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持つべきものは心の友よ

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「ま、適当に座ってくれ」

 シペアの案内で奥まった一室へと連れ込まれた俺達は、勧められるままに椅子へ座った。
 目の前にある質素なテーブルと椅子のセットは、同じく質素な室内の様子と見事に調和しており、ここが客を迎えるというよりは、実用的に教会関係者達が使うために設えられた場所であると分かる。

 教会によっては権威や象徴に相応しい装飾を用いる場合もあるが、そういったものを必要としない、礼拝と役務だけの目的なら、今俺達がいる建物のようにシンプルな作りが基本となる。
 司教や聖鈴騎士ぐらいの立場の人間が詰める建物ともなれば、それなりに豪奢なものが求められるらしいが、祈る心に貴賤なしと謳うヤゼス教には、あまり派手な建物を有難がりはしないようだ。

「しかし、本当に久しぶりだな。エリーと一緒にソーマルガに行ってからだから、二年ぶりぐらいか?」

 同じテーブルに着いたシペアは、早速久しぶりの再会を喜んでか、満面の笑みでそう口にする。
 俺とパーラはエリーの帰郷に合わせて学園都市を離れ、そこから巨人討伐へ赴いてあちこち飛び回ったため、体感ではもっと長く感じるほどに濃密な時間だった。

 実際、久しぶりに見たシペアは最後に会った時よりもいくらか背は伸びており、顔付も精悍さを増して大人びた印象が強い。

「そんなもんだったか。色々ありすぎて時間の感覚が大分狂ってるな」

「色々あったっていうと、巨人のことか?」

 長い旅路に思いを馳せ、少し遠い目をしていた俺だったが、シペアの口から飛び出したキーワードで意識は現実に戻される。

「あれ?シペアって、私らが巨人と戦ったの知ってんの?確かあれって、情報があんまり出回ってないって話だけど」

 同じくシペアの言葉に感じるものがあったようで、パーラがそのことに突っ込むのだが、突っ込まれた本人はというと鼻で笑ってしまっている。

「いやいや、情報がないっていっても、あれだけの事件だ。人の口は完全に塞げないさ。噂だけでも結構聞いたぜ?アシャドルの軍隊がヘボだったとか、生身で飛び回って巨人を翻弄してた魔術師二人の活躍とかな。そんな芸当が出来る魔術師なんざ、どう考えてもお前らしかいねぇよ」

 俺とパーラが噴射装置を使っているところを見たことがあるシペアにとっては、明言はされずとも情報の欠片で簡単に結びつけることが出来てもおかしくはない。
 巨人との戦いに関しては、アシャドル王国もそれなりに情報は制限して小出しにしているらしいが、俺達に関することをシペアが知っている時点で、もはやかなりの情報が流出していると言っていいだろう。

「アシャドルの軍隊がヘボだったかはともかく、確かに俺とパーラは巨人との戦いに参加してたぞ」

「へぇ、やっぱりそうなのか。で、巨人ってのはどんなやつだったんだ?どう戦って勝ったんだよ」

 半ば確信していたシペアは、特に大きな驚きもなく巨人に関してのことを俺達にねだって来た。
 シペアのこの様子だと、俺とパーラが巨人との戦いで一時行方不明になったことまでは知らないようだ。

 巨人の遺骸からアシャドル王国が発見した新技術となれば流石に詳しくは知らないが、当事者として実際に戦った時のことなら話すことは出来る。
 あの時の戦いに関しては特に国から口止めされてもいないので、語るぐらいは一向に構わない。
 構わないのだが、その前に、シペアには確認しておかなくてはならないことがあった。

「まぁ待てって。その前にシペアよ、ちょっと俺の質問に答えてくれ」

「おう、なんだ?」

「お前はここで何やってんだ?」

 ペルケティア教国の首都であるマルスベーラは、学園都市ディケットとはかなり離れている。
 徒歩は勿論、馬を使ったとしても何日もかかるほどの距離だ。
 だというのにシペアがここにいて、しかも教会関係者と同じ服を纏っているとなれば、そのことを尋ねないわけにはいかない。
 将来ある若者が、学生の本分を捨ててバイトに明け暮れるのを諫めるのも、大人の役目というものだ。

「何やってるも何も、教会でこの服着てんだ。ここで働いてるに決まってるだろ」

「なんでだ?学園はどうした」

「どうしたって……もしかして知らないのか?アンディお前、学園で教師やってたろ」

「やってたが、俺は正式な教師じゃないぞ。むしろ学園のことなら、知らないことの方が多いだろ」

 怪訝そうな顔でシペアはそう言うが、俺がやってたのはあくまでも臨時の講師であり、正規の採用で学園にいたわけではない。
 そんな、教師なら知っていて当然みたいな顔をされても心外である。

「そういやそうだったか。じゃあどっから説明したもんかな……生徒が卒業を迎える学年ってのは分かるか?」

「六年生だろ。五年生でも卒業資格があれば別だが、基本的には六年通って卒業が一般的らしいな」

 ディケット学園では、卒業の一年前になった時点で就職に向けた準備が本格的にスタートする。
 六年生へ上がるための単位取得は勿論だが、卒業後の進路に必要なコネ作りや身辺整理など、ある意味では五年生こそが学園生活の集大成とも言っても過言ではない。

 もっとも、入学時点で卒業後の進路が約束されている生徒も少なからずはいるため、卒業までのモラトリアムを楽しむ人間もそれなりに多いとか。

 他にも、学園で学んだことをさらに掘り下げて研究者として学園に残るパターンもあるが、この場合はよほど実家が太いか、潤沢な支援が約束されるほどに優秀な人材だけしか選べない進路だ。

「なら、シペアってもうすぐ卒業なんじゃない?私らが最後にディケットを離れた時って、確かシペアって四年生だったじゃん。そこから二年経ってるってことはさ」

 考え込むように一瞬視線をさまよわせたパーラだったが、すぐに何かに思い至ったような声を挙げる。

「ああ、パーラの言う通りだ。俺は今学園の六年生だから、次の春を迎えれば卒業になる。だから厳密に言えば俺はまだ学生の身分ではあるんだが、卒業後を見越してここで見習い修行をやってるんだ。もともとそういう約束で学園に通わせてもらってたからな」

 シペアが学園に通えていたのは、ペルケティア教国の偉い人が後見人となっていたからだ。
 その引き換えに、卒業後はペルケティア教国とヤゼス教のために働くという条件が課されていたというのは以前聞いたことがある。
 魔術師としての才能に目が付けられていなければ、今頃シペアは一般人として慎ましく暮らしていたことだろう。

 卒業までまだ少し猶予はあるが、この様子だと卒業資格も満たしているシペアは、先んじて仕事に慣れようとこうして教会で働きにきているわけか。
 意外と勤勉な性格のシペアらしいと言える。

「へぇ、学生ってそういう感じなのね。見習いっていつから?どんなことしてんの?」

 学園の仕組みや慣例に疎いパーラにとっては、シペアがこうして卒業前に働いているのも違和感なく受け入れられているようで、すぐに普段のシペアの仕事ぶりが気になったようだ。
 これでパーラも色々な経験をしているのだが、教会関連の仕事とは縁遠かったため、その内容には興味を抱いているらしい。

「ここに来たのは夏の前あたりだ。俺がやってんのは、教会で正式に働いてる人間の身の回りの世話だな。掃除に洗濯、建物の修繕なんかも含めて色々やってる。あぁ、でも料理だけはちゃんと専任の人が作ってるか。あと、字の読み書きができるから、ちょっとした書類仕事を手伝ったりとかも」

 指折り数えるようにして挙げていく仕事内容は、見習い修道士がこなす雑務としてはあまりにも多岐に渡っている。
 この世界でも何らかの職業に就くときは、大抵がまずは見習いの状態からのスタートが普通であり、シペアのように下働きの期間が発生するのは珍しくはない。

 特に学園を出ていれば文字の読み書きは一通り出来るし、礼儀作法も最低限のものを叩き込まれているため、人材としては破格の優秀さを誇る。
 本来ならディケット学園出身者というだけで就職先は引く手数多なのだが、実際は自由に就職先を選ぶことが出来る人間はほとんどいない。

 シペアのようにどこかの支援で学園に通っていた生徒は、卒業後の進路は支援元が握ることになるし、実家が貴族や商人の場合も同様だ。
 職探しに躍起になるリスクを含めた自由さか、あらかじめ決目られた仕事へと自動的に就くか、どちらの道がいいかは人ぞれぞれだろう。

 もっとも、シペアのこの言い様には悲壮感や嫌悪感などはないため、教会で働くことへ対してネガティブな感情はさほど抱いていないと思われる。
 学ぶ機会を与えられた対価と思えば、社会的地位のある教会関係への就職は決して悪いものではない。

「まだ卒業してもいないってのに、もうそんなに働いてんのかよ」

「まぁな。教会で働く奴は誰もが最初に通る道だってよ」

「その見習いが、こんなところで私らと話なんかしてていいの?仕事しろーって怒られない?」

「今はまだ昼の休憩時間だから心配ない。あんまり長いと流石にまずいけどな」

 教会というのは実にホワイトな職場で、なんと昼に休憩時間を貰えるらしい。
 日本の企業にも見習ってほしい。
 昼休憩の時間がたった三十分などと、スニッ〇ーズを食うだけの時間だと気付けない無能な経営者が日本には多すぎる。

「見習いねぇ…確かに大事な経験だろうけどな、お前は魔術師だろ。こう言っちゃなんだが、魔術師を見習いとしてこういう風に働かせるのはなんだか勿体ない気がするんだが」

 誰しもが就職した途端に完璧な仕事が出来るわけではない。
 商人だろうが職人だろうが、研修期間を乗り越えてこそ一人前になっていくのは間違いないのだが、一方で魔術師としてのシペアを知っている俺からすれば、この扱いは些か適材適所とは言い難い。

 魔術師は様々な分野で重宝されるため、見習い期間などすっ飛ばして研究なり実戦なりにいきなり放り込んで運用する方が効率的だろう。
 実力が伴っていなければ悪手ではあるが、シペアほどの腕前なら良好な結果は十分に期待できる。

「そういう声もあるにはあるんだが、なにせ俺は元々ペルケティアの人間じゃないし、熱心なヤゼス教信者ってわけでもないしな。学生の見習いってなると、まずはこういう仕事からやらせたほうがいいんだとさ」

「そういや、お前って一応アシャドル王国の人間か」

「ああ、ジネアは端っこの方とは言え、アシャドル王国に属してるからな」

 シペアの生まれた街はアシャドル王国でも端の端と言っていい地ではあるが、ペルケティアとも国境が近く、ヤゼス教も他の地域よりは比較的浸透している。
 そのため、ジネアの町にはヤゼス教に教徒として奉仕する人間も少なからずいるのだが、そう言う人間は下働きをしていた期間がそのまま見習い期間として見なされるらしい。

 それに対し、シペアはヤゼス教にあまり熱心に関わってこなかったのか、こうして一から下積み期間を送る必要があるようだ。
 本来なら魔術学科の出という肩書だけで特別待遇は間違いないのだが、シペアはまだ学生という枠からは出ない立場なので、正規雇用が先延ばしになってしまうのかもしれない。

「教会で少しでも働いてた経験があれば、また話は違ったんだがな。まぁ、この見習い修道士の身分も次の夏までだと思えば、そんなに悪いもんでもない」

「夏までって、なんで?」

 シペアの何か含むような言い方に、パーラが首を傾げる。
 すると周りには誰もいないはずなのに、人目を気にしたように声を潜めてシペアが話し出す。

「…まだ正式に外向けの発表はしてないんだが、お前らだから教えるぞ?他には言うなよ?今ペルケティアでは魔術師だけで構成される新設の部隊が計画されてんだ。早ければ春、遅くとも夏には設立が決まってる。そこに、俺は配属がもう内定してるんだ。だから夏までって言ったんだよ」

「魔術師だけの部隊を新設って、前は無かったのか?普通に考えりゃ、あってもおかしくはない気もするが」

 単純な戦闘能力に限らず、ちょっとした工作作業にも生かせる魔術が存在しているぐらいだ。
 軍というのが様々な場面を想定して兵科を組織する以上、少数精鋭で高い戦闘能力を有する魔術師で揃えた部隊がないわけがない。

「あるぞ、魔術師専用の部隊ってのはな。ただ、今そこの人間の平均年齢が大分上がってるってんで、近々大掛かりな再編が予定されてたらしい。だったら若い魔術師を集めて部隊を新設しようって声が出たみたいだ」

「なんで新しく部隊を作るのさ?若い魔術師を既存の部隊に入れるのじゃだめなの?」

 そう零したパーラの疑問の声に、俺も頷きで同意する。
 先に存在していた部隊の平均年齢が上がるのは仕方がない、人はどうあっても老いからは逃れられないからだ。
 ならばそこに若い新兵でも入れて若返りを図ればいいだけの話で、そうして延命する組織は多い。

 必ずしも成功するとは限らないが。

「さてな、そういうのは俺にはわかんねぇよ。偉い人がそう決めたんだろ」

 ぞんざいな返しではあるが、シペアの言うことは真理でもある。
 結局組織の中で決まる事というのは、偉い人間同士が勝手に話し合って勝手に決めていくことの方が圧倒的に多い。
 大方、組織間のパワーバランスで、どこかの誰かが新設の魔導師部隊の指揮権を握ろうとでも画策した結果なのだろう。

 ともあれ、新設の部隊にシペアが配属されるのは決まっているので、こいつの実力ならそう時間もかからずに頭角を現して出世できるかもしれない。
 気掛かりなのは、軍隊生活の中での処世術をシペアが身に着けているかだが、一応学園でも如才なく立ち回っていたようだし、ここでの見習い期間で揉まれて成長することも期待しておこう。

「俺の方はこの辺でいいだろ。そろそろそっちのことを聞かせてくれよ。ここにはどんな用事で来たんだ?俺に会いにってわけじゃないようだし」

 シペア自身も近況を粗方話し終わったのか、話が俺達と偶然ここで出会った理由へと切り替わる。
 久々の再会を喜びながらも、その眼は俺達が問題を抱えているのを薄々と察しているようだ。
 今の俺達は、決して景気のいい顔とは言い難いからな。

「ああ、お前に会ったのはただの偶然だよ。勿論、喜ばしいことではあったがな。俺達がここにいるのは、パーラの治療のためだ」

「パーラの?……そういや、左腕を吊ってるな。重傷か?教会に来たってことは、法術頼みか?」

 上着で隠れていたこともあって、今の今までシペアはパーラの左腕が動かせない状態だとは気付いていなかったらしい。
 ジッとパーラの姿を見つめ、ようやくそれに気付くとシペアの表情が引き締まっていく。

 会う人全員にパーラの怪我のことを言う必要はないが、友人が心配するのなら話さないではいられないのが人の情というものだ。

 パーラの承諾を得た上で、怪我をした経緯をかいつまんで説明していく。
 既にソーマルガで法術士に匙を投げられたこともしっかりと明かした上で、ここへ来た目的を話す。

「―とまぁそんなわけで、パーラの肩が動くようになるためにも、聖女に会いに来たってわけだ」

「…なるほどな、他の法術士が無理でも、聖女様なら癒しの奇跡で何とかしてくれるって考えるか。けどアンディ、そいつは大分難しいぞ」

 腕を組んで難しい顔をしたシペアの口から、否定の言葉が飛び出す。

「分かってる。俺達じゃ色々と足りてないってんだろ」

「その通り。酷な言い方をするがよ、お前らじゃ聖女様に会うには、まず身分が低すぎる。あちこちの国に伝手はあるみたいだが、それでも冒険者ってのは平民とそう変わらん。いきなり来て会わせてくれってのは、いくらなんでも無謀すぎる」

 見習いとはいえ教会で働いている人間だけに、聖女への面会がいかに難しいかはよく分かっているようで、渋面のシペアが口にする言葉は説得力がある。

「無謀ってのは俺も同意するがな、だからキャシーさんにお願いするためにここまで来たんだよ」

「キャシーさんっていうと、夜葬花の?…そうか、あの人は序列上位だから、聖女様にも近いか」

「正確には、聖鈴騎士のガイバって人にまずは繋ぎをとって、そこからキャシーさん、聖女って具合に行ければって感じだ」

「うーん…キャシーさんまで行けるなら、聖女様まではもうすぐだとは思うが、肝心のキャシーさんがな」

 俺達が辿ろうとしたコネでは、最終的にはキャシーにさえ届けばゴールも同然とは思っていたのだが、何故かシペアが口籠る。
 まるでキャシーを求めてやまない俺達の願いが空しいものだと言わんばかりのその態度に、嫌な予感がふつふつと湧き上がってくる。

「…まさか、キャシーさんはマルスベーラにいないのか?」

 可能性としては一番有り得るが、しかしそうあってほしくないことをシペアに投げかけると、申し訳なさそうな顔でしっかりと首肯してきた。

「今マルスベーラには聖鈴騎士の序列上位者はほぼ滞在してないらしい。全員、なんらかの任務で主都を離れてるってよ」

 最高戦力とも言える聖鈴騎士序列上位者が軒並み首都を離れるというのは、防衛の観点から問題もありそうな気はするが、なにも聖鈴騎士だけがこの国の戦力ではない。
 ここまで見てきた主都マルスベーラの治安を考えれば、逆にそれだけの戦力を外に放出しても大きな問題がないという自信の現われでもある。

「全員…ってことはなにか?その離れてる聖鈴騎士序列上位者に、キャシーさんが含まれてるってことか?」

「そういうことだ」

「じゃあグロウズはどうだ?あいつもいないのか?」

「書庫番か、あの人もそうだな。前まではキャシーさんの下でほとんど謹慎状態だったが、それも解けてからは精力的に動いてると聞く」

 過去にやらかした事案のせいで、グロウズはしばらくキャシーの監督下に置かれる時期があった。
 巨人との戦いの際には謹慎処分も半ば解かれていたそうだが、今では主都を離れる任務にも通常通り駆り出されているわけだ。

 俺達の本命はキャシーではあったが、ダメだった場合にはグロウズも頼ることも考えていたのに、そのグロウズすらいないとなれば、俺達が頼る先は完全に途絶えたと言う外ない。
 このことに、俺もそうだが特にパーラの表情はかなり沈んでしまった。

 なにも完全にキャシー達と会えないわけではなく、時間が経って帰ってくるのを待てばいいだけなのだが、パーラはまるでこの世の終わりかのような暗い顔を見せるものだから、それを見たシペアもいたたまれない雰囲気を見せる。

 室内の空気が重く暗いものになり、そのまま誰もが口を開かない時間がしばらく続いた後、シペアがハッキリと分かる溜息を吐いて話しだした。

「そういう顔はずりぃよ、パーラ。わかった、俺の方で伝手を当たってみる。あんまり使いたくはなかったんだが…」

 自分の伝手というやつに思う所があるのか、躊躇うような口調でそういうシペアに、俺とパーラは怪訝な顔をしながらも期待する目を向けてしまう。
 ただ、見習いの身分に使える伝手などたかが知れているはずなのだが、このタイミングでそれを口にするということは、よっぽどの何かがあるのだろうか。

「なんだよ、シペア。お前、なんかいい手があるみたいだな」

「いい手って言うか、要はお前ら、聖女様に繋がる可能性が少しでも欲しいんだろ?一人、今聖女様の近くに、俺のよく知る人間が世話役として付いている。そいつはお前らも知ってる奴だ。そっちから機会を狙ってみよう」

「私らも知ってるって…誰それ?聖女の傍にいるって、よっぽどの身分の人でしょ?ちょっと心当たりはないんだけど」

 若干勿体ぶる様なシペアの言い回しに、焦れた様子のパーラは眉間に深い皺を作っている。
 ヤゼス教が大事にしまい込むほどの聖女に近い立場の人間となると、社会的地位は木っ端の貴族などより高いはず。
 特大のコネで望んでも簡単には手に入れられない地位いる人間で、俺達とシペアの共通の知人となると…生憎、すぐには思い浮かばない。

「よく知ってはいるが、意外な人間ってことだ。誰だと思う?」

「勿体ぶるなよ、シペア。さっさと名前を教えろ」

 クイズを楽しむかのようなシペアの言い回しに、流石の俺も今は付き合うつもりは起きず、少し冷たい口調になりつつ先を促す。

「なんだよ、のりが悪ぃな。分かったよ、その人間ってのは実は……スーリアだ。あいつは今、聖女様の世話役の一人として、一番近くに侍る立場にいるんだよ」

「おいおい、スーリアとはまた…意外な名前だな。あいつもお前と一緒にこっちで働いてんのか?」

 予想外な人物の名前を聞き、俺とパーラは驚きで一瞬言葉も出なかったが、スーリアもまた、シペア同様に教会の後援で学園に通っていたため、ここにいてもおかしくはないと納得もする。

「ああ、大体同じぐらいの時期にな。もっとも、俺と違ってスーリアは大分扱いは上だが」

 それはそうだろう。
 魔術師部隊への内定があるとはいえ、見習いからスタートしているシペアに対し、聖女の側役になったスーリアは出世街道をとっくに走っていると言ってもいいぐらいだ。
 見方によっては、ゴールしているとすら言える。

「同じ女だから、聖女の世話役も任されたって考えていいのか?」

「それもあるが、それ以上にスーリアにしかできない仕事があるってんで、聖女様の世話役に抜擢されたってわけさ。正直、スーリアが任命された時はちょっとした騒ぎだったんだぜ。実績もない小娘がいきなり聖女様の傍に置かれたーって」

 替えの聞く司教などとは違い、無二の存在とされる聖女がいかに重要人物かは考えるまでもない。
 そんな聖女の側役というのは、信仰心の篤い信者なら誰もが望みながら、叶うことのない役目でもある。

 おまけに出世のためにも有効なステップになり得るとなれば、表と裏両方からその立場を虎視眈々と狙っている人間はいくらでもいるだろう。
 それが学園を卒業間近のぽっと出の小娘にかっさらわれたとなれば、騒がないわけがない。

「組織も長く続いてでかくなれば、突飛な人事で刺激を求めるもんなのかね。知らんけど。ただまぁ、スーリアが必要だからそういう抜擢があったんだろ?もしかして、召喚術絡みか?」

「流石アンディ、分かってるじゃねぇか。そういうことだ、スーリアの召喚術…正確には、物を別の場所からいつでも出し入れできる能力の方を見込まれたらしい」

 横車を押すどころか、空からナパームを投下するレベルの抜擢となれば、他では賄えない大きな理由が必要で、スーリアという人間はそれを許せるだけの要素を持ち合わせていた。
 即ち、召喚術である。

 特異性の多い系統である固有魔術の中でも、近年まで記録が少ないせいで謎の多かった召喚術だが、本人の努力とその周囲の助けで、在学中に急激な成長を見せた。
 その結果、召喚術の余技ともいえる亜空間への収納の存在が明るみに出て、それまでのスーリアへの評価がガラリと変わるほどの価値を世に示してしまった。

 その恩恵に与った経験から言わせてもらえば、スーリアの亜空間収納は大金を払ってでもキープするべき稀有な能力ではある。
 スーリアの亜空間収納はちょっとした小屋が丸々入るだけの容積があり、しかも内部空間では時間の流れも遅く、物を保管するという条件では恐ろしく有用だ。

 宗教組織での地位を考えれば、聖女にはあらゆる儀式や行事に対応した祭具が必要とされるはずだ。
 それらの大量の道具をいつでも持ち運べ、好きな時に取りだせる大容量の道具箱であるスーリアは、聖女が常に身の回りに置くだけの価値は十分にある。

「そのスーリアが聖女の近くにいるってのは分かったが、だからって俺達が合うのに仲介できるもんなのか?」

「言ったろ、期待はするなって。今俺がもてる伝手で一番有力なのが、スーリアなんだよ。まずは言うだけ言ってみようぜ。ダメならまた別の手を考えるだけだ。あと、久々にあいつにお前らを会わせてもやりたいしな。丁度この後、会う予定もあったことだし、一緒に行こうや」

 あまり頼りがいのある台詞とは思えないが、現状取れる手としては他に思いつかないのも事実で、シペアの提案を超えれる案を俺は持っていない。
 パーラと目を合わせて頷きあうと、すぐに椅子から立ち上がったシペアを追って部屋を後にする。

 このままスーリアの所へ向かうのか、迷いなく歩いていくシペアに続いて、教会内の廊下を歩いていく。
 果たしてスーリアを頼ることで上手く事が運ぶのかという懸念と期待を覚えはするが、この後に控えているのは久しぶりの友との再会なのは間違いない。
 結果がどうなるのかはともかくとして、まずは再会を喜ぶ時間を楽しむとしよう。
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