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皇都よ、私は帰って来た

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全長約200メートル、高さ20メートル超、最大幅約30メートルという巨大飛空艇は、遺跡から発掘された移動可能な遺物の中では最大級だと言える。
一点が長いひし形に近い形のフォルムは空気抵抗も考慮されての設計だと思うが、陽の光の下で輝く白銀の光沢を誇る船体は、ともすれば巨大なダイヤモンドのようにも見えた。

空母としての運用も想定されてか、甲板は滑走路としても使えそうなくらいに平坦で長いため、ここに飛空艇を乗せて移動する事も出来るのだが、今現在は甲板上は何も置かれていない閑散とした状態だ。
初めての巨大飛空艇による長距離移動となるため、様々な万が一に備えて甲板上は空けておくことになった。

他の飛空艇は甲板下の格納庫に全て搭載されており、両舷後部側に備え付けられている貨物エレベータでいつでも格納庫から甲板上に飛空艇を出すことが出来るのがますますもって空母らしさを強調させる。

博物館で発見された飛空艇を積めるだけ積み、他にも目ぼしい発見物も運び込まれた巨大飛空艇は、84号遺跡へ調査団として俺達が派遣されてから22日後の今日、皇都へと帰還の途に就くことになった。
朝焼けの赤さがまだかすかに残る空は雲一つなく、快晴の下出発できることは実に気分がいい。
ただ、朝の時点で風がやや強く、これが上空での飛行にどれだけ影響するのかが心配ではある。

来た時よりも荷物が大幅に増えた俺達は、それだけ多くの収穫があったという証となるため、巨大飛空艇に乗り込む誰もが誇らしい顔を浮かべている。
22日間という遺跡調査としては比較的短い滞在時間ではあったが、自分の家に帰れるというのはやはり人に笑顔をもたらすもので、おまけに過去例に無い大発見までしたのだから充実感や達成感といったものは相当大きいはずだ。

先程まで甲板上で行われていたクヌテミアによる遺跡発見を労う演説も終わり、いよいよ皇都へと帰還するために巨大飛空艇は重力のくびきから解き放たれた。
酷くゆっくりとした動きで地面からその巨体が浮かび上がり、徐々に速さを増して高度を上げていく。
地上ではこの地に残る調査員達が手を振りながら見送ってくれていた。

何度か行われた試験飛行の成果か、船の動きはどっしりと安定しており、多少の風程度では揺らぎそうにない。
これなら皇都までの旅で中にいる人達が疲れるということも無いだろう。

ある程度の高さまで巨大飛空艇が上がった所で、俺も自分の飛空艇を上昇させ、並ぶようにして位置を取る。
俺が巨大飛空艇の左側に付いたのを確認してか、それまで浮遊するだけだった巨体が前へと押し出され始めた。
やや遅れて俺も左後方へ着くようにして飛空艇を進ませる。

両方の飛空艇のスペックからするともっと早く飛べるのだが、今回初の巨大飛空艇による長距離飛行は特にトラブルを避けたいものなので、速度はかなり抑えている。
まあそれでも風紋船や馬なんかと比べたら段違いに速いのだが、そこは人の感覚による。

「遅ーい!こんなの全然面白くないわ。もっと飛ばしてアンディ」
「ダメだ。向こうに合わせた速度で飛ぶって話なんだから、この船だけ先に行けないよ。一応俺達は後方から巨大飛空艇の様子を見るって仕事もあるんだからな」
操縦室に響いた声はエリーのもので、彼女がここにいるのは偏に出発直前にわがままを言ったからだ。

本来ならクヌテミア達と一緒に向こうの船に乗っていたのだが、何を思ったか突然俺の船に乗ると言い出した。
俺以外の者は全員巨大飛空艇に乗るのだから、エリーもそっちに乗るのが道理だと説得はしたのだが、またしても地面に寝転んで駄々を捏ねる姿にクヌテミアも折れ、エリーだけが俺の飛空艇に乗ることを許可してしまった。

帰りは一人静かに過ごせると思っていただけに、エリーが騒ぐ声が響く操縦室は平穏とは程遠い状況になっていた。
しばらく退屈さを口にしていたエリーだったが、流石に俺の操縦を邪魔してくるような真似はせず、大人しく窓の傍にあるベンチに腰かけて外を眺めている。
ただ、行きの間にも見た景色はもう飽きたようで、窓の外へと向ける視線は退屈そうなものだ。

静かなのはいい事なのだが、元気のないエリーは見慣れないもので、居心地の悪さのようなものも覚える。
何か退屈を紛らわすものを考えた時、前方を進む巨大飛空艇に纏わりつくような小さな影に気付く。
「エリー、珍しいものが見れるぞ。右の窓を見てみろ」
左後方から並走する位置へと俺は飛空艇を動かし、右手の窓から巨大飛空艇の甲板が見えるようにする。

「なに~…?もう景色なんて見飽きた―ふわぁ!なにこれー!」
のそのそと窓へと歩いて行ったエリーが見たものは、巨大飛空艇の甲板に群がるようにして次々と降り立っていく鳥の姿だった。
どうやらゆっくりと飛行している飛空艇の甲板が、鳥たちにとって丁度いい休憩場所となっているようだ。
微かにクリーム色をした鳥の群れが甲板にいる光景はまるで雲の平原の様で、時折太陽の光が羽毛に反射して輝くのが神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「綺麗…。ねぇアンディ、あれってなんていう鳥?いつもこの辺を飛んでるのかしら?」
「いや、知らんな。この国の人間なんだからエリーの方が知ってると思ったんだが」
「鳥の種類まで分かるわけないじゃない。あーぁ、あっちに乗ってる人なら誰か知ってたかもしれないのに。なんでこっちに乗っちゃったんだろ」

何たる言い草。
お前の我儘でそうなったんだろうと声を大にして言いたいが、心は大人な俺だからこそ口に出さず甘んじてその言葉を受けよう。
だがエリーには一つ知っておくべきことがある。
それを知ればこちらに乗ったことは決して間違いではないということもわかるだろう。

「けどなエリー、こっちに乗ってたからあそこにある鳥の群れがこうして見えたんだぞ。それは悪い事じゃないだろ?」
「あ、そっか。そうだよね。ならこっちに乗っててよかったってことじゃない。うん、よかった」
調子のいい少女である。

鳥の群れが一時的な宿木として飛空艇の甲板を使っているせいで、大量の鳥が飛空艇の周りを飛び交う光景に加え、巨大な船影は地上から見上げる人の目にも映りやすく、飛空艇が皇都へと向けて飛ぶ姿は大勢の人間に目撃されていることだろう。

恐らく皇都に知らせも行っていると思うので、向こうに着いたら大騒ぎになるかもしれない。
俺が夜のうちにコッソリと湖に船を浮かべたのとはわけが違う。
ちょっとした屋敷ほどもありそうな大きさの物体が空を飛んで皇都へと迫るのだ。
混乱も予想されるが、俺達の発見した成果を分かりやすく示すためにも、特に高度を上げて人目を避けたりもせずにそのまま飛んでいく。

ゆっくりとした速度で飛んでいるせいで、帰りは来た時よりもずっと時間がかかる。
84号遺跡に向かう時は観光も兼ねて遠回りをしたが、それでも速度は結構出していたので一日で到着できた。
しかし今回は一日で皇都へ到着することはかなわないため、この日は日が暮れる前に途中で船を地上へ降ろし、船の中で朝を待って再び飛び立つということになった。

巨大飛空艇は内部で大勢の人が生活できるだけの余裕があり、調理やトイレなどは備え付けの設備をそのまま使って、安全で快適な夜を過ごすことが出来る。
技術的にかなり進んだ船内の設備は説明なしに使うのが難しいため、使い方は出発前に俺が教えておいたが、果たしてちゃんと使えているか少しだけ心配だ。

着陸した巨大飛空艇の甲板に俺も自分の飛空艇を降ろし、この日はエリーと一緒に飛空艇内部で過ごすことになった。
食事はメイドがこちらへとわざわざ足を運んで作ってくれた以外は他に人の出入りはなく、寝る前にセドリックの下へ俺が出向いて翌日の話し合いをしたぐらいで、特に目立った出来事も無く夜は更けていった。

開けて翌日、早朝から再び飛び立った飛空艇は、一路皇都を目指して移動を続けていた。
もし仮に鳥に口コミと言うのがあったとしたら、俺達の飛空艇は鳥達の絶好の休憩場所として知れ渡っているに違いない。
何故なら、今日も巨大飛空艇の甲板には鳥の群れが停まっているのだが、明らかに昨日よりもその数は増えていたからだ。
甲板上は既に鳥で覆われていると言っても過言ではないほどで、このまま皇都へと鳥の大軍を連れて行ってもいいのかと不安になるほどだ。

ちなみに昨日見たのと同じ種類のこの鳥はジョラッタ鳥という名前で、ソーマルガでは国内のどこにでも生息している種だそうだ。
食用には向かないが、好奇心が強い上に人懐っこい性格をしており、地域によってはペットとして飼われているところもあるらしい。
どうりで巨大飛空艇に恐れる様子もなく甲板に乗って平然としているわけだ。

朝早くから移動を続け、昼も過ぎると眼下の景色に見覚えのあるものもちらほらと現れ始める。
以前バイクで通ったことのある村や、皇都へと繋がる街道もはっきりと見えてくると、遠くに熱砂で揺らめく皇都の壁が俺達の目に姿を現した。

「エリー、皇都が遠くに見えたぞ。随分長い間離れてたから懐かしいんじゃないか?」
いつの間にか窓の傍にあるベンチで眠りこけていたエリーが俺の声に反応してノッソリと椅子からその身を起こし、窓の外へと目を向けた。
「んっんー…。どれどれ……おー、確かに皇都だわ」
まだ眠気が完全に抜けていないのか、少しぼんやりとした様子でそう言うエリーだが、もう少し時間が経てば頭もすっきりして喜びの感情を出すことだろう。

そのまま進み続け、皇都の外壁に沿って移動し、湖の上へと飛空艇を動かす。
途中外壁の上を移動する兵士がこちらを指さして騒ぐ様子も見えたが、飛空艇に関する事はハリムがきっとうまい事話をまとめてくれると信じたい。

この巨大飛空艇は水に浮かべることも出来るそうなのだが、水のない84号遺跡ではまだ浸水などのチェックは出来ていないのにぶっつけ本番で水に浮かべるのは流石に怖いので、湖の水面ギリギリに浮かんで待機することとなっている。
俺の飛空艇と違い、大勢の人間と貴重な品を積載した巨大飛空艇が万一にも水に沈むなどあってはならないのだ。

一旦甲板に降りた俺の飛空艇に乗り移って来たクヌテミア達を連れて城へと向かう。
巨大飛空艇と比較すると小さい俺の飛空艇だが、それでも全長20メートル以上の船体が着陸できる場所は限られている。
とはいえ、前と同じように城の訓練場に降りるのは王族が乗っているのでなるべくなら避けたい。
そんな風にセドリック一緒に悩んでいると、エリーから妙案が出された。

「そういうことなら王族用の庭に船をつけたらどうかしら。あそこなら人もいないし、城から突き出ているから飛空艇を寄せればいけそうじゃない?この船って空中に留まれるんでしょ?」
「うーん…それしかないか。クヌテミア様、それでよろしいですか?」
「ええ、構いません。私の名前で許可を出します」
エリーの案が今のところ一番よさそうなので、一応最終的な許可をクヌテミアにもらい、飛空艇を城の庭へと近付けていく。

繊細な操縦を要求されるため、何度か接近と離脱を繰り返し、ようやく船の横腹を庭へと安定して横付けすることが出来た。
近衛兵が庭に駆けつけるのが見えたが、まあいきなり飛空艇が王族が使う庭に横付けすれば、俺が操縦していると分かってはいても警戒はするのも当然で、タラップのある位置を中心に半円陣で展開している。
近衛兵が見守る中、セドリックを先頭にクヌテミアとエリーが船を降りたのを確認し、俺はすぐに船を庭から離し、以前と同じように城の訓練場へと船を降ろすとその足でハリムの下へと向かう。

途中で捕まえた文官に案内を頼み、ハリムの執務室へと行ってみるが不在だったため、恐らくクヌテミア達がいる庭に行ったらしい。
早速庭へと移動すると、やはり近衛兵に囲まれた中心に立つハリムとグバトリアの姿があり、話しかけようとして踏み出した足が次の一歩を生み出せないままになる。

「此度の84号遺跡の再調査は我が国の威信を育む重要な物!それをただ驚かせるためというだけで報告を滞らせるよう手を回すなど何をお考えですか!おまけにあの巨大な飛空艇を持ち帰るのを知らされていなかったせいで城は大騒ぎだったのですぞ!」
怒り心頭といった様子で大声で叱るハリムの前にはシュンとした様子のクヌテミアがいた。
やはりクヌテミアの悪戯にハリムが怒る結果となったか。

普通なら一国の王妃に宰相がここまで派手な説教をするなどありえないことだが、周りの様子は極々普通なままだし、グバトリアとエリーなんかはとばっちりが来ないようにとあからさまに目線を別の所へと向けている。
どうも説教が終わるまでどこかで時間を潰した方がよさそうだと思い、ソッとその場を立ち去ることにした。
その際、クヌテミアと目が合ってしまい、まるで見捨てられたと言わんばかりの顔をするのはやめてほしい。
俺にも出来ないことはある。







王妃の悪戯で皇都も少しばかり混乱はあったが、城からの発表で飛空艇は遺跡からの発見物で今後国が運用する旨が知られると、危険がないと分かった見物客でしばらく湖の周りは賑わうこととなった。
その後、仮設ではあるが飛空艇を置く場所が城から少し離れた場所に作られると、飛空艇はそちらへと移り、遺物を研究する者達によって日夜解析が続けられている。

皇都へと飛空艇を届けてから数日経ち、飛空艇の齎した騒ぎの余熱が残る中、ハリムに呼び出された俺は執務室へと訪れていた。
到着して早々差し出されたのは、上等な紙が使われた一枚の書類だった。
「これがお前に飛空艇の所有を許可する証明書だ。陛下の印と私の署名が書いてあるから、国内はもちろん、国外でもある程度は通用するだろう」

手渡されたそれを一瞥し、特に問題がないことを確認したら、すぐに巻いて封をしておく。
一応重要書類なので保管にも気を遣わないといけない。
こうして巻物にすることで紙の表面のインクが劣化するのを抑えられるので、この世界の重要書類は大抵こういう形で保管されているらしい。

ざっと見ただけだが、書類に書かれている内容はそれほど多くなかった。
飛空艇が俺を持つことになった経緯を簡単に説明され、飛空艇の出所も不自然さが無い程度にボカして記されている。
グバトリアとハリムが認可したという印とサインも書かれているので、公文書としては全く問題ないどころか、一国の王が保証しているのだから、ある種黄門様の印籠並みに力のある書類だ。
多少の身分証明も兼ねることが出来るそうだ。

「使いようによっては悪用も可能なものだ。くれぐれも無くしたりしないように注意するのだぞ」
「ええ、保管には十分に気を付けますよ」
念を押すハリムに俺も真剣な顔で答えを返す。
これを無くしてしまったら、もし他国で飛空艇を寄越せとかのいざこざが起きた時、俺は圧倒的に不利になる。
そこらに置いておくわけにもいかないので、あとで飛空艇のどこかに金庫でも用意しよう。

「それと言っておくが、あくまでもあの飛空艇はアンディと言う個人に所有を認めて譲ったという形で処理されている。なので、誰かに譲ったりなどはしないでくれ。もし仮に手放すというなら、ソーマルガで引き取るから連絡するように。いいな、絶対だぞ」
「いやまぁ、手放す気は毛頭ないですけど、そんなに念を押すほどですか?」
「それほどのことだ。いいか、飛空艇は私の知る限りではソーマルガにしかない。技術的にも軍事的にも他国より優位に立てるものはなるべく独占しておきたいのが政治というものだ。飛空艇が他国の手に渡るのはまだ早すぎる。どこぞの国が強引にでも飛空艇を欲してお前に手を出して来たら、ソーマルガ皇国は黙っていない、そういう意味もその書類には込められているのだ。まあそんなわけで盗まれるのも当然まずいし、色々と気を付けてくれよ」

なんだか凄いことになってきたな。
これはダンガ勲章プラス飛空艇持ちということで今後ソーマルガの貴族からのちょっかいも増えそうな気がする。
とっとと皇都を離れた方がよさそうだ。

「なるほど、胆に銘じておきましょう。…それではそろそろ失礼させてもらいます。明後日の準備もありますので」
「明後日の準備?……あぁ、そう言えば明後日に出発するのだったな。しかし、また急だな。20日後の式典を見届けるぐらいよかろうに」
「いえ、一度フィンディに赴いて手続きやらなんやらとやることがありますから」

ハリムの言う式典と言うのは、ソーマルガ皇国始まって以来の大発見である飛空艇を実際に浮かべ、一般にも大々的なお披露目をするというものだ。
これに合わせて功績のある者達への褒賞授与も当日に行われ、まさに一大イベントともいえるものが催されることになっていた。

これだけ大掛かりな式典ともなると他の貴族達も参加したがるもので、少し前までなら皇都に集まっていた貴族達も、今は自分の領地に戻っているため、彼らに招待状を送るとともに、皇都へと来るまでの時間を鑑みて20日後の式典開催で予定が組まれたというわけだ。

一応俺も参加を打診されていたのだが、飛空艇が完全に自分の物となったことで十分満足したので、他に褒賞を貰う気にならない。
流石にこれ以上は貰いが多すぎる気がしているのは根が小市民であるからだろうか。
そんなわけで、遺跡発見の名誉なんかにも特に興味がない身としては今回の式典に参加するのは気が進まず、フィンディで生存報告をしたいということもあって今回は辞退させてもらった。

84号遺跡の大発見でセドリックあたりは相当な褒賞が期待できそうだ。
それこそ爵位なんかを貰う可能性もある。
そこそこ長い時間を一緒に過ごした仲間が晴れの舞台に立つのを見届けたいという気持ちはあるが、俺も色々と忙しい。
どうなるかを見届けることは出来ないが、せめて今後の活躍を祈らせてもらおう。







砂漠の国であるソーマルガでは基本的に晴れの日が多い。
そのおかげで出発も天候で止められるということもほとんどなく、本日フィンディを目指す俺の飛空艇も快晴の中、皇都から飛び立つことが出来る。
巨大飛空艇が皇都でも堂々とその姿を見せているおかげで、俺の飛空艇が飛び立つのもあまり目立たないのは非常に助かる。

俺の飛空艇は速度が結構出るタイプなので、フィンディに到着するのにそれほど時間はかからないのだが、何があるかわからないということで生活物資は十分な余裕を持って積み込んであった。
ついでに商人の真似事と言うわけではないが、向こうに持って行って売れば多少の金になりそうなものもそこそこの量積んである。
具体的には服飾に使う布地と干した果物が荷馬車で3台分ほど。

商人ギルドに属していない俺がこんな真似をするのに問題がないかと言えば、その辺りは結構緩かったりする。
商売をするのに好き勝手にやっていいとなれば商人ギルドの存在意義は無くなるが、それでも完全に管理できるほどギルドと言うのは万全な存在ではない。
どうしても抜け穴的に個人での行商もやれてしまう。

とはいえ、商人ギルドは物価情報の公開から税金の軽減や物納などの優遇措置が多いため、商人ギルドに属していることによるメリットを考えると、商人はギルドに属した方が商売をやりやすいということが常識となっているこの世界で、わざわざフリーで商売をしたとしても旨味はほとんどない。

なので俺がやるように個人が旅の中で多少の交易品を売るというのも別段目くじらを立てて文句を言われたりはしない。
むしろ場所によっては商品となるものを持ち込んでくれたことで感謝されることもあるほどだ。
そんなわけで俺が飛空艇で交易品となるものを運ぶのもお目こぼし的な意味で問題はなかったりする。
まぁ個人が持っていくにしては量が多いのは飛空艇の非常識な積載可能量のせいではあるが。

準備を整え、さあ出発となった時、問題が発生した。
またしてもエリーが俺と一緒に行くと駄々をこね始めた。
前回も皇都を離れるときにあったやりとりだが、今回は質が悪いことに城を抜け出して街門のところまでやってきて、地面を転がって泣きわめいている。
ここだけ見るとこの国の未来が心配になる。

どうやってここまで来たのかとか、王女が冒険者の旅に同行するなとか言いたいことは色々とあるが、エリーは曲がりなりにも王族であるため、人の目があるこの場であまりぞんざいな扱いをするわけにはいかないし、なによりも他の人からの視線が恥ずかしくて仕方ない。

困っている所に見覚えのあるメイド達が慌てた様子で駆けつけ、地面でバタバタと暴れているエリーを何とか宥めながら抱え上げ、俺に深々と礼をしてから去っていった。
今のは84号遺跡の際に知った護衛兼用のメイド達だったが、やはりエリーのお守は大変なんだなとしみじみとした思いがこみあげてきた。

出発前の恒例行事とも言えそうなエリーとの別れもあったが、湖の傍に着陸させていた飛空艇へと乗り込んだ俺はすぐに船を上昇させ始める。
ふとモニターに映る外壁の上に並ぶ人影に気付く。
先程エリーを連れて行ったメイド達を含めた城の近衛兵達がこちらへと手を振ってくれていた。

何かを叫びながら手を振っているが、残念ながらここまで声が届かないので頭の中で勝手に別れの言葉を補完させてもらおう。
何とも熱烈な見送りを得た出発だが、こういうのもいいものだ。

十分な高さまで上昇すると、フィンディのある方角目指してゆっくりと進める。
先程の見送りが意外と俺の心に残っていたのか、妙に物寂しい雰囲気に耐え切れず、ふと独り言を呟いてしまう。
「…今生の分かれってわけでもないのに、なんでこんなに胸にぽっかりと穴が開いたようになるんだろうな…」
「人間って生きてれば誰かしらとの別れとは避けられない生き物なんだし、そういう感傷的なのも人として生きるのに大事だからじゃない?」
「かもな。………ん!?」

普通に俺の独り言に答えが返って来たことに一拍遅れて驚き、声の主を探して振り返ると、窓を向いているシートにはエリーが腰かけていた。
何故かその恰好は先ほど街門で見かけた物ではなく、いかにも冒険者風といった動きやすそうなものだった。

「おまっなんでここにいる!?」
「何でって私も行くってさっき言ったじゃない。だからあいつら振り切って飛空艇の貨物室の扉からコッソリ入ったの。あそこ、鍵かけた方がいいわよ?」
エリーが言う通り、確かに貨物室は鍵をかけていないが、それは開け方を知らない人間にはどうやっても開けられないからだ。

通常は操縦室と貨物室内から後部ハッチの開閉を操作しているが、荷物の搬入作業を円滑に進めるために外部からハッチを開け閉めする機構も当然存在した。
今ここにこうしてエリーがいるのは、84号遺跡での調査の際に貨物室を何度か開ける作業を間近で見て開け方を知っていたせいだろう。

「だからって普通勝手に乗るか?城の人達も心配―あっ!そうか、さっきの俺に手を振ってくれてたのって見送りじゃなくてっ…」
どうやら外壁でメイドや近衛兵が飛空艇に手を振っていたのは、エリーが乗っているから引き返せという意味だったのか。
どうりであんなに必死な様子で手を振ってくれてわけだ。

「まぁまぁ、出発しちゃったのならしょうがないじゃない。フィンディに行くんでしょ?パーラもそこにいるって言ってたし、久々に会えるのねぇ~。……アンディ?なんだか船の向きが大きく変わってるわよ?このままじゃ皇都に戻っちゃうじゃない」
モニターに映る景色は先ほどから大きく左向きに流れている。

「そうだよ、皇都に引き返してるんだ。向こうに着いたら城の人に引き渡すからな。思いっきり叱られろ」
「えちょっと、ダメよ!ダメダメ!私旅に出るんだから、今城に行ったら連れ戻されちゃう!」
俺が座るシートに縋りつくようにして何とか皇都へ戻るのを阻止しようとするエリーだが、果たしてそれの何が悪いのか。

「それでいいじゃねーか。王女は王女らしく城にいろって。大体、冒険者の旅にエリーが絶えられるわけないだろ。お前が想像するよりもずっと過酷なんだぞ」
「うっそだー!だってこの飛空艇に乗って旅するんでしょ?これの暮らしって、城にいた時よりも快適だったもん!」
ぬぅ、そう言われると返す言葉に困る。

確かにこの飛空艇の設備はとんでもなく快適だ。
ここで寝泊まりしたエリーが、旅をちょろいと思うのも仕方ないのかもしれない。
実際、衣食住のほとんどを満たすことが出来るこの飛空艇での旅は過酷と言う言葉とは程遠いものだ。

「それは…いや、とにかく!お前はホイホイと旅に出れる身分じゃないんだよ。帰るったら帰るぞ」
「ヤダヤダヤダヤダヤダ、ヤダーっ!私も一緒に行く!アントンみたいな冒険をするのー!」
街門での時よりも遥かに激しく駄々をこねるエリーを無視し、船を真っ直ぐに皇都へと飛ばし続ける。

エリーの言うアントンと言うのは、古代文明浪漫譚を子供向けにアレンジした絵本に出てくる冒険者の名前だ。
実在したかどうかは未だ解明されていないが、子供の寝物語に語られるこのアントンがしたといわれる冒険というのは、子供心をくすぐる恐怖と好奇心に満ち溢れたストーリーが展開されるものだ。

ソーマルガの人間なら誰でも知っているこのアントンの冒険は、エリーにもやはり影響を与えていたらしく、この前の84号遺跡の調査の際にもその片鱗は見えていたが、どうやら今回の暴挙はそのアントンの冒険を自分もやりたいという、なんとも子供らしい動機だったというわけだ。

とはいえ、流石にエリーが碌に護衛も無い状態で旅に出るのはよろしくないので、俺の旅に一緒に連れて行くという選択肢も存在しない。
素直に城に戻ってクヌテミアあたりにでも叱られるがいい。

「もぉー!城には戻らないっていっへんでじょっ!」
「あいでででででで!腕に噛みつくなバカ!あっだめっそっちは操縦桿握っ…アカーーン!」
癇癪を起して腕に噛みつくエリーのせいで船が大きく姿勢を崩して墜落の危険にさらされる場面もあったが、なんとか無事に城へと戻ることが出来た。
その際に、近衛兵を引き連れて現れたハリムがまるで般若のように怒りの顔になっていたのは至極当然だと思った。
誰とは言わんが、震えて眠れ。
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死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

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