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新年閑話

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※注意!この話は時系列が大分先のものとなります。話の整合性を気にされる方はご注意ください。









「餅つきをやろう」
「…急に何?」
リビングと化した飛空艇の一角で、床に広げた布の上に座って銃のメンテナンスをしていたパーラが、俺の言葉に怪訝な顔で反応を示す。

「餅つきだ。新年、明けて一発目には餅つきをしなくてはならない」
日本人の魂を持つ者として、これは欠かせないイベントだ。
「いや、だからその餅つきってのがなにかを聞いたんだけど」
どうやら俺自身、餅つきのことで頭がいっぱいだったせいで、言葉足らずに行動を先走っていたようだ。

そこで餅つきというのがどういうものかをパーラに説明をはじめ、餅というのもどういったものかも教えていく。
「その餅ってさ、前にソーマルガで食べたカボチャ餅みたいなもの?」
「ちょっと違うな。あれは餅っていう名前は付いてるが、厳密には餅じゃない。もち米っていう部類の米で作られる、白くてもちもちとしたやつを餅って呼ぶ」
説明的に色々と省いたせいで、専門家に聞かれたら叱られそうではあるが、これ以上に分かりやすく説明する舌を俺は持っていない。

「もちもちしてるから餅?まぁ分かりやすいけど。それでそのもち米ってのはアンディが用意するの?」
「そうしたいんだが生憎もち米は作っていないから、今回は普通の米を使う。本来の餅と出来は少し変わるが、それはそれで悪くないと思う」
白米をもち米の代用とするのは邪道ではあるが、この世界ではもち米の調達がまず無理なので、今回は雰囲気を味わうだけでいい。

「ふぅん…ま、いいんじゃない?どうせしばらく暇なんだし、なんかやるなら付き合うよ。私がなんか手伝うことってある?」
「お、そうか。んじゃ大工か家具職人辺りにこの図面を渡して道具を作ってもらってくれ」
事前に用意していた臼と杵の寸法が絵付きで描かれた紙をパーラに手渡す。

こればかりは何かで代用することもできないので、一から木で作ってもらうしかない。
臼の方は大工に、杵は家具職人にと分散して依頼すれば早めに出来上がるだろう。
杵は正月の餅つきのイメージそのものと言える横杵にした。
丁度冬の期間は暇をしている職人も多いことだし、料金を割り増しで払ってなるべく早く仕上げてもらおう。

道具の方はそれでいいとして、問題は食材の方だ。
もち米の代わりに使う米はこの前行商から買った分があるからいいのだが、普通の米を餅にするにはデンプンを足す必要があるため、芋類も多少は使いたい。

もち米と普通の米の違いは含まれるデンプンの差による。
普通の米をもち米に近づけるには、少し強引だが芋類などのでんぷんを使うのが手っ取り早い。
すりおろした芋を水につけ、でんぷん質が水に溶けだしたものを放置し、そこに沈殿するものを集めたものが片栗粉になる。
小学校の実験並みの道具と手軽さで作れるこの片栗粉は料理にも使えるものなので、少し多めに作っておこう。

ヘスニルで食材を扱っている商店をいくつか思い浮かべ、その中から芋の在庫が豊富にありそうなところをピックアップしていく。
俺とパーラの二人だけで餅つきをするため、食材もそれほど用意する必要がなく、大掛かりな準備がいらないのは楽でいい。
とはいえ、年が明けるまでもうそれほど日がないので、サクサクと動くとしよう。






新年明けましたおめでとう、というのはこの世界だとまず言うことはないのだが、餅つきを行う以上これは言うべきことなのだと思っている。
無事に一年を終え、新しい年を迎えることができることを祝うという意味で、この餅つきも重要な節目を作るイベントとしての側面もあるのではないだろうか。

特急で道具も揃え、食材もこの季節にしては新鮮な野菜類を集めることができた。
後は餅を搗くだけというわけだが、どういうわけか俺とパーラはこの餅つきの道具一式をもってルドラマの館にいた。
館の庭先に置かれた臼の前で、俺が杵を持ちパーラが臼の傍で返し手を務める位置についている。

それを少し離れて見るルドラマを始めとしたセレンとマクシムの伯爵家一家に、セレンの傍にはサティウが、全体の護衛としてアデスがルドラマの背後に控えていた。
つまり、俺とパーラだけでやるはずだった餅つきが、どういう風に話が動いたのかエイントリア伯爵家の新年行事として催されることになっていた。

「…おい、パーラ。どうしてこうなった?人が増えるのは構わんが、ルドラマ様達がまるっと参加するってのは予想外過ぎるぞ」
「昨日言ったじゃん。餅つきの道具を作りに行ったときに偶々サティウさんと会って餅つきのこと話したって」
「いや、確かにそれは聞いたよ。俺が言いたいのは、なんでもっと早く言わなかったんだってことだ。そりゃ食材は余分にあったけど、ルドラマ様達のいるって知ってたらもっと心の準備ってもんがだなぁ…」
「私だってセレン様達が一緒だって聞いたの昨日だよ?てっきりサティウさんだけが参加すると思ってたんだから」

「二人共、いつまでコソコソと話しをしているつもりだ?早くその餅つきとやらを始めぬか」
臼の上で顔を寄せ合って話していた俺とパーラにしびれを切らしたのか、ルドラマが餅つきの開始をせっついてくる。
見ると、周りの目は俺とパーラに注がれており、いつまでもこうしていては他の人達からの不満も噴出してきそうなので、互いに軽く溜息を吐きつつ餅つきを開始した。

臼の中には今朝炊いた米と、前日に芋から取り出していた片栗粉を投入したものが入っている。
前日から水に漬けていた米はかなり水分を吸っており、普段食べる米よりも柔らかめだ。
ホカホカと湯気を立てる臼に、まずは杵で中身を混ぜるようにして軽くつぶしていく。

半円にへこんでいる臼の内側にへばりつかせるようにして伸ばしていた米を再び中心へと集め、軽く叩いてからパーラの方へと視線を送り、準備が出来たことを伝える。
頷くパーラの姿を確認してから、おもむろに杵を頭上を越えるほどに高く振り上げる。

それに合わせてパーラが脇に置かれた水の張られた桶へと手を伸ばし、真剣な目でこちらを見据える。
まずは狙いをつけるために、ゆっくり目に杵を振り下ろしていき、臼の中心が近付いたところで杵自身の重みで米の上に落とす。

握る柄にはまだまだ餅特有の粘るような手応えとは程遠い、サスッとしたものが返ってくるだけ。
まだまだ先は遠いが、今の動きで杵の狙いが付いたため、次からは少し早めに搗いていく。

「えい!」
「ほっ」
「せい!」
「はっ」
杵を振る俺の声に合わせ、餅となる米から杵が離れたタイミングでパーラが水の付いた手で餅の表面を撫でる。

杵に餅がつかないようにするこの作業だが、事前に練習してはみたものの、実際にやるのはこの時が初めてだ。
しかしパーラの手つきは危なげもなく、こちらの息との合わせも絶妙で、とても初心者の仕事とは思えない。
餅をひっくり返す手際も実に滑らかで、タイミングもばっちりだ。
妙に小器用なところのあるパーラはこういう時に頼もしい。

無心に餅をついていた俺だったが、先程から杵に帰ってくる手応えが重いものに変わってきたことに気付き、一旦搗くのを休んで餅の様子を確認してみる。
モワっとした湯気の向こうに見える餅は、米の粒は完全に潰せているようだ。

指で軽くつついて見ると、ペトっと指先にくっつきながらもしっかりとした弾力が返ってきたことから、これはほぼ完成したとみていい。
俺の知る餅よりも若干黄色味が強いが、これは片栗粉をを混ぜたせいだろうか。

ほんの爪先ほどの大きさをちぎり取り、口へと運んでみると、まさしく餅の歯ごたえと、芋のおかげでやや甘味が際立つ以外は餅と呼んでも差し支えない出来だ。
色味と甘味の両方から考えて、きな粉が合いそうではある。

幸い、大豆を炒って作られるきな粉はこの世界の食材でも簡単に再現できたので、今回の餅つきのメイン調味料として用意していた。
他にも大根おろしや、山羊のチーズなども用意しているため、この餅との相性を考えて見ると夢が膨らんでいく。
惜しむらくは醤油がないことぐらいか。

「アンディ、どう?」
一口食べて黙ってしまった俺の様子に不安を覚えたのか、パーラが若干表情を硬くして出来を気にしていた。
「上出来だ。これはもう完成でいいだろう。あとは皿に小分けにして、ルドラマ様達に配ろう」

出来上がった餅の塊は、およそ10キログラムほどになろうかという量だが、この場の人達に餅がどれだけ受け入れられるのかわからないため、これが余るか足りなくなるかはまだまだ読めない。
なので、まずは小皿に一口ずつ人数分を用意し、それぞれ好きな味で楽しんでもらうことにした。

餅を乗せた小皿を積んだお盆を手に、俺とパーラはルドラマの元へと近付いていく。
「お待たせしました」
「なに、待たされたというほどではない。あの餅つきというのは中々に面白いものだったし、さほど退屈はしていなかったぞ」
どうやら異世界の人間にとって、あの臼と杵でぺったんぺったんとして出来上がる料理というのは、目で見ても楽しかったらしい。

「恐れ入ります。こちらが完成した、餅という食べ物です。これ単体でもわずかに甘いものですが、こちらにあるものと一緒に食べるのがお勧めです」
ルドラマ達の前に用意されたテーブルの上に、きな粉とチーズと大根おろしに、豆の甘煮で作った代用餡子の4つを並べていく。
チーズ以外はどれも俺のお手製だが、餅との相性がいいものを選んだつもりだ。

「どれ……ふぅむ、随分と柔らかいな。それによく伸びる」
皿と一緒に手渡した木匙で餅を掬うようにして柔らかさを見ているルドラマの顔は、好奇心丸出しといった様子で、餅が伸びる様を楽しんでいるようだ。
早いとこ食べないと固くなるのだが、その楽しそうな様子から好きにさせることにした。
どうせまだまだ餅はあるのだ。

「アンディ、これはどうするのかしら?このまま餅に掛けるの?」
餅の柔らかさで遊ぶルドラマはそのままに、セレンがテーブルの上に並べられた皿を指さしているのに応えていく。
「こっちの二つは甘いものですね。これが豆を甘く煮詰めた、ジャムのようなものです。これはきな粉と言って、炒った豆を細かくしたものに、砂糖と塩で味付けしました。こっちは大根おろしです。このままでもいいですし、レモンを軽く絞って塩と一緒に餅にかけるといいでしょうね。こっちは山羊のチーズです。これは別に説明はいりませんね。どれでもお好みで餅と一緒に食べてみてください」

「へぇ~。面白いものを揃えたのね。それじゃあ…私はこの、豆のジャムにしようかしら」
「んー……決めた!僕はこっちのきな粉ってのにするよ」
一つ一つ説明していき、自分で好きなものを選ばせる。
貴族であるセレンもマクシムも、こうして自分の手で餅に食材を加えて一品を作るというのが新鮮なようで、わいわい言いながら選んだ。

ルドラマもいい加減餅で遊ぶのに飽きたのか、同じ説明を俺にさせて、大根おろしを選んでいた。
貴族であるこの伯爵家一家だが、一応顔見知りが作ったとはいえ、得体のしれない料理を普通は簡単に食べないと思っていたら、実にあっさりと毒見もせずに餅を口へと運んでしまった。
もちろん毒など入れてはいないが、こんな無防備な食事風景を見て少しだけ心配になる。

「んっこれは!」
「むぅっ!」
「あらあらあらあら」
順にルドラマ、マクシム、セレンの順で漏らした言葉だが、どれも衝撃を覚えたのだけは伝わってくる。
しかし、その言葉を発してから一切の動きを止めたことが気になる。
もしかして口に合わなかったのだろうか?

いや、どうやらそうではないらしい。
しきりに口を動かしている様子から、餅を噛み締めているようだが、虚空の一点を見つめる3人の顔はどれも蕩けそうになっている。
そして、最初に咀嚼を終えて言葉を放ったのはルドラマからだった。

「うまい!この大根おろしとやらの微かな苦みに、柑橘類特有の酸味が加わり、実にさっぱりしたものだ」
「きな粉って初めて食べたけど、これすごくおいしいよ!下に触れた瞬間に感じる塩味が後から感じる甘味をさらに引き立てるし、口に入れた瞬間の香ばしさがたまらないね」
「甘過ぎず薄過ぎず、しかし説妙な甘さがそこにはある!餡子…っ!恐ろしい子っ…」

ルドラマとマクシムは料理評論家かというぐらいに味の感想を言ってきたが、セレンの方は目をほとんど白目にしながら体を震わせている。
あの感じは小豆を初めて食べた外国人といった感じだが、今回俺が作ったのは味付けから風味まで限りなく餡子に近づけているから、この世界の菓子類をよく知っているはずのセレンにはよほどの衝撃を与えたと見える。

どうやら異世界の人間、それも普段からうまいものを食べなれている人間にも餅は受け入れられたようで、この様子なら他の人達にも振る舞っても問題なさそうだ。

早速アデス達にも小分けにした皿を手渡していき、お代わりを欲しがるルドラマ達には先程よりも量を増やした餅を皿に盛って渡す。
パーラもいつの間にかセレンと一緒になって餅を味わう側に回っており、巨大な餅を切り分ける作業は俺の担当になっていた。
まぁ俺も自分の分は確保してるし、食べながらでも出来る作業なので気にはしていない。

こうして他の人達が美味しそうに、そして楽しそうにしている姿を見ると、餅以外でもお腹いっぱいになれそうな気がする。
そんな風に生暖かい目で行きかう人達を見守っていると、突如サティウが叫び声をあげた。

「旦那様!?どうされました!?誰か来てください!」
喧騒から少し離れた場所で、うずくまるルドラマとその隣で悲痛な顔を浮かべるサティウの姿が目についた。
その様子から何かあったと思い、すぐさま駆けつける。

俺より先にルドラマの傍に来ていたアデスが様子を見ているが、険しい顔を崩さないことからも予断を許さない状況だと判断する。
「アデスさん!どうしました!」
とりあえず、騎士として怪我の具合を見慣れているアデスにルドラマの今の状況を尋ねた。

「わからん!苦しんでいる様子なのは分かるが、原因がさっぱりだ!外傷は無し!顔の赤さがましていることから、窒息の可能性もある!」
こちらを見ることなく言ったその言葉に、すぐさま原因が思い至った俺は、アデスにすぐさま指示を飛ばす。

「アデスさん!ルドラマ様を羽交い絞めにして立ってください!急いで!」
「お、おう!こうか!?」
苦しむルドラマの背中に回りこんだアデスは、羽交い絞めにしたルドラマを立たせる。

こうしてルドラマの顔を見ると、明らかに窒息者特有の顔色だ。
どれくらいその状態が続いていたのかわからないが、少なくとものんびりしている暇はないと思われる。

そのまま俺は一歩を強く踏み出し、地面を踏みしめる力と腰の回転力を右拳に乗せて、ルドラマの鳩尾目掛けて一気に振り抜く。
「秘拳!餅殺しっ!」
「うぶぅぅううっ!」
ルドラマの鳩尾に突き刺さった俺の拳は、当たった瞬間、更に抉りこむようにして上へと力を加えたことにより、ルドラマの気管に詰まっていた餅を見事に外へと強制排出させることに成功した。



秘拳餅殺し―それは餅を喉に詰まらせた人間を瞬時に助けるために、的確な衝撃を胃から気道へと抜けるようにして与えることで、胃液の逆流も利用して餅を吐き出させる、ルドラマを助けるためにたった今編み出された一子相伝の秘拳である。
これを受け継ぐ者はまだいない。




「げぇぇ…えぉっごほっごは」
咳き込む様子のルドラマだが、そうして咳が出来るのは餅の詰まりが無くなったことで呼吸が戻ったおかげだ。
たった今ルドラマの口から飛び出してきた餅を見ると、その大きさは案の定相当なものだ。
俺はこういう事故が起きないようにと、ほとんど一口で食べれる大きさでしか切り分けてはいないが、どうもこの餅を見ると複数個をいっぺんに食べていたと思われる。

「アンディ…お前、結構やることがひどいな」
胃液を吐き出しているルドラマを見て、アデスがそんなことを言う。
「ひどいとは何ですか。まぁ、通常ならまずは咳をさせるか背中を叩くんですがね、どうにも緊急事態だと思いまして、咄嗟にとった最良の手ですよ」
先程はいきなり腹部圧迫で吐き出させる方法をとったが、通常であればまず咳をさせてみるのが先だ。
うまくいけばそのまま吐き出すこともある。

次に背中、ちょうど肩甲骨の間辺りを何度か叩くのを試すといい。
餅を吐き出させるというのは最終手段だと心得てほしい。

「にしたって、さっきの一発は強すぎだろう。後ろにいたわしにまで衝撃が届いたぞ」
「それぐらいしないと吐き出すには至らないと思いましたから、ちょっと強めにいかせてもらいました。とりあえず死にはしないと思ってましたよ」
「そうだな。死んではいないな。死にそうな顔ではあるが」
苦しむルドラマの顔を見てそんなことを言うアデスだが、本当に死ぬかもしれなかった状況から戻ってこれたんだから、幸運だったと思えないのだろうか。

「旦那様、大丈夫ですか?」
「はぁはぁ…あー…うむ、もう大丈夫だ。サティウ、もういい」
ルドラマの咳き込みが落ち込むまでその背中をさすっていたサティウを下がらせ、俺の方へと向き直ったルドラマの顔は真剣なものだった。

「アンディよ、あの餅というのは危険過ぎる。なまじうまいだけに、わしのような目に合うものも出てくるかもしれん。これは市民に広めることは許されんぞ」
「それに関してはルドラマ様の危惧される通りかと。しかし言わせてもらえるなら、餅というのは少量をよく噛んで食べるものなのです。それをきちんと注意しておかなかった俺にも当然責任はあります。ですがルドラマ様、どうやら俺が切り分けたものを一まとめにして食べていたようですね。それでは喉にも詰まろうというもの」
「うぐぅ」

毎年正月には老人が餅を喉に詰まらせるという痛ましい事故が相次ぐ国の住人だった身としては、当然ながら異世界でもそうならないように予防策を講じるつもりではあった。
しかし、餅を食べる際の注意点として真っ先にすべき説明を欠いていた俺にも落ち度はある。
それをしっかりと反省しつつ、きちんと適量を意識して提供していたのを無視して食べていたルドラマにも反省してもらいたい。

「餅を食べる際には、何か水分も同時に摂取しながらの方がよろしいでしょう。特に飲み込む力の弱い子供や老人は喉に詰まらせやすいので、本当に注意しなくてはならないのです」
「む!アンディよ、わしはまだまだ老いぼれてはおらんぞ」
「いや、現に先程喉に詰まらせていたじゃないですか」
「おっふ…」

俺から見てもルドラマは老人のカテゴリーに分類するのはまだまだ早いというのは分かる。
しかしそれとは関係なしに、餅は食べ方によっては老若男女問わず危険な食べ物なのだ。
ルドラマをこうして責めているのも、再び危険な目にあわないようにと思ってのことだ。

「がははははっ!アンディの言う通りですぞ、ルドラマ様。もうお若いとは言えぬ歳なのですから。がっはっはっは」
「抜かせよ、アデス!お前とて若いとは言えぬではないか!」
「ご心配なく。これでも鍛錬を欠かしてはおりませぬゆえ」
共に中年を超えているルドラマとアデスだけに、お互いに餅を詰まらせる危険度に違いはない。

鍛錬をしているからといって餅が喉に詰まらないというわけではないが、アデスの自信は一体どこから来るのか。
悔しげな顔を浮かべるルドラマとは対照的に、ニヤニヤとした顔のアデスだったが、餅を一口食べた次の瞬間、その表情は凍りつく。

「お気をつけなされませよ。んぐ、むぐ…ん?……はぐぅ!」
「アデス、どうした!?…ん?はぁ~ん…」
突如苦しみだしたアデスに、面食らったルドラマだったが、その原因に思い至るとすぐさま悪い笑みを浮かべる。

「おい、アデス。もしや餅を喉に詰まらせているのではないか?アンディ、早く助けてやれ!ほれ、わしにやったようにな!」
「ぐぐぅ…み、水を…」
「いかんぞアデス!早く吐き出さねば命に関わる!わしはお前のような忠臣を死なせるわけにはいかんのだ!」
餅を喉に詰まらせた初期段階であるアデスは、まず水で流し込むことを試そうとするが、それをさせじとルドラマがその背後に回り込み、羽交い絞めにすると俺の前へと連れてきた。

「さあ、アンディ!早く助けてやってくれ!さあ、さあさあ!」
言葉自体はアデスを思いやっているようだが、のぞき見えるのは悪い顔だ。
「や、やめっ!…ぐぅ、みずっを!」
「アデスさん、餅が喉に詰まった状況で水を飲むのは最もやってはいけないことですよ。まずは咳をしてみてください」
人は喉が詰まったら水を飲もうとするものだが、餅に関してはこれはご法度だ。

俺の助言通り咳をしようとするが、どうにもうまくいかず、状況は変わらない。
羽交い絞めにするルドラマを振り切る力も出ないアデスは目で俺に哀願するが、なんやかんやでルドラマがふざけたせいで時間が経過しており、このままでは本当に危ないので手段を選んでいられなくなってしまった。

いや、これもルドラマの戦略なのかもしれない。
アデスの浮かべる涙は喉が詰まったことからくるものか、それともこれから食らう一撃への恐ろしさからか俺には分からない。
ただ少なくともルドラマに羽交い絞めにされている以上、アデスには腹部圧迫以外の方法は許されていないのだろう。

軽く溜息を吐き、アデスの前に立ち、拳を構える。
なるべくアデスの顔は見ない。
とても一騎士団の団長とは思えない顔をしているだろうからだ。
覚悟はいいか、俺はできてる。

この日、秘拳餅殺しは二度煌めいた。




※餅を喉に詰まらせた場合、まず最初に救急車を呼びましょう。
意識がある場合は咳をさせてみましょう。うまくすれば吐き出すこともあります。
背中を叩くのも下を向かせてやるようにしましょう。ただし、これも完璧に上手くいかないこともありますので、ご注意を。
ろっ骨の骨折や内臓の損傷の可能性もあるので、腹部圧迫は本当に最後の最後で試しましょう。
くれぐれも作中のような真似はしないでください。

これはフリではありません。繰り返す、これはフリではありません。
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