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再び皇都よ、私は帰ってきた

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フィンディの街でコンウェル達と会うことはできなかったが、当初の目的であるパーラと合流したことの報告と、預けていた手紙の処分も人伝ではあるが頼んでおいた。
やることが済んだ俺達は、一夜明けてチコニアと別れ、皇都へと旅立つ。

別れの挨拶にとパーラとチコニアが抱擁を交わし、その流れで俺にもチコニアから抱き疲れたが、何故か隣に立っていたパーラから左脇腹を殴られるという、いわれのない暴力が振るわれた。
今のって俺が殴られるのはおかしくないか?

そりゃあチコニアの胸が当たって内心ウホってなったが、抱きついてきたのはチコニアからだったし、顔は別れを惜しむ少年を装えていたはずだ。
文句の一つでも言ってやりたかったが、パーラによって出発を急き立てられ、チコニアに見送られて飛空艇は飛び立った。

「…さて、それじゃあ俺達だけになったことだし、早速飛空艇を操縦してみるか?」
「いいの?やったー!」
しばらく飛んで、周囲に建造物や高い岩場などがない辺りで、飛空艇を動かしている俺の隣に立つパーラにそう声をかける。
俺達の他に乗員もおらず、派手に操縦ミスをしなければ危険がない場所までこれたので、操縦の練習をさせようとパーラに操縦席を譲る。

嬉しそうに操縦席についたパーラに船の動かし方を教える。
とはいえ、この飛空艇は操縦の補助が十分に機能しているため、姿勢制御も危険があれば警告してくれるし、こちらの操縦の意図を敏感に察知して最適な補助をしてくれるAIのようなものもついているのだ。
よっぽどおかしなことをしない限りは、両手に握る操縦桿だけで航行は賄える。

「右手の操縦桿で船の姿勢、曲がったり船首と船尾の上げ下げができる」
パーラの手に重ねるように操縦桿を握り、ゆっくりと少しだけ進行方向へと倒すと、船が前のめり気味に傾いて眼下に広がる砂漠の地面が全周囲モニターの前面に映される。
反対に手前へ倒すと船尾が下がり、今度は空が画面いっぱいに広がった。

目の前いっぱいに広がる青一色にため息を吐くパーラについつい笑みが漏れ、次に姿勢を水平に戻して操縦桿を左右に倒す。
普通の航空機の操縦桿と違い、左右に倒しても船体は左右に傾かず、操縦桿を倒した方向へと船首が向くこの機能は飛空艇独特のものだ。
まぁこの感覚は航空機を操縦したことがないパーラは特に気にすることではない。

この飛空艇は船体を左右に傾けるのと、船体を水平に保ったままでの上昇下降は足元のペダルで行う。
これには俺なんかだと最初に慣れが必要だったが、空を飛ぶ乗り物に初めて触るこの世界の人間であれば、さして混乱することもない。

初めての操縦に慎重なパーラだが、バイクの時にも見せた適応能力は飛空艇でも同様に発揮され、暫く飛んでいる内にだいぶ慣れた様子を見せ始めていた。
パーラ、やはり天才か…。

全周囲モニターで視界は良好だし、手元のディスプレイには飛空艇の現在位置が地図付きで表示されているため、皇都まで迷うことも恐らくないだろう。
これなら問題はないと判断し、操縦をそのままパーラに任せ、俺は窓際のベンチに移動する。

今まで飛空艇は俺が操縦していたため、外の景色を落ち着いて眺めるというのはあまりなかったのだが、こうして誰かの操縦で見る景色は新鮮なものだ。
しばらくそのままボーっと流れる風景を見る時間を過ごし、昼食を交代で摂る時以外はパーラの操縦で皇都へと飛び続けた。

直線距離を飛ぶ飛空艇は風紋船などよりもよっぽど早く皇都へとたどり着けるのだが、今回はパーラの操縦の練習のために速度を抑え気味に飛んでいたので、皇都へと向かう途中に一晩を明かし、次の日の昼過ぎには日の光を反射して輝く湖を臨む場所まで近づいていた。

「アンディ、飛空艇ってこのまま皇都に降りれるの?」
「いや、多分無理だ。もうすぐ右の方に見えてくると思うが、皇都から少し外れた場所に飛空艇が保管されてる施設があるはずだ。一旦そっちに回ってみよう」
「了解。んじゃ右から回り込んでく」
まっすぐ皇都を目指していた飛空艇は、パーラの操作によって一旦右を向き、そこから緩く旋回をしながら、皇都の近くにある運動場のように見える建物へと近付いていく。

俺が最後に見た時よりも規模がかなり大きくなったようで、建物は一つ増えて運動場が二つ隣り合う形で建っている。
飛空艇が近づいていくと、2隻の小型飛空艇がそこから浮上してきて、こちらへと高速で接近してくる。

「あわわわっ…ぶつかる!?」
まっすぐこちらへと向かってくるそれに驚いたパーラが船首の向きを変えようとする。
パーラは気づいていないようだが、向こうとは高度差があるので、こちらが変に動かない限りぶつかることはない。
「大丈夫だ。あれはこっちを迎えに来ただけだろう。このまままっすぐ飛べ」
操縦桿を抑えることで旋回の作業を中断させ、激しい動きをしないように直線での飛行を維持させる。

俺の予想だと、あの飛空艇はエスコートの役割を与えられて発進したものだ。
さほど高度を上げずに飛ぶ俺の飛空艇は見た目と大きさからして目立っていたので、皇都の見張りにはとっくに補足されていたはずだ。
なにより、今皇都に乗り付けてくる飛空艇は俺ぐらいのものだというのは普通に予想できることなので、いきなり攻撃はしてこないだろう。
そもそも飛んでいる飛空艇に有効な攻撃が今の時点で存在しているのかも疑問ではあるが。

俺達の飛空艇の上を通り抜けていった小型飛空艇は、そのまま一旦後方へと飛び去ると、今度は速度を落として戻ってきて並走するようにして左右に着く。
こちらと違い、向こうの飛空艇は操縦席がガラス張りのように透けて見えるため、パイロットの様子もいくらか窺える。

予想通り、ちゃんとこちらを俺の飛空艇と認識しているようで、コックピットでは手を大きく振って前方を指さすのが見えた。
そのまま進めということだと判断し、パーラに指示して船体を一度上下にゆっくりと傾けることで了解の返事とする。
それもちゃんと通じたようで、やや前に出た小型飛空艇にエスコートされ、飛空艇保管施設の内側にある中庭のようなところに並ぶ小型飛空艇群の近くに降りていく。

着陸時が一番危険だとパーラにしっかりと教えつつ、地上にいる人達が手振りで誘導するのに従って飛空艇を無事に着陸させた。
安堵の息を吐いたパーラが外の景色に目を向けて口を開く。

「あれがソーマルガの飛空艇?なんか小さいね」
「小型飛空艇だからな。あれよりも大きいので中型飛空艇に分類されるのもあるが、それでも俺達のよりも小さいぞ。まぁ200メートルのデカさの巨大飛空艇もあるけど」
「200!?そんなに大きいのも飛べるの?」
「信じられんだろうが、ちゃんと飛んだぞ。百年単位で時間が経ってても普通に稼働する、古代文明恐るべしだ」

貨物室に移動し、皇都内での足に使うバイクを手で曳いて、後部ハッチから飛空艇の外へと出る。
そこで待ち受けていたのは先程小型飛空艇で俺達をエスコートしてくれたパイロットだった。
パイロットとは言うが、服装は普通のもので、特にフライトスーツのようなものは身に着けていないので、先程コックピット越しに見た顔を覚えていただけだ。

「お久しぶりです、アンディ殿。本日はどのようなご用でしょう?」
初対面だと思っていたところに、久しぶりと言われて少し焦る。
正直、顔に見覚えはないのだが、親し気な雰囲気を纏っていることから、もしかしたら84号遺跡の調査に同行した誰かなのかもしれない。

調査に同行した人全員の顔を覚えているわけではないので、ここは名前を呼ばずに切り抜けたい。
「どうも、お久しぶりです。用というほどのことではないのですが、離れ離れになっていた仲間と無事合流できたものですから、そのことを報告に回っている最中でして。近くまで来たので皇都にいる知り合いにも報告しておこうかと」
「そうでしたか。現在皇都には飛空艇が直接乗り付ける設備が無いため、この試験場で飛空艇の警護と保管を請け負いますので、ご安心ください。それと必要でしたら飛空艇の故障などを検査いたしますが、いかがいたしましょう」

ここが飛空艇の試験場となっていることをこの時初めて聞いた。
言われてみればこの国で初めての空を飛ぶ乗り物なのだから、ただ補完するだけなわけがなく、動かし方や構造なんかを調べるための施設は必ず必要だろう。
だからこの建物も拡張されていたのかもしれない。

「それは助かります。では検査の方をお願いできますか?」
「承りました」
飛空艇の保管だけでなく、メンテナンスなんかもしてくれるというのだから実にありがたい。

まだ飛空艇の完全な解析は出来ていないにしろ、今の魔道具職人にも手が出せる部分はあるし、飛空艇のパーツは年代が近ければ余剰パーツのやりくりもしやすいので、遺跡から持ち帰ったパーツも多少は使える。
特に不具合は出ていないが、それでもメンテナンスをして、交換パーツがあるのなら今ここでなんとかしたい。

バイクにまたがった俺とパーラは飛空艇を彼らに託し、早速皇都の門へと向かう。
昼過ぎの時間帯ではあるが、まだまだ門には長い人の列があるもので、最後尾に俺達も並んで入場を待つ。
順調に門の通行が進められていき、俺達の番となっただが、門番が俺の顔を見た途端、何故か急にざわつき始め、恐る恐るといった様子で俺に話しかけてきた。

「あの…、失礼ですがアンディ殿ですよね?ダンガ勲章をお持ちの」
「は?ええ、確かに俺はアンディ殿ですけど…」
普通ならギルドカードを手渡し、それを確認したらすぐに通行となるので、こうして恐々と門番に話しかけられるのは初めてだ。
何か俺に関して問題でも起きたのだろうか?

「ご存知かと思いますが、アンディ殿は貴族用の門を使用することが許されています。一般の門を使用される意図をお聞かせ願えますか?」
「え……そう、だったんですか?」
「…ご存じなかったのですね。門を通過する際にダンガ勲章を提示すれば、貴族同様に即座に通門が許されますので、一般の列に並ぶ必要はございません」

そういえばダンガ勲章を受け取った後に教えられた通門時の免責事項にそんなのがあった気がする。
「ですので、そのような方が一般の門を使用するのに何か理由があるのかと思い、こうしてお声をかけさせていただきました」
「…アンディ」
いかん、パーラの呆れの籠った視線が刺さって痛い。

完全にダンガ勲章が持つ通門時の特権を忘れていた俺が悪いのだが、情けない姿を晒し続けるのは男の沽券にかかわる。
「あ…あぁ、そのことでしたか。実はこっちの者が私の連れでして、彼女はダンガ勲章を持たず、貴族でもないため、一緒に街に入るのにこうして並んでいただけです」
こういうことにしておけば、パーラを置いて一人で街に入るのを躊躇った優しさがアピールできる。

「そういうことでしたか。しかし、ダンガ勲章であれば、少数の同行者の通門権利も付随しております。ご安心ください」
だが俺の目論見は普通に潰された。
あぁ…今の門番の言葉でパーラの視線が更に痛くなった。
最早敗北者と変わらない俺は門番に教えてもらったことの礼を言い、外面は堂々と、しかしその心の中では恥ずかしさで縮こまりながらバイクで皇都へと入っていった。
サイドカー側から聞こえた溜息は俺に向けたものではないと思おう。

「皇都は二ヵ月ぶりくらいだけど、結構変わってるね」
「そうか?俺はこの前来たから、あんまり変わったとは思わないけど」
大通りをゆっくりと走りながら、街並みを見ていたパーラが呟く言葉を拾う。

つい先日皇都からフィンディへと旅立った俺は、流石に街並みに変わったところを見つけることはないが、長く皇都へと来ていないパーラから見ると、色々と変化したところがあるらしい。
「えー変わってるよ。ほら、あそこの建物なんか前は布屋だったけど、今は食器を扱ってるみたいだし」
パーラの指さす先では、確かに皿やコップにスプーンなどの食器類が売られているが、正直俺はあそこが前に布屋だったことを覚えていない。

往々にして女性の方が街の変化に気付きやすいもので、パーラはバイクでの移動中もどこそこが無くなっただの新しくなっただのと自分の記憶との違いを指摘しては楽し気に話しかけてきていた。
対して俺はその指摘の殆どに生返事を返すことしかできず、もしかしたら単純に俺が鈍いだけなんじゃないかと不安に駆られてしまう。

そんな風にしながらバイクは目的地である城の前へと到着する。
皇都へと来た理由の一つである、エリーにパーラとの合流を報告するという目的のため、城の門を守る衛兵にダンガ勲章とギルドカードを提示し、まずは宰相かその直属の文官に取り次いでもらうように頼む。

流石はダンガ勲章と言ったもので、提示した瞬間から衛兵の背筋ハピンと伸び、待たされることなくすぐに城へ入ることができた。
衛兵は案内を買って出てくれたが、以前一ヵ月ほどここで仕事をしていたおかげで、城を歩くのに困らない程度に構造を把握しているため、彼らには門番の仕事を続けてもらいたく、やんわりとお断りさせてもらった。

勝手知ったるなんとやら、スタスタと城の中を歩いていくと見知った顔ともすれ違うこともあり、挨拶なども交わしながらハリムがいるであろう執務室の扉の前までたどり着く。
いつも忙しそうに人の出入りがあり、両開きの扉も常に半分は開けられているはずの執務室が、どういうわけか今日は完全に閉じられていて、人の気配が感じられない。

もしや今日は休みなのかと思ってたところに、偶然通りがかった文官の女性が俺達の存在に気付き、声をかけてくれた。
彼女には見覚えがある。
確かハリムの秘書的なことをしていたのを見たことがあった。
「アンディ殿ではないですか。どうされました?……ハリム様にご用ですか?」
「ええ、まぁそうなんですが、もしかして今日はお休みでしょうか?」

「いえ、本日は午前まで通常の業務に就いておりましたよ」
「午前まで?では今はどちらに?」
「あっ今は…その…ミエリスタ王女殿下に…えー…行儀作法?を教えているかと思いますが…」
なぜ言い淀む?
先ほどまでスラスラと話していたのだが、エリーの名前が出た直後から妙に落ち着きを無くした女性に、俺とパーラは揃って首をかしげる。

「…アンディ殿にならお話してもよろしいでしょう。実は―」
訝しむ俺とパーラの視線を敏感に感じ取ったのか、絞り出すようにして語りだす。

実はつい先日の記念式典の際、エリーが独断でプログラムにない出し物を披露しており、その出し物自体は好評だったのだが、後始末に追われたハリムが激怒し、ここのところはエリーの行儀作法の教師役をハリム自ら買って出ており、お仕置きレベルの厳しい指導を行っているのだそうだ。
何度も脱走を試みるエリーとそれを阻むハリムのやり取りが、最近の城内では日常化し始めているらしい。

「式典は参加した諸侯方も一般の方も、王女殿下のなさったことで大盛り上がりでしたから、あまり厳しくなさらないようにと言ってはみたんですが、この際良い機会だから性根を一から叩き直すと恐ろしい顔で仰っていましたね…」
その時を思い出してか、ぶるりと大きく背を震わすのを見て、ハリムを怒らせるよほどのことをしたエリーの所業が気になる。

式典に参加した人達には好意的に受け取られているのに、ハリムだけが怒ったというのがどういうことなのか。
少し気になったのでエリーが何をしたのかを尋ねてみると、その内容に背筋が凍った。

「…花びらで雪?それって前にアンディが言っふぷ」
「は、ははは!それはまた、何とも楽しいことを考えましたね。いやぁ、砂漠に雪を降らせるとは、流石ミエリスタ王女殿下!」
「んむーん!…ぷはっ、流石も何も花吹雪ひゅぅ」
「おっとパーラ!王女殿下のことをあまり大げさに語ってはいけない!宰相閣下にも立場があるんだから!」
余計なことを言おうするパーラの口を二度にわたって塞いで、言いかけた言葉をかき消すようにして捲し立てる。

どう考えてもエリーがやったことは、以前俺達が何気ない会話の中で話したことのある舞い散る雪を花びらで再現した花吹雪だ。
確かにあれは飛空艇と組み合わせれば幻想的な風景を生み出せるが、その後の掃除が面倒なのでやるバカはいないだろうと思って口に出しただけだった。
まさかこの国の王族が実際にそれを実行するバカだとは思わなかったが、そこまで読み切るのは無理だというもの。

これはあまり長い時間城に留まっていてはハリムと出くわして俺が原因だとバレる恐れがある。
いや、もしかしたらとっくにエリーが白状しているのかもしれない。
ここは目の前にいる女性にハリム経由でエリーに伝言がいくように頼んで、さっさと城を出よう。

エリーにはパーラと無事に合流できたことを伝えてもらうよう頼み、来た時よりも激しい動悸を覚えながら城を後にした。
途中でマルステル公爵家の屋敷に寄ってみたのだが、生憎公爵夫人であるディーネは大分前に領地へと戻っており、ジャンジールも式典の後から忙しくしているらしく、会うことはできなかった。

「結局エリーがハリム様にお仕置きされてるのってアンディのせいなんでしょ?」
若干慌ただしく城を出たせいで問い質すタイミングを逸していたパーラが、大通りに出たあたりでそう言い放つ。
何となく俺を責めてるような声色なのは、ハリムに怒られたであろうエリーのことを思ってのことだろう。

「俺のせいとはなんだよ。確かに高いところから花びらを撒けば砂漠に雪が降るのを再現できるとは教えたが、普通実行するとは思わないだろ」
「わかってないねー。あのエリーだよ?やれるだけの道具と機会があれば突っ走るのがあの子なんだから。アンディのことだから、それをやったら片付けが大変だとかエリーに言ってなかったんでしょ?」
パーラの言う通り、あの時はこうすればこうなるとしか教えなかったため、その後の片付けや誰かに叱られるといったことは言っていない。

「…確かに。あいつは変なとこで行動力がある奴だったな」
「行動力があるっていうか、怖いもの知らずっていうか…。一国の王女としてはどうなんだろ?」
「それも考えて宰相閣下が直々に王族としての気構えを教えようってんじゃねーの?」

将来人を率いて事を成すという人物ならそういう気性が必要とされることもあるのだろうが、王女であるエリーには果たして必要なものかという疑問はある。
王女というのは極端な話、政略結婚の材料として扱われるものなので、あまり前に出るような性格では嫁の貰い手も探しにくい。

こればかりは本人の性格なので、矯正できるかはともかく、心構えをしっかりと教え込むぐらいしか手がないのはハリムもわかっているはずだ。
果たして今ハリムが行っている行儀作法の勉強でエリーがどう変わるのか、それを見届けたい気持ちはあるがそれ以上に俺自身がハリムに顔を合わせづらいので、会うことはしない。

飛空艇へと戻ってきた俺達を出迎えたのは、メンテナンスの結果表を手にした遺跡研究員だった。
現在のところ、特に致命的な不具合はないものの、動力に若干の澱が見られるため、一度動力源に魔力的な清掃を行うことを勧められた。

飛空艇を手に入れてから常に全力稼働で飛ばし続けていたため、動力源に相当な負担がかかっていたらしい。
動力源に発生する澱は魔術師による魔力操作で直接取り除く必要があるため、明日にでも取り掛かるとしよう。

出発しようとする俺達に、時間も時間のため、宿泊を勧めてきたのをやんわりと断り、夕焼けの空に飛空艇を浮かび上がらせた。
何人かの84号遺跡以来ぶりに顔を見る人達からの見送りを受け、俺達は北を目指して飛び去って行く。
途中、俺達を見送るためか4隻の小型飛空艇が編隊を組むようにこちらを囲み、発光信号で旅の無事を祈ってくれた。

「あのチカチカ光るので合図してるんだね」
「ああ、発光信号ってやつだ。点滅の回数と光る長さの組み合わせで離れた相手とも簡単に話ができる。飛空艇ってのは一度飛んじまうと声を掛け合うこともできないからな。あれなら光が届く限りは意思の疎通ができるってわけだ」
「へぇ~、便利だね。これもアンディが考えたの?」
「大元の発想は俺じゃないよ。故郷にそういうやり方で離れた相手と会話するってのがあったんだ。大分昔の話だけどな」

ソーマルガの飛空艇乗りに発光信号での意思疎通はすっかり浸透しているようで、俺達が出発する前には発光パターンを言葉と照らし合わせる暗号表のようなものと、改良された発光器をもらえたので、向こうの言っていることも理解できたし、こちらからも発光信号を使ったお礼の返事を返すことができた。
発光器も俺が最初に作ったランプを少し改造したものから大分進化しているようで、少し大きめの懐中電灯の様なものについているスイッチで操作する近代的なものに仕上がっていた。

光の点滅でモールス信号を再現できればと思って、適当に誰かに話をしてランプを改造して発光器も試作しては見たものの、一々光のパターンを言語として整理するのが面倒になり、遺跡調査団のメイエルに丸投げしたのだが、まさかここまで完成していたとは驚きだ。

こういう自分がきっかけを作ったものが誰かの改良で使いやすくなったものを見ると、何となく嬉しくなる。
技術を進歩させようとする人の意志のようなものをこういうところでも感じられ、時代が進もうとしているのを感じた。
何となく創作意欲のようなものが刺激された俺は、パーラに行き先を告げるとすぐに自室へと戻り、依頼や買い物などで収集した色々なものを放り込んでおいた木箱を引っ張り出して、早速創作に耽ることにした。

特に何を作ると決めてはいないが、魔石や魔物の素材などに色々と手を加えたら面白いものが作れそうな気がしている。
主に生活を便利にする道具が欲しいものだが、そうするとどうしても前世の日本で実際に使ったものの方が作りやすい。

とはいえ、この世界でも魔道具という形で、前世の文明の利器と大分近い性能を持ったものも少なからず存在する。
それらと被らないように、かつ誰も使っていないものを考えなければならず、頭を悩ます時間はパーラが夕食をねだりに来るまで続いた。
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