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精進せいよ!
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ギルナテア族の村へと生活物資を運ぶ依頼を受けたチコニア達だが、元々次の目的地へと向かう風紋船を待つ間の時間を潰すためのものだった。
簡単な依頼だったはずが、まさか村一つを守る戦いへと発展することになるとは運が悪かったとしか言えないが、逆に彼女達が訪れていた村の住民は運がよかった。
本来であれば最初の一日を持たせることができるかどうかぐらいの戦力しかなかった村が、彼女達のおかげで死人を出すことなく戦えていたのだから本当の意味での救い主とはチコニア達のことを指すと言える。
村を逃げ出すようにしてあとにした俺達だったが、その時点で時刻は夕暮れへと差し掛かろうとしていたため、その日は少し移動してから適当な場所に飛空艇を泊めて一晩を明かすことになった。
残念ながら食料の大半は村に置いてきてしまっていたので、夕食は質素なものになってしまったが、それでも豊富にある調味料のおかげで大分ましなものを食べれたと思う。
「いやいや、ましなんてものじゃないわよ。普通、冒険者が野営で食べる食事はもっと酷いんだから。そういう感覚ってアンディには分からないんでしょうね」
「ね?私が言った通りでしょ。アンディってそういうところが人とズレてるんだよねぇ」
テーブルに並べられた料理を次々と口に運びながら、何故か俺への非難を語り合うチコニアとパーラ。
俺がいない間にチコニアと一緒に活動していたパーラは彼女とかなり仲良くなったようだが、なんだか俺に対する棘が鋭さを増しているように思うのは、心配させたことへの意趣返しが混じっているのかもしれない。
しかし、俺としてはただ一食一食をおいしく食べるために努力しているだけなのだが、なぜこんなことを言われるのかはなはだ心外だ。
まぁ女二人にただ一人の男である俺が反抗しても結果は知れているので何も言えないガラスのハート。
食事とその片付けを終え、デザートに果物をつまみながら皆で寛いでいると、チコニアが感慨深げにため息を吐く。
「…それにしても快適ね~。夜でもこんなに明るいし、台所にお風呂に厠まであって、昼涼しくて夜暖かい…。もうそこらの貴族の館なんかあばら屋と変わらないわよ」
飛空艇内には蛍光灯のような明るさの光源が十分に確保されており、現代日本でなじみのある俺には普通に受け入れられたが、夜の明かりが松明か魔道具のランプぐらいしかないこの世界の住人であるチコニアとパーラには明るい室内というのは新鮮に映っていることだろう。
「チコニアさんったら…、それは流石に言い過ぎだよ。でも、快適なのは同感。空を飛ぶだけでもすごいけど、家一つを丸ごと持っていけてるみたいなもんだしね」
「そうなのよ。これ一隻あればどこでも行けるし、どこでも暮らせるわ。…ねぇ、アンディ。飛空艇ってどこで手に入るのかしら?」
上目遣いでねだるような声色のチコニアだが、目の奥には欲望の炎が垣間見えるぐらいには飛空艇への執着心が育っているようだ。
「そうですねぇ…。とりあえず飛空艇ならソーマルガが管理してますから、皇都へ行ってみたらどうでしょう。まぁ行ったところで手に入れるのは難しいでしょうね」
この世界でまだ数が少ないであろう飛空艇は、その全てが今のところソーマルガという国の所有物ということになっている。
研究と修理に忙しいなか、チコニアが飛空艇を頂戴と言っても応じてくれるわけがない。
「そもそも、この飛空艇は俺が褒美として国王陛下と宰相閣下の両名の連名で所有を許されたものなので、今皇都にある飛空艇をチコニアさんに下賜される可能性はまずないかと。それこそ、このダンガ勲章をもらえるくらいの功を示さなければ」
そう言ってチコニアの目の前にダンガ勲章を持っていくと、チコニアは目を見開いて固まってしまった。
「嘘っ!あなたダンガ勲章持ってるの!?」
「ええ、少し前に王女殿下の危機を救った際に頂きました」
実際に誘拐されかけた云々は国同士の問題となるため、秘匿するように言われていたのでそれ以上の説明はしなかった。
「パーラは!?まさかパーラも持ってるの!?」
「私は持ってないよ。まぁアンディが勲章をもらったのは知ってたけど」
血走った目でパーラにそう確認するチコニアだが、その形相からどうやらダンガ勲章というのは俺が思っているより大分羨望の度合いが高いものらしい。
「なんてことなのっ…、それじゃあ王族を助けるぐらいの功がないと飛空艇はもらえないということじゃない!」
ダンガ勲章をもらうなら確かにその通りだが、飛空艇をもらえるかどうかはまた別の話になると思うのだが。
ついでに、俺の飛空艇は元々貨客船としての運用をしていたせいで設備は充実していたし、手に入れてからは俺自身の手でいろいろといじっているので、快適な住環境を飛空艇内で実現するならば、相応の時間と金がかかることを覚悟しておいた方がいい。
「…どこか、どこかに王族の危機はないのかしら…。いえ、いっそ暗殺者でも送られてくるのを先に突き止めてしまえば…」
ブツブツと物騒なことを呟くチコニアだが、そうそう王族の危機に遭遇する機会はないだろう。
未だ唸るチコニアはそのままにして、俺は先に休ませてもらう。
チコニアはパーラが自分の部屋で一緒に寝かせると言っていたので、あとは任せよう。
元々飛空艇内の個室は数人で使うような作りをしている部屋なので、寝具を足せばチコニアが使えるベッドも整えられるはずだ。
パーラの部屋は村にいる間に家具や寝具を運び込んでいたため、すっかり部屋として完成していた。
操縦室から出てすぐに縦に3つ並んだ個室の内、一番操縦室に近い部屋が俺の部屋で、間に使っていない個室を挟んでパーラの部屋となる。
一応貨物室から毛布を数枚取ってきてパーラの部屋に置いておく。
自動で空調が効いている船内ではあるが、寝る頃には少し冷えるぐらいには室温が下がるため、いまだ毛布は必需品である。
自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げ出すと同時に瞼が下がりかける。
本当は寝る前に風呂に入っておきたかったが、水を補給する間もなく村を飛び出したので、飲料用と調理用に割く分を考えると余裕がないため、今日のところはあきらめた。
明けて次の日、朝食を済ませた俺達は一路飛空艇を飛ばし、チコニア達が依頼の完了をギルドに報告するため、ニュクケレという街に立ち寄っていた。
ここは俺も前に立ち寄っていた街で、飛空艇の停泊も二度目となるため、すんなりと街へと入ることができた。
ギルドへと向かった俺たちは、まずギルナテア族の村であったことを窓口で報告する。
笑顔で応対していた受付嬢が、チコニアの口にした『依頼中に緊急条項が適用された』という言葉を聞くと、その表情を一変させて俺達を個室へと連れ出し、事情聴取が始まった。
黄級の冒険者であるチコニアの話であるので、まず疑われることなく話した内容通りに報告書が作られ、それに合わせて俺が緊急条項にて提供した物資も適正な金額で補填してもらった。
矢が百本単位で数束と、槍と剣を何本かが村に譲渡されたのだが、その旨を記した手紙をチコニアがちゃんと村長から預かってきていたため、それらも食料品の代金と一緒にその場で処理されて口座へと入金された。
すでにパーラから聞いていたが、コンウェル達に俺の捜索依頼として渡した依頼料で共用口座が空になっていたため、そちらにも幾らか金を入れておいた。
一通り書類が作られると、受付嬢はどこかへと走り去ってしまった。
恐らくギルドマスター辺りに報告書を提出しに行ったと推測する。
残された俺達は果たしてこのまま帰ってもいいのかわからないが、チコニアが何も言わないということは、まだ俺達もいなければならないのだろう。
ただ待つのも暇なので、何か話でもしようかと思ったのだが、やはり話はギルナテア族の村を襲った魔物の群れに関してのものになってしまう。
「結局、あの魔物の群れはなんで村を襲ったのかは分からないんですかね?」
「あの辺りが開拓されたのは少し前だったし、人が住み始めたのも最近だから、周辺の情報はあんまり多くないのよ。前から魔物が集まりやすい場所だったのか、それとも人が住み始めたから魔物が集まったのか。どちらにせよ、調査が進まないと何とも…ね」
「ということは、また魔物の群れがあの村を襲うこともあり得ると?」
「ないとは言えないわね。魔物が集団で攻めてくるってのは少ないけど前例はあって、それで国が一つ傾いたってぐらい被害は大きくなるの。今回のもその前例と照らし合わせて、調査結果を元に何らかの対策を立てるのが、ギルドと行政の役目というわけよ」
基本的に魔物というのはその凶暴性から、同一種以外を含んだ群れというのはそうそう作られない。
今回は昆虫という括りはあれど、別種の魔物が集まってできた集団ということで、そこを重点において調査を進めることが発生の原因を突き止めることになるのかもしれない。
そうしていると、先ほど出て行った受付嬢が戻ってきて、より詳しい話をギルドマスターが聞きたいということで、今度はチコニアだけがついていくことになった。
黒級と白級の冒険者二人よりも、黄級の冒険者一人の方が信用度と理解度の点から話しやすいと判断してのことだろう。
別にそのことに思うところはないが、俺達の用事が済んだのなら物資の補給を済ませて早々に街を出ようと思う。
チコニアとはここでお別れとなると思ってそう告げると、チコニアの方からストップがかかった。
「ちょっと待って。あなた達、次にどこへ行くのか決まってるの?」
「俺は一度フィンディに行ってコンウェルさん達にパーラと合流できたと報告するつもりですけど」
次の目的地についてはパーラと話していなかったので事後承諾となるが、チラリと目でパーラに尋ねると、しっかりとした頷きが返ってきた。
「私もそれでいいよ。コンウェルさんにはアンディのことをお願いしてたから、改めてお礼も言いたいし」
「あら、丁度よかったわ。私もフィンディに用事があるから、一緒に行っていいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
「ついてるわ~。またあの快適な空間で過ごせるのね」
鼻唄の一つでも歌いだしそうなぐらいに上機嫌になるチコニアに、ついつい呆れが混じった目を向けてしまう。
風紋船はこの国での移動手段としては確かに移動速度も居住性も優れたものだ。
しかし飛空艇を知ってしまったチコニアの中では、その風紋船すら劣悪な乗り物に成り下がっているのだろう。
そんなことだと、俺達と別れたら移動手段に困ることになると思うのだが…。
いっそやや高めの運賃でも徴収してみようか?
小躍りしているチコニアと一旦別れた俺達は、早速街の市場で食料や水などの物資を買い付け、飛空艇へと運ぶ手配をする。
多少懐が温かいせいで色々と買い漁ってしまったが、飛空艇という破格の積載量と保存設備のおかげで、大概の食料品は余分に持ち運べるがために起きた悲劇のようなものだ。
だが、こういうのも豊かな生活を志すには必要なものだと思っているので、悔いはない。
飛空艇に戻ってきた俺達だったが、パーラは少しギルドで依頼を見てくると言って出かけたため、俺は一人で物資が運ばれてくるのを待ち受けることになった。
待っている間に、先程俺のものとなった魔石をテーブルの上に次々と並べていく。
ギルナテア族の村で回収した魔石はいつのまにやらチコニアが村長と分配交渉を済ませていたらしく、しっかりと持ち帰っていた。
そのうち、俺達の取り分として半分が手元に来たのだが、それを更にパーラと半分に分けたものが今テーブルの上にある分だ。
少し手元に残して置きたいと思い、この中からさらに品質のいいものを選り分ける。
チコニアに教わったとおり、魔石を光に透かして透明度を見て、簡単に高品質の魔石だけを取り出していく。
前々から魔石というものを解明したいと思っていたし、この色々と使い道の多い便利な物質で何か作ってみたいという思いもあった。
今はまだ何かをするという段階ではないが、そのうち落ち着いたら本格的に分析と実験に取り掛かりたい。
秘かな野望に頬が緩むのを感じながら、無心で魔石の選別を進めていく。
その内に運ばれてきた物資を貨物室へと押し込み、やや遅れて飛空艇へと帰ってきたパーラとチコニアを交えて荷物を少し整理し、夕食となった。
今日は食材が豊富にあるので、二人にもいいものを食べさせられそうだ。
ニュクケレで一晩を過ごし、次の日の朝早くにはもうフィンディを目指して飛び立っていた。
移動中特にやることのないチコニアは船内のソファーで横になってダラけており、パーラは飛空艇の操縦に興味があるようで、操縦席のすぐ隣で俺の操縦を興味深そうに眺めている。
バイクの時もそうだったが、パーラはこういう速度の出る乗り物には食いつきがよく、自分の手で動かしたいという欲求が人一倍大きい。
今も俺の手元とディスプレイを交互に眺め、しきりに頷きながら操縦を覚えようとしている。
このパーラだが、実は興味のあることに対しての技能習得力はズバ抜けて高い。
算数や文字の勉強はそうでもなかったが、バイクの運転には高い集中力と理解力を示し、あっという間に運転を覚えてしまったほどだ。
そんなパーラが飛空艇の操縦法を身に着ける日はそう遠くないかもしれない。
ニュクケレを出発してから一日と半日後、俺達はフィンディを遠くに眺める位置までたどり着く。
およそ十五日ほどぶりのフィンディの街並みだが、当然ながら見た目には大きな変化はない。
前と同様、風紋船が停泊する場所を一つ借り、そこに飛空艇を付けると、やはり多くの注目を浴びているのがわかる。
フィンディの住民であれば二度目となる飛空艇は珍しいことは珍しいが、初めての時のような驚きは薄れているようで、手を振ってくる人の姿まである。
対照的に、こちらを指さして何やら叫んだり口をポカンと開けたままで見ている人は飛空艇が初見なのだろう。
落ち着いた様子で彼らに説明をする衛兵や市民の姿があちこちで見受けられることから、混乱は心配しなくてもよさそうだ。
早速船を降り、パーラとチコニアがまずはコンウェル達の下へと向かう。
俺は飛空艇の停泊料の支払いがあるので、少し遅れて合流することになる。
風紋船しかり飛空艇しかり、街への停泊の際には係留する場所の使用料を支払うことになっている。
国が管理する風紋船であれば使用料は決まめられた日時に一括で払われるため、船名と停泊期間の申請だけで済むのに対し、個人で飛空艇を持つ俺は衛兵の詰め所まで出向いて使用料を払わなければ飛空艇ごと追い出されてしまう。
飛空艇は滞空させたままにすれば停泊する場所を選ばずに済むのだが、こういった大きな街ではちゃんと金を払って停泊しているということを示した方が何かとトラブルにはならずに済む。
ギルドカードと念の為にダンガ勲章を見せ、停泊料である大銅貨5枚を支払う。
あのデカさの物体を停泊させておくのに大銅貨5枚、5000ルパはずいぶん安いように思うのだが、そもそも風紋船自体の停泊料が高額ではないため、俺の場合もそれに倣った支払額で決められたらしい。
ちなみにこれは二日分の停泊料であり、二日目以降も停泊する場合は追加で一日当たり大銅貨2枚の支払いが発生する。
まあ俺達はコンウェル達へ報告を済ませればすぐに旅立つつもりなので、追加料金は気にしないでいい。
停泊料を払い終え、先に行ったパーラ達と合流すべく、コンウェルの実家へと向かう。
現在は昼を少し回ったあたりの時間帯で、普通の冒険者なら依頼などで出かけて居いる可能性もあり、コンウェルもそうしている可能性は高い。
その場合は本人がいなくともパウエルかシャミーに伝言でも頼んでおけばいいだろう。
コンウェルがいないものと想定して伝言の内容を考えながら目的地へと向かうと、通りの半分を埋めるほどの大勢の人だかりが目に入った。
群がる人の向く場所が俺の目指す場所と一致しているため、ハンバーグ人気でまだまだ店が賑わっているのだろうと思い、この人気の一端を担った身としては少しだけ誇らしい気持ちになる。
だがその考えは少しばかり的を外していたようで、店の入り口から出てくる女性二人組が手に持つものを見て、この人だかりが何を求めているのかを理解した。
彼女達が手にしていたもの、それはカボチャ餅だった。
どうやら俺が教えたカボチャ餅が人気を呼んだようで、この賑わいもそれ目当てのものらしい。
勝手知ったる他人の家とでもいえばいいのか、客ではない俺は店の裏口から厨房へと入り、カボチャ餅を量産しているパウエルの背中に声をかける。
「どうも、おやっさん。お久しぶりです」
「おう、アンディか。久しぶりっても一ヵ月ぶりぐらいだろ。どうやらパーラとは合流できたみたいだな」
クイっとあごで指し示す方を見ると、そこにはホールの席について談笑しているチコニアとパーラの姿があり、テーブルの上で山盛りになっているカボチャ餅をヒョイヒョイと口へと運んでいた。
満足そうな顔を見るに、カボチャ餅は彼女らにもお気に召したようだ。
「ええ、おかげさまで。…それよりこの鉄板は何ですか?前は無かったはずですけど」
「お前がいなくなった後に買ったんだよ。あのカボチャ餅がバカみてぇに人気が出てな。鍋の一つ二つじゃあ注文に対応しきれなくなって、已むに已まれずってやつさ。…これ結構高いんだぜ」
ため息交じりにそういうパウエルが最後にボソリと呟いた言葉には底知れぬ絶望感があった。
お礼代わりにとレシピを授けたが、まさかそれが巡り巡って大きな出費を強いてしまったとは、正直すまんかったと思うが悪気はないのでセーフ。
「…そういえばコンウェルさんはどちらに?ここにいないってことは依頼で出かけてるんですか?」
「なんだ、お前知らないのか?今この街にいる冒険者はほとんどが同じ依頼で駆り出されてんだよ」
「同じ依頼って…まさかまたドレイクもどきが?」
つい先日まで魔物の群れから村を守っていた身としては、そういう発想にもなろうものだが、それにしては街の雰囲気はいつもと変わらない落ち着いたものだった。
「いや、違うぞ。なんでも街の少し離れた場所に岩塩の鉱脈が見つかったらしくて、そっちの調査に人手がいるんだとかで冒険者と傭兵がまた大勢連れてかれたんだ。んで、その冒険者達の指揮をコンウェルとユノーが任されたらしい。ほれ、あいつは一応赤級だし、ユノーは黄1級だからよ」
それを聞いて色々と納得がいった。
その岩塩鉱脈というのは、前にドレイクモドキ討伐の際に見つけたもので間違いないだろう。
あの辺りはドレイクモドキがいたという前例があるため、念の為に戦力を揃えて調査に臨みたいという思惑も分かった。
特に、塩の入手先として見込める場所の調査となれば、街を上げてのものにもなるだろう。
フィンディのような砂漠のど真ん中にある街にとって、塩を手に入れるのが簡単ではなく、大抵は風紋船が運んでくる塩で賄われている。
当然塩の代金に加え、輸送費も上乗せされているため、この街での塩の値段は他の街に比べて割高だ。
そんな場所柄、岩塩鉱脈というのは水脈と同等、あるいはそれ以上に価値のあるものとして見られる。
今回見つかった岩塩鉱脈も、街の新たな塩の供給源として確立させるために意気込んでいるであろうことが容易に想像できる。
岩塩鉱脈というのは大抵地面の隆起で出来上がるもので、岩塩ドームとも呼ばれる盛り上がった地形一帯が膨大な塩を埋蔵している可能性もある。
それをこの世界の人間は経験で分かっているため、あの岩山が丸ごと塩の塊に見えていることだろう。
ともかく、コンウェルがここにいない理由が分かったし、ついでにユノーもいないことは判明した。
用事の一つであるコンウェル達にパーラと合流できたことを報告するのもパウエルに伝言を頼めば済むし、託していた手紙も処分してもらうようついでに頼んでおく。
それから少し街の近況についてパウエルから話を聞き、夕方の仕込みが始まるのに合わせてお暇することにした。
「二人とも、そろそろ帰りますよ」
ホールにいるパーラとチコニアへと近付き、帰ることを告げる。
あの山のようになっていたカボチャ餅はすっかり無くなっており、あの量をこの二人だけで食べたのかと戦慄する。
「はーい。…シャミーさーん、カボチャ餅持ち帰りで5個包んでー」
「お前まだ食うのかよ!?」
確実に10個以上は食っているはずのパーラが更に5個追加でお土産にするのに顎が外れそうなぐらいに驚く。
「ちゃんと夕食は食べれるんだろうな?」
時間的にはもうすぐ夕食なので、流石にその後に食べるデザートなのだろうが、それを抜きにしてもさっき食べた量は多いものだ。
「当然。甘い物は別の体だからね」
「別腹な」
流石にチコニアはそれ以上は食べないようで、シャミーが持ってきたバナナの葉っぽいもので包まれたそれを受け取るパーラを、苦笑いを浮かべて見ていた。
俺達の宿である飛空艇へと帰る道すがら、先程パウエルから聞いたことを二人に話して聞かせる。
「そう、ユノーったらそっちに行ってたのね。…アンディ、あなた達は明日にはここを去るんでしょう?」
「ええ、そのつもりです。次は皇都へと行こうかと思ってます」
「ならここでお別れね。私はユノーに用事があったから、その岩塩鉱脈の方に明日辺りにでも行ってみるわ」
「えぇー!チコニアさん行っちゃうの?もうちょっと一緒にいようよぉ~」
「あらあら、パーラったらこんなに甘えん坊だったかしらね」
チコニアは抱き着いてくるパーラに嫌な顔もせずに、笑顔でその頭をなでているる姿を見ると、二人の仲の良さを改めて感じる。
仲良くなった相手との別れが惜しいというのは俺も同じだが、そもそもチコニアはパーティメンバーではないので、目的地が違えばここで別れとなるのも仕方のないことだ。
パーラもそれは理解してはいるだろうが、別れの寂しさを誤魔化すためにじゃれているだけだろう。
俺としても別に皇都に急いでいかなくてはならない何かがあるわけでもないので、チコニアと一緒に行っても構わないのだが、ことが岩塩鉱脈という一大事業の可能性のあるものに関する依頼だけに、後から俺達が現場に行くのはあまりいい顔をされないだろうとのこと。
黄1級のチコニアであれば冒険者としての実力も信用もあるので、ユノー達に会いに来たという理由も通るが、俺とパーラはランクの低さから、追い返されるのがオチだろう。
そうなると一緒に行くのも特に魅力を感じないし、当初の予定通り明日には皇都へ向かうとしよう。
女三人寄れば姦しいとは言うものだが、目の前でじゃれあうパーラとチコニアを見ると、女は二人もいれば十分に賑やかだと思わされる。
チコニアもパーラも見た目はいいので、ああいう風に騒ぐのはとにかく目立つ。
大勢の人に注目されるのは少し恥ずかしい気がして、俺はなるべく二人とは他人である風を装い、少し距離を置いて後に続く。
明日にはお別れとなるのだし、今日の夕食は少しばかり豪勢にいこうかと思い、食材を探して周りの店に目を向けると、ところどころでカボチャ餅らしきものを店先に置いている店があった。
皿に盛られたカボチャ餅らしき物体の横に『新商品カボチャ餅』と書かれた紙が立てられており、パウエル作ったものよりもかなり大きい上に値段は安めだ。
見たところ客に買われる様子もなく、サイズと値段でパウエルのに張り合おうとするのは味に自信のない表れだろうか。
特に難しい料理ではないが、オリジナルよりも人気がない理由は作り置きで売るスタイルのせいだ。
パウエルの作りたてで熱々の状態で売る方法は、砂漠の暑さの中では悪手に思えるかもしれないが、カボチャ餅に関しては熱々の方が断然うまい。
冷めるとどうしても固くなって味も風味も落ちるため、作り置きスタイルはおすすめしない。
やるなら焼く前のものを先に作って置き、注文が入ってから焼くのにしたほうがいいだろう。
しばらくはパウエルが元祖の一点物デザートとして売れそうだが、その内他の店でも工夫が進み、よりよいものが作られていくはずだ。
そして、触発されてパウエルも工夫を重ね、それに他の店も追随し、お互いに切磋琢磨してどんどんと進化していく。
これぞまさに、紛うことなき料理昇華ドリーミング!
「アンディー、立ち止まってどうしたのー?置いてくよー」
おっと、どうやらいつの間にか足を止めてしまっていたようだ。
少し先で俺を待つパーラ達のもとへ向けて再び歩き出す。
その際、店頭に不完全なカボチャ餅を並べている店の主に目線を送り、心の中でエールを送った。
精進せいよ!
簡単な依頼だったはずが、まさか村一つを守る戦いへと発展することになるとは運が悪かったとしか言えないが、逆に彼女達が訪れていた村の住民は運がよかった。
本来であれば最初の一日を持たせることができるかどうかぐらいの戦力しかなかった村が、彼女達のおかげで死人を出すことなく戦えていたのだから本当の意味での救い主とはチコニア達のことを指すと言える。
村を逃げ出すようにしてあとにした俺達だったが、その時点で時刻は夕暮れへと差し掛かろうとしていたため、その日は少し移動してから適当な場所に飛空艇を泊めて一晩を明かすことになった。
残念ながら食料の大半は村に置いてきてしまっていたので、夕食は質素なものになってしまったが、それでも豊富にある調味料のおかげで大分ましなものを食べれたと思う。
「いやいや、ましなんてものじゃないわよ。普通、冒険者が野営で食べる食事はもっと酷いんだから。そういう感覚ってアンディには分からないんでしょうね」
「ね?私が言った通りでしょ。アンディってそういうところが人とズレてるんだよねぇ」
テーブルに並べられた料理を次々と口に運びながら、何故か俺への非難を語り合うチコニアとパーラ。
俺がいない間にチコニアと一緒に活動していたパーラは彼女とかなり仲良くなったようだが、なんだか俺に対する棘が鋭さを増しているように思うのは、心配させたことへの意趣返しが混じっているのかもしれない。
しかし、俺としてはただ一食一食をおいしく食べるために努力しているだけなのだが、なぜこんなことを言われるのかはなはだ心外だ。
まぁ女二人にただ一人の男である俺が反抗しても結果は知れているので何も言えないガラスのハート。
食事とその片付けを終え、デザートに果物をつまみながら皆で寛いでいると、チコニアが感慨深げにため息を吐く。
「…それにしても快適ね~。夜でもこんなに明るいし、台所にお風呂に厠まであって、昼涼しくて夜暖かい…。もうそこらの貴族の館なんかあばら屋と変わらないわよ」
飛空艇内には蛍光灯のような明るさの光源が十分に確保されており、現代日本でなじみのある俺には普通に受け入れられたが、夜の明かりが松明か魔道具のランプぐらいしかないこの世界の住人であるチコニアとパーラには明るい室内というのは新鮮に映っていることだろう。
「チコニアさんったら…、それは流石に言い過ぎだよ。でも、快適なのは同感。空を飛ぶだけでもすごいけど、家一つを丸ごと持っていけてるみたいなもんだしね」
「そうなのよ。これ一隻あればどこでも行けるし、どこでも暮らせるわ。…ねぇ、アンディ。飛空艇ってどこで手に入るのかしら?」
上目遣いでねだるような声色のチコニアだが、目の奥には欲望の炎が垣間見えるぐらいには飛空艇への執着心が育っているようだ。
「そうですねぇ…。とりあえず飛空艇ならソーマルガが管理してますから、皇都へ行ってみたらどうでしょう。まぁ行ったところで手に入れるのは難しいでしょうね」
この世界でまだ数が少ないであろう飛空艇は、その全てが今のところソーマルガという国の所有物ということになっている。
研究と修理に忙しいなか、チコニアが飛空艇を頂戴と言っても応じてくれるわけがない。
「そもそも、この飛空艇は俺が褒美として国王陛下と宰相閣下の両名の連名で所有を許されたものなので、今皇都にある飛空艇をチコニアさんに下賜される可能性はまずないかと。それこそ、このダンガ勲章をもらえるくらいの功を示さなければ」
そう言ってチコニアの目の前にダンガ勲章を持っていくと、チコニアは目を見開いて固まってしまった。
「嘘っ!あなたダンガ勲章持ってるの!?」
「ええ、少し前に王女殿下の危機を救った際に頂きました」
実際に誘拐されかけた云々は国同士の問題となるため、秘匿するように言われていたのでそれ以上の説明はしなかった。
「パーラは!?まさかパーラも持ってるの!?」
「私は持ってないよ。まぁアンディが勲章をもらったのは知ってたけど」
血走った目でパーラにそう確認するチコニアだが、その形相からどうやらダンガ勲章というのは俺が思っているより大分羨望の度合いが高いものらしい。
「なんてことなのっ…、それじゃあ王族を助けるぐらいの功がないと飛空艇はもらえないということじゃない!」
ダンガ勲章をもらうなら確かにその通りだが、飛空艇をもらえるかどうかはまた別の話になると思うのだが。
ついでに、俺の飛空艇は元々貨客船としての運用をしていたせいで設備は充実していたし、手に入れてからは俺自身の手でいろいろといじっているので、快適な住環境を飛空艇内で実現するならば、相応の時間と金がかかることを覚悟しておいた方がいい。
「…どこか、どこかに王族の危機はないのかしら…。いえ、いっそ暗殺者でも送られてくるのを先に突き止めてしまえば…」
ブツブツと物騒なことを呟くチコニアだが、そうそう王族の危機に遭遇する機会はないだろう。
未だ唸るチコニアはそのままにして、俺は先に休ませてもらう。
チコニアはパーラが自分の部屋で一緒に寝かせると言っていたので、あとは任せよう。
元々飛空艇内の個室は数人で使うような作りをしている部屋なので、寝具を足せばチコニアが使えるベッドも整えられるはずだ。
パーラの部屋は村にいる間に家具や寝具を運び込んでいたため、すっかり部屋として完成していた。
操縦室から出てすぐに縦に3つ並んだ個室の内、一番操縦室に近い部屋が俺の部屋で、間に使っていない個室を挟んでパーラの部屋となる。
一応貨物室から毛布を数枚取ってきてパーラの部屋に置いておく。
自動で空調が効いている船内ではあるが、寝る頃には少し冷えるぐらいには室温が下がるため、いまだ毛布は必需品である。
自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げ出すと同時に瞼が下がりかける。
本当は寝る前に風呂に入っておきたかったが、水を補給する間もなく村を飛び出したので、飲料用と調理用に割く分を考えると余裕がないため、今日のところはあきらめた。
明けて次の日、朝食を済ませた俺達は一路飛空艇を飛ばし、チコニア達が依頼の完了をギルドに報告するため、ニュクケレという街に立ち寄っていた。
ここは俺も前に立ち寄っていた街で、飛空艇の停泊も二度目となるため、すんなりと街へと入ることができた。
ギルドへと向かった俺たちは、まずギルナテア族の村であったことを窓口で報告する。
笑顔で応対していた受付嬢が、チコニアの口にした『依頼中に緊急条項が適用された』という言葉を聞くと、その表情を一変させて俺達を個室へと連れ出し、事情聴取が始まった。
黄級の冒険者であるチコニアの話であるので、まず疑われることなく話した内容通りに報告書が作られ、それに合わせて俺が緊急条項にて提供した物資も適正な金額で補填してもらった。
矢が百本単位で数束と、槍と剣を何本かが村に譲渡されたのだが、その旨を記した手紙をチコニアがちゃんと村長から預かってきていたため、それらも食料品の代金と一緒にその場で処理されて口座へと入金された。
すでにパーラから聞いていたが、コンウェル達に俺の捜索依頼として渡した依頼料で共用口座が空になっていたため、そちらにも幾らか金を入れておいた。
一通り書類が作られると、受付嬢はどこかへと走り去ってしまった。
恐らくギルドマスター辺りに報告書を提出しに行ったと推測する。
残された俺達は果たしてこのまま帰ってもいいのかわからないが、チコニアが何も言わないということは、まだ俺達もいなければならないのだろう。
ただ待つのも暇なので、何か話でもしようかと思ったのだが、やはり話はギルナテア族の村を襲った魔物の群れに関してのものになってしまう。
「結局、あの魔物の群れはなんで村を襲ったのかは分からないんですかね?」
「あの辺りが開拓されたのは少し前だったし、人が住み始めたのも最近だから、周辺の情報はあんまり多くないのよ。前から魔物が集まりやすい場所だったのか、それとも人が住み始めたから魔物が集まったのか。どちらにせよ、調査が進まないと何とも…ね」
「ということは、また魔物の群れがあの村を襲うこともあり得ると?」
「ないとは言えないわね。魔物が集団で攻めてくるってのは少ないけど前例はあって、それで国が一つ傾いたってぐらい被害は大きくなるの。今回のもその前例と照らし合わせて、調査結果を元に何らかの対策を立てるのが、ギルドと行政の役目というわけよ」
基本的に魔物というのはその凶暴性から、同一種以外を含んだ群れというのはそうそう作られない。
今回は昆虫という括りはあれど、別種の魔物が集まってできた集団ということで、そこを重点において調査を進めることが発生の原因を突き止めることになるのかもしれない。
そうしていると、先ほど出て行った受付嬢が戻ってきて、より詳しい話をギルドマスターが聞きたいということで、今度はチコニアだけがついていくことになった。
黒級と白級の冒険者二人よりも、黄級の冒険者一人の方が信用度と理解度の点から話しやすいと判断してのことだろう。
別にそのことに思うところはないが、俺達の用事が済んだのなら物資の補給を済ませて早々に街を出ようと思う。
チコニアとはここでお別れとなると思ってそう告げると、チコニアの方からストップがかかった。
「ちょっと待って。あなた達、次にどこへ行くのか決まってるの?」
「俺は一度フィンディに行ってコンウェルさん達にパーラと合流できたと報告するつもりですけど」
次の目的地についてはパーラと話していなかったので事後承諾となるが、チラリと目でパーラに尋ねると、しっかりとした頷きが返ってきた。
「私もそれでいいよ。コンウェルさんにはアンディのことをお願いしてたから、改めてお礼も言いたいし」
「あら、丁度よかったわ。私もフィンディに用事があるから、一緒に行っていいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
「ついてるわ~。またあの快適な空間で過ごせるのね」
鼻唄の一つでも歌いだしそうなぐらいに上機嫌になるチコニアに、ついつい呆れが混じった目を向けてしまう。
風紋船はこの国での移動手段としては確かに移動速度も居住性も優れたものだ。
しかし飛空艇を知ってしまったチコニアの中では、その風紋船すら劣悪な乗り物に成り下がっているのだろう。
そんなことだと、俺達と別れたら移動手段に困ることになると思うのだが…。
いっそやや高めの運賃でも徴収してみようか?
小躍りしているチコニアと一旦別れた俺達は、早速街の市場で食料や水などの物資を買い付け、飛空艇へと運ぶ手配をする。
多少懐が温かいせいで色々と買い漁ってしまったが、飛空艇という破格の積載量と保存設備のおかげで、大概の食料品は余分に持ち運べるがために起きた悲劇のようなものだ。
だが、こういうのも豊かな生活を志すには必要なものだと思っているので、悔いはない。
飛空艇に戻ってきた俺達だったが、パーラは少しギルドで依頼を見てくると言って出かけたため、俺は一人で物資が運ばれてくるのを待ち受けることになった。
待っている間に、先程俺のものとなった魔石をテーブルの上に次々と並べていく。
ギルナテア族の村で回収した魔石はいつのまにやらチコニアが村長と分配交渉を済ませていたらしく、しっかりと持ち帰っていた。
そのうち、俺達の取り分として半分が手元に来たのだが、それを更にパーラと半分に分けたものが今テーブルの上にある分だ。
少し手元に残して置きたいと思い、この中からさらに品質のいいものを選り分ける。
チコニアに教わったとおり、魔石を光に透かして透明度を見て、簡単に高品質の魔石だけを取り出していく。
前々から魔石というものを解明したいと思っていたし、この色々と使い道の多い便利な物質で何か作ってみたいという思いもあった。
今はまだ何かをするという段階ではないが、そのうち落ち着いたら本格的に分析と実験に取り掛かりたい。
秘かな野望に頬が緩むのを感じながら、無心で魔石の選別を進めていく。
その内に運ばれてきた物資を貨物室へと押し込み、やや遅れて飛空艇へと帰ってきたパーラとチコニアを交えて荷物を少し整理し、夕食となった。
今日は食材が豊富にあるので、二人にもいいものを食べさせられそうだ。
ニュクケレで一晩を過ごし、次の日の朝早くにはもうフィンディを目指して飛び立っていた。
移動中特にやることのないチコニアは船内のソファーで横になってダラけており、パーラは飛空艇の操縦に興味があるようで、操縦席のすぐ隣で俺の操縦を興味深そうに眺めている。
バイクの時もそうだったが、パーラはこういう速度の出る乗り物には食いつきがよく、自分の手で動かしたいという欲求が人一倍大きい。
今も俺の手元とディスプレイを交互に眺め、しきりに頷きながら操縦を覚えようとしている。
このパーラだが、実は興味のあることに対しての技能習得力はズバ抜けて高い。
算数や文字の勉強はそうでもなかったが、バイクの運転には高い集中力と理解力を示し、あっという間に運転を覚えてしまったほどだ。
そんなパーラが飛空艇の操縦法を身に着ける日はそう遠くないかもしれない。
ニュクケレを出発してから一日と半日後、俺達はフィンディを遠くに眺める位置までたどり着く。
およそ十五日ほどぶりのフィンディの街並みだが、当然ながら見た目には大きな変化はない。
前と同様、風紋船が停泊する場所を一つ借り、そこに飛空艇を付けると、やはり多くの注目を浴びているのがわかる。
フィンディの住民であれば二度目となる飛空艇は珍しいことは珍しいが、初めての時のような驚きは薄れているようで、手を振ってくる人の姿まである。
対照的に、こちらを指さして何やら叫んだり口をポカンと開けたままで見ている人は飛空艇が初見なのだろう。
落ち着いた様子で彼らに説明をする衛兵や市民の姿があちこちで見受けられることから、混乱は心配しなくてもよさそうだ。
早速船を降り、パーラとチコニアがまずはコンウェル達の下へと向かう。
俺は飛空艇の停泊料の支払いがあるので、少し遅れて合流することになる。
風紋船しかり飛空艇しかり、街への停泊の際には係留する場所の使用料を支払うことになっている。
国が管理する風紋船であれば使用料は決まめられた日時に一括で払われるため、船名と停泊期間の申請だけで済むのに対し、個人で飛空艇を持つ俺は衛兵の詰め所まで出向いて使用料を払わなければ飛空艇ごと追い出されてしまう。
飛空艇は滞空させたままにすれば停泊する場所を選ばずに済むのだが、こういった大きな街ではちゃんと金を払って停泊しているということを示した方が何かとトラブルにはならずに済む。
ギルドカードと念の為にダンガ勲章を見せ、停泊料である大銅貨5枚を支払う。
あのデカさの物体を停泊させておくのに大銅貨5枚、5000ルパはずいぶん安いように思うのだが、そもそも風紋船自体の停泊料が高額ではないため、俺の場合もそれに倣った支払額で決められたらしい。
ちなみにこれは二日分の停泊料であり、二日目以降も停泊する場合は追加で一日当たり大銅貨2枚の支払いが発生する。
まあ俺達はコンウェル達へ報告を済ませればすぐに旅立つつもりなので、追加料金は気にしないでいい。
停泊料を払い終え、先に行ったパーラ達と合流すべく、コンウェルの実家へと向かう。
現在は昼を少し回ったあたりの時間帯で、普通の冒険者なら依頼などで出かけて居いる可能性もあり、コンウェルもそうしている可能性は高い。
その場合は本人がいなくともパウエルかシャミーに伝言でも頼んでおけばいいだろう。
コンウェルがいないものと想定して伝言の内容を考えながら目的地へと向かうと、通りの半分を埋めるほどの大勢の人だかりが目に入った。
群がる人の向く場所が俺の目指す場所と一致しているため、ハンバーグ人気でまだまだ店が賑わっているのだろうと思い、この人気の一端を担った身としては少しだけ誇らしい気持ちになる。
だがその考えは少しばかり的を外していたようで、店の入り口から出てくる女性二人組が手に持つものを見て、この人だかりが何を求めているのかを理解した。
彼女達が手にしていたもの、それはカボチャ餅だった。
どうやら俺が教えたカボチャ餅が人気を呼んだようで、この賑わいもそれ目当てのものらしい。
勝手知ったる他人の家とでもいえばいいのか、客ではない俺は店の裏口から厨房へと入り、カボチャ餅を量産しているパウエルの背中に声をかける。
「どうも、おやっさん。お久しぶりです」
「おう、アンディか。久しぶりっても一ヵ月ぶりぐらいだろ。どうやらパーラとは合流できたみたいだな」
クイっとあごで指し示す方を見ると、そこにはホールの席について談笑しているチコニアとパーラの姿があり、テーブルの上で山盛りになっているカボチャ餅をヒョイヒョイと口へと運んでいた。
満足そうな顔を見るに、カボチャ餅は彼女らにもお気に召したようだ。
「ええ、おかげさまで。…それよりこの鉄板は何ですか?前は無かったはずですけど」
「お前がいなくなった後に買ったんだよ。あのカボチャ餅がバカみてぇに人気が出てな。鍋の一つ二つじゃあ注文に対応しきれなくなって、已むに已まれずってやつさ。…これ結構高いんだぜ」
ため息交じりにそういうパウエルが最後にボソリと呟いた言葉には底知れぬ絶望感があった。
お礼代わりにとレシピを授けたが、まさかそれが巡り巡って大きな出費を強いてしまったとは、正直すまんかったと思うが悪気はないのでセーフ。
「…そういえばコンウェルさんはどちらに?ここにいないってことは依頼で出かけてるんですか?」
「なんだ、お前知らないのか?今この街にいる冒険者はほとんどが同じ依頼で駆り出されてんだよ」
「同じ依頼って…まさかまたドレイクもどきが?」
つい先日まで魔物の群れから村を守っていた身としては、そういう発想にもなろうものだが、それにしては街の雰囲気はいつもと変わらない落ち着いたものだった。
「いや、違うぞ。なんでも街の少し離れた場所に岩塩の鉱脈が見つかったらしくて、そっちの調査に人手がいるんだとかで冒険者と傭兵がまた大勢連れてかれたんだ。んで、その冒険者達の指揮をコンウェルとユノーが任されたらしい。ほれ、あいつは一応赤級だし、ユノーは黄1級だからよ」
それを聞いて色々と納得がいった。
その岩塩鉱脈というのは、前にドレイクモドキ討伐の際に見つけたもので間違いないだろう。
あの辺りはドレイクモドキがいたという前例があるため、念の為に戦力を揃えて調査に臨みたいという思惑も分かった。
特に、塩の入手先として見込める場所の調査となれば、街を上げてのものにもなるだろう。
フィンディのような砂漠のど真ん中にある街にとって、塩を手に入れるのが簡単ではなく、大抵は風紋船が運んでくる塩で賄われている。
当然塩の代金に加え、輸送費も上乗せされているため、この街での塩の値段は他の街に比べて割高だ。
そんな場所柄、岩塩鉱脈というのは水脈と同等、あるいはそれ以上に価値のあるものとして見られる。
今回見つかった岩塩鉱脈も、街の新たな塩の供給源として確立させるために意気込んでいるであろうことが容易に想像できる。
岩塩鉱脈というのは大抵地面の隆起で出来上がるもので、岩塩ドームとも呼ばれる盛り上がった地形一帯が膨大な塩を埋蔵している可能性もある。
それをこの世界の人間は経験で分かっているため、あの岩山が丸ごと塩の塊に見えていることだろう。
ともかく、コンウェルがここにいない理由が分かったし、ついでにユノーもいないことは判明した。
用事の一つであるコンウェル達にパーラと合流できたことを報告するのもパウエルに伝言を頼めば済むし、託していた手紙も処分してもらうようついでに頼んでおく。
それから少し街の近況についてパウエルから話を聞き、夕方の仕込みが始まるのに合わせてお暇することにした。
「二人とも、そろそろ帰りますよ」
ホールにいるパーラとチコニアへと近付き、帰ることを告げる。
あの山のようになっていたカボチャ餅はすっかり無くなっており、あの量をこの二人だけで食べたのかと戦慄する。
「はーい。…シャミーさーん、カボチャ餅持ち帰りで5個包んでー」
「お前まだ食うのかよ!?」
確実に10個以上は食っているはずのパーラが更に5個追加でお土産にするのに顎が外れそうなぐらいに驚く。
「ちゃんと夕食は食べれるんだろうな?」
時間的にはもうすぐ夕食なので、流石にその後に食べるデザートなのだろうが、それを抜きにしてもさっき食べた量は多いものだ。
「当然。甘い物は別の体だからね」
「別腹な」
流石にチコニアはそれ以上は食べないようで、シャミーが持ってきたバナナの葉っぽいもので包まれたそれを受け取るパーラを、苦笑いを浮かべて見ていた。
俺達の宿である飛空艇へと帰る道すがら、先程パウエルから聞いたことを二人に話して聞かせる。
「そう、ユノーったらそっちに行ってたのね。…アンディ、あなた達は明日にはここを去るんでしょう?」
「ええ、そのつもりです。次は皇都へと行こうかと思ってます」
「ならここでお別れね。私はユノーに用事があったから、その岩塩鉱脈の方に明日辺りにでも行ってみるわ」
「えぇー!チコニアさん行っちゃうの?もうちょっと一緒にいようよぉ~」
「あらあら、パーラったらこんなに甘えん坊だったかしらね」
チコニアは抱き着いてくるパーラに嫌な顔もせずに、笑顔でその頭をなでているる姿を見ると、二人の仲の良さを改めて感じる。
仲良くなった相手との別れが惜しいというのは俺も同じだが、そもそもチコニアはパーティメンバーではないので、目的地が違えばここで別れとなるのも仕方のないことだ。
パーラもそれは理解してはいるだろうが、別れの寂しさを誤魔化すためにじゃれているだけだろう。
俺としても別に皇都に急いでいかなくてはならない何かがあるわけでもないので、チコニアと一緒に行っても構わないのだが、ことが岩塩鉱脈という一大事業の可能性のあるものに関する依頼だけに、後から俺達が現場に行くのはあまりいい顔をされないだろうとのこと。
黄1級のチコニアであれば冒険者としての実力も信用もあるので、ユノー達に会いに来たという理由も通るが、俺とパーラはランクの低さから、追い返されるのがオチだろう。
そうなると一緒に行くのも特に魅力を感じないし、当初の予定通り明日には皇都へ向かうとしよう。
女三人寄れば姦しいとは言うものだが、目の前でじゃれあうパーラとチコニアを見ると、女は二人もいれば十分に賑やかだと思わされる。
チコニアもパーラも見た目はいいので、ああいう風に騒ぐのはとにかく目立つ。
大勢の人に注目されるのは少し恥ずかしい気がして、俺はなるべく二人とは他人である風を装い、少し距離を置いて後に続く。
明日にはお別れとなるのだし、今日の夕食は少しばかり豪勢にいこうかと思い、食材を探して周りの店に目を向けると、ところどころでカボチャ餅らしきものを店先に置いている店があった。
皿に盛られたカボチャ餅らしき物体の横に『新商品カボチャ餅』と書かれた紙が立てられており、パウエル作ったものよりもかなり大きい上に値段は安めだ。
見たところ客に買われる様子もなく、サイズと値段でパウエルのに張り合おうとするのは味に自信のない表れだろうか。
特に難しい料理ではないが、オリジナルよりも人気がない理由は作り置きで売るスタイルのせいだ。
パウエルの作りたてで熱々の状態で売る方法は、砂漠の暑さの中では悪手に思えるかもしれないが、カボチャ餅に関しては熱々の方が断然うまい。
冷めるとどうしても固くなって味も風味も落ちるため、作り置きスタイルはおすすめしない。
やるなら焼く前のものを先に作って置き、注文が入ってから焼くのにしたほうがいいだろう。
しばらくはパウエルが元祖の一点物デザートとして売れそうだが、その内他の店でも工夫が進み、よりよいものが作られていくはずだ。
そして、触発されてパウエルも工夫を重ね、それに他の店も追随し、お互いに切磋琢磨してどんどんと進化していく。
これぞまさに、紛うことなき料理昇華ドリーミング!
「アンディー、立ち止まってどうしたのー?置いてくよー」
おっと、どうやらいつの間にか足を止めてしまっていたようだ。
少し先で俺を待つパーラ達のもとへ向けて再び歩き出す。
その際、店頭に不完全なカボチャ餅を並べている店の主に目線を送り、心の中でエールを送った。
精進せいよ!
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