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召喚魔術を持つ少女

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昼食を済まし、ディケットの街を色々と見て回っている内に時間も随分経ち、だいぶ日が傾き始めた頃になって俺達は学園へと向かうことにした。
夕方に開放される学園の門を目指してか、俺達以外にも馬車や徒歩で向かう人が意外と多いことに気づく。

学園には学生寮が備わっているが、中にはディケットの街に家を借りている貴族や金持ちの子息もいるそうで、今の時間から学園へと向かう人の目的は送迎であることが多い。
俺達はその中に混じって学園へと向かい、門の前へとたどり着く。

先程来た時は閉じられていた門が、今は完全に開かれており、授業が終わった生徒達が街へと繰り出す姿が見られる。
放課後の学生の顔というのは異世界でも似たようなもので、授業から解放された嬉しさを顔に滲ませながら数人で連れ立って歩く姿は俺にとっては見慣れたものとそうかけ離れたものではない。

バイクで学園に来る俺達の姿はやはりそれなりに目立つようで、生徒や迎えに来た人達からの注目を浴びつつ、目当ての人物の姿を探す。
すると、門柱にもたれかかるようにして空を見上げている男の横顔に、知り合いの面影を見つけた。
周りにいる生徒達と同様、仕立ての上等な小豆色のマントを身に纏っていることから、学園の生徒であることは間違いない。

「…なぁパーラ。もしかしてあそこに立ってるのってシペアか?」
横顔の漢字は確かにシペアなのだが、髪型がまず違うし、なによりも身長が俺の知るものよりも大分高い。
成長期だとして、ここまで背が伸びるのはまぁありえないことではないが、そもそも他人だったという可能性もあり得るため、一応パーラにも確認してもらう。

「んー…?あ、そうだよ。あれシペアじゃん。おーい、シーペーアー!」
目を凝らしてその姿を追ったパーラがシペアと認め、天下の往来で他人の迷惑も考えずに大声で呼びかける。
その声に反応して周りの視線も集まるが、同時にシペアと思しき人物もこちらを確認し、俺達を見つけたその顔は笑顔に変わって手を振ってきた。

どうやら本人だと断定してもいいようで、俺達はバイクを門柱へと向けて走らせる。
近付くにつれ、ますますその顔はシペアそのものと分かってきて、唯一背の高さだけが俺達との別れからの時間の流れを感じさせた。

「よう、久しぶりだな、アンディ、パーラ。つーかパーラよ、あんまり人のいるところで大声上げんなって。恥ずかしいだろ」
「ごめんごめん。なんかシペアの姿を見つけたらついつい声が出ちゃってさ」
「まぁ俺達もシペアとは久しぶりに会うんだ。パーラほどじゃないが、俺も少し舞い上がってたところはあったよ」
流石にパーラみたいに大声を出すほどではないが、俺自身もシペアとの再会は楽しみにしていたので、一応弁解はさせてもらう。

「それを言われたらもうこれ以上なんも言えねーよ。…とにかく、場所を変えて話でもしようぜ。そっちも色々とあっただろうし、こっちも話したいことは一杯あるしな」
「だな。どうも目立ってるようだし」
パーラが大声を上げたせいか、俺達を見る好奇の視線はかなり多い。

この場で話をし続けるには人の目が気なりすぎるため、シペアの案に乗って移動することにした。
サイドカーにはパーラが乗っているため、俺の後ろにシペアを乗せると、その場でバイクを転回し、逃げ出すようにして学園前から走り去った。

「おー!バイクに乗るのは随分久しぶりだけど、やっぱりいいなぁ。風が気持ちいい!」
最後に乗ったのは確かベスネー村に家畜動物を運んだ時だったか。
たしか2年ほど前のことなので、そう考えるとこの興奮具合も仕方ない。

街中ということもあってあまり速度は出してはいないが、それでもバイクで感じられる風の手応えは馬などとはまた格別なもので、短い間ではあったがシペアも楽しんでくれていた。
バイクが向かったのはシペアを始め、学園の人間が時々利用するという食堂で、今も学生の姿がチラホラと見られるぐらいには賑わっている。
白を基調とした店内は清潔感が感じられ、店員の雰囲気も前世のファミレスの感じにかなり近い。

店の中に入り、テーブルを一つ占拠した俺達は適当に飲み物と軽くつまめるものを注文し、再会を喜ぶ言葉をもう一度交し合った。
まずは俺達の近況をシペアに話し、次にシペアがこれまで送ってきた学園生活についての話を聞いた。

「…とまぁ、色々と学ぶことは多くて退屈はしないんだけど、窮屈なんだよなぁ。どこ行くのにもこのマントは着てかなくちゃならないんだぜ?」
「いや、それでも制服じゃなくてマントだけの着用義務なら大した手間じゃないだろ」
学園に通う生徒は基本的に服装は各自自由で、学園から支給されるマントさえ身につけていればいいそうだ。
ただし、学園にいる間はもちろん、街に出る際も常にマントは着けていなくてはならないという校則があるため、人によっては煩わしさを覚えるのかもしれない。

「まぁそうなんだけどよ、意外とマントの下に着る服にも気を遣うんだぜ?あんまりみすぼらしいのだとバカにされるし、かといって派手なのだと上級生に目を付けられちまうし」
俺は学生時代、中高通して学ランだったから私服登校というのに憧れていたが、当事者ともいえるシペアの話を聞くに、私服登校もそれはそれで悩みが深いものだと思わされた。

若干愚痴めいた方向に話が進んだが、流石に再会の場で愚痴ばかりというのもよろしくないと思い、シペアがお茶を飲むのに合わせて俺の方から話の方向転換を図ってみる。
「そう言えばさ、俺達ギルドでこんなの見つけたんだけど、これってお前のだろ?」
懐から取り出した依頼を受諾した旨が書かれた紙をシペアの前に置く。

「おぉ、これな。そうなんだよ。もうじき学園ででかい行事が―って、これ持ってるってことはお前らが依頼を受けてくれたのか?」
「そうだよ。私とアンディで昼にギルドに行って、シペアの名前を見つけたから手伝おうかーってなったんだ」
テーブルに身を乗り出すようにして尋ねるシペアに、テーブルの上にあった食べ物を粗方片付けたパーラが答える。

「いやぁ助かる!実はこの依頼って張り出してからもう随分経つんだけど、誰も受けてくれなくてな。まぁ報酬がいまいちだから仕方ないとは思うんだけど、俺も出せるのはこれぐらいが限界だからさ。…一応聞くが、報酬はちゃんと理解してるよな?」
「問題ないって。俺達はお前の助けになればと思って依頼を受けたんだ。報酬は気にしないよ」
そう、友人だから今回の依頼は受ける気になったわけで、そうでなければ拘束期間の読めない依頼を銀貨4枚程度の報酬で受けることはない。

「報酬は別に気にしないけどさ、その学園の行事ってのの具体的な話を聞かせてよ。私ら冒険者は事前にどれだけ情報を与えられるかが大事なんだから」
「もちろんだ。じゃあ何から教えようか…あぁ、そうだそうだ。まず日程からなんだが―」

シペアの話をまとめると、件の行事の名称が『遠隔地特別学習』というもので、教師と生徒たちの間では略して『|遠学(えんがく)』と呼ばれているそうだ。
学園を離れ、およそ三日ほどかけて移動した先で、三泊四日のキャンプを行う。

実際に遠学が行われる日付は未定だが、例年は雪が解けた春先頃になることが多いため、雪解けを境に準備を行うのが学生達の風物詩となっているらしい。
学生達に決行日が告げられるのは大体一週間ほど前になるので、俺達もその辺りにはシペアから伝えられることになるだろう。

この遠学は学園に入学して二年目、つまり二年生を対象として行われる。
シペアは一年空けての入学だったので、今年で二年生になっているそうだ。
同行するのは学園の教師達と、上級生の中で特に戦闘能力に秀でた生徒に、学園側が護衛として雇った傭兵を合わせて30人ほどだが、二年生は全部で150人ほどいるらしく、護衛の人数が心許ないと感じるのは俺だけだろうか。

移動は学園が用意した馬車か、生徒が自分で用意した移動手段による長距離移動となる。
学園が用意した馬車に乗る場合、大抵はギュウギュウ詰めになる上に、荷物も馬車の積載量を乗員で割った分しか持ち込めないため、ほとんどの生徒は数人で金を出し合って自分達で馬車を用意する事が多い。

「なら今回はバイクに荷車を連結して馬車代わりにしよう。俺のバイクはそれぐらい曳ける力はあるからな。なんだったら学園の友達も何人か乗せてもいいぞ」
「それは助かるな。俺も一人、一緒に連れていきたい奴がいるんだ」
友人の存在を匂わせる言葉を聞けて、どうやら孤独な学園生活を送ってはいないようで安心した。

今度の依頼では学園の人間が多く同行するため、目立つ飛空艇はやめて、久々にバイクでの旅となる。
飛空艇での旅に比べて不便もあるだろうが、あまり派手な移動手段を見せつけてしまっては、今後のシペアの学園での生活が騒がしくなると考えての判断だ。

「へぇ、学園で友達が出来たんだ。シペアってちょっと大雑把なとこあるからね。友達が出来てお姉さんは嬉しいよ」
急に年上風を吹かしだしたパーラに、シペアが少しだけムッとした顔をする。
「誰がお姉さんだ。あと大雑把じゃねぇ。細かい事を気にしないだけだ」
人はそれを大雑把と呼ぶ。

「…丁度いいな。アンディ、今言った知り合いに関してなんだが、少し相談に乗ってもらえないか?なるべく早く時間を作ってさ」
「まぁ俺達は特に用事はないから明日でもいいけど。その知り合いに関する相談ってのはどんなものなんだ?」
「それは本人を交えて話すよ。…そうだな、四日後に休みがあるんだが、その日の午前中にこの店で合流するってのはどうだ?」
一応パーラにも目線で確認を取り、了承の頷きを貰えたので、シペアの提案に同意しておいた。

その後、夕食の時間となったのでシペアが学園へと帰るのに合わせて解散となり、俺達も街の門が閉まる前に急いで街を出ることにした。
ちなみに学園は夕食後には門が閉まってしまうため、遅れた人間は次の日に門が開くまで学園にはどうやっても入ることはできない。

ほとんどの学生が寮住まいであるため、ディケットの街の出身者以外は街の宿屋などに泊まるのだが、朝から教師による説教を避けるため、夕食時には門限に追われて学生の姿は街から消えるのだとか。

慌ただしく学園へと向かう学生の波に逆らうようにして街を出て、飛空艇へとたどり着いたときはすっかり夜も更けてしまっていた。
飛空艇に帰ってきた俺達は、シペアと約束した日までどう過ごすかを話し合いながら一日の終わりを迎えた。







四日後、色々とディケットの街を満喫しながら迎えたシペアとの約束の日。
待ち合わせの食堂に少し早く行って朝食でも摂って待とうと思っていた俺達だったが、着いてみると既にシペア達が先に来ていた事を知る。

店に現れた俺達の存在に真っ先に気付いたシペアが呼ぶのに誘われた先のテーブルでは、座っているシペアの隣に一人の女の子を見つける。
学園指定のマントを身に着けていることからシペアと同じ学生なのだとはわかるが、俯いているため顔を見ることができない。

若干ウェーブがかった銀髪は背中まで垂れており、髪の毛から飛び出すようにして見えるとがった耳の長さから、ハーフエルフではないかと推測する。
どこかオドオドとした雰囲気を感じさせ、時折俺達を見上げては目が合うたびに急いで下へと視線を逸らすのが気にはなったが、まずは挨拶代わりに待ち合わせの場所に後から来た人間が使う定型句を口にする。

「悪い、待たせたか?」
「いや、俺達もついさっき来たばかりだ」
すると案の定というべきか、シペアもまた同じく定型句を返す。
この辺りは世界が違っても共通するものがあるようだ。

テーブルに着き、朝食がまだだった俺達は適当に食事を注文する。
シペア達にも朝食を誘ってみたが、寮住まいの二人は学園で済ましてきていたので、俺とパーラの二人分だけだ。

料理が届く間に、目の前にいる初対面の女子学生を紹介してもらうことになった。
「悪い。こいつちょっと人見知りの気があってさ、俺に紹介させてくれ。こいつの名前はスーリア。俺と同じ魔術学科の2年生で、こんどの遠学で一緒に組むことにした相手だ」
シペアの言葉に合わせて、ようやく俺達と目を合わせたスーリアが軽く会釈はしたが、すぐに再び下を向いてしまった。
これは紛うことなき人見知りだな。

どう接したらいいか少し悩んでしまった隙に、パーラがまず自己紹介を始めた。
「じゃあ次は私達の番だね。私はパーラ。風を使う魔術師で冒険者をやってるよ。よろしく!スーリアって呼んでいい?」
「え…あ、はい。いいです、はい。…あの、よろしく、です。パーラさん」
「パーラでいいよ。同い年なんだから、気軽に話そう?」
「あ…うん、よろしくねパーラ…ちゃん。えへへ」

同じ女同士ということもあって、ズンズンと距離を詰めていくパーラに、スーリアも一度は引っ込みはしたが、すぐに打ち解け合ったのはパーラの人徳だろうか。
俺の紹介がされずに、ガールズトークが展開してしまったのは少し寂しいのだが、まぁ初対面同士で盛り上がっている話に水を差すのは野暮というものだし、落ち着くのを待つことにしよう。

女同士、話が尽きることはないのか、食事が届いてもまだ話し続けるパーラを珍しく思いながら、皿をつついていた俺にシペアがそっと小声で話しかけてくる。
「いやぁパーラがいて助かった。スーリアはあんな感じだから学園でも友達らしい友達もあんまり見なくてさ。ちょっと気がかりだったんだ。でも、あんな楽しそうにしてるスーリアは初めて見る。今日、お前らと会わせてみてよかったよ」
人見知りの人間というのは、えてして友達を作るのに大事なファーストコンタクトを行えないことがままある。
そういう点では、人格形成において大事な時期である学生の時分に友達を作れないことは辛いことだろう。

「見たところ性格的なもんだから俺がどうこう言うことじゃないが、あんなんじゃ学園生活も辛いんじゃないか?」
「まぁな。ただ、スーリアの場合、性格以外にもちょっと問題を抱えててな。今日はそのことについてお前に相談するつもりだったんだ」
「問題ねぇ…。んじゃその相談ってのを聞かせてもらおうじゃないの」
友人の友人が困ってて俺が助けになるのならやれることはしてやりたいが、俺も万能な人間じゃない。
一応相談には乗ってみるが、無理なら無理とはっきり言ってやるのが情けってもんだ。

「えー何から話したもんか…。スーリアが俺と同じ魔術学科に在籍してるってのはさっき話したよな。魔術学科ってのはそもそも魔術を効率的に運用する理論ってのを基本にして授業が進むんだけど、大体季節毎に成果発表ってのがあるんだ」
現代日本で言う期末試験的なものか。

「その時に筆記試験と実技試験の二つを行うんだが、どちらか一方が及第点に達していないと判断されると、その生徒は進級できなくなる」
「あぁ…なんとなくわかってきた。及第点に届かない、つまり落第が何回かあると、その生徒は退学になるとかなんだろ?そんで、その試験を通過するのに何かしらの問題がスーリアにあって、それについて相談したいのが今日の場だった。違ってるか?」
「お、おぉそうそう、そうなんだよ!流石アンディ」
流石も何も、俺に相談があると言って留年のシステムを説明し始めたら、この場に新しく加わったスーリアの存在からそう推理するのは難しくない。

「まぁ相談の中身については大凡わかった。けどよ、そういうのって学園の教師に頼むもんなんじゃないか?正直、俺は教師役なんて……まぁやれないことはないが、あんまり適してるとは思ってないぞ?」
ふとソーマルガでのタブレット教室でのことが思い浮かんだが、あれはあくまでも俺以外にタブレットの使い方を教える人材がいなかったせいであって、学園に通う生徒に指南をするのとはまた別だ。
適材適所、餅は餅屋、学生は教師が教え導くもんだろう。

「普通ならそうなんだがな。スーリアの場合はちょっと話が違うんだ。アンディ、『固有魔術』って知ってるか?」
「固有魔術ねぇ…聞いたことはあるけど。…おい、まさかスーリアが?」
「そのまさかだよ」
やや声を潜めたシペアの口から飛び出したのは、普通ではまず耳にすることのない単語だった。

魔術というのは基本的に火水土風のいずれかに属性を持っているもので、世にいう魔術師とはこの四属性による魔術を扱うものを指す。
しかし、これら通常の魔術とは別に、四属性のいずれにも属さない魔術も存在した。
それがシペアの言う固有魔術だ。

この法則だと俺の使う雷魔術ももしかしたらこの固有魔術に分類されるかもしれないが、固有魔術の使い手は普通の属性の魔術を一切使えないはずなので、土と水が扱える以上その線はなく、雷魔術はまだ未発見の属性にすぎないと俺は睨んでいる。

固有魔術は希少性、特異性においては通常の魔術とは一線を画すもので、おとぎ話に出てくる強大な力を持った魔術師なんかは大体この固有魔術の使い手だったりする。
伝承の類なので信憑性は微妙なところだが、一説によるとたった一人で万の軍隊を退けたり、腕の一振りで天候を変えたとも言われている。

普通の人間に比べて数の少ない魔術師の中でさらに数の少ない固有魔術の使い手は、ただそうだというだけで貴族並みの厚遇で保護されると聞く。
俺もこの世界で色んな人と出会ったが、固有魔術の使い手というのはこれまでお目にかかったことはなかった。
まさか友人に会いに来た先で出会うとは想像できただろうか、いやない。

「まさかスーリアがそうだとはな。それで、スーリアの魔術ってのはどんなのだ?」
固有魔術はほとんど一点ものの魔術と言っていいもので、同じ時代に同種の固有魔術の使い手が現れることはないと言われている。
正直、特異な魔術である固有魔術を見たことがない身としては、スーリアの使う魔術に興味を禁じ得ない。

「あの…」
先程までパーラと和気藹々と話し込んでいたスーリアが、おずおずとした態度ながら俺としペアの会話に割り込むようにして話しかけてきた。

「そこからは私がお話します。…私の事だし、シペア君にばっかり任せるのも悪いですし…」
どこか意を決したかのような口ぶりのスーリアに、話の深刻さの気配を感じながらも、黙って話の先を促す。
「シペア君が話した通り、私は固有魔術の使い手です。けど、種別は召喚魔術というものだそうで、そもそも何を召喚するのかわからない状態なんです」
話しているうちに徐々に顔が曇りだしたスーリアを見るに、恐らく自分の固有魔術に関する何かで長い事悩んでいたのだろう。

話の途中だが、俺の隣からスイっと手が上がったのに気付く。
パーラが何か聞きたいらしい。
「はい、質問。その固有魔術が召喚魔術だってのはどうやって知ったの?だって何を召喚するのかわからないんでしょ?」
言われてみればそうだ。

俺達普通の魔術師は感覚的にどの属性に干渉できるかを理解したし、そうでなくても普通は日常生活で触れる機会のある四属性のどれかに魔力との親和性を感じて魔術の目覚めを感じ取るらしい。
しかしそうなると、固有魔術は一体どうやって判断するのか、パーラの疑問はもっともだと俺にも思わせた。

「あぁ、それはね、ペルケティアでは七つになる子供は教会に行って祝福を授けてもらうんだけど、そこで魔術師の素養があるかも調べられるの。私もそれで魔術師になれる才能があるのが判って、その後詳しく調べてもらったらこれが出来るってなって」

そう言ってテーブルの上に置かれたスーリアの掌に俺達が注目すると、突然その掌から少し浮くように複雑な幾何学模様を内包した円、いわゆる魔方陣のようなものが浮かび上がった。
まるで平面に書かれた模様が立体映像として投影されたような感じだ。
丁度蓮の花を上から見たようなその陣は、ただの模様としてみても芸術的な美しさを感じる。

「わー綺麗…」
「へぇ、すごいな」
スーリアとシペアは見慣れているのか反応はないが、初見である俺とパーラはその魔方陣に釘付けだ。

「これが召喚魔術の証、召喚陣だって司祭様が教えてくれたの」
恐らく魔術の基本である魔力の操作を教えてもらった際に魔方陣が現れたりでもしたのだろう。
「でも、ここから先には進めなかった。魔術を指南してくださった教会の方には誰も召喚魔術を詳しく知ってる人はいなくて、ずっと使い道の分からないまま…。ある時、学園に行けば固有魔術を研究している教授もいるかもしれないって司祭様に聞きました」
それで学園に来た…いや、固有魔術の使い手なら好待遇での誘いもあるか。

ふっと煙のように消えた魔方陣は、スーリアが魔力の供給を絶った結果だろう。
その場の視線がスーリアに戻り、話の続きを待つ。
「召喚魔術に詳しい人は学園にいなかったけど、固有魔術に関する文献は学園の蔵書室にあったんです。それを読んで何とか自分なりに勉強してみても、召喚魔術に関する記述はほとんどなくて…」
「俺は学園に入ってからちょいちょい蔵書室に行ってたんだけど、そこでいっつも見かける女の子の姿が気になって声をかけたのが、このスーリアだったんだ。なんせ、いっつも泣きそうな顔して本を見てたからな」

「うそだぁ!私、そんな泣きそうな顔してなかったよ」
「してたしてた。もういつ泣き出すのか心配で何度も様子を見たぐらいだ」
多分、スーリアは自分の魔術を解明するのに必死だったはずだ。
なにせ固有魔術の使い手自体数が少ない上に、その中で召喚魔術をピンポイントで研究している人間などまずいない。
そのため、自分の力だけで文献を読み漁って召喚魔術を学ぶ必要があり、その作業は一体どれほど大変だったか、真に俺達が理解することはできない。

恐らく、学園の教師が怠慢だったわけでもないはずだ。
一般的な魔術であれば教えようもあろうが、固有魔術となれば勝手が違う。
固有魔術はあまりにも多岐にわたる種類が存在しているため、教育方法もまた個人ごとに考える必要があったのではないか?
まず最初の一年で基礎的な魔術の理論でも覚えさせ、その間にスーリアへの教育の方向性を考えているという可能性もある。

先程話に出てきた実技試験というのも、字面から察するに教師の前で魔術の習熟度を実演するとかなのだろう。
普通の魔術師なら詠唱を行い、魔術を発動させて威力の一つでも見せれば試験は通過できるが、固有魔術の使い手で尚且つ使い方も知らないスーリアはそもそも試験のスタートラインに立つこともできなかったはずだ。

希少な魔術の使い手であれば、事情を鑑みて実技試験は免除して筆記試験だけで成績を見ることもあり得る。
だが、この二人はどうもその先を求めているのではないだろうか。
恐らくスーリアはそういう特別扱いされるのにストレスと感じているのかもしれない。

他の生徒は実技試験で成果を示せるのに、自分だけは筆記だけで評価されるというのが劣等感を植え付けているというのも分からないでもない。
魔術学科に属する以上、彼女自身も魔術をその手で使いたいという欲求は秘められるものではなく、ただ召喚陣を生み出すだけの魔術で終わらせたくないと思っているはずだ。

「で、だ。そんなスーリアに俺が話しかけて、色々と聞いているうちに、同じ学科の誼で何とかできないかって思ってな。色々と悩んでたある日にお前らが来たんだ。俺が知る中で最も優れた魔術師であるアンディなら、もしかしたら何とかしてくれるんじゃないかって考えて、こうして話してみたってわけ」

シペアの俺に対する評価を聞き、背中が痒くなる思いだったが、向けられる目は真剣そのもので、それだけスーリアのことを案じているという証なのだと思えた。

スーリアは召喚魔術の使い方を詳しく知りたいと思っていて、それをシペアが手助けしたいが、やり方が分からないで困っていた。
そこに訪れた俺達へと助けを求めて来たわけだが、果たしてその期待に応えられるかというのが問題だ。

自分が使う魔術の研究は日々しているつもりだが、別に専門の研究者というわけでもない俺に、固有魔術の使い方を考えるというのはいささか荷が重い。
これからのスーリアの人生を考えるなら、時間はかかっても自分なりに魔術の使い方を覚えるか、あるいは学識のある人間を見つけでもしたほうがいい気がしている。

とはいえ、シペアと並んでこちらを見るスーリアの縋るような目を見てしまうと、突っぱねる気は失せてしまう。
知り合ってまださほど時間は長くないが、シペアとの親密さは十分に分かったし、パーラとはもうすっかり仲良くなっている。
単純かもしれないが、友達の友達はまた友達ということで手助けしたいと思えるのは人の情だとは言えないだろうか?

「スーリアにはお前の魔術の腕は話してあるんだ。俺の魔術の師匠だってこともな。スーリアもお前を頼ることは了解してくれている。その上でお前以上に頼りになる魔術師が思い浮かばなかった。だから頼む、力を貸してくれ」
こうして俺に頼むまでに、シペアとスーリアも自分達でやれることはやったはずだ。
腕利きの魔術師を頼ることも考えたこともあっただろう。

最後の砦というわけではないが、俺ならあるいはという考えを抱いたシペアの期待に応えてやりたいところだ。
何故かパーラも一緒になって悲壮な目で俺を見つめてきて、3人による視線での懇願が突き刺さるようだ。

「わかった。どこまでやれるかわからないけど、やれるだけやってみよう」
別に根負けしたわけではなく、普通にシペアの頼みを受けるつもりだったのだが、何故か小さく沸いたテーブルの上で俺以外の3人が顔を見合わせて笑い合っている。

上手くいけばスーリアが召喚魔術を使えるようになるかもしれないが、全く進展がないまま終わる可能性もある。
むしろその方が確率は高いのではないかと思っているぐらいだ。
そんな不安が俺の中にはあるが、今喜びあっているこいつらにそれを告げるのは少々無粋な気がする。
とはいえ、俺自身固有魔術がどういうのもかを感じる機会ではあるので、それなりに楽しみであった。

ただその前に、一つだけスーリアに頼んでおくことがある。
「スーリア、お前に召喚魔術の使い方を覚えるのを手伝う代わりに、俺からもお前に頼むことがある」
「は、はい!なんでしょう?アンディさん」
頼みがあることを告げると、緊張で体を強張らせて俺を見るが、別に何か対価を貰おうというわけではない。

「その口調だ。シペアの友達なら俺の友達でもあるんだ。堅苦しい言葉遣いは無しにしようや。さん付けも無しだ。アンディって呼んでくれ」
先程からシペアとパーラとは普通に話をするのに、俺には丁寧な口調で話しかけてくる。
年も近いはずの相手にいつまでもそんな話し方をされてはこちらも気を使ってしまう。
なにより、他の二人は友達的な仲なのに、俺だけ距離を感じるのは少しだけ寂しいというのもちょっとだけある。

これからは友達として付き合うのだから、口調もそれに合わせて気安くしてもらいたい。
「は、はい。わかりま…わかったよ、アンディ」
「よし」
感じていた心理的な距離感もこれで大分詰まったようで、先程よりも明らかにスーリアの肩から力が抜けていた。
結果がどうなるかは別にして、スーリアとも付き合いは続けたいと思っているので、こういう関係でいい。

改めて関係を整理したところで、まずはスーリアに色々と聞いていこう。
シペアにも聞きたいことはあるが、まずは当事者からの聞き取りを優先したい。
叶うことなら、俺の手に負える程度の問題であることを祈ろう。
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