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夜に咲く炎

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 多くの人間が魔術と聞いて思い浮かべるのは、火水土風の四属性によるものがほとんどだ。
 固有魔術や俺の雷魔術など例外を除き、世の中の魔術師はほとんどがこの四属性を扱うため、イメージもしやすい。
 魔術師の総数が少ないために戦闘や生活などで重宝される魔術は、しっかりと体系立てられた研究がされており、歩みは遅くとも日々進歩は続けられているという。

 代表的な四属性にはそれぞれ得意とする分野はあるが、やはり火魔術は戦闘方面へ特化した研究が盛んだ。
 その攻撃力の高さから、扱う個人を一個の戦術兵器へと化けさせる可能性を追求していると言ってもいい。
 対人から対魔物まで、果ては巨大構造物を焼滅させることすら目的とした魔術の開発が過去から現在まで絶えることがないのも、人の夢と業がゆえにだろう。

 研究が進んではいると言っても、多くの魔術がそうであるように、火魔術もまた扱う者の才覚によって威力が左右される法則からは逃れられない。
 詠唱と保有魔力の条件さえ満たせば、一先ずは魔術としての火を生み出すことはできる。
 詠唱文には発動に必要な要素が詰まっており、操る炎の温度や規模、形状などがお手軽に扱えるからだ。

 無論、才能次第では詠唱の及ばない部分で火魔術を自在にコントロールする人間もいるが、火というのは敵を滅ぼすのに有効であると同時に、術者自身を滅ぼすことすら有り得るほど危険なものだ。

 水も土も風も、ただ魔術で掌握してそこにあるだけでは生物を殺傷することはない。
 翻って火は存在するだけで熱を辺りへ放ち、触れれば火傷から焼死までのダメージを与えてくる。
 非常に強力で扱いに注意が必要だからこそ、火魔術は威力の増大と共に術者の制御を逸脱しないよう改良もされてきた。

 そんな中、火魔術において温度の制御と双璧を成して研究が進められているのが、魔力による炎の形態変化だ。

 単純に敵へ向けて撃つだけなら、火球のまま温度を上げてぶつければいい。
 それだけで、対抗手段を持たない生物なら殺せる。
 発射の速度と温度の管理に絞れば、詠唱の文言もそう複雑にはならず、扱いやすく普及もしやすい。

 だがそうして砲台的な役割だけでいつまでも敵を倒せるほど、闘争は優しくない。
 火力と直線的な動きだけの攻撃など、一度でも見てしまえば対策はしやすい。
 魔術への対抗となる戦闘技術として、身体強化による接近戦があるように、火魔術もその在り方に変化を求められていった結果、生物を模倣した炎を生み出すというアプローチへと至った。

 初めは簡単な形から始まり、次第に鳥や狼、果ては竜にまで姿を真似る魔術が作られ、今では生物の柔軟な動きを再現した術がいくつも完成していた。
 地を駆ける速さでは狼を、細くうねる様な動きで対象へ迫るのには蛇が、羽ばたきをもって包むように広範囲を焼く鳥といった、用途と魔力量の兼ね合いで模倣する動物は変われど、いずれもただの炎では成しえない応用力を兼ね備えている。

 特に竜を再現した炎は、最強の魔術の一角として有名で、本物のドラゴンブレスと遜色がないと謳われており、たったの一撃で湖を消し飛ばしたという逸話が残っているほどだ。
 その凄まじい威力ゆえに、莫大な魔力と詠唱以外の部分での魔力制御が恐ろしく緻密なものを要求されるため、竜を模した火魔術に限っては、発明から長い年月が経った今まで記録に残る使い手は五指に満たないという。

 竜とはいかずとも、恵まれた才能と修行の果て、大人の背丈を超えるサイズの動物を火で再現できた魔術師ならば、その名を歴史に刻むことは十分にあり得る。
 その点で言えば、俺が相対している灰爪と名乗る暗殺者もまた、その一人ということになる。
 名を知られるべきではない暗殺者が歴史に名を残すなど、どんな皮肉か。

 なぜ遭遇した時点で魔術師であることを隠し、剣だけで戦っていたのかは分からないが、奥の手として火魔術を温存していたとすれば、ここで使わせたことは追い詰められていたと言っていいのだろうか。






 轟轟という音を立てることもなく、ただ静かに炎が鳥の羽を形作って包み込む内側は、今が夜ということを忘れさせるのに十分な光に満ちている。
 火魔術が高い殺傷能力で恐れられる一方、人の手によって制御された炎の明るさはどこまでも美しく、この身に降りかかっていなければきっと見惚れていたことだろう。

 操り手の意に沿い全てを焼き尽くそうと、俺の体を高熱が蝕み、身に着けている装備の内、耐熱性の低いものは一瞬で灰になった。
 せいぜい無事なのは、可変籠手と鉄のナイフぐらいだが、そのナイフも柄の部分の巻革がとっくに焼失している。
 それほどの高温に俺は晒されているのだ。

 なんの対策もしていない肉の体は、あっという間に皮膚が溶けるように消え、炎の中で消費された酸素に変わって高熱が肺を焼いていく。

 体が炭になりながら、呼吸が出来ずにもがき苦しむ俺の姿が炎の中に……あるということはなかった。

 あの灰爪が火の鳥をこちらに向けて放った瞬間、俺は体を雷化させて灼熱の炎から身を守っていたのだ。
 装備こそ焼かれてしまったが、肉体の方は現状、火傷一つ負っていない。
 咄嗟に全身を襲った火への対処として雷化を選んだわけだが、結果としてこちらの被害は装備の大半を失った程度で済んでいる。

 普通なら業火の中では息も出来ないが、元々雷化状態においてはどういう理屈か呼吸を絶対に必要とはしておらず、仮に熱を吸い込んでしまったとしても雷化した体内には大して影響もない。
 視界が火一色に彩られている現状の割に幾分か冷静でいられる俺は、もしも死んで火葬される時はこんな光景なのかと妙な感心を覚えているくらいだ。

 火の勢いは未だ弱まってはいないが、このレベルの火魔術となるとそろそろ消える頃合いだ。
 大抵の魔術がそうであるように、火魔術もその威力と規模を保ち続けるには魔力を絶えず注いでいなければならない。
 特に高等な魔術ともなれば必要とされる魔力も桁違いであり、いかに優れた魔術師であろうと魔力は有限だ。
 いつまでもこのレベルの炎を維持し続けるのは効率も悪い。

 俺がこうして雷化で無事なのを知っていて、こちらの息切れを待って燃やし続けるという狙いがあるのならまた別だが、その可能性はまずないだろう。
 今ここで戦った灰爪に雷化の情報などあるはずもなく、念を入れて骨まで燃やし尽くそうとしていると考える方がまだ妥当だ。

 そうなると、この火が消えた瞬間が勝負となる。
 先程まで俺と灰爪を遮っていた木の板はとっくに燃え尽きているはずなので、互いの目隠しとなっている火が無くなったタイミングに仕掛けたい。
 相手も俺が焼け死んだと油断していそうなので、そこをつける。

 そして、その時は唐突に訪れた。
 時間にして三十秒ほど経った頃、俺と灰爪を遮っていた分厚い炎のカーテンが霧散する。
 燃焼の段階を削り取ったかのようなあまりにもあっさりとしたその消え方は、灰爪が魔術の維持を完全に手放したが故のものだ。

 きっと灰爪はこの炎のカーテンが開かれた先に、俺の焼け焦げた死体を夢想していたに違いないが、それこそが無意味な幻想だったと思い知らせてやる。

 魔力をバカ喰いしていた雷化を解くと、俺の体を熱気の残滓が撫でた。
 雷化で体は無事だったが、装備と一緒に服も燃えてしまっていて、今の俺は全裸魔術師となっている。
 素足で触れる地面は恐ろしく熱いが、ギリギリ耐えられないほどではないし、多少の火傷には目を瞑ろう。

 強烈な明かりだった火が消えたことによって、さらに深い闇となった中で、足元に転がっていた可変籠手を蹴り上げて目の前まで持ってくる。
 ついさっきまで高温に炙られていた可変籠手は、一瞬触れただけでもとんでもなく熱いのが分かり、左足の甲にはそうと分かる火傷が一瞬で刻まれた。

「~~~~ッッッ!」

 皮膚の焼ける嫌な臭いと共に激痛が走るが、声を上げるのをどうにか我慢する。
 目の前にいるであろう灰爪に、俺の生存をギリギリまで悟らせたくない。

 火魔術の恐ろしい所は、直接な攻撃力だけではなく周囲に残留する熱による被害も無視できない点だ。
 魔術によって生み出された火は術者の制御下にあるのだが、その火から放射される熱のいくらかは周囲へと残り、無差別に影響を与える。
 その熱が今、俺へと牙を剥いたわけだ。

 赤熱化はしていないまでも、熱々の可変籠手は素手で触ることも恐ろしくてたまらないが、大火傷を覚悟で唯一の武器へと手を延ばす。
 空中にあった二つの可変籠手を掴むと、焼き付く音と共に高温の金属が食い込むようにして掌に収まった。

 予想と覚悟は済ませていたが、それでも痛いものは痛い。
 その痛みに耐えて、一双を纏めて握って変形の指令を送る。
 魔力の波を受けて変形を始めた可変籠手は、たちまち一本の長剣へと姿を変えていく。
 地面を擦るようにして軽く一振りをすると、落ちていたナイフが音を立てて弾かれた。

 特殊で微細な金属片の集合体である可変籠手は、左右一対の両手を組み合わせて一つの砲口を形成できる自在さがある。
 こうして装着していない状態でも、二つで一本の剣へと形を変えるのは難しいことではない。

 可変籠手二つ分で作った剣はそれなりの厚さと長さがあり、人間程度なら一刀両断とするのに不安のない出来となっている。

 その剣を手に、目の前へと強く大きく踏み込みながら、縦に振り下ろす。
 少し前まで灰爪がいた場所目がけて振られた剣は、油断をしていた人間の脳漿をぶちまけることを約束してくれるはずだった。

 だが、ジギンという金属が噛み合う不快な音を立て、俺の剣は灰爪が掲げた剣に受け止められてしまった。

「このクソ野郎っ…!読んでやがったのかよ!」

 思わず舌打ちと共に、灰爪への悪態が零れた。
 あれだけの炎に巻かれて生きているなどと普通は思わないところだが、どうやらこの灰爪は普通の考え方をしてはいなかったようだ。

 炎が消えてからもこうして剣での防御が出来ている以上、俺の生存の可能性を捨てず、反撃すら予想していたということになる。
 ただ、フードで顔こそ見えないが、肩で息をしている様子から先程の火魔術で精神をかなり消耗したようだ。

「あれで死んでりゃあよかったがな!死んでなきゃこう来ると思ってたまで!」

 灰爪は剣を構えながら驚愕と納得、そこに僅かな愉悦が混ざったような声を上げている。
 一応、灰爪の予想としても、俺が生きている可能性は低い方だったようだが、この流れを読んでいたのは大したものだ。

「普通はそう思わんもんだがな!…なんでわかった!?」

「目だ!貴様のような目をした人間は、早々死ぬとは思えなかった!だから警戒していたが…俺の勘も捨てたもんじゃないな!」

 剣を押し込みながら、灰爪がなぜこう判断をしたのか探ってみたが、返って来たのはなんともフワリとした答えだった。
 目を見て為人を理解するというのは分からなくはないが、この短時間で、しかも敵同士となった相手をそう推察できるとはこの男、一体どんなものが見えているというのか。

「俺の目を見ただけで、何を分かったってん…っだ!」

 押し込んでいた剣から一瞬力を抜き、灰爪が押し戻そうとする力を利用して僅かに下がる。
 そして、間髪いれずに灰爪の鳩尾を狙って蹴りを放つ。
 軸足に魔力を瞬間的に多く流し、繰り出す蹴り足に乗る威力をさらに増大させる。

 肋骨ごとぶち抜くつもりで放った蹴りだが、正面からの攻撃だけに灰爪も防ぎやすかったようで、あっさりと剣の腹で蹴りを受け止められてしまった。
 しかしこれは想定済みで、接触している剣に対して足から電撃を放って感電を狙う。

 足の裏を基点にした雷魔術の発動を行ったその時、灰爪の口元から微かな音が漏れているのに気付く。
 呟くようにして一定のテンポで紡がれる言葉は、聞き取れずとも何のためかはすぐに分かった。

「…い無き道に!紅蓮の杖!」

 喘ぐような荒い息と共に術名が叫ばれ、こちらへと向けられた灰爪の左手から棒状の炎が飛び出してきた。
 まさに杖と呼んでいい棒状の炎は、突き出していた俺の足と並行に並ぶようにして伸びていき、その軌道はさながら目標を射抜くレーザービームのようだ。
 発動の速さからして、中から下級に属する魔術と思われる。

 ただ、その突き進む速度は決して早いとは言えず、一拍遅れた俺でも対処は十分に間に合う。
 発動途中だった雷魔術の術式を少し変え、蹴りを放ったままだった脚のすぐ傍を走る炎目がけて放電を行う。

 炎に雷が絡みつくと、夜の闇を花火にも似た強い光が明るく染め上げる。
 直視していれば確実に目をやられる閃光の中、まるで蟻が無数に群がって得物を食い千切るように、電撃が炎を蝕んでいく。
 あっという間に形態を維持できる大きさを失った炎が、ほどけるようにして辺りに散らばっていった。

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

 互いの魔術が相殺し合い、自然と仕切り直すように間合いが離れたタイミングで、それまで堪えていたものが噴き出したように灰爪が荒い呼吸をしだした。
 さっきまでの激しい剣捌きでもここまで呼吸を乱していなかったというのに、魔術を使った直後にこうなるということは、魔術師としての適性は剣士のそれに比べれば低いのかもしれない。

 世の中には魔術師と剣士を両立できる人間は少ないながらも確かに存在している。
 俺やパーラがそうだ。
 この灰爪もあれだけの火魔術が使えるのなら、一応両立できていると言っていいが、高等魔術と中級以下の魔術の二つを使っただけでこの消耗具合となると、魔術師としての成長限界はとっくに迎えているのだろう。

 火の鳥を生み出せる技量は大したものだが、魔術をメインに据えるには些か適正に劣り、ならばと剣士に比重をおいて戦ってきた結果が、あの剣技とこの体たらくというわけだ。
 人によって保有する魔力量は違うし、剣を振るいながらの高等魔術の詠唱というのはかなりの集中力を必要とする。
 たった二発の魔術でなどと言うなかれ、あれはあれで並のことではないのだ。

「随分息が上がってるな!灰爪さんよぉ!ここらで休憩でもするかい!?なんならお茶でも入れてやろう!」

「ぐぅふっ…余計な、お世話だ!」

 嘔吐一歩手前といった感じで返される灰爪の声に、この様子だと恐らくこの後魔術を使われることはまずないと推測できる。
 少なくとも、さっきの火の鳥のような高等魔術は使えないはず。

 その証拠に、灰爪はまた剣を使った刺突を繰り出してきた。
 だが精神的な疲労は剣にも反映されているようで、先程と比べると精彩を欠いていると言わざるを得ない。

 突きにマシンガンのような素早さはなく、込められた力も多少弱い。
 普通ならいなすのに苦労しない攻撃だが、今の俺は手にやけどを負っているため、その分を差し引くと依然脅威度は高いままだ。

 向こうは精神的にも肉体的にも疲労が隠し切れず、こちらも手足に負った火傷のダメージが無視できないとなれば、拮抗した戦闘はまだまだ続きそうだ。
 一息にレールガンをぶっ放してケリをつけたいところだが、あれは発動までに隙があるため、剣士のスタイルに戻った灰爪はそこを見逃さないだろう。

 となると、現状を打破するべき新たな一手が欲しくなるのが人の性というもの。
 この戦いにもいい加減飽きてきたし、そろそろ終わりにしたい。

 迫る突きに合わせ、こちらも剣をぶつけて軌道を逸らすと、やや強引にこじ開けるようにして灰爪の懐へと一歩深く踏み込む。
 その際、蟀谷を少し斬られたが、かすり傷だとして痛みも出血も今は無視する。

 それまでと違って捨て身にも似た積極的な前進をした俺に、灰爪は一瞬驚いたようで、ほんのわずかな硬直を見せた。
 そのわずかに作られた隙が、この戦いの終わりへと繋がる。

 向こうは腐っても一流の剣士だ。
 多少の隙をついたところで、純粋な剣術の前ではまだまだ俺に不利がある。
 恐らくこのまま剣で攻撃を繰り出したところで、ほんの少しだけ灰爪を圧倒した後にはまた先程の打ち合いに持ち込まれるのがオチだろう。

 ならば、剣でも魔術でもない部分で攻めるのみだ。
 今俺の手にある剣は、可変籠手で作られたもので、その変形は無限大の可能性を秘めていると言っても過言ではない。

 微小な金属の集合体であるそれに、魔力を使ってある命令を送る。
 すると、すぐさま剣は蠢くように形を変え始め、長剣だった柄の部分はそのままに、剣身が分割されるように引き延ばされていく。

「こいつ…連接剣か!?」

 鎖がぶつかるような金属音と共に蛇のようにうねる剣を見て、灰爪がその正体を言い当てる。
 自分の体に巻きつくように迫る連接剣に、慌てて振りほどこうと剣を振るうが時すでに遅し。
 既に奴の右腕には、分割された剣身を繋ぐワイヤー部分が絡みついており、剣を振れるだけの自由はもう奪われている。

 灰爪が言い当てたように、俺が可変籠手の形を変えて作り出したのは連接剣だ。
 有名な呼び名だとガリアンソードや鞭剣、ウィップソードなどというのがあるが、こっちの世界だと連接剣と名付けられた一風変わった武器となる。

 普段は長剣の形をとっているが、特殊な機構を解放することで剣身が分割されてワイヤーで繋がれた状態となり、鞭のような性質を持った剣へと変化する。
 刃の部分は勿論、極めればワイヤー部分でも人体を切断できるそうで、優れた使い手なら敵に囲まれた状態でも連接剣の一振りで全員殺せるという。

 非常に強力な武器ではあるが、剣と鞭の両方の性質を備えているためか扱いは難しく、使い手はまず見かけることがない。
 人によっては存在すら知らないというのも珍しくない。

 俺がなぜ可変籠手をそんなマイナーな連接剣へと変えたかというと、実は雷魔術と連接剣の相性がいいためだ。
 連接剣を扱うには鞭も使える技量が必要なのだが、電磁力で金属に干渉できる俺は分割された剣先を磁力で自在に動かすことが出来る。

 可変籠手自体は素材が特殊なせいか磁力への反応は鈍いのだが、変形の際に磁石に反応する金属を一部でも取り込めばどうにかできる。
 実際、今灰爪へと纏わりつく連接剣には、先程奴の火魔術で巻革を焼かれてむき身となっていたナイフが切っ先として組み込まれていた。
 その部分を磁力で操り、俺の意のままに動かしているわけだ。

 これで灰爪の装備が金属で固められていれば磁力での操作は難しかったが、腐っても暗殺者の奴は音を立てやすい金属を極力身に着けないというセオリーを大事にしているらしく、この誘導方法が妨害されることはない。

 もはや灰爪が持つ一本の剣だけで防ぐには難しい軌道を描き、右腕から肩まで這い上がる様はさながら蛇のようでもある。
 ここまできたら、後はもう止めとして首にでも切っ先を突き立てて終わりだと、少なくとも俺はそう思っていた。

 だが灰爪は咄嗟に剣を左手に持ち替えると、連接剣のワイヤーを狙った斬撃を繰り出してきた。
 自分の右腕を半ば拘束し、さらには急所となり得る部分を狙えるだけの位置にまで来た連接剣をどうにかしようと、武器破壊を狙ってのことだろう。

 可変籠手の頑丈さを考えれば、多少の攻撃では破壊は難しいが、生憎灰爪の剣は多少の攻撃というレベルではない。
 微細な金属の集合体という特性上、瞬間的に耐久値を超える攻撃に晒されれば、可変籠手は自切のように分解を始める。
 そうなると武器の形状を保つのは難しいため、こちらの武器は一時的に喪失し、灰爪に反撃の隙を与えてしまう。

 止むを得ず灰爪の武器破壊から逃れるため、致命傷を狙っていた連接剣は引き戻す。
 あとわずかで奴の頸動脈に届いていたと思えば口惜しく、とはいえ、ただ引くだけでは勿体ない。

「チィッ!せめて右腕ぐらいっ」

 連接剣を引き戻す際、灰爪の右腕を掠めるような軌道だったことを生かし、ワイヤー部分を使って二の腕の辺りを挟み込みながら捻る。
 磁力で切っ先を動かし、手首の返しと肘の跳ね上げ、そして腰のひねりを加えたことで複雑な動きを見せた連接剣は、俺の望んだとおりに牙を剥く。

「ぎぃ…ぐぁあ!?」

 灰爪の絶叫と共に、辺りに液体が飛び散った。
 そのいくらかは俺の体にも降りかかり、俺の行動の結果と漂う匂いとから、灰爪に大量の出血を引き起こす傷を負わせることが出来た。
 地面に落ちる血の水音から、傷口は小さくないものと推測する。

「腕がっ―ぐぅ!」

 暗がりの向こうで、明らかに体勢を崩した灰爪に、追い打ちで電撃を飛ばす。
 一瞬辺りを明るくする雷光に、地面に転がる人間の腕と血だまりが見えた。
 どうやらさっきの俺の剣は、灰爪の右腕を切断するに至り、その衝撃と痛みはこちらが魔術を使うのを見逃すほどには強烈だったらしい。
 そして、今までの回避っぷりが嘘のように、灰爪の体に電撃が直撃する。

 発動までの準備時間が短かったせいで規模は今一つだが、生身の人間なら死ねるだけの威力はあるそれを受け、灰爪が呻きながら地面に倒れ込む。
 これはもう死んだかと思いきや、僅かに体が動いているのとつっかえる様な呼吸が聞こえることから、辛うじて生きてはいるようだ。

 一先ずは立ち上がってくる気配もなく、これで終わりかと気を抜きかけた次の瞬間、目の前で炎が噴きあがった。
 この場ではこれを誰がやったかなど考えるまでもないが、あれだけの怪我に電撃を食らった上で生み出したにしては中々の熱だ。
 直前に詠唱は聞こえなかったため、この炎は魔術ではなく純粋に魔力を火に変えて放出しただけだろう。

 魔力を直接現象に変えて放つのは即応性に優れるが、コントロールが難しくなる欠点がある。
 奇襲に使うには悪い手ではないが、このタイミングとなるとむしろ逃亡のための目くらましと見るべきか。

 暗殺者という生き物は、対象を殺すために自分の命を投げ出すというほど職務熱心ではない。
 命の危険があれば、あっさりとケツをまくる。
 この灰爪も戦闘狂の気はあるが、本当にヤバいとなれば逃げてしまうだろう。
 片腕をもがれ、血液と共に体力も失っているとなればなさらだ。

 炎の向こうへと連接剣を伸ばし、先程まで灰爪が蹲っていた地面の辺りをめがけて攻撃するが、手応えは固い地面を削るもののみ。
 どうやら既に逃げの一手を打っているらしい。

 この炎の先にはきっと這う這うの体で逃げようとしている灰爪がいるのだとするなら、俺がやることは決まっている。
 向こうが逃げようとして作り出したこの炎の壁は、こちらが大規模な魔術を使うのにもいい目隠しになたった。
 僅かに生まれたこの隙に、連接剣に組み込んでいたナイフをいったん取り外して手に持ち換える。

 体内で練り上げる膨大な魔力に雷の属性を与え、ナイフを握る左手へと伝達させると、バチチチチという千羽の鳥が囀るような音と主に、ナイフ自体に運動エネルギーが蓄積されていくイメージが高まってくる。
 今にも飛び出していきそうなナイフを僅かな間だけ掌に留めた後、ベクトルを調整してレールガンの弾頭として一気に撃ち出す。

 周りの建物への被害を考えて使用を躊躇っていたレールガンだが、奴を逃がすぐらいならその気も失せた。
 特大の暴力を与えられた弾丸は、全てを食い千切らんばかりにひたすら前へと進む。

 目が眩むような閃光と共に、轟音と衝撃波を伴って俺の目の前の空間を強烈な衝撃波が蹂躙していく。
 苦し紛れに作り出された炎の壁など霞のように晴らされ、そして、その先にあった人影が上下に両断されながら宙へと吹き飛んだ。

 重力に逆らえず、宙にあった物体が地面へと帰ってくると、ゴチャリという重く硬い水音を立てて人体だったものがその身を投げ出す。
 見事に腹の真ん中から裂け、上半身と下半身に分かれた死体からは内臓と血が溢れ出ており、およそ人間の死に方としては惨いと言っていい姿となった灰爪がそこにはいた。

 当然ながらこの状態の灰爪に意識はなく、完全に死んでいる。
 人体を上下に分割されて、生きているわけがない。
 絶叫を上げる暇もなかっただろう。

 今の俺の保有魔力量と効率的な運用によって強化されたレールガンの威力は、人体には明らかに過剰な威力があり、直撃すれば消滅、掠っただけでもまず間違いなく即死だ。
 灰爪のこの死体は直撃ではないが掠ったと言えるほど軽いものではなく、逃げようとした背中に迫ったレールガンの弾頭が肉体を抉り、この惨状を作ったと言える。

 死体となった灰爪の上半身はまだ大半が残っている方なので、どうせ死んだのならその顔でも拝んでやろうかとも思ったが、死体の惨さを見てその気が失せた。
 今更素顔を見たところで何か思うこともない。

 当初の目的である、パーラの無念は晴らしたのだ。
 右腕を千切った時点で意趣返しは出来たと言っていいが、俺の怒りの分を上乗せすれば生かしておくわけにはいかなかった。
 こうして奇麗とは決して言い難い死体となった今、これ以上こいつに気をとられるのもつまらない。

 後は騒動の切っ掛けとも大元とも言えるアルメン達をどうにかするかだが、こっちは天地会か裏の連中に任せていいだろう。
 俺自身、直接倒すべき標的は討てたのだし、アルメンなどどうなろうと構わんというのが正直なところだ。

 新興宗教の皮をかぶった詐欺師など、行政なり裏の掟なりで裁かれてくれれば、俺がどうこうする気も起きないといった程度だ。
 それよりも、パーラの意識が戻るのを傍で待つ方がよっぽど有意義だと思える。

 もうしばらくしたら夜が明ける。
 そうなったら、夜中の騒ぎを聞いた近隣住民の通報で、衛兵がこの広場にもやってくるだろう。
 置かれていた資材を派手に燃え散らかし、挙句の果てにはレールガンで巨大な亀裂を刻まれた建物の壁という惨状に、果たして彼らはどんな顔をするのか。

 それを特に見たいとも思わないので、さっさとここを離れてしまおう。
 一応、天地会にはこのことを伝えて、この場所の惨状をフォローしてもらえるよう頼んでおく。
 今回の騒動には天地会の協力が約束されているので、これにもバックアップ適用されると信じよう。

 そうとなったらパーラの様子でも見に行くとするか。
 憂いは晴れたし、後はあいつが回復するのを待つのみだ。
 いつ意識をとり戻すかはパーラ次第だが、それでも薬師の言うことを鵜呑みにするならそう遠くない日だと思っていい。

 目が覚めたら、まずは精神と肉体の回復にしばらくは励むことになる。
 パーラをあんな状態にした灰爪の死は教えてやるとして、後は体にいいものでも食わせてやるぐらいだな。
 いつまでも娼館で世話になるわけにもいかないし、宿も変える必要がある。

 色々とやることが山積みだが、さしあたってまずやることは、どこかで服を調達することか。
 灰爪に服を焼かれた男が一人、朝日の中で立っているのは流石に言い訳が難しいので、人に見られる前ににさっさと文化的な姿を手に入れるとしよう。
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「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
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R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

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