーラはバイクで来ていたのでそのまま行けたが、シペアとスーリアは徒歩で来ていたため、途中で馬でも借りようかという話も出たが、いい機会なので遠学での予行演習も兼ねて、バイクに荷車を連結しての移動を提案した。

荷車は既に購入済みだったものを街の厩舎に預けていたので、全員でそこに向かって早速バイクに取り付けてみる。
普通の馬車が小型トラックの荷台程度の大きさなのに対し、俺のは軽トラックの荷台よりもやや大きい程度の比較的小型のものだ。
車輪が四つ付いたオーソドックスなタイプだが、小径の車輪であるため、緩衝性能は普通の荷馬車より劣るらしい。

シペアの話では同乗するのは他に一人だけと聞いていたので、この大きさでも十分だと考え、値段の安さもあって即買いしていた。
バイクにはリヤカーとの接続に使っていたジョイント部分があるため、そこに合わせて連結部分を調整すればあっという間…とまではいかなくとも、それほど時間をかけずに連結完了だ。

「へぇ、中々しっかりしてる。後ろの荷台も意外と広いし、幌も付いてるのがありがたい。これで遠学にいくんだよな?」
「おう。お前らの荷物がどんだけになるかわからんが、一応幌の上にも荷物を載せられるように板を渡してある。俺とパーラはバイクに乗るから、お前らはこっちに乗るといい」
普通の荷馬車よりも小さめではあるが、乗員が少ないことと値段の安さに加え、バイクで引くことも考えると最適なチョイスだったと今になって思っている。

「おいおい、幌は新品じゃねーか。わざわざ張り替えたのか?」
「まぁな。元々中古で買った時についてた幌は所々穴も開いてたし、骨組みの木材も大分傷んでたから全部取り換えた」
馬車の幌というのは基本的に消耗品だ。
年に何度も取り換えるというほどではないが、蝋引きの布は使っているうちに傷んでくるもので、俺が買ったものもやはり経年劣化による傷みが目立っていたため、買った時に金を上乗せして張り替えてもらった。
おかげでぱっと見は新品に見えるので気分がいい。

「ちょっと二人とも。馬車の談議はそれくらいにして、そろそろ行くわよ」
男というのは車輪のついた乗り物に関しては話が弾むもので、俺とシペアはすっかり話し込んでしまっていたようだ。
パーラとスーリアの二人は早々に興味がないとばかりに荷台に乗り込んでしまい、今はいやに冷めた目で俺達を見ている。
正確には冷めた目はパーラだけで、スーリアは困った笑い顔といった感じだが、パーラの威圧感は二人分はあるように感じる。

「悪い悪い。すぐ出発するって。シペアはサイドカーに乗れよ。…じゃあ、行こうか」
荷台の方には女性陣が占拠している形なので、シペアをサイドカーに乗せて早速厩舎を後にする。
まだ荷物は積んでいない状態なので、荷車はあまり重さを感じさせない快調な走りでバイクに追従してくる。

「すごい!馬が曳いてないのにこんなに早く走れるなんて!」
通りを駆けるバイクの速さを見て、驚いているのはスーリアだ。
厩舎に来るときは歩く速度に合わせて走らせていたが、荷車を接続して全員が乗り込んだことで快速で走れるようになったのだ。

「あれ、スーリアってバイクを見るのって初めて?」
「ううん。走る魔道具は何度かこの街でも見かけたことがあるよ。でも、どれもすごくゆっくり走るだけだったし、こんな風に荷台付きで走ってたのってなかったと思う」
ペルケティアでも有数の大都市であり、様々な国から人が訪れることもあって、アシャドルで流行し始めたバイクも少ないながらこの街でも走っていると俺も聞いていた。

俺が乗るバイクは設計から素材まで特注も特注、俺の中で秘かに天才として認定している魔道具職人であるクレイルズ謹製のものだ。
動力からして特別な俺のバイクに比べ、今出回っている他のバイクはどうしても性能的にかなり劣るため、こうして荷車を曳いて高速走行が出来るようにはなっていないのだろう。

そのため、バイク自体は見たことがあるが、荷台付きで走るバイクにスーリアが覚えた衝撃はかなりのものだったに違いない。
「まぁ初めて見ると驚くよなー。俺もアンディと出会ったのは故郷の町で開かれたレースでだったんだけど、その時もこいつはバイクで参加してあっさり優勝をかっさらってった。そんぐらいすごい乗り物なんだよ、このバイクは」
「そうそう!なんたってこのバイクはあの高名な魔道具職人、クレイルズさんの作だからね!全てのバイクはここから始まったといっても過言じゃないよ!」

確かにこのバイクが今存在するバイクのオリジナルであり、アシャドルでも有名な魔道具職人の手による品には間違いないが、パーラも大袈裟な言い方をするもんだ。
あまりこのバイクの価値を声高に叫ばれるのはよろしくないのだが、スーリアが楽し気に拍手をしているようなので別にいいか。



ガタガタと音を立てる荷台付きのバイクが大通りを抜け、街の門をくぐろうとした時、普段ならすぐに通れるところを何故かスーリアだけが門番に引き留められてしまった。

なんとなしに耳に入ってきた門番とのやり取りによると、やはり固有魔術の使い手であるスーリアはあまり軽々しく街の外へと出ることが出来ないようだ。
それは街の外で不測の事態に襲われることへの警戒が大部分を占めているようだが、恐らくは勝手にどこかの国に引き抜かれないようにというのもあるのではと思っている。

一応俺とパーラが白級の冒険者でかつ魔術師だということで、十分な護衛がいるとして通門を許されたが、スーリアが軽々しく街を出ることが出来ないということに、改めて固有魔術の希少性と保護の手厚さを思い知らされた。

ディケットの街を出て街道を暫く走り、途中でシペアの指示に従い脇道に入ると、また暫く走った。
整備された街道ではなく、徒歩で歩いた人間によって踏み固められた程度の道ではあるが、バイクで走る分には問題なく、後ろに繋いである荷台もちゃんと付いてきている。
ただし、バイクと違ってサスペンションの聞いていない荷台は盛大に揺れているようで、時折背後から聞こえる呻き声は無視できないほどに続いている。
これはあとで荷台にも簡易のサスペンションでも着けたほうがいいかも知れない。

小山と言っていいほどの高さのある丘を回り込み進むと、遠くに森の始まりとその境界線のように流れる川が見えてきた。
「そこの川の手前で右に曲がってくれ」
シペアの指示に従い、川に沿って曲がって走ると、目の前に開けた場所が姿を現した。

川を左にして右手に広がりを見せるその空き地は、ちょっとしたグラウンドほどの広さがあり、周囲を小高い丘に囲まれているおかげで、まさに秘密の場所といった印象を受ける。
そしてここがシペアの言っていた人の目を気にしないで言い丁度いい場所だったようで、広々とした空地のど真ん中にバイクを止めたところで全員が大地に降り立つ。

「どーよ。ここが俺の秘密の特訓場所だ」
まず最初に口を開いたのはこの場所の主であるシペアだった。
「特訓場所?なんだ、お前ここでなんかの特訓でもしてんのかよ」
「なんかのって、俺が特訓って言ったら魔術のに決まってんだろ」

「こんなとこで魔術の特訓って、学園じゃダメなのか?」
魔術の扱い方を教えている学園で、学生が自主的に腕を磨ける場所を用意していないとは考えにくいが。
「そりゃ学園にもそういう場所はあるさ。けど、そういうとこっていっつも人が大勢いて騒がしいんだよ。だから俺みたいに学園の外に練習場を用意してるって奴は結構いるらしいぜ。まぁ、街の外まで足を運んでるのは俺ぐらいだろうけど」

魔術の中でも系統立てられた技術である詠唱文などは、練習する人間が大勢いる場ではどうしても騒音が気になる。
発動体である杖を振り回す人間もいるだろうから、確かに騒々しい場所となるであろう学園が用意した練習場から離れて練習したいという者もいるはずだ。

「あぁ~…お尻痛い。アンディ、あの荷台ボンボン跳ねて座ってらんない。何とかして」
「それに何か下に敷いたぐらいじゃどうにもならないぐらいお尻が痛いよ。多分、普通の馬車の荷台より小さいから、少しの段差でも浮いちゃうんだと思うの」
尻をさすりながら俺とシペアの会話に割り込んできた女子二人だが、年頃の女の子が人前でそんな仕草をみせるのは感心しないな。

「あぁ、やっぱりか。まぁスーリアの言う通り、小型の車ってのはそうなるって買った時に聞いてたからな。なんか対策を考えておくよ」
衝撃を吸収する機構など端から搭載されているわけがない荷車だ。
パーラ達の反応は当然のものだし、遠学で乗るであろうシペアとスーリアのことを考えて、早急に手だてを用意してやりたいところだ。

「とりあえず、まずは焚火でもしよう。ここまで来る間にかなり体が冷えちまったろ。パーラ、川向こうの林にでも行って薪を幾らか集めてきてくれ」
「分かった」
雪があまりないとはいえ、今は冬だ。
ここまでほとんど風を遮ることなく走り続けてきた俺達の体はかなり冷えている。
何をするにも、まずは暖を取ってからにしたい。

「あ、パーラちゃん。私も着いて行っていい?」
「うん?いいよ、一緒に行こうか」
薪拾いへの同行を申し出たスーリアを伴い、楽しげな雰囲気の二人は川を飛び越えて林の中へと姿を消していった。

それを見送ると、土の地面がある場所へとバイクを動かし、土魔術による簡易の小屋を作り出す。
久しぶりに作るかまぼこ型の土の小屋は、相変わらず入り口の扉だけは作れないが、シペアが手慣れた様子で入り口に布をかけるのを手伝ってくれた。

「…この土の小屋も久しぶりに見ると、やっぱり非常識だな。俺が学園に来てから見た土魔術師でこんなのが出来る奴はいなかったぜ?」
「俺以外の土魔術の使い手のことなんか知らんよ。まぁ普通じゃないってのは色んな人から言われてたから、お前のその感想も聞き慣れた」
入り口が塞がれたおかげで、中はかなり温かく感じるが、体の冷えはまだ残っている。

追加で作り出したテーブルとイスのセットに着き、パーラ達が戻るのを待つ。
「そういえば、スーリアの召喚魔術に関してお前も色々と調べるのを手伝ったんだよな?今分かってることってどんなのか、大雑把でいいから教えてくれよ」
「いや、そうは言ってもな、俺もその固有魔術に関する文献ってのはあんまり見てないんだよ。大体はスーリアが読んでたのを、あいつなりに解釈入れたのを聞いてたってだけだ」

「そうなのか?…なんだ、それなら薪拾いにはお前が言って、その間にスーリアから話を聞いとけばよかったよ」
「確かに。…けどよ、あんな風に楽しそうなスーリアって久しぶりに見たんだ。あれでよかったと思うだろ?」
「ま…そうだな」
スーリアの学園生活を詳しく知っているわけではないが、話の端々からあまりいい状況ではないというのは伝わっていたし、彼女の悩みもそう軽いものではないことも分かる。

世界が変わろうとも、学園生活でのストレスというものは変わらないのだだろう。
出会った時の暗い表情も、パーラと一緒にいる時には明るい笑顔に変わっていたことから、シペアの言うことには俺も同意できる。

何となく会話が途絶え、男二人で視線も合わせずにただ座っている時間が過ぎていく。
どれぐらいの時間が経ったのか、外からキャッキャという楽し気な声が聞こえ、パーラ達が戻ったかと思っていると、突然、スーリアの叫び声が聞こえた。

何事かと小屋を飛び出した俺とシペアの目に映ったのは、薪の束を抱えて呆然としているスーリアと、これまた同じぐらいの薪の束を抱えてスーリアの肩を揺すって正気に戻そうとしているパーラの姿だった。

とりあえず、当初の予定である薪を集めてきた二人を小屋の中へと誘い、まだ動揺しているスーリアをパーラに任せて早速小屋の中に作った囲炉裏で火を起こす。
いい具合に乾燥している薪を集めてきてくれたようで、小枝から大きい物へと燃え移った火はその勢いを弱めることもなく、すぐに室内を温めてくれた。

冬の寒さから解放されたことで、ようやくスーリアが落ち着いたため、何をそんなに驚いたのか尋ねてみると、やはりというか、先程までただの空地だった場所に突然小屋ができていたことに対してのものだったそうだ。
パーラは普通に俺が作ったものだと分かっていたため、何の気なしに小屋へと入ろうとしたが、それを知らないスーリアは何が何だか分からない状態に陥ってしまったわけだ。

「ええ!この小屋って土魔術で作ったものなの!?」
「おう。まぁ扉は作れないから、あの通り布を垂らしてるだけだが、部屋を区切る壁なんかはいっぺんに作ったもんだ。あと、今お前が座ってる長椅子とか、テーブルセットなんかは後から作った。こういう細かいのは建物を作るのと一緒には出来ないんだわ」

小屋を作る際、細かい物も一緒に生み出そうとするとどうしても魔力の消費が増えるし、作成までの時間もかかる。
壁に備え付けというふうにすればそうでもないが、色々と試してみたらちょっとした家具なんかは後から別個で作った方が魔力も手間も少なく済むという結論に達している。
とはいえ、俺が理想とするのは土魔術の発動で家具備え付けの家が自演から生えてくるというものであるため、いまだ不満は残っていた。

「いやいやいやいや!十分すごいよ!ふわぁー…アンディ君ってすごい魔術師なんだねぇ。わっ、ここなんか綺麗な弧を描いてるし」
初めて土魔術製の建物を見るスーリアは好奇心が刺激されたようで、あちこちペタペタと触りながらブツブツと呟いていた。
俺の作る土魔術の小屋を見た人間は、大体こんな感じの反応なので、今回も気が済むまで好きにさせることにした。





「さて、それじゃあ全員揃ったことで、早速スーリアの固有魔術に関しての話し合いを始めよう」
四人でテーブルを囲み、本来の目的である召喚魔術の研究が始まる。

「まず、召喚魔術となっている以上、何かを召喚する魔術であるってのは分かるな?」
「そんなの当り前じゃん。風を使うから風魔術、水を使うから水魔術って言うんだし」
そう言って、パーラは自分の指先に風の渦巻きを作って囲炉裏の方へと放る。
新鮮な空気を送り込まれた焚火は一瞬炎の勢いを増し、すぐに元の揺らぎへと戻った。

「そう、パーラの言う通り。じゃあ召喚ってのはどこから、何を召喚するんだ?ってことを考えてみよう」
「そりゃあ……どこからだ?」
首を傾げたシペアはそのまま考え込んでしまったが、スーリアは小さく手を挙げて口を開いた。
「あ、あのー…。私、召喚魔術に関しての記述があった本を読んだんだけど、そこには『対象と契約を結んで、陣を扉として呼び出す』って書いてあったの」

「ふむ…興味深いな。その契約ってのはどんなのか分かるか?」
「ううん、ただそれしか書いてなかったから、契約についてわかることはなかったと思う」
そりゃそうか。
分かってたらもっと召喚魔術の解明はもう少し進んでいたことだろう。
契約というからには、自分の他に相手がいるということだが、この相手とはいったい何を指すのか。

「…出来ればその固有魔術に関する書物ってのを直接読んでみたいところだが」
「んーなの無理だって。学園には基本的に関係者以外立ち入れないって決まりがある。俺とスーリアは学生だから蔵書室での閲覧はできるけど、お前らは学園に入るのは普通は無理だ」
「ならその書物を持ちだせないか?」
「それこそ無理だよ。蔵書室から書物の類は一切持ち出し禁止。書き写すのですら一々許可を取らなきゃならないの」

この世界では本というものは決して手軽に手に入るものではない。
学園が所蔵する本ともなれば貴重なものもあるだろう。
知識の価値を知る学園の人間が、そうそう自由に写本を許さないのも分かる。

無いものは無いとすっぱりとあきらめ、次は直接召喚陣を見ていく。
「スーリア、召喚陣を見せてくれ」
「うん……はい、どうぞ」
差し出された掌に浮かぶ、相変わらず綺麗な模様の召喚陣は、薄暗い小屋の中で見ると、仄かに青色に近い光を放っているのに気付く。

召喚陣自体見るのはこれが初めてで、色で何かが分かるという事も無いが、何となく寒々しい印象を受けるのは色のせいか。
「この陣は手から離すように動かせるか?それと向きや大きさを変えたりとか」
「えぇ?うーん…どうだろ?やったことないから分からないけど、ちょっとやってみていい?」
「頼む」

これまで召喚陣への干渉自体をやったことがないのか、難しい顔をして唸りながら色々とやっているスーリアに、この場にいる3人の魔術が、魔力の使い方を色々と教えてみる。
「スーリア、いい?魔力ってのはこう、ヌーンってしてパッとしたのをグオーってするのよ」
若干一名、説明が感覚的過ぎて教師役に向かないため、残る二人で補助を進める。

魔術の感覚というのは個人で異なるもので、理論立てて説明するよりも、本人が感じていることを補強するように教えるのが大事だと俺は思っている。
擬音だらけの説明をうるさく思いながら、スーリアに根気よく押していくと、まず召喚陣を掌から離れた場所へと移動させることに成功し、次に向きを変えるようになった。
大きさを変えるのは難しいようで、かなり時間がかかったがなんとか直径3メートルほどの大きさにまで変化させるようになる。

「召喚陣を色々と変化させるようになったのはいいけどよ、ここから先はどうする?このままじゃ少し見栄えのいい照明ぐらいにしかならないぜ?」
シペアの言う通り、召喚陣が大きくなろうと、召喚魔術の解明への一歩とは思わない。
「あ、でも召喚陣が少し離れたところに作れるようになったのって進歩って言えないかな?今まではこういうことが出来るってことすら知らなかったから、ね?」
俺へのフォローのつもりか、やや大きめな声でそういうスーリアだが、それでも自分が本来望んだ結果にはまだ遠いという思いはあるはずだ。

しかしこれまで得た新しい収穫が召喚陣の変化だけとなると、どうにもゴールには程遠い気がしてならない。
いや、一日で全部をやろうというのがまずいのかもしれない。
今日の所はここまでとして、しばらく時間をかけてじっくりと考えをまとめてもいいし、召喚魔術に関する手掛かりを俺自身で探してみるのもいいだろう。

丁度ここにいる全員が精神的な疲れがあるようだし、残りの時間はゆっくり過ごすのを提案してみるか。
「ねぇねぇ、スーリア。召喚陣をさ、ここに出してよ」
突然、パーラがテーブルの横の空間を指さして、スーリアに召喚陣を出して欲しいとせがみだした。

「ここに?いいけど、何をするの?」
「召喚陣の模様ってすごい綺麗じゃない?ちょっと書き写したくなっちゃって」
「あぁなるほど。うん、もちろんいいよ」
先程までぐでっとしていたスーリアも、パーラの無邪気なお願いを聞いて快く引き受ける辺り、その行動に癒しを感じているのだろう。

俺としても、スーリアたちと別れてから召喚陣が見たくなっても、パーラの書き写したものをあてにできるので、パーラの行動はありがたい。
召喚陣自体の模様は精緻ではあるが、大きさがそれほどでもないため、少し時間を掛ければ誰でも書き写せると思う。

シペア達が寮に戻る時間までまだ余裕があるため、この場で筆記用具一式を取り出して書き写す作業を始めたパーラを、俺達は待つことにした。
ついでということで、皆にお茶でも出してやろうと思い、バイクに積んである荷物から茶道具一式を持ってくる。

茶道具とは言うが、カップが数組と小鍋と水筒、炒った大麦を布でパックしたものをひとまとめにしただけだ。
小屋の中には囲炉裏があるため、そこでお湯を沸かして麦茶を煮出していく。
お茶を用意すると言った時からシペアとスーリアは囲炉裏の周りに集まり、麦茶が出来上がるのを眺めている。

「香ばしい匂いだな。何てお茶だ?」
「麦茶だ。茶葉を使ってないから人によってはお茶とは呼ばないかもしれないが、大麦で作れるから安くて手軽で重宝してる」
「へぇー、大麦からお茶って作れるんだね。私、お茶なんて教会でちょっとだけ飲ませてもらったぐらいだよ」

この世界では茶葉を使う紅茶は存在するが、意外と値が張るものであるため、そうガバガバ飲めるものではない。
最低ランクの茶葉を片手で掬い上げた分だけで、大人の男が丸一日働いて稼いだ賃金で足りるかどうかという価値がある。
それに引き換え、大麦は製粉する前のものであれば、同じ金額で一般的な穀物用の麻袋一つ分は買えてしまう。

味わいは異なるが、お茶を楽しむということをこれほど安価で出来る麦茶は、異世界に来てもなお庶民の味方と称えても差支えはないだろう。

やや濃いめに煮出したものに水を加えて濃度を温度を調整し、カップに注いだものをシペアとスーリアに差し出す。
それを受け取った二人は、立ち上る湯気と共に鼻をくすぐる香ばしさに深く息を吸い込むと、啜るようにして飲みだした。
「…あぁ~、温まる~」
「うん、温かいねぇ。私の知ってるお茶とは味も風味も違うけど、こっちの方が爽やかな感じがして好きかも」

麦茶初体験の二人もこの様子を見ると満足してくれているようなので、出した側としても嬉しい。
自分の分とパーラの分もカップに分け、未だテーブルの上で筆を握っているパーラに声をかける。
「パーラ、お茶が入ったぞ。ちょっと休んで一緒に飲まないか?」
「んー…もうちょっとで終わるから、お茶だけこっちに頂戴」

そう言ってこちらを見ることなく筆を握る手とは逆の手を差し出すパーラ。
ただその手はテーブルの傍に浮かぶ召喚陣を突き抜けて伸ばされている。
ずぼらなその手に思うところはあるが、集中しているのなら邪魔をする事も無いかと思い、パーラの手にカップを持たせる。

カップの存在を手で感じパーラがその手を召喚陣越しに自分へと向かって引き戻すと、異変が起きた。
物質的な手応えのない召喚陣は、そのままパーラの腕を透過させ、カップも一緒に付いていくかと思ったのだが、なんとカップは召喚陣を通り過ぎると、まるで初めから存在していなかったかのようにパーラの手から消えてしまった。

「……あれ?アンディ、カップは?私、持ってなかったっけ?」
「いや、確かにお前は持ってたよ。そんで、そのままテーブルの方に引き戻したとこまでは見た」
パーラの腕は変わらずそこにあるのに、寸前まで持っていたはずのカップだけが無くなっている。
「もしかして、召喚陣に「きゃぁぁぁああっ!なにこれ!?やだやだやだっ」スーリア!?」

召喚陣にカップが飲み込まれたとしか思えない現象が起きた次の瞬間、突然スーリアが錯乱したような声を上げてうずくまってしまった。
「おい、スーリア!どうした!しっかりしろ!おい!」
一番近くにいたシペアがスーリアの肩を抱いて声をかけるが、肩と一緒に上げられたスーリアの顔は、まるで焦点があっておらず、微かに唇を震わせているだけでこちらの声が聞こえている様子はない。

「シペア!とりあえずこっちに!」
囲炉裏の傍に土魔術で簡易のベッドを作り、そこにマントを敷いてスーリアを横にさせる。
体の震えが収まらないのか、自らをかき抱くようにしているスーリアに、正直どうするか手立てが思いつかない。

とりあえず、同じ女性であるパーラがスーリアの傍につき、俺とスーリアは囲炉裏の火を絶やさないようにしている。
明らかにスーリアに異変が起きたのは、あの召喚陣にカップが飲み込まれてからだ。
なんとなくそれが原因だとは思っているが、明らかな外傷がない以上、治療のしようもない。

段々時間が経つにつれ、落ち着きだしたスーリアはパーラの呼びかけに答えを返すようになってきたので、もう少ししたら何があったのかを本人に聞いてみよう。
ただ、スーリアが衰弱している可能性もあるので、体調を見て日を改めるということも選択肢に入れておく。
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 大貴族の次男として生まれたノエルは、生後八か月で誘拐されて、凶悪な魔物が跋扈する死の山に捨てられてしまった。  だが、ノエルには前世の記憶がある。それに優れた魔法の才能も。  神獣の猫シルヴァに拾われたノエルは、親を亡くした赤ちゃんの聖獣犬と一緒に、神獣のお乳を飲んで大きくなる。  たくましく育ったノエルはでかい赤ちゃん犬と一緒に、元気に楽しく暮らしていくのだった。  一方、ノエルの生存を信じている両親はノエルを救出するために様々な手段を講じていくのだった。 ※ネオページ、カクヨムにも掲載しています

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