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ギルドでの諍いってのはこういうのでいいんだよ

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パーラをマースのところに降ろした足でそのままギルドへと向かい、顔見知りの冒険者と挨拶なども交わしつつ、掲示板を見てみる。
丁度秋を迎えたスニルでは食料調達のための狩猟系と採取系の依頼が多いようで、乱雑に張られている大量の依頼票を見てみると、近場のものから遠くは一日で往復できそうにないものまでバラエティに富んだ依頼のオンパレードだ。

色々とあったおかげで今の俺達はさほど金に困ってはいないが、それでも冒険者の義務として定期的に依頼をこなす必要があるため、いくつかピックアップしてパーラと相談してみようかと。

そんな風に掲示板を見ていると、不意に誰かが背後に立つ気配に気付く。
「おい、ガキ」
今現在、掲示板前は丁度俺しかいないため、このガキというのは俺を指すものだとして、不機嫌そうな声に聞き覚えのない身としてはとりあえず正体を確認したい。

振り向いた先にいたのはやはり見覚えのない二人の男だった。
どちらも年齢的には俺より少し上ぐらいかと思うが、何故かニヤニヤとこちらを見ている姿にはあまりいい印象を覚えない。
身に着けている装備から二人とも前衛職だということは分かるが、どれも使い込まれた様子のないことから、あまり戦闘経験が豊富ではないと判断する。

「…俺に何か用でしょうか?」
彼らがこちらへ向ける感情は友好的だとはとても言えず、若干の警戒感と面倒臭さを覚えながら、一応用の有無を聞いてみる。

「用も何も…お前みたいなガキが一丁前に依頼を見てるのが面白くてな。ちょっと声かけてみたんだよ」
「そうそう。見たところまだ駆け出しだろ?他に仲間もいねーようだし、一人で依頼を受けるのは心細いんじゃないか?丁度俺達も暇だったんし、ちょっくら手伝ってやるよ。まぁ、その代わり報酬から少しばかり手間賃をもらうがな」
なるほど、最初の言葉だけなら親切な冒険者だと言えなくもないが、その後の言葉が彼らの悪辣な狙いを気付かせる。
見た目から想像できる程度に軽薄な雰囲気の男達に、呆れとともに若干の怒りも沸いてきた。

この手の輩のやり口は簡単に想像できる。
恐らく駆け出しの冒険者である俺を囮にでも使って討伐依頼を達成するか、あるいは荷物持ちにでもして分け前をはねて使い潰すとか考えているのだろう。
実際、駆け出しの冒険者でそういった被害にあうケースは意外と多く、ギルド側も警戒はしているが完全には防げていないらしい。

今目の前にいる奴らに対して思いつく処置としては、このまま窓口に駆け込んでこいつらの企みをバラすか、俺のギルドカードを見せて白級であることを教えて立ち去ってもらうかの二つだ。

前者はとぼけられたら物証もないことなので証明するのに時間がかかるし、後者は俺にかかるはずだった被害が先延ばしで誰かに向かうことになるだけだ。
ダラダラとこの場で話を続けて時間を稼ぎ、他の冒険者からの助けを求めるというのも一つの手だが、多分その前に俺を外へと連れ出してゆっくりと脅しつけようとするに違いない。
なので、ここでの解決策は―

「いえ、俺は一人でも十分やれますから結構です。それに、今の時期の依頼を受けるにはあなた方では力不足でしょう。怪我をしないように鍛えなおした方がよろしいのでは?」
「言うじゃねぇかガキ。俺らが弱いかどうかお前の体に教え込んでやろうか?」
「俺らはな、村じゃあ誰にも負けたことねーんだよ。テメェみてぇなガキなんざ一瞬でズタボロにしちまえるんだぜ」
わざと挑発気味に言うと、彼らもよほど沸点が低いようで、あっさりと怒りを露わにしてくれた。

こういう風に煽ると、この手の連中はすぐに自分達がいかに強いかを口にする。
本当はもう少し手順を踏む必要があるかと思ったが、聞きたい言葉が彼らの口から出てきたことで次の段階へと進める。

「おや、お二人ともそれほどに強さに自信がおありですか?」
『おうよ!』
少々芝居がかった口調になるが、自分達の強さに自信がある様子の彼らは力強く返事を返してきた。

「なるほどなるほど、村で誰も敵わないと…。はて、妙ですね。俺の目の前には二人の強者がおられるようですが、それでは一体どちらの方がお強いのでしょう?」
「はっはっは!そんなの考えるまでもねぇな!」
「ああ、見りゃあ分かるだろ」
「おお!ではどちらが?」
『俺に決まってるだろ!』

見事に二人そろって同じ言葉を口にしたのを見て、俺は口元に笑みが浮かぶのを堪えられなかった。
幸いその笑みは彼らに気付かれることはなく、お互いが自分こそが強いということを相手に認めさせようと話し始める。
「寝ぼけてんのか?俺とお前じゃあ俺が強いに決まってんだろ。見ろよこの筋肉、斧が無くても拳一発で誰でも倒せるんだぜ」
「そっちこそ頭おかしいんじゃねぇか?こっちは村に出てきた猪ともやりあって勝ってんだぞ。俺の方が強いわ。あと斧なんかくだらねぇ。槍の間合いで突かれたらおしまいじゃねーか」

互いの言葉を噛み締めるかのように暫く睨み合っていた二人の青年だったが、遠くで金属が触れ合う音が鳴った次の瞬間、掴み合いの喧嘩を始めた。
「この野郎!」
「いっでっ!やりやがったな!」
「喧嘩だー誰かー止めてくれー」

ワーワーとただただお互いを痛めつけるだけの殴り合いを始めた二人から距離を取りつつ、ギルド内で喧嘩が起きていることを周囲へと声高に伝える。
若干棒読み気味になってしまったのはご愛敬。
ちなみにゴングのような音は俺がナイフの柄を掲示板の縁に当てて鳴らしたものだ。

騒ぎを聞きつけて現れたギルドの職員が二人を引き離し、どこかへと連れて行くのを見届けてからギルドを後にする。
冒険者同士による決闘以外の私闘は禁止されているため、ギルドの中で喧嘩をしたあの二人には、当分ギルド側から懲罰目的の強制依頼が課せられることだろう。

本当は電撃でとっとと気絶させようかとも思ったのだが、正直、あの手合いはそういう感じで撃退しても懲りるとは思えなかったので、丁度二人いたことだし、双方を矛と盾に見立ててぶつかり合いでお互いを潰し合ってもらおうと考えたわけだ。
名付けて、『その昔、楚の国で盾と矛をひさぐ者あり(中略)応える事能わず』作戦である。
要は韓非子にある矛盾の故事を人間で実践してみただけだ。

我ながら中々にひどいやり方だと思うが、あの時の口ぶりからして少々強めのお灸が必要かと思ってのことだ。
もしやりすぎだと思う方がいましたら、異世界コールセンターまでご連絡を。

ギルドから出た時点で太陽は中天から西へ傾いており、時間的にもちょうどいい頃なので、パーラを迎えに行く。
マースの家に着くと宿の入り口わきにひとまずバイクを停め、中へと入っていく。
入ってすぐのカウンターで宿の女将でマースの母親が俺に気付いて声をかけてきた。

「いらっしゃい!…なんだ、アンディじゃないか。おかえり」
「ただいま戻り―っていやいや、俺はここに泊まらないんですけど」
「わかってるよ。いまのおかえりは街に帰ってきたことにたいするものさ」
「あぁ、そっちのでしたか。ならただいまと返すのはおかしくないですね。ところでパーラはどちらに?そろそろ店に行こうかと思ってるんですけど」

サッと目だけで食堂の様子をうかがうが、パーラの姿はない。
もしかしたらマースの部屋にでもいるのだろうかと思い、女将さんに聞いてみる。
「パーラならさっきマースと一緒に裏へ薪を取りに行ったね。戻ってくるまで待ってなよ」
そう言ってカウンター越しに勧められるままに椅子を使わせてもう。

何か食べるかと聞いてきた女将さんに、この後びっくりアンディに向かうことを告げて丁重に断った。
ただ待つだけで手持ち無沙汰の俺と、何やらカウンターで書き物をしている女将さんとの世間話が始まった。

「そう言えば、避難所は見たかい?」
「ええ、遠くからですが。完全に外壁の内側に取り込まれてましたね」
「なんでも領主様が大浴場を本格的に街の一部にするって決めたらしくてね。ビカード村の人達がいなくなってすぐに、外壁の伸長工事決まったんだってさ」

俺達がいない間に避難所がああいう形になったことを女将さんから教えてもらっていると、カウンターの奥からパーラとマースの話し声が聞こえてきた。
どうやら薪を運び終えてこちらへと向かっているらしい。

「お母さん、薪運び終わったよ。お、アンディじゃない。来てたんだ」
「あ、本当だ」
女将さんの後ろの方から姿を現したマースとパーラが俺の姿に気付いてそう言う。
「ご苦労さん。仕込みは私らでやっとくから、あとは休んでていいよ。パーラちゃんも、手伝ってくれてありがとうね」
「どういたしまして。マースちゃんとお話ししながらだから楽しかったよ」

ネーとパーラとマースが顔を見合わせて言う姿は、本当に仲の良さが伝わってくる。
「パーラ、そろそろローキス達のところに行くぞ。…一応聞くが、ここで飯食ってないよな?」
「あ、もうそんな時間?お腹の方は大丈夫だよ、まだまだ入るから」
つまり食ったわけか。
まあパーラは結構食うほうだから、まだ食べられるというならそうなんだろう。

パーラはマースとまた明日合うことを約束し合い、出口まで出てきたマースの見送りを背にしつつ、俺達は予定通りにローキス達がいるびっくりアンディへとバイクを走らせた。
もうすぐ夕方になるヘスニルは急に人の波が増すもので、通りを走るバイクも少しばかり速度を落としての慎重な移動となる。

懐かしさと共にバイクで行くのにも慣れた道のりを進み、目的地であるびっくりアンディへと到着した。
半年ぶりとなる姿の店の外観は、当然ながらさほど大きな変化はない。

正直、店を任せるとなったのもいきなりだったし、ミルタもローキスもまだまだ子供だ。
周りに助けてもらうように頼んではいたものの、やはり心配する気持ちはあった。
しかし今も俺達の横を冒険者のパーティと思われる集団がハンバーグのことについて語り合いながら店に入っていくのを見て、どうやらしっかりとやれているようだと思わせた。

早速バイクを店の玄関わきに停め、店に入ろうとしたところでパーラに肩を掴まれて止められた。
「ん?なんだよ、入んないのか?」
「いや、ただ入るのもつまんないじゃない?ここは私達の正体を隠して店に入ってさ、食事をしてから『実は私達だったんだよ!』ってのをやろうよ」
つまんないじゃない?とは言うが、別にローキス達との再会に面白さは求めていない。

しかしながら、パーラの言うことにも少しばかり考えるところがある。
「またアホなことを…。けどまぁ、確かに店の繁盛具合を見るのにそのやり方も悪くないか。よし、いいだろう。フードで顔を隠して入ればいいんだな?」
いわゆる覆面調査みたいなものをやるわけだ。
身に着けていたマントの背中からフードを伸ばして被ると、見るからに怪しい人物の完成だ。

「よし、じゃあ入るぞ」
「あ、ちょっと待って。私から入る」
「好きにしろよ」
俺を押しのけるようにして店内へ進むパーラの背中を追い、俺も店の中へと入った。

「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
俺達の入店に気付いたミルタがすぐに駆け付ける。
半年ぶりに見たミルタはほんの少しだけ背が伸びたように思え、どことなく体つきにも女性らしさが増しているように感じた。

「うん、私とアンディの二人だけ」
おいこら。
あっさりと俺の名前を出すんじゃない。

「…アンディ?」
怪しい格好の二人組のうち、一人の名前が自分の知っているものだっただけに、こちらを訝るミルタの目線は鋭いものに変わっている。
完全に俺達の正体を見極めようとする目だ。

「もしかして、パーラちゃん?」
そして、これまたあっさりとパーラの正体を看破された。

「え!なんでわか―あいや、違っ…わないけど」
わたわたと挙動不審になるパーラのせいで、もうバレバレである。
「あ、やっぱりパーラちゃんじゃない。何で顔を隠してるのかわかんないけど、声で分かったよ」
どうやらミルタには顔を隠すだけではダメなようで、声で判別できてしまうならそもそも俺達の企みは成功するはずがなかった。

何とも締まらない結果になったが、すぐにフードを取り払って顔をさらした俺とは違い、渋々といった様子でフードを脱いだパーラはどこか釈然としない心境を顔に出している。
多分パーラ発案の企みが毛筋ほども進行せずに終わったのを不満に思っているのだろうが、そもそもパーラの一言から計画は頓挫したのだから、自業自得とも言える。

「久しぶりだな、ミルタ。店の方はどんな感じだ?」
口をとがらせているパーラを無視し、ミルタに案内されてテーブルの一つに着く。
店の中はランチ時には遅く、ディナーにはまだ早いせいで客もまばらなため、接客の手が空いているミルタは俺達のテーブルに一緒に座ってきた。
「順調だよ。この前まで夏用のメニューで結構繁盛してたし、これからの季節は暖かいのを求めてハンバーグが売れそうだから、今はその前の休み期間みたいなもんだね」

夏用のメニューとして冷やし茶漬けをローキスに伝授していたが、ミルタの口ぶりからするとどうやら夏に出して大成功だったようだ。
これからの季節は寒くなるため、ハンバーグの需要が高まることだろう。
料理屋は季節毎に品を変える努力が必要なので、休む暇などないはずだが、料理を作る側ではないミルタにはそのあたりの悩みがあまりないらしい。

「…そうだ!あのさ、ローキスが新しい料理を試作してるんだけど、ちょっと味見してみない?」
「新しい料理?」
若干ふてくされていたパーラがミルタの言葉に敏感に反応し、新しい料理という言葉に食いつきを見せる。
「うん。前にトッピングで色々と考えてみた時に思いついたんだけど、何回か試作してみてもいまいちでさ。アンディならなんかいい考えが思いつくかなーって思って。どうかな?」

「面白そうだな。俺は一向にかまわん。その試作料理を是非食わせてくれよ」
「私も私も!アンディが気付かないことでも私なら気付くこともあるかもしれないよ!」
椅子に座りながら精一杯伸びをするようにミルタへと存在をアピールするパーラに、笑みをこぼしながらミルタが厨房へと料理を頼みに行く。

この店にあるメニューでハンバーグとハンバーガーはどちらも俺がローキスに作り方を教えたものだが、こうして新しい料理を考え出そうとするのは素直に歓迎だ。
やはり人は新しい物を生み出してこそ進歩を実感できる生き物であるため、こういった新しいものへの挑戦はドンドンとしていって欲しい。

厨房の方で肉を焼く音と匂いがし始めると、途端にパーラがソワソワとし始める。
本当にこいつは食べることに関しては分かりやすい態度をとるやつだな。

新作料理が一体どんなものなのか楽しみにしていると、料理の乗せられた皿を手にしたミルタとローキスがこちらへと歩いてくる。
「アンディ、久しぶり。いきなり来るもんだからびっくりしたよ。でも、確か戻るのは1・2年後になるって言ってたと思うんだけど」
「いやぁ、俺もそのつもりだったんだけどな、色々あって。その辺りのことは店が終わってからゆっくり話すよ。それより、それが新作料理か?」

ローキスが手に持つ皿を俺の前に置き、パーラの前にはミルタの持ってきた皿が置かれる。
匂いと出来上がり自体は普通のハンバーグなのだが、一点だけ変わっている点があった。

「…なんか小さいね。コロコロってしたハンバーグって感じだけど…なんかかわいい」
「でしょう?ローキスはもっと大きくするって言ってたんだけど、私はこれぐらいの方が女性に受けると思ったのよ」
皿を見たパーラが漏らした感想にミルタが黄色い声を上げるのを耳にしつつ、俺も目の前の料理に注目する。

一口大のハンバーグが8個、焼き方といいフォルムといい、サイズ以外はほぼハンバーグそのものだ。
これが新作料理とは、少し拍子抜けだ。
ハンバーグから脱却した料理を期待していただけに、ただ小さくしたというのは工夫が足りないのではないだろうか。

「見た目はただ小さくしただけに見えるけど、僕なりの工夫も加えてあるんだ。まずは食べてみてから感想を聞かせてよ」
俺の顔に浮かんでいた感情を読み取ったのか、ローキスが試食を勧めてくる。
確かに食べもしないで感想を完結させるのはいささか早計か。

ナイフとフォークを手にしてハンバーグへと手を伸ばそうとした瞬間、体面に座っているパーラが突然大声を上げた。
「あっふ!あつっ、熱い!」
俺よりも先にハンバーグを口に入れたパーラがその熱さに驚いたらしく、口に含んでいたハンバーグを皿の上にデロリと吐き出していた。

「パーラちゃん、大丈夫?はい、お茶」
顔を赤くしているパーラは口の中を冷やそうとヒーヒーと空気を吸って吐いてを繰り返し、それを見たミルタが冷えた麦茶を差し出すと、ひったくるようにそれを手にしたパーラが喉を鳴らして一気飲みを始めた。

「あーぁ、パーラってば一口で口に入れちゃったんだね。これ、見た目よりも中が熱くなってるんだよ」
そんなローキスの言葉を聞き、自分の皿にあるハンバーグへとナイフを入れる。
すると中から赤い液体が湯気を立てながら零れだし、鉄板皿へと煙を立てながらその版図を広げ始めた。
その赤い液体の正体を探るべく、ナイフの腹で掬って匂いを嗅ぎ、口へと入れる。

「トマトか…香辛料を利かせた上に煮詰めて粘性を高めてる。このトロみは小麦粉も使ったか。肉だねで包みやすいようにだな」
「正解。流石だね、アンディ」
若干の青臭さと酸味に加え、微かにスパイスが利いた風味に舌の上でドロリと残る感じ、そして赤い色だったことを加味して、この液体はトマトソースを煮詰めて作ったケチャップだと推測する。

つまり、先ほどの一口大のハンバーグはケチャップが中に詰まっていて、それを口の中で噛み締めたパーラは熱々のケチャップが口の中で弾けて大惨事を引き起こしたわけか。
さしずめケチャップ包みハンバーグとでも呼ぼうか。

このケチャップを考え付いたのは素直に褒めたいが、それ以上に驚きなのはハンバーグでソースを包むという発想に至ったことだ。
前世ではハンバーグの中にチーズを包み入れたり、豆腐を混ぜてヘルシーなものだったりというバリエーションがあったのだが、まさか俺の知恵を頼らずにハンバーグの中に何かを包むことを考え付いたローキスは、やはり天才か。

パーラという前例があったおかげで、一口で食べて口を火傷するような馬鹿な真似はせず、注意しながらハンバーグを食べてみるが、この中に詰まっているケチャップが意外とハンバーグの肉汁とマッチしてイケる。
と同時に、欠点も理解した。
要は熱すぎるのだ。

聞けば試作した際にミルタもパーラと同じように口を火傷してしまい、これでは客に出したとしても口内を火傷する人間を量産するだけとなるので、対応策が思いつかないまま未だ試作から抜け出せない状態なのだそうだ。
まさか熱々が売りのハンバーグを事前に冷まして客に出すわけにはいかず、ほとほと困っているとのこと。

「やっぱりトマトソースを入れたのはまずかったかな?」
「そんなことないよ。中に何か入れるのならトマトソースが一番だって話し合って決めたんじゃない」
俺とパーラをそっちのけにして目の前で解決策を話し合う二人は、立派に店を経営する商人の姿だ。
新作料理を作るのに二人で十分に話し合いをしたであろうことも、話の断片から垣間見える。

先程ミルタは俺にアドバイスを求めて試食を勧めてきたので、悩む二人に解決策ぐらいは出してやりたい。
これは一人の友人としてのものなので、当然ながら見返りは求めない。
ただ、一人前の料理人といえるローキスが、果たして俺の助けを欲しがるかというのが問題だ。
しかし、これはただの杞憂に終わる。
ローキスが俺の方を向き、助言を求めてきたからだ。

「やっぱりここはアンディに頼るしかないみたいだ。何かいい方法はないかな?」
苦笑交じりにそういうローキスの顔は、出会った時のような純粋なものだ。
俺に頼ることに何か思うところは無いようで、俺もまだローキスに頼られるということが純粋に嬉しい。

「まぁ、いくつか考えたものはあるな。ただそれを実際の料理にどう組み込むかはローキスの腕にかかってるぞ」
「うん、頑張るよ。それで、どんな考えなの?」
「まず、中に入れるトマトソース、これはケチャップと呼ぼうか。このケチャップ自体は別に変える必要はない。液体の感じが強いから飛び出すのであって―」

テーブルに一緒に着いたローキスと一口ハンバーグの改良案を話し合う。
なんだか随分こうしていなかった気分になるが、普通に半年前はこういう話もしていたのだから、よほど濃い体験をしたということだろうか。
料理のことを話し合う俺達とは違い、パーラとミルタは別の話題で盛り上がっているようで、時折聞こえてくるセレンの名前からパーラがいない間のミルタに起こったことを聞いているらしい。

一応店には客がまだいるので、接客や会計などで時折話は中断されるが、それでも熱心に話を聞くローキスに俺も色々とアドバイスを重ね、気が付くと夕食時を迎えてしまっていた。
外の通りから聞こえてきた仕事終わりと思われる人達の喧騒を合図に、ミルタが飛び跳ねるようにしてお盆へと手を伸ばして口を開く。

「やば!ローキス、夕食のお客さんが来ちゃうよ!早く厨房に行って!」
「わかった!ミルタ、テーブルの上拭いといて!アンディ、悪いけど続きは店が終わってからお願いしていいかな?僕達これから夕食時に備えないといけなくて」
申し訳なさそうに言うローキスだが、テーブルの上に畳んで置いていた前掛けを身に着ける手つきは急いでいるものだ。

「ああ、それはいいけど、夕食時の仕込みは終わってるのか?」
「大丈夫、もう全部済ませてあるよ。じゃあ僕は厨房に行くから、アンディたちは上にでも行ってゆっくりしててよ」
足早に去っていくローキスを見送り、室内のテーブルを片っ端から吹く作業をしているミルタを見て、パーラへと視線を送る。

「なぁパーラ、せっかくだしさ―」
「分かってるって。手伝うってんでしょ。ミルタ達だけ働かせて上でダラダラしてらんないからね。私も手伝うよ」
パーラに向けた俺の目を見るだけで意図をすぐに汲み取る。
やはり相棒というのはこういう点で話が速くて助かる。

早速パーラはミルタの元へ、俺は厨房へと向かい、今日の手伝いを申し出る。
申し訳ないと断ろうとするローキスの声を無視するように、厨房の収納にあった前掛けを身に着け、仕込みの終わった食材をチェックする。

俺達がいなくても店は回せるのだろうが、人手があって困ることはない。
それに今日は再会を祝して色々とやりたいことや話したいこともある。
こうして手伝うことで、店が終わった後の時間も取りやすいというものだ。

店の玄関が開き、ドタドタと急ぐような足音と共に訪れた客が注文を口にし、それに応えたパーラ達が厨房の俺達へと注文の内容とテーブルの番号を告げる。
早速調理に取り掛かると、俺もたった半年離れていただけだというのに、ローキスと連携して作業をするのがひどく懐かしく、また楽しい。

思い返してみると最近は命の危険がある仕事が多かったから、こういう命を脅かされない忙しさというのに飢えていたのかもしれない。
次々と入る注文に応えて料理を作っていると、知らずに笑みを浮かべていたのに気付く。
忙しくも穏やかな日々というのもやはり悪くないものだ。

「アンディ、竈の火加減確認してくれる?」
「分かった。……大丈夫だ、このまま焼きに使えるぞ」
「うん、ありがとう。それじゃあ次は―」

完全に厨房を支配しているローキスの指示は的確で速い。
少し前まで俺がメインで料理を作っていた時とは違い、今では俺がローキスの調理の補佐に回っている。
ローキスに使われているこの感じ、何だか子供の成長を感じるみたいで、少しだけワクワクする。
悪くない、決して悪くないぞ。

あぁ、俺は今穏やかな労働に勤しんでいる!
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