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世の中は意外と女装で何とかならない

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「お待たせして申し訳ありません、リエット様。ただいま戻りました」

 聖女達のいる場所から少し離れた位置で歩みを止めたスーリアは、胸の前で手を祈る形に組むと地面に片膝を着いてそう口にする。
 エルフの血が入っているおかげで見た目は学園にいた頃からまったく変わっていないが、こういう時にちゃんとした態度をとれるスーリアは、やはり時間の経過でしっかりと成長していると分かる。

 スーリアが膝を着いているのに俺が立ったままというのは流石にまずいので、俺も見様見真似で膝を着く。
 一応視線も下に向けるが、聖女の顔というのも気になるところで、バレない程度に聖女の様子をうかがう。

 名前を呼ばれて振り向いた聖女の顔は、予想していたよりも大分若く、年齢は恐らく俺と同じくらい。
 顔形から推測するに、種族としては恐らく普人種だろう。
 感じ取れる魔力は常識的な範囲に収まっているため、保有魔力量による見た目との年齢のズレはほぼないとみていい。

 薄いベール状の頭巾から見える夕焼けのような赤い髪が、手入れの行き届いていると分かる白い肌に映え、口元に浮かべている微かな笑みも相まって、こちらを見る若干垂れ目がちな目からは柔和な印象を覚える。
 こうして外面だけで見るなら、美少女と認めるのに全く不足はない。

「あぁ、待ちわびましたよ、スーリア。そちらがあなたの言っていた、花に詳しい方ですね?名前をお聞きしても!?」

「なりません、リエット様」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべる姿は聖女と呼ぶのに躊躇いはないかと思ったのだが、急にギアを上げて早口で迫ってくる姿には気圧されそうになる。
 側に立つ女官にそれとなく制されていなければ、今にもこちら目がけて駆けてきそうな勢いだ。

「リエット様、そのように見ず知らずの者に突然駆け寄るのはおやめください。相手が害意ある者ならば、御身に危険が及びます」

 女官がリエットの突然の行動を諫めるようなことを口にすると同時に、こちらへは品定めをするような目を向けてくる。
 よもや俺が男だと疑ってはいないはずだが、その視線は決して居心地はよくない。

「害意などと…スーリアの友人だと聞いていますよ?彼女の今日までの忠勤を知っていれば、危険な人物は連れてこないでしょう」

 スーリアが聖女の世話役に抜擢されてからまだ半年弱のはずだが、よっぽど真面目に勤めているのか聖女からの覚えはいいようだ。
 いきなり連れてきた俺に抱く危険性が薄いのは、スーリアが今日まで積み上げた信頼の賜だろう。

「無論、スーリアはそんなことをしないとは分かっています。ですが、御身のためにも常に些細なことに注意を払うよう、私どもは普段から申し上げております。今はその気構えの話をしたまでのこと。なにより、初めて会う者だからこそ、威厳をもって相対してくださりませ」

 叱るでもなく諭すような淡々とした言葉に、聖女も特に反発はせずに居住まいをただした。

 今のは身の安全についてを言ってはいるが、どちらかというと聖女の振舞いに対しての苦言だというのは俺にも分かる。
 日頃はちゃんと聖女として振舞えていたとしても、咄嗟の時には年相応のリアクションが出てしまうのは若さゆえか。

「んもー、分かっていますぅ。今は私的な時間なんだから、そんなに言わなくても……とにかく、歓迎いたします。それで、えー…そうそう、まずはお名前を教えていただけますか」

 不貞腐れたような言葉を口にしながら、次の瞬間には威厳と柔らかさを併せ持った顔に変わった聖女が俺の名前を尋ねてきた。
 地位のある人間なら普通は側仕えを介して会話をするものだが、果たしてこのまま答えていいのか迷い、女官の様子を窺ってみるも口を挟んでくる様子がない。
 ほんの一瞬の躊躇の後、聖女からの質問に答える。

「…ディアナと申します。ご存じのようですが、多少草花に関しての知識がありますので、お力になれればと参りました」

「ディアナ…よい名前ですね。失礼ですけど、喉が痛んでいるのでしょうか?少し声が歪んで聞こえるような…」

 俺の声を聞いて何か思う所が出来たようで、聖女は不思議そうに首を傾げる。
 確かに今答えた俺の声は、見た目が女性の者がだすにしては些か違和感を覚えても当然のものだと自覚している。
 なにせ、喉を絞るようにきつく布を巻き、加えて刺激の強い香辛料を飲んで声を掠れさせているのだから。

 何故そんなことをしたかは、言うまでもない。
 多様性が認められているとは言い難いこの世界では、女の姿から男の声が出ては流石に怪しまれるため、声を変える必要があった。
 もっとも、パーラのように魔術で自在に声を変えることが出来ない身としては、男女どちらにともとれない声に偽装するぐらいがせいぜいではあるが。

「リエット様、それに関しては私から。このディアナなる者、幼い頃に病で喉に癒えぬ傷を負い、今ではこのような声となりました。お聞き苦しくはありましょうが、理解できぬほどではございません。リエット様には聞き取る労をいただくことを、どうかお許しください」

 沈痛な声のスーリアの語りに、聖女と女官の纏う空気が変わり、俺へと揃って同情的な目が向けられる。
 まだ若いというのに、病が元で声に障害を負ったというストーリーは、慈愛を説く側の人間には実によく響く。
 特に女官の方は、さっきまでのこちらを厳しく見ていた姿から一変して、気遣わし気な顔に変わっているぐらいなのだから、この手のお涙頂戴の話の効果は抜群のようだ。

 しかし事前に打ち合わせをしていたとはいえ、こうも聖女達に信じさせるスーリアの語り口は中々のものだ。
 くれぐれも寸借詐欺の道には走らないよう切に願う。

「…その喉の傷ですが、法術で治すことは出来ないのですか?」

 よっぽど俺の声がひどいのか、法術での治療を勧めてきた聖女だが、それはあまりにも現実的ではない。

「私の身分では法術などとても…。それに、もう何年もこの声ですので、今更治らずとも生きていくのには困りません。どうかお気になさらず」

 設定として、この姿の俺は多少農業に詳しいだけの一般人であるため、法術の世話になることなどまったくあり得ない身分だ。
 ここで聖女の提案に飛びつくよりも、既に諦めた人間として断る方がリアリティも増す。

 すると案の定、俺の言葉を聞いた聖女は表情を曇らせ、顔を俯かせた。
 ここで自分が治すと言い出さないあたり、ヤゼス教での聖女の立場というのは理解しているようで、しっかりと教育は行き届いているらしい。

 もっとも、これで軽々しく聖女の力を振るっていれば、そこに付け込んでパーラの治療までの手間も短縮できたかもしれないが、流石にそこは女官が目を光らせていそうではある。

「それよりも、例の生育不良の花をまずは見たいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 このキャラのバックグラウンドに関しては、スーリアと共有できている部分はそう多くないので、ぼろが出ないうちにさっさと仕事に移るとしよう。
 目上の人間に対してするには少し雑な物言いになってしまったが、礼儀のなっていない一般人のすることと許してほしい。

「あぁ、ええ、勿論。こちらです」

 俺の失礼な態度にも特に気を悪くした様子も見せず、聖女が立っている場所からどいて、自分の背後にあった花壇を手で指し示した。
 木枠で囲って作られたその花壇は、庭に咲き誇る花々の中でそこだけが緑一色という地味な光景を作っている。

 一見すると雑草の塊のようにも思えるが、人の手で整えられた跡があり、蕾となっている部分も見えることから、開花寸前の状態で止まっていると分かる。
 ふっくらとしている蕾に触れてみれば、プンとした張りが感触として伝わってくる。

「…なるほど、それなりに育ってはいるようですね。いつからこの状態に?」

「蕾が出来たのは夏に入る前でした。そこからずっと変わりはありません」

 花いじりが聖女のルーチンワークと聞いていた通り、俺の質問に答えたのはやはり聖女だった。
 肩が軽く触れるほど近くに来て同じ蕾を覗き込む姿には、この花へかける真剣な思いが現れている。

「以前招いた庭師にも診てもらい、一通り手は尽くしましたが、この通りです。いかがでしょう?何が悪いか分かりますか?」

 この手のケースで最初に思いつくのは、pH値の調整や追肥といった手段だが、どちらも土いじりを生業としている人間なら肌感覚で解決手段を選べる。
 造園の専門家である庭師が手を尽くしたというのなら、俺が思いつくことも既に試しはしたということだろう。

「そうですね、見たところ病気もないようですし、土の栄養も悪くはない。原因がなにかを突き止めるには少し……ん?」

 何から調べるべきか葉っぱをよく見ていると、そこに微かな違和感を見つける。
 こっちの世界の花というものをあまり深く知る機会がなかったため、葉だけを見て花の種類が分かるとはいかないのだが、今回に関しては俺のよく知る植物だった。

「聖女様、少しお聞きしたいのですが」

「リエットで構いませんよ。なんでしょうか」

 何故か唐突に名前呼びを許されたが、このちょっぴりの時間でなにがそうさせたのか。
 つい訝しんで聖女の顔を見つめると、ニコリと爽やかな笑みを返されてしまう。

「…ではリエット様と。この植物ですが、どのような経緯でここに?」

「経緯というのなら、信者から献上された種を私が植えましたが。何か問題が?」

 不思議そうに首を傾げるリエットだが、俺が尋ねたことで自分が植えた苗にどんな問題があるのかと、その目には不安の色がのぞいている。

「いえ、問題というか…こちらが野菜ということはご存じでしたか?」

「……はい?野菜…え?」

 野菜という言葉を聞いて、リエットは予想外だったのか目を点にしてしまっている。
 花を育てていると思ったら、実は野菜だったと知った人間の顔の実例を目にして、つい思わず感心してしまう。

 これがペルケティア固有の花だった場合はお手上げだったかもしれない。
 だがよくよく見ると知った形をしている葉っぱに、そこから立ち上る微かに覚えのある匂いから、俺は目の前の植物の正体に気付いた。

 野菜も結局は成長の過程で花を咲さかせるのは間違いないが、どちらかという花よりもその後に作られる根菜こそがメインなのは確かだ。

「ええ、これは砂糖人参と言う、ソーマルガが名産とされる野菜の一つです。私は偶々現物を見たことがありまして、この葉っぱの形と匂いで気付けました」

 以前、三の村で見かけたことがある砂糖人参が、こんな見た目をしていた記憶がある。
 庭師の少女という設定の人間が、ソーマルガへ足を運ぶというのは少し怪しいが、何かのコネで現物を見ただけならそうおかしくはない。

「ソーマルガ…そう言えば、献上される時にそんなことを言われたような…」

 思い当たることがあるようで、ソーマルガという単語に敏感な反応を示したリエットを見て女官の方もしきりに頷いている。

「あの時は、育てば小さくてかわいらしい花が咲くと教えられたのです。まさか野菜だったなんて…いえ、野菜だからどうとかではないのですけど」

 献上された苗が手渡された際、リエットには白い花が咲くと誰かが言ったのだろうが、野菜だとまでは伝え忘れたのではなかろうか。

 砂糖人参は基本的にソーマルガの外に出回ることのない野菜のため、ペルケティアにあるのは非常に珍しい。
 それ自体の味がいいのは確かなのだが、主目的として砂糖の抽出目当てで栽培されている作物でもあるので、当然、花を愛でるという用途では栽培はされてない。

 とはいえ、野菜だろうがなんだろうが、花は咲くだけで美しいのも事実で、リエットが求めるところの綺麗な花というのも期待はしていい。
 しかしこれで、庭師にも原因が突き止められない生育不良というのにも合点がいった。

「砂糖人参はソーマルガで育つ作物です。国土の大半が砂漠で占められる高温の国に適応した植物となれば、当然生育に快適な気温も高くなります」

 時として植物は人の想像を超える成長を見せるものだが、砂糖人参はデリケートな部類に入る野菜のため、ソーマルガ以外の土地では育ちが悪くなるとも以前に聞いたことがある。
 比較的温暖で安定しているペルケティアだが、砂漠地帯に比べればやはり気温は低いと言わざるを得ない。

「ですが、今年の夏は例年よりも暑かった気がします。それでもソーマルガよりも涼しかったということなんでしょうか?」

 生憎俺は今年のペルケティアの夏を知らないので、リエットの言葉に確と頷くのは躊躇われるが、しかしソーマルガの暑さには及ばないというのは想像できる。
 あの日差しと暑さこそが砂糖人参の成長に必要なのだとすれば、比較的冷涼なペルケティアではある程度までは成長するが、花をつけるところまではいかないのではないだろうか。

 なまじ夏が暑かったせいで、この国の庭師には砂糖人参の生育不良が低温にあると気付けなかったのかもしれない。
 庭師という職種は国外に出ることはまずなく、ソーマルガの夏を知らないがために、暑かったという今年の夏ですら低温に感じる植物を見逃してしまったというのは十分あり得る。

「さて、私はソーマルガの夏を直接は知りませんが、伝え聞く灼熱の砂漠はペルケティアの夏と同等とは到底思えません」

 一応俺はこの国の庶民という設定なので、ソーマルガの暑さを体験したままに伝えるのは控えたが、それでも砂糖人参を知っている点からも多少は説得力もあるはずだ。

「一先ず私から言えるのは、この蕾を咲かせるのに必要なのが強い日差しと高い気温だということです。どうにかして温かい…というより、暑い環境を用意すれば、花は咲くかもしれません。ただ、日差しも気温も人の手で調整するのは、簡単なことではありません」

 作物の成長に気温が足りないとなれば、解決に一番いいのはビニールハウスなのだが、この世界ではそれも難しい。
 ビニール自体が存在しないし、似た性質のものとなれば魔物由来の物質に頼るしかないが、それも手に入りやすいとは言いにくく、即効性のある解決には期待できない。

「そうですね、よもや花壇の周りで火を焚くわけにもいきませんし。どうしたらいいのでしょう?できれば秋を迎える前に、一度花を咲くのを見届けたいところですが。ドリー、何か妙案はありませんか?」

 それまで控えていただけだった女官に、リエットがアドバイスを求める。
 ここで初めて女官の名前が明かされたわけだが、そのドリーはリエットの求めに応えるように一瞬目を伏せると、徐に口を開いた。

「…僭越ながら、取れる手は二つほど考え付きます。一つは風と火それぞれの魔術を組み合わせ、庭に暖かい空気を常に充満させること」

 ただの女官、それも聖女の周りに着く頭の固い人種かと勝手に思い込んでいたが、意外にもドリーの提案は中々鋭い。
 火と風は組み合わせの相性がよく、高い技量の魔術師二名で臨めばそこそこの熱風を制御するのはさほど難しいものではない。

 だがそうなると、この天井が開放されている空間で熱を留め続けなくてはならず、開花までの間、魔術師は常に魔術の使用を強いられることになる。
 そんなことは人間単体の魔力だけでは不可能だ。

 ドリーもそれは分かっているようで、とりあえず言いはしたが採用を期待してはいないのが表情から読みとれる。

「そして二つ目ですが、私としてはこちらを推します。この花壇の周りを、小屋を作るようにガラスの板で覆うのがよいかと。ガラスで囲われた小さな部屋では、降り注ぐ日光で暖められた空気も流出しにくいため、高い気温も長く保てましょう。先程申しました、火と風の魔術で暖かい空気を作るのも、これなら無駄はありません」

 一息に全て言い切り、軽く頭を下げて黙ってしまったドリーに、俺は内心で唸ってしまう。

 この世界でビニールハウスを再現するには、確かにガラスを代用するのが手っ取り早い。
 しかし普通の人間ならコストを最初に考え、ガラスで小屋を作ろうなどとは思いつかないものだ。
 高級品であるガラスでビニールハウスを組み上げるとしたら、普通に一軒家を建てるよりも高くなってしまう。

 とはいえ、ペルケティアでも権力の最高位に位置する聖女の経済力なら、それぐらいならポンと出せてしまいそうではある。
 ビニールハウスなど知らないはずのドリーが、その点を正確に理解して提案できるのは、発想と教養を持ち合わせている証拠だ。

 聖女の世話をする人間がアホの集まりであるはずはないのだが、それにしても問われてすぐに出てくる答えとしてはかなり質の高いものだったと唸ってしまう。
 ひょっとしたら日本人の魂がインストールされているのかと疑うレベルだ。

「ガラスの…では、それでいきましょう。ドリー、手配にはどれほどかかりそうですか?」

「は、職人の動員とガラス板をどこぞより手に入れるとなれば、多少時間はかかるかと。早ければ明日、遅くは八日もお覚悟ください」

 男子禁制の館に足を踏み入れて作業できる大工となれば、女性であるか特別な許可を得ている男性ぐらいだ。
 前者はともかく、後者は腕の良さを見込まれて許しが与えられるのだから、他の仕事が立て込んでいて呼び寄せるのに時間がかかっても不思議ではない。

 流石に花壇を囲える一枚板のガラスではないにしても、そこそこのサイズ感を求めるとすれば、ガラス板の在庫を見つけるのにも苦労するほどで、下手をすれば特注品で賄う必要が出てくる。
 長ければ八日かかるというドリーの見立ても、見当外れではないだろう。
 むしろ早い方だとすら思えるぐらいだ。

「ならばすぐにでも取り掛かるとしましょう。諸々の手配を頼みますよ、ドリー」

 調達に金がいくらかかるか想像するだけで眩暈がしそうだが、流石は聖女だけあって即決具合は一般人の理解を越えている。
 躊躇うそぶりもなく決断してドリーへ指示を出すリエットの顔には冷や汗の一つも浮いていないのだから、金銭感覚はまともとは言い難い。

「畏まりました。ではスーリアを調達に行かせましょう。経験を積ませるいい機会です」

「うぇ!?わ、私ですか!?」

 突然名前を呼ばれ、スーリアが全身を跳ねさせるように驚いて間抜けな声を上げた。
 ここまでの会話で蚊帳の外だっただけに、いきなり仕事が発生したことへの驚きも相まってのこのリアクションか。

「あなたもそろそろこの手の仕事を覚えなければなりませんからね。それに、もしも手ごろなガラス板があれば、あなたの魔術で運ぶのも容易でしょうし」

「それはわかりますが…でも私、アン―ディアナちゃんを放っておくのはちょっと」

 チラリとこちらを見るスーリアの目は、俺を一人残してここを離れることへの不安が見てとれる。
 今のところボロは出していないが、この先俺が何かやらかした時に傍でフォローが出来なくなるのを恐れているのかもしれない。

「大丈夫ですよ、スーリア。ディアナのことは私にお任せなさい。もしもあなたよりも先に用が済みましたら、きちんと家まで送り届けさせますから。ドリー、スーリアだけでは心配なので、あなたも一緒に行ってあげてください。初めての仕事に一人では心細いでしょう」

「はっ…しかし、それではリエット様とこの者が残ることに…」

 これまで従事してこなかった仕事を任せるにあたり、経験豊富なドリーをスーリアに着かせようとするのは、リエットの気遣いだろう。
 道理のある聖女の一声に普通ならドリーも従うところだが、こと今に限っては難色を示す。
 素性の怪しい人間と聖女を二人きりにするのを嫌うのは、側仕えとしては正しい。

「構いません。もう少しディアナとは話したいのです。心配ならば、スーリアの仕事を手早く済ませて戻ってくればいいだけでしょう?」

「ですが」

「さあ、早くお行きなさい。こうして問答をする時間がもったいない。ガラスの小屋を早く作れるのならば、これに勝るものはありませんよ」

「はぁ…分かりました。お言葉には従いましょう。ですが、くれぐれも私が戻るまではお一人で庭からお出にならないようお願いいたします。スーリア、行きますよ」

「あ、はい!じゃあディアナちゃん、失礼のないようにね」

 リエットが急かす様に声をかけると、一瞬こちらを見て溜息をついてドリーが頷き、スーリアを引き連れてその場を離れていった。
 意外とあっさりとリエットを残して去っていったのは、俺という人間への警戒心が薄まっているからか。

 遠ざかっていく人影を見送ったところで、リエットが顔に笑みを湛えて俺へと向き直る。
 その顔は好奇心に溢れており、つい先ほどまで纏っていた聖女然とした空気から一転して、どこか悪戯を思いついた子供の姿を思わせる。

「さあ、ディアナ。二人きりになりましたね」

 え、怖っ。
 まさかこの聖女、そっちの気があるタイプか?
『ここに百合の花を咲かせましょう』とか言い出さないだろうな。
 生憎、俺は百合の花どころか薔薇すらも咲かせられないのだが。

 そのもの言いに少し引いてしまったが、次にリエットの口から飛び出した言葉に、俺は尻から心臓が飛び出そうになった。

「せっかくの機会なので、あなたと色々お話をしたいと思っていました。実は私、同じ年ごろのと話したことがほとんどないものですから。こんな館の奥までバレずにやって来た男性は、私の知る限りではあなたぐらいですよ」

 俺の目を見つめ、男性という部分を強調するリエットの姿は、とぼけることを無駄と諦めさせるだけの自信があった。
 しかしここであっさりと認めてしまうと、俺は男のままで館を出ることが出来なくなるので、クールに誤魔化すとしよう。

「なん、ななんのことやら、でしょうか?俺…あ俺って言っちゃった、違…私は男では―」

「そんな動揺の仕方で誤魔化せると思ってるのならどうかしてます」

 完璧なクールフェイスで取り繕ったつもりだったが、内心の動揺をリエットには見抜かれてしまったようだ。
 だが男の象徴がかかっている中で、ここまで冷静な返しが出来たのだから御の字だろう。

「生憎、あなたが男性だというのはすぐに気付いていましたよ。ただ言わなかっただけです」

「…すぐに?それは最初からということですか?」

 だとするならスーリアの企みなどはなから露見していたことになるが、ここまで泳がせていた理由は何だというのか。
 まさか本当に同年代の男とお話をしたかったからとは言わないだろうな。

「流石にそこまでではありません。砂糖人参の話を隣で聞いていた時に、少し肩が触れたでしょう?あの時に感じたあなたの魔力が、女性のものではなかったからです」

「まさか…魔力の波長で男女の判別ができると?」

「ええ、出来ますよ。法術の応用で、人体に流れる魔力からは様々なことを知ることが出来ます。男女の区別もその一つです。ただ、普通は見ればわかるのでそうそう活用される判別法ではありませんね」

 人体を流れる魔力に含まれる情報は意外に多く、法術士であれば分かる何かで性別を見抜いたとするなら、言い逃れができそうにはない。
 これでリエットが俺を男と見抜いたうえで排除なり拘束なりの行動に移るならともかく、こちらを見る好奇心に満ちた目から察するに、ただ話がしたいだけというのも一先ず嘘はないはずだ。

 いきなりバレて驚きはしたが、俺としてもパーラのことを話す機会ができるのは吝かではない。
 一応の礼儀としてまずは俺が男とであることを正式に明かし、その目的もリエットに聞かせるとしよう。
 果たして俺の頼みを聞き届けてくれるか、それも未知数ながら希望が出来たことをまずは喜びたい。
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