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おぉ、懐かしのフィンディよ

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フィンディという街は砂漠の中央にあってなお人と物の往来が激しい街だ。
物流の集積・中継地としての役割を担うことで、その恩恵にあやかってこの街は発展を続けてきたと言えるだろう。

風紋船がフィンディの街に近付くとそれだけで街は活気付き始め、商人達は風紋船から運び出される荷物を品定めするのに忙しく動き回る。
風紋船はこの街にとって日常であるとともに、一種のイベントとしても扱われていた。

一時期はフィンディの街の近くにドレイクモドキが現れたおかげで物流が滞ることもあったが、今現在はその時のことなど微塵も感じさせないほどに頻繁に風紋船が入れ替わりで出入りを繰り返し、フィンディの街は以前の賑わいを取り戻しているようだ。

そんな中、風紋船とは明らかに異なる、空を飛ぶ巨大な物体がフィンディの街に近付くという事態が起こるどうなるか。
大勢の人の目があり、しかも昼間ともなるとはっきりと姿を捉えられるため、飛空艇が姿を見られた時点で上を下への大騒ぎとなっていた。

外壁の上を行き交う武装した兵士がこちらを指さしながら叫ぶ中、俺はゆっくりと下降していく。
外壁から突き出た桟橋で風紋船が停泊していない所に飛空艇を横付けし、まずは飛空艇のことを説明するために偉い人に話を通そうとタラップを降りた。
そしてそんな俺を出迎えたのは、大勢の兵士が構える槍の穂先だった。





「―ということなので、あの飛空艇とやらは風紋船と同じように桟橋で停泊させてください。いいですか?今回はそちらに悪意が無いことが分かりましたので不問としますが、今後他の街や村に訪れる時に混乱を起こさないように対策を考えるようにしてくださいね」
突然現れた飛空艇に警戒されつつも、きちんと桟橋に停泊したことで害はないと判断されたのだが、少なからず混乱をもたらしたということでフィンディの守備隊の責任者らしき人に俺はしっかりと怒られた。

「はい、ご迷惑をおかけしました。十分に再発防止の対策を立てて、今後へ活かしたいと思います」
若干棒読み気味になってしまったが、正直普通に停泊を試みただけなので謝罪の言葉をはっきり口にする気にはならないため、こういう物言いになってしまうのも仕方ない。
とはいえ、いきなり飛空艇で空から乗り付けた俺も多少の非があるということは分かっているので、今後同じことが起こらないように何か方策を立てなければならない。

皇国が認める飛空艇の所有許可の書類と、ダンガ勲章があったおかげでこの程度で済んでいるが、これが一般人なら牢にぶち込まれていてもおかしくはなかっただろう。
飛空艇の停泊は認められ、親切にも積荷を降ろすのに人を手配してもらえたのは、偏にダンガ勲章の効力だろう。

次々と運ばれていった積荷は実に荷馬車4台分にもなる。
これらはフィンディでは手に入りにくい種類の果物や香辛料がほとんどで、全て商人ギルドへと卸すことに決めていた。
自前の販売ルートや店舗を持たない俺は、多少卸値が安くとも、とっとと積荷をさばきたいのだ。
それにはやはり商人ギルドへ卸すのが一番手間がかからない。

商人ギルドへと向かう荷馬車を見送り、俺は冒険者ギルドへと向かう。
フィンディに来た目的の一つが生存報告なので、真っ先に済ませたい事柄だ。
約一月ぶりとなるフィンディの街並みは、俺が知るものよりも賑やかさで溢れている。

一月前のあの時はドレイクモドキのせいで物流は制限され、街の防衛強化で兵士がピリピリしていたのものあって、少々沈んだ空気が漂っていた。
だが今はそれも雲散霧消、通りを歩く間にもそこかしこで生き生きとした人の営みの気配を感じることが出来る。
ドレイクモドキ討伐に携わった身としては、この光景に自分がいくらかでも貢献出来たと思うと少しだけ誇らしい気持ちになる。

パーラを探しに行く前に、とりあえずギルドで報告を先に済ませてしまおうと思い、フィンディの冒険者ギルドへと向かった。
俺が中に入った途端、先程まで確かにあった喧騒は、潮が引くようにして一気に静まり返ってしまった。
何故急にそうなったのかという疑問はあるが、とにかく手続きを済ませたい頭はそれを気にするよりも、まずは受付へと向かうことを優先させた。

今ギルド内にいる者達全員が俺の姿を目で追い、大口を開けてポカンとしたまま動かない状態だ。
当然ながら受付嬢も同じような状態で、俺が目の前に立っても暫く呆けた様子でいたので、こちらから話しかけることにした。

「失礼、自分はアンディと申しますが、以前こちらで受けた依頼で恐らく行方不明となっている者です。この度無事の帰還となりまして、生存報告とその処理をお願いしたく参りました。手続きをお願いできますか?」
「……あ、はい。えー…生存報告ですね。それではギルドカードを預からせてもらいますがよろしいでしょうか?…はい、確かにお預かりしました。少々お待ちください」
用件を告げると少々慌てた様子ながら、受け取ったギルドカードを手にした受付嬢が何やら作業をしているのから目を離し、ギルド内へと視線を巡らしてみた。

こちらを観察するように見ている冒険者が結構な数で存在しており、一体何を注目しているのかわからず、俺は首を傾げるしかできない。
「お待たせしました。カード情報の照合が完了しましたので、先のドレイクモドキに関する依頼の際、アンディ様が行方不明として処理されていましたものをこちらで修正いたしました」
どうやら手続きが完了したようで、差し出されたギルドカードと報酬の入った小袋を受け取る。

「…アンディ?お前、アンディだよな?」
小袋の中身を数えている俺の背中に誰かが声をかけてきた。
名前を呼ばれたということは知り合いだと思い、振り向いた先にいたのは懐かしい顔だった。

「あぁどうも、ユノーさん。ご無沙汰してます」
そう言えば一ヵ月ぶりぐらいになるのだが、なんだかもっと長い事顔を見ていない気分だ。
それだけ濃密な時間を過ごしたということだろうか。

「御無沙汰って…お前生きてたなら連絡ぐらいしなよ!パーラがどんだけ心配したと…」
目を見開いた驚きの表情から一転して怒鳴りつけてきたユノーは、決して俺を非難しているのではなく、それだけ心配していたということなのかもしれない。

「いや、俺も色々大変だったんですよ。あの流砂の底から脱出するのに手間どったり、脱出したらしたでやることが出てきたりで、もう大忙しでした」
「そりゃ色々あったかもしれないけどさ、せめて手紙なり伝言なりで生きてることを教えてくれれば…。あ、そうだ。コンウェルにもこのこと教えないと。あんた、ちょっとついて来な」
「あぁ、そうですね。コンウェルさんにも無事を知らせましょう。そういえばパーラどこか知りません?まだ前に泊まった宿にいたりします?」
「そのこともコンウェルと一緒に話すわ。とにかく行くよ」

足早に去っていくユノーの後に続き、俺もギルドを後にする。
出来ればパーラのことを先に聞きたかったのだが、どうにもタイミングがつかめず、とりあえず落ち着いてから尋ねてみよう。
人が多く行き交う大通りを泳ぐように進むユノーに、俺は着いて行くので精一杯だ。
そのまま暫く歩き続け、一件の雑貨屋らしき建物の中へユノーが入っていくのに俺も続く。

「コンウェル!コンウェルどこだい!」
普通に営業中の店内で声を張り上げるユノーに、他の客達からの非難交じりの視線が集まるが、当の本人は知ったことかと声を潜めることなくコンウェルの名前を呼び続ける。
それを聞いてか、奥の方からコンウェルが小走りでこちらへかけてきた。

「おいユノー!店ん中でデカい声出すなよな!他の客に迷惑だろ!」
至極真っ当なことを言うコンウェルだが、その言葉はユノーには届かず、声のトーンを全く落とすことなく話が続けられていく。
「そんなのどうだっていいから!それよりもすごいの見つけたんだよ!」
「だから声がでかいっての。…で、すごいのってなんだ?ドラゴンの鱗でも空から降って来たか?」
「アンディだよ、アンディ!アンディが生きてたんだってば!ほら、こいつ!」
それまでコンウェルの目線を遮る形で立っていたユノーが脇にどいたことで、俺の姿が見えたコンウェルは急に石像のように固まってしまった。

「…どうも、お久しぶりです。ちょっと行方不明って扱いになってましたけど、この通り無事に戻って来れましたよ。ご心配をおかけしました」
一向に動く様子のないコンウェルに、流石にこのまま突っ立ってるのもどうかと思い、無難に久しぶりの再会の挨拶をしてみた。
「お…おぉ、久しぶりだな。…本当にアンディか?本物か?幽霊とかじゃないよな?」
ペタペタと俺に触れながら、目の前にある現実を確かめるように呟いているコンウェル。

「…少なくとも俺の偽物には出会ったことは無いですし、この通り、生きてますよ」
いつまでも男に体をまさぐられるのはいい気はしないので、早々に自分が本物だということを証明するためにギルドカードを提示する。
カードには持ち主の魔力を読み取って特殊な紋章を浮かび上がらせる仕掛けがあり、これを使って本人確認とアンデッド的な存在じゃないことを証明する手段となっていた。

「そのようだな。…おいおいおい、アンディ!お前生きてたのか!ハハハッ!一体どうやって助かった?いや、それよりも生きてたなら連絡の一つでもだな―」
「ちょい待ち。ここじゃあ人目もあるし、店にも迷惑になる。あたしの行きつけの食堂があるからそっちで話そう」
店の迷惑とかお前が言うかという気持ちはあるが、確かにユノーの言うことももっともなので、俺達は場所を移して話をすることになった。

雑貨屋からすこし離れた場所にある食堂へと3人揃って移動する。
昼時を少し過ぎている食堂は客がほとんどおらず、適当につまむものと飲み物を注文して空いている席へと着く。
俺が生きて帰ってきたことで先程は興奮気味だったコンウェルも、店に来る間にクールダウンしたようで、落ち着いた口調で話しかけてきた。

「アンディ、お前が無事に帰って来れてよかった。しかし、一体どうやってあの流砂の中から脱出できたんだ?」
「まぁ流砂からの脱出に関しては話が長くなるんで、飲み物が来てからお話ししますよ」
飲み物がテーブルに運ばれてくるのを待ち、それから俺の身に起きたことを話し始める。
84号遺跡の件など、二人には話せないこともあったりするので、あくまでも話せる範囲でではあったが、話終える頃にはテーブルの上にある飲み物も何杯目かになっていた。

「…なるほどな。あの流砂の底にはそんなものがあったのか」
「ねぇコンウェル。これってギルドに話した方がよくないかい?過去の行方不明者の遺体もあるみたいだしさ」
「話をしたとしてどうする。アンディが使った脱出経路は普通じゃないぞ。逆戻りでそこに行くとして、どれだけの時間と金がかかるか。まさかわざと流砂に飛び込むわけにもいくまい」
俺が飛空艇で脱出した時に使った穴は恐らくまだ残っているだろうが、それでもその穴の開いている場所が切り立った高い岩のてっぺんにあるため、簡単には辿り付けるようなところではない。

仮に飛空艇で脱出口を辿っていくとして、結構入り組んでいた記憶があるので、遺体の回収に出向いた者の二次遭難も十分にあり得る。
いずれ飛空艇も数が飛び回る様になれば洞窟に繋がる穴への侵入も計画されるだろうが、それまでは手出しする手段が乏しすぎる。
つまり、あの洞窟の中にある遺体はまだ当分回収は出来ないということだ。

こんなことなら脱出するときに遺体を積んで来ればよかったと今更ながらに後悔するが、あの時は脱出経路が見つかった喜びで頭が一杯だったからな。

「それで、その飛空艇だったか?それに乗って脱出して、皇都で宰相に話を付けて正式に自分の物とした、と。…お前、宰相なんかと繋がりがあったんだな」
「まぁ以前国がらみの依頼を受けた縁で。それよりもパーラはどうしてます?結構心配させたと思うんで、無事な姿を見せたいんですけど」
「ん、パーラな…。あー、まぁあれだ。ちょっと今フィンディから離れて他に行ってんだよ」
何故かちょっと歯切れが悪くそう言うコンウェルと、視線を逸らすユノーの様子に、何やら事情があるのかと思えてくる。

「まぁあいつも冒険者ですから、俺がいない間に依頼の一つぐらいは受けてるだろうとは思ってましたよ。いつ頃帰ってくるかわかりますか?」
「どうだろう。その辺はチコニア次第だな」

はて、何故パーラが帰ってくるのがチコニア次第なのか。
「実はパーラなんだけど、今チコニアと一緒に動いてるのよね」
そんな俺の疑問が顔に出ていたようで、ユノーが説明をしてくれた。

どこか申し訳なさそうに語るユノーの態度の理由は、話を聞くうちにわかってきた。
どうやらコンウェル達は俺が死んだものと思い込んで、パーラが自立できるようにと気を遣ってくれていて、その一環にチコニアの依頼に同行させて経験を積ませようと考えたらしい。

「少し前にチコニア達は他の街に向かってね。そこで依頼を果たしたらこっちに帰ってくるか、それとも向こうで新しい依頼を受けて他の所に向かうかはあいつ次第さ。だからあたしにはパーラがいつ戻ってくるかは明言できないのよ」
冒険者である以上、どこの街に行くのも自由だし、依頼を選ぶのもまた自由だ。
足取りをたどるのにこれほど苦労する職業はないだろう。

「俺達はお前が生きてるとは思えなかったんだ。だから勝手だがパーラが前に進めるための助けをと考えて動いちまった。すまん」
「いえ、コンウェルさん達の判断は当然のものでしょう。行方不明ってのは死んでいる可能性も十分にあり得るものですから、むしろそこまでパーラのことを考えてくれてたことに感謝したいぐらいですよ」

実際、流砂に飲み込まれるという光景を見て生還の可能性を持てる人間はまずいない。
俺だって死を覚悟したくらいだ。
この砂漠というものの恐ろしさを知っているコンウェルならなおのこと。

せめて残されるパーラのために、自立の手助けをしようとするのはただの親切心以上に、そうするのが冒険者の流儀のようなものだからだ。
誰だってそうする、俺だってそうする。
そういった点ではパーラの面倒を見てくれたコンウェル達に感謝こそすれ文句を言うなどありえない。

「しかしそうなると、俺が皇都から送ったパーラ宛ての手紙は読まれてなかったってことになるんですかね」
あの手紙を読んでいれば恐らくチコニアに着いて行くにしても俺に伝言でも残していったはずだ。
「手紙に関しては俺は知らんが、手紙を出したのが一ヵ月は前のことなんだろう?ここまで届く時間を考えると、まぁパーラは出発した後に手紙が届いったってとこか」

フィンディに訪れる予定日も一緒に書いていたので、もしかしたらそれに合わせて依頼を終わらせて戻ってくることもないこともない。
だがこうしてコンウェル達から話を聞くに、どうもそもそも手紙が届く前に依頼に出かけてしまったようだ。
手紙のあて先はフィンディにいるはずのパーラだったので、多分冒険者ギルドに預けられていることだろう。

この世界の手紙はどうしても運搬手段が優れていないせいで、到着するまでに相応の時間がかかる。
そのためこういったケースも普通にあることで、大抵は宛名の人がいるであろう街のギルドや行政関係に手紙を留め置いてもらうように頼んでおく。

俺も例に漏れず、一応パーラがいないことも考えてフィンディの冒険者ギルドで手紙を預かってもらうように手配はしておいた。
まぁ当のパーラがいないわけだし、後でギルドに行って手紙を回収しておこう。

さて、そうなると俺がこれからとる行動は二つに絞られる。
一つはフィンディに留まって、そのうちコンウェル達からの報告を危機に戻ってくるパーラを待ち受けること。
これは俺の生存を信じているパーラが、コンウェル達の捜索結果の報告を長い時間放置しておくということが考えづらく、そう遠くない内に帰ってくるということがわかっているので、フィンディでパーラを待つのが一番確実だ。

もう一つは俺がパーラが辿ったルートを飛空艇で追いかけること。
今現在、チコニアが依頼で向かったとされる街だけは判明しているが、その後はどういう依頼を受けたのか、あるいはそのまま留まっているのかわからない。
もしその街に滞在していれば俺はすぐにパーラと合流できるが、別の依頼を受けて他の街へと向かっていた場合、俺は二人の後を追って飛空艇を飛ばす必要がある。

飛空艇の速度であればすぐに二人に追いつけるのだが、いかんせん飛空艇は目立つ。
二人が寄った街に一々降りて向かった先を聞き込むという作業をすると同時に、飛空艇が危険のない乗り物だと国が認めた書類をその街の警備隊なり首長なりに提示するという作業が必ず発生する事だろう。

それがどれくらいの手間と時間がかかるのかわからないが、フィンディに飛空艇が姿を現した時の街の反応を考えると、短い拘束時間で済むというのはまず期待できない。
チコニア達がフィンディを発ってひと月経っていることもあって、下手をすると相当な遠出をしている可能性もある。
追いかけた先で入れ違いでフィンディへと向かったのを知らされるのも辛いものがある。

少しの時間でこの二つの行動を比べてみたが、やはり俺が取る行動は飛空艇でチコニア達を追いかけるというものだった。
確かに入れ違いになる可能性もあるが、パーラとの合流が早まればそれだけ彼女の心配も晴れるはずだ。

「というわけなんで、俺はチコニアさん達の後を追います。ここで待つよりも、追いかけた方が合流が早まると思いますから」
たった今決めた今後の方針をコンウェル達に話すのは、もしも俺が発った後にチコニア達が戻ってきた場合のことを考えてのことだ。

「そうか。まぁ俺もその方がいいとは思うぞ。パーラに心配もかけたし、早いとこ顔を見せてやれ」
「チコニア達が先にフィンディに戻って来たらあんたからの手紙を手渡せばいいんだね?」
「ええ、お願いします」

コンウェルもユノーもまだしばらくはフィンディにいるらしいので、チコニア達と入れ違いになったとしてもパーラはそのままフィンディに留めてくれる。
あとでしたためる俺からの手紙を見せれば生存をパーラに知らせることもできることだろう。

「よし、そんじゃあアンディの今後の方針も決まった所で、店に移動しようぜ」
突然コンウェルが言い出した店への移動に、全く心当たりのない俺は疑問符を顔に浮かべるしかない。
「店?何の店に?」
「決まってんだろ。お前の帰還祝いだよ。ついでに前にやったドレイクモドキ討伐の打ち上げもやり直さないとな」
「あたし他の連中に声かけて来るよ。店は前の時と一緒でいいね?」
「ああ、そのつもりだ。先にエイハバ達を探した方がいい。あいつらは酒飲みに行くのが早いからな」

コンウェルの言葉を背中で受けながら片手を上げて返事をし、店を出ていくユノーを見送る。
俺の帰還祝いをしてくれるのは素直にうれしいのだが、なにせ急に言われたことで少々頭が追い付いていないまま、
俺は引きずられるようにしてコンウェルに店から連れ出されてしまった。

連れて行かれた先の店は俺も何度か食事をしたことがある場所で、酒場も兼ねた店舗は一日の終わりに酒を求めて集まった人間で繁盛していた。
どうやらここが祝いの席を設ける店の様で、ズンズンと一切の躊躇もなく店へと入っていくコンウェルに、店の中から知り合いらしき声もいくつかかけられる。
なお、この間も俺はコンウェルに首根っこを掴まれて引きずられている最中だ。

喧騒の中、コンウェルが目指したのは店の一番奥にあるカウンターで、そこには料理や酒等を客へと配膳する給仕たちに指示を飛ばしている痩せぎすの壮年女性がいた。
確かこの店の女将だったと記憶している。

「女将、急で悪いが大勢で使える席を用意してもらえないか?」
「ほんとに急だね。大勢ってのは何人ぐらいだい?」
短い溜息と共に尋ねたのは詳細な人数で、いきなりの話でも受け入れようとする姿勢を見せるあたり、コンウェルとの親しさが窺える。

「2・30人ぐらいか、もっと増えるかも。この前の打ち上げぐらいの規模を考えてくれればいいから、また2階を使いたいんだ」
「まぁ今は2階も空いてるから構わないけど、このあいだの打ち上げがあってからすぐにまたってのは一体なんの集まりなのさ?」
「あぁ、それは…こいつ、アンディってんだけど、このアンディの帰還祝いと、前の打ち上げがこいつを欠いていたから改めてって話になったんだ」
そう言って女将の前に俺は突き出された。

「どうも、アンディです。冒険者やってます。どうぞよろしく」
こういった場合にどう言えばいいのか分からないので、無難な言葉を選ぶ。
「はい、よろしくね。…随分若いのを連れてきたじゃないか。その子、酒を飲ませられるのかい?」
何の面白みも無い俺の挨拶にきちんと返してくれた女将は、急にジロリとした目をコンウェルに向ける。
恐らく俺の見た目的に、飲酒可能な年齢なのかを疑ってのことだろう。

「大丈夫だろう。俺もこいつぐらいの時には酒を飲んでたし」
「あんたみたいな悪たれと一緒にするんじゃない。…まぁいい。すぐに2階を用意するからそこらで待ってな」
俺とコンウェルを脇の方に手で追い払い、早速何人かの店員に早口で指示を飛ばす女将の様子を、俺達はただ大人しく待つのみだ。

ここの店は素朴な料理が旨かったと記憶しているが、酒の方はどうなんだ?
チラリと周りの様子を窺うと、皆旨そうにジョッキを傾けているので、そういうことなのだろう。

酒の味はともかく、この店の料理を楽しめるというのは素直に嬉しい。
とりあえず、人が集まってからになるとは思うが、乾杯した後には料理に舌鼓を打つのも楽しみだ。
そう考えると、先程までの急展開に振り回された頭の中で、途端にワクワク感をもたげ始める。
折角祝ってくれるというのだ。
せめてその好意を楽しもうじゃないか。

「アンディ、どうした?顔の緩みっぷりが凄いぞ」
横に立つコンウェルから教えられ、自分がすっかり顔を蕩けさせていたことに気付かされる。
おっと、危ない危ない。
こんな顔でいたら、今まで築いて来たクールでジェントルな俺のイメージ像がぼやけてしまう。
何?そんなイメージ像は端から無い?
ハハッ、笑止。
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