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異世界造血剤

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「だからおっぱいは大きい方がいいにきまってんだろうが!」

「いえ、それには同意しかねますね。たしかに大きいに越したことはありませんが、小さくともおっぱいはおっぱい。そこに貴賎はありません」

 胸を大きさで差別するなど、男として恥ずべきことだ。
 目の前の男が巨乳至上主義だというのを否定はしないが、俺は全てのおっぱいを受け入れたい。
 貧も微も、全てを愛さねばなるまい。

 娼館が本格的に忙しくなる前のこの時間、厨房で食材の仕込みをしながら料理人達と他愛ない会話に興じる。
 客が入りはじめれば、こんなバカ話をする暇もないほどに忙しくなるため、今だけは比較的穏やかな時間を俺達は過ごしていた。

 殴り合いとはいかないが、それなりにヒートアップしながら意見をぶつけ合っていると、娼館のホールの方から細い悲鳴が聞こえてきた。
 まだ開店前ではあるが、娼婦達は既にホールでスタンバイしているため、声の主は彼女達の誰かのものだとは予想がつく。

「なんだ?今の声。また開店前に押し入った先走り野郎か?」

 料理人の男は悲鳴の原因が何か予想し、呆れた顔をして溜息を吐いた。
 娼館に来る客は基本的にどいつも目をバッキバキにしているため、店が開いていないのにお構いなしで押し入ってこようとするのも稀にいるらしい。
 大方そんなところだろうと予想し、対応は店の用心棒に任せて俺達は自分の作業に没頭していく。

 …用心棒で言えば俺もそうなのだが、ここのところはもう料理人としてなんの違和感もない扱いで、本職を忘れそうになりそうなぐらいだ。

「アンディ君、ちょっと来て!」

 根菜に串をぶっ刺しながら煮え具合を確かめていると、ホールの方から駆け込んできた娼婦の一人が焦った様子で俺を呼ぶ。
 見ればその顔は焦りと恐怖に青褪めているようで、よっぽどのなにかがあって俺を呼びに来たというのは容易に想像がつく。
 ひょっとしたら魔術師としての俺の出番かとも思い、調理の続きを他に任せて厨房を離れる。

 急いでホールへと駆け込んでみると、玄関の辺りに人だかりができていた。
 娼婦ばかりか、これから店に入ろうとしている客の姿も扉の向こうには見えており、その場に漂う雰囲気がただならぬ事態を物語っている。

 あたりに緊迫した空気はあるものの、いますぐ斬り合いが始まるというのではなく、不測の事態に困惑しているといった感じだ。
 ただ、辺りに漂う娼館を彩る種々様々なお香や香水の香りに混ざり、あきらかにそうとわかるほどの血の匂いがしている時点で、怪我人がそこにいるというのは予想できる。

「来たね、アンディ。こっちへおいで」

 人垣から少し離れ、見守るようにして佇んでいたエメラが俺に気付き、手招きをして呼び寄せる。
 あの様子だと、厨房までを人をやって俺を呼んだのは彼女の差し金か。

「何事ですか?わかりやすいぐらいに血の匂いがしてますが」

 近付いて分かったが、エメラの顔にはかなりの緊張が見てとれ、長く娼館を運営している彼女をそうさせるだけの事態が起きているというわけだ。

「そうだね、ちょいとよくないことが起きてる。アンディ、前にあんたを訪ねてきたパーラって子がいたろ?あの子なんだが…」

 何かを探る様な、あるいは気遣うような視線を向けてくるエメラの様子をいぶかしみながらも、ここでパーラの名前がなぜ出てきたのかという疑問は、すぐさまこのホールの様子と結びつく。
 嫌な予感と奇妙なほどの確信は、俺の足をその場から動かすだけの力を与えた。

「待ちなアンディ!ちっ、とにかく落ち着くんだよ!」

 駆けだした俺の背中に、焦るエメラの声が届くが振り払うように強く足を踏み込み、人垣を大きく飛び越えて中心地点へと降り立つ。
 そこにはここの館の者ではない娼婦、身なりからして街娼かと思われる女性と、その腕に抱かれる血まみれの誰かがいた。

「わ!なに!誰あんた!?なんで上から!?」

 突然頭上から振って来た人間に驚いた街娼の女性は、こちらに警戒するような目を向けてくるが、それにどうこうと反応する余裕が俺にはなかった。
 なぜなら、彼女の腕の中にある血まみれで意識のない人間は、俺の知っている顔だったからだ。

「パーラっ!くそ!」

 致死量としか思えない血の痕を身に纏い、意識のない様子から危険なものを感じ取った俺は、パーラでしかないその重体の人間へと急いで近づく。
 そのまま、奪い取る様に街娼の女の腕からパーラを取り上げる。

「あちょっ、ちょっと!?」

 少々乱暴な動きを見せたことで、目の前の女からは非難の声と視線を向けられたが、それも無視して傷の確認を始める。
 まず目で見て分かる限りだと、出血の元となっているのは左肩の部分だろう。
 それ以外にも細かい傷はあるが、それらは致命傷となるものではない。

 街娼の女かパーラによるものか、肩の傷を止血しようとした痕跡はあるが、不完全だったようで今も血がドクリドクリと溢れてきている。
 パーラからは血の気が完全に失せ、最早石膏像のような顔色といっていい様子は死の気配が濃いものだ。

 これは今すぐに処置をしなくては危険だ。
 まずはパーラの左手の可変籠手を拝借し、鋏へと形状を変えて血に染まっている服の肩口を大きく切って開ける。
 患部を露出させると、その傷口の酷さに周りから悲鳴に似た声が上がった。

 こうして見ると、貫通していると分かる肩の傷は鋭い刃物によるもので、戦闘の結果で負ったというのは間違いない。
 可変籠手を身に着けていたパーラにここまでの傷を負わせたことからも、相手は相当な力量を持っていたと思われる。

 パーラがなぜそんな相手と戦ったかは分からないが、辛うじて生きて俺の目の前にいるということは、勝ったか逃げ切れたのだろう。
 チラリと傍にいる女を見るが、こいつが下手人ではなさそうだ。
 身に纏う気配は完全に一般人のそれでしかなく、この女にパーラがやられるとは到底思えない。

 相棒にここまでの傷を負わせた何者かに強い怒りを覚えるが、とにかく処置を続けるために心を落ち着ける。

 血で汚れた傷口を洗うために水が欲しく、辺りを見回してみればいくつかあるテーブルの上に水が入っているピッチャーを見つけた。
 汚れているわけではないが衛生的に完全に信用できないものの、とにかく今は必要な水としてそこには目を瞑ろう。

 水魔術で各テーブルのピッチャーから水を吸い上げ、俺の掌に集める。
 魔術の発動を見るのが面白いのか、こういう状況でも感嘆の声を上げる周囲のリアクションが煩わしいが、邪魔をされてるわけではないので何も言わないでおく。

 大型トラックのタイヤぐらいの大きさの水球を操り、パーラの肩の傷を洗うと、先程よりもより一層傷口の状態がよく分かる。
 出血量からして動脈をやられているのは間違いないが、ひょっとしたら骨や腱にまで傷が及ぶ可能性もありそうだ。

 ここまでの傷となると、回復したとして果たしてどこまで元の生活に戻れるかはわからないが、とにかく、命をつなぐことを優先しなくては。

 少しの間きれいだった傷は、また溢れてきた血で赤く染められていくが、そのおかげで切られた動脈の位置も大凡見つかった。
 すぐさま魔術で操った水を指先にまとわりつかせると、指ごと傷口へと突き入れる。

「あ、あんた、なんてことして…」

「黙ってろ!気が散る!」

「ひっ」

 治療にしては野蛮なその行動に、いつの間にか俺の隣に来て治療を真剣な顔で見ていた街娼の女が何か言おうとしたようだが、それが今は煩わしく思え、少しばかり強い言い方で黙らせる。
 止血の中には傷に直接指を入れて血管を抑える方法もあるのだが、それを知らない人間からしたら、随分残虐なことをしていると思うだろう。

 だが、パーラの治療をするとともに、魔術での治療をあまり大っぴらにしたくない俺としては、こういう物理的で無茶な方法で直したという形にカモフラージュしておきたいのだ。

 傷口に潜り込ませた指を経由して水を操り、切断されている動脈同士を支えながら管の断面を合わせていく。
 なかなか手応えはよくないが、魔力を過大につぎ込むことで強引に血管をつなぎ合わせる。

 この世界の法則として、人体の内部は他人の魔力が作用しにくい領域となる。
 特に体に張り巡らされる血管は、魔力の経路をも兼ねるとされており、魔力による影響を拒むというのが定説だ。
 血管外に漏れだした血液なら水魔術で多少操ることは出来るが、それを再び血管に戻す作業はあまり効率がいいとは言えない。

 実際、俺の魔力はパーラの体内では制御が乱される感触があり、出力を上げていなければ今頃俺の水魔術は霧散していただろう。

 保有魔力の実に半分以上を使い、力技でパーラの血管を補修するべく、集中していると、ふと昔のことが頭をよぎった。
 ずっと以前、パーラの兄であるヘクターを治療できなかったときのことだ。
 あの時もこの法則が大いに影響して、結局助けることはできなかったが、いまの俺なら莫大な魔力に物を言わせた力技の治療ができる。

 あの時、ヘクターにパーラのことを頼まれたのだ。
 兄だけではなく、パーラまでも俺の目の前で死なせるのはごめんだ。
 慎重かつ大胆に、急いで治療を行わねば。

 人間の体内での魔力の特性により、魔力による血管の修復は遅々としたものだが、それでも確実にプツリプツリと管壁は繋がっていき、俺の保有魔力が四割を消費したところで動脈の接合が完了した。
 念のため、魔力を帯びた水で動脈の傷があった辺りを覆い、滲み出てくる血が無いかを確認したが、激しい出血はないと判断する。

 骨や腱などの部分ももっと確認したいが、まずは大量出血がこれ以上ないことにひとまず安堵する。
 短時間で大量の魔力を失ったことで、体を激しいだるさが襲うが、それにグッと耐えてパーラの体内に突っ込んでいた俺の指を慎重に引き抜く。

 同時に脇腹の傷も治していく。
 決して浅くない傷だったが、肩の穴に比べればまだ簡単に直せた。

「ふぅー…」

 血まみれの指先が空気に触れて冷やされ、それに感化されたように俺の頭も少し冷静さを取り戻す。
 未だ予断は許さないが、まずは一息つける。

「ね、ねぇ、もう終わったの?」

 そんな俺の様子に、傍にいた街娼の女が気遣うような声をかけてきた。

「ん?あぁ、とりあえずこれ以上血を失うことはない。ひとまずは安心だ」

「安心て、一体今何して……いや、でもよかったぁ」

 パーラの命の危機が去ったと知り、女は大きく安堵の息を吐いて安心した様子を見せるが、こういう反応をするということは、この女はパーラの知り合いとかだろうか?
 さっきも俺が取り上げるまでは、まるでパーラを守るように抱いていたし、ひょっとしたら怪我のことも知ってそうだな。

 この女から色々と聞きだしたいところだが、今はそれよりもパーラだ。
 出血は抑えたが、それ以前に大量に血を失っていたせいで未だパーラの意識は戻っていない。
 顔色も相変わらず死人一歩手前といった具合だ。

 出来ることなら早く輸血をしたいところだが、この世界にはそんな技術はない。
 ならばこのまま放っておくだけかと言えば、勿論そんなことはなく、輸血の概念こそないが、血を失って人が死ぬというのは普通に知られているため、失血への対処方はこの世界ならではのものが存在していた。

「エメラさん!この近くに薬師はいますか!?」

 人垣から距離をとったまま、険しい顔でこちらを観察していたエメラに薬師の所在を確認する。
 娼館の周りは俺もまだそれほど詳しくないため、この場で確実に地理に詳しいエメラを頼らせてもらう。

「ああ、いるよ。運のいいことに、うちのすぐそばさ」

 俺の呼びかけに答え、こちらへと近付きながらエメラが口にした言葉は実に喜ばしいものだ。

「その薬師は赤芽せきめの水を扱ってますか?」

 赤芽の水とは、この世界における輸血の代用として有名な、直接血を増やせる薬だ。
 この世界では輸血の技術がない代わりに、体内に摂取することで失った血を補填する薬が存在していた。

 大量に血を失った人間でも、それを摂取すれば失血死を免れるということで、赤芽の水は非常に画期的な薬ではあったが、貴重な素材と複雑な精製を特に必要とするため、とにかく高価な薬でもある。
 全ての薬師が扱っているわけではないが、ファルダイフほどの大都市なら常備する薬師はいてもおかしくはない。
 気軽に使えるものではないが、今のパーラにはあれが必要だ。

「多分、あの薬師なら扱ってるかもしれないね」

「そうですか!その薬師の家はどこに―」

「いいさ、それは私が手配してあげるよ。金も後ででいい。あんたはさっさとその子を上の部屋に連れてってやんな。いつまでもここに寝かせとくわけにはいかないだろ」

 すぐにでも薬師の所へ行こうと腰を上げかけた俺だったが、眼前に伸ばされたエメラの手によってその動きは止められてしまった。
 そして、そのままエメラは二階のとある場所へ視線を巡らせた。

 彼女の視線が向いた先は普段使われることのない、何かあって破損や汚れで使えなくなった時のための予備の部屋だ。
 そこなら、ただならぬ事態に巻き込まれたと思われるパーラを置くのにちょうどいいと判断したのだろう。

「しかし…」

「どのみち、これじゃ今日は店じまいにするしかないよ。迷惑だって思うなら、早いとこ怪我人を人目につかないようにしとくれ」

 確かにホールに血だまり出来ている現状、掃除も考えれば今日の営業は絶望的だろう。
 一応、床は板張りなので水を流してモップ掛けをすればなんとか誤魔化せるが、それでも大量の血を見た娼婦達の精神状態を考えると、普段通りの接客が出来るか怪しい。
 臨時休業は妥当な措置と言える。

 身内のことで迷惑をかけて心苦しいが、それでもパーラのために部屋を一つ貸してくれるエメラの気遣いはありがたい。
 こんな状況を持ち込んだパーラに対しても特に怒ることなく配慮をしてくれるとは、エメラの器のでかさに頭が下がる。

「わかりました。ではお言葉に甘えて。あんた、パーラを運ぶのを手伝ってくれ。…そう言えば名前を知らないな?」

 エメラの提案に乗り、早速パーラを部屋へと運ぼうと、街娼の女の手を借りようと声をかけたが、ふと名前を知らないことに思い至った。

「…ガリーよ」

「そうか、俺はアンディだ。じゃあ悪いが、足の方を頼む」

 遅まきながら名前を知ったガリーに、パーラのマントを使って作ったハンモックタイプの簡易担架の一方を任せ、一緒に階段へと向かう。
 そのまま二階の奥まった場所にある部屋へ入ると、ベッドへとパーラを寝かしつける。

 一応パーラの服も脱がしてやったが、その際に手にしたたっぷりしみ込んだ血液で重くなった衣服に、これほどの怪我を負わせた人間への怒りが改めて湧いてきた。
 何者がこんなことをしてくれたのか、必ず報いを受けさせる必要がある。

 とはいえ、今はとりあえず治療の続きだ。
 動脈は繋いだが、まだ肩の傷は完全に塞いではいない。

 包帯で覆いたいところだが、生憎手元にはないのでパーラのマントを切って代用する。
 これも衛生的にはよくないが、どうせ包帯で隠した傷は水魔術で塞ぐのだし大丈夫だろう。
 あくまでも魔術で治したと知られたくないための措置だ。

 それらの処置を済ませたタイミングで、部屋の扉がノックされる。
 どうやら薬師が来たようだ。
 随分早い到着だが、それだけ近くに住んでいたのか、あるいはエメラが急かしたのか。
 どちらにせよ、赤芽の水を一刻も早く投与できるならそれでいい。

 早速部屋の扉を開け、薬師を中へ招き入れた。





「…これでいいよ。随分血を失ってたみたいだが、これだけ飲ませれば十分だろう。あとはこの子の体力次第だね」

 薬師の老婆はそう言うと、パーラの口に差し込まれていた専用の器具を静かに引き抜いた。
 赤芽の水は本来経口摂取が原則だが、意識のない人間への使用も想定されており、今回も金属製の細い管によって直接胃へと送り込んでの投与となった。

 パーラがここまでにどれだけの血液を失ったか正確な量が分からなかったが、顔色と体格からある程度の必要量を割り出した薬師のその経験値は流石と言う外ない。

 なお、ここで俺は初めて赤芽の水を目にしたのだが、意外なことに赤というよりも薄黄色に近い色合いだったのは興味深かった。
 てっきり血の代わりになるのだから赤いのだという先入観があったのだが、こうして見るとどちらかというと血漿に似た印象を覚える。

「そうですか、ありがとうございます」

「はぁ~、よかったぁ…」

 失血死の危機は脱したと、俺とガリーは揃って安堵のため息を吐く。
 投与したばかりなのでまだ効果は出ていないはずだが、心なしかパーラの顔色が目に見えてよくなっている気もする。
 まぁ気のせいだろうが。

「失った血を補うのはすぐだけど、完全に体に馴染むのはちょいと時間がかかる。そうさね…五日はみとくれ。それまでに何かあったら、私のとこに知らせな」

 帰り支度をしながら言う、薬師の提示した五日後というタイムリミットをしっかりと頭に刻み付ける。
 何かあった場合、何をどう処置するのかという疑問はあるが、俺よりもちゃんとした本職の医療従事者がこういうのだから素直に従っておこう。

 仕事は済んだと、片付けを終えた薬師がさっさと部屋を出ていくと、室内には俺とガリーだけが残された。

 てっきり薬師と一緒にエメラも来るかと思ったのだが、急遽の臨時休業ともなれば娼館の代表がそんな暇なわけもなく、今頃は客や店の者への説明と指示で忙しくしていることだろう。
 うちの奴が迷惑をかけて、本当に済まないと思っている。

「さて、ガリーさんだったな。まずはパーラをここまで運んできてくれたこと、礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

 あらためて、ガリーへと向き直ると、感謝の言葉と共に頭を下げる。
 俺が見た時点ですでに意識のなかったパーラだ。
 恐らく、気絶する寸前のパーラから、俺の所に行くようにガリーは頼まれたのだろう。
 医者よりもまず俺を頼ったのは、水魔術による治療をパーラは見込んでいたからか。

「礼なんていいわ。私はその子に助けられたおかげで、こうして無事なんだから」

「助けられて…ってことは、パーラがこうなるところを見てたってことか?」

 ガリーのこの言い分だと、パーラが怪我を負った瞬間を見ている可能性もある。
 助けられたということは、ガリーを庇って怪我を負ったというシチュエーションもありそうだ。

「直接は見てないわ。顔も恰好もよく分からない男と戦ったのは確かだけど、その最中にその子が私を逃がしてくれたの」

 ということは、やはりガリーを逃がすために怪我を負ったというわけか?

「顔も恰好も分からない男、か…そのあたり、もう少し詳しく聞いてもいいか?」

「え、ええ。いいけど、私も途中で逃げたから大したことは話せないわよ?」

「構わない。あんたが知ってることを、とにかく全部教えてくれ」

 何故パーラがこうなったのか、そして怪我を負わせたその正体不明の男について、俺はとにかく知らなくてはならない。
 ガリーは途中で逃げたと言っているが、今この場で唯一、犯人の特徴を教えられるのは彼女だけだ。

 パーラをこんな目に合わせた人間を、俺は絶対に見つけたいのだ。
 見つけて、報いを受けさせる。
 そのためなら、どんな微かな情報でも欲しい。
 ガリーの語る言葉を一言一句、しゃぶりつくす様に吟味しなくては。





「―とまぁそんなわけで、私は怪我をしているこの子を見つけて、気絶する前に口にした頼みに沿ってここに来たのよ」

「なるほど、なんだかよく分からんが、よく分かった」

「いやどっちよ?」

 ここまで話を聞いて、はっきりと分かったことはさほど多くない。
 ガリー自身、恐怖から蹲っていたせいもあり、耳で聞いていた言葉や音がほとんどだ。

 ただ、剣の腕が立つ暗殺者という情報は重要だ。
 暗殺者というのは基本的に私怨で動くことはなく、雇われてターゲットを殺すために動く。
 ガリーの聞いた件の男の言葉を鑑みるに、そいつがファルダイフに来たのは仕事のためであり、そして雇い主はこの街の裏の連中である可能性が高い。

 今のファルダイフでは、マフィア同士の抗争が裏で起きているため、暗殺者を呼び寄せるとしたらそこに絡んでのことだろう。
 どちらが雇ったかは分からないし、もしかしたらそれ以外の誰かというのも有り得るが、ともかく暗殺者を呼び寄せた人間がこの街にいるのは確かだ。

 となると、まずは暗殺者の男を探すために裏の連中を当たる必要があるか。
 そのためには娼館の仕事を続けるのは難しくなるし、パーラの面倒を見るあても考えなくてはなるまい。

「ガリーさん、あんたこの後はどうするんだ?」

「この後って…別に何も考えてないけど。普通に家に帰るつもりよ」

「だったら暫くここでパーラの面倒を見てくれないか?謝礼は弾むから」

 同姓でもあるし、パーラに恩を感じているのならガリーに世話を頼むのも悪くない。
 俺はこれから忙しくなる予定なので、意識が戻るまでの間は面倒を任せたい。
 そのためなら街娼一日の稼ぎをこちらで持つぐらいの給料は出すつもりだ。

「へぇ、お金が貰えるってんなら、まぁ構わないけど。けどここでって、この部屋?娼館よ?ここ」

「ああ、あんまりこの状態のパーラを動かすのもな。金を払ってでもエメラさんに頼んでみるが、ダメだったらどっかの宿で頼む」

 ここは病院ではなく娼館なので、パーラにいつまでも部屋を貸せないと言われればやむを得ない。
 だがパーラはなるべく安静にしておきたいので、エメラとはそのあたりのことを交渉するつもりだ。
 多少色を付けて部屋の家賃を払ってでも、ここを使わせてもらえるよう頼むとしよう。

 それと、チコニアにもこのことを伝える必要がある。
 俺もパーラも、これからしばらくは彼女から斡旋された仕事から離れることになる。
 そのあたりの説明はするが、叶うことなら犯人探しにも協力してもらえると助かる。
 天地会への探りもチコニアならうまくやれそうだし、頼れるならお願いしたい。

 やることは色々あるが、大前提として掲げる目標は一つだ。

 パーラをこんな目に合わせたやつをギッタンギッタンのメッタンメタンの目に合わせる。
 それだけでいい…いや、それがいい。
 首を洗って待ってろなどと言うつもりはない。
 ただ俺が命を刈りに行くのを恐れろと、どこかにいるであろう敵へ届けと、誓いにも似た脅しを心の中で呟いておいた。
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