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小さな部品が大きな問題を生むし解決もする

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 新しい技術というのは、発明されたからといって即実用化されるというわけではない。
 確かに優れたものを導入した先にある便利さを享受することで、人の世界は発展を続けてきた。
 しかし、いくら便利だからといっても、それが安全だと分からずに使うのを躊躇う慎重さも、人が今日まで生きてこれた能力だと言える。

 ソーマルガにおける飛空艇開発でも、安全性という点では特に重視されている。
 一例として挙げると、飛空艇が墜落する際、パラシュートを使った脱出で乗員の生命を守るという仕組みがそうだ。

 現在ソーマルガ皇国で問題となっている量産型飛空艇の墜落の際も、パラシュートがあったおかげでパイロットは命が助かったケースが多々あった。
 このことからも分かる通り、決して人命軽視での技術開発を良しとしないのがソーマルガの風潮だ。

 翻って、マトロによって発見された飛空艇の動力に使われている部品による不具合に関してだが、これがまたソーマルガの気風とは少しズレがあるように思える。
 ある条件下に置いて、動力内部で魔力の逆流現象を発生させたこの部品は、正式名称を鈎型魔力弁というそうだ。

 導入が開始されたのは今から四年前と比較的最近だが、その信頼性と高効率を両立した部品は飛空艇にも積極的に用いられるのを妨げる理由のない、正に画期的な発明品とのこと。
 折しも、その四年前は飛空艇の研究開発がスタートしたのと近い時期だったこともあり、新しいパーツに置き換えやすかったのだろう。

 勿論、鈎型魔力弁にも導入前の安全と効率を念頭においたいくつものテストは課されており、それらをクリアしたからこそ、大々的に導入されているわけだ。

 ところが、この鈎型魔力弁こそが飛空艇墜落を引き起こした原因だというマトロの見立ては、ソーマルガの安全管理に対する疑念を引き起こすのに十分な材料となってくる。

 ただでさえ空を飛ぶというのが危険との隣り合わせにあるというのに、まさか飛行中に魔力が逆流してくるというとんでもない問題を見逃していたとすれば、技術者達はその職責で償いきれないほどの大罪を犯したも同然だ。

 だが、これがもしも極限られたケースで起きるもので、全ての飛空艇で起きるものではないとすれば、技術者達を一方的に攻めるのは些か酷とも言える。
 人はミスを犯す生き物だし、全てを見通すこともできない。
 ひょっとしたら、この鈎型魔力弁以外の何か本命の問題でもあるのか、あるいはもっと他の複合的な問題によって引き起こされていたのであれば、尚更責任を求める先は揺らいでしまいそうだ。

 そこで、ハリム達ソーマルガの政府上層部はマトロの報告を受けて、飛空艇に搭載される動力を用いた実験を執り行うことを決定した。




 俺とマトロがハリム達への報告をして一日が経ったこの日、朝から皇都のはずれにある飛空艇の研究施設へと足を運んで、鈎型魔力弁の不具合を再現する実験に立ち会うこととなった。
 マトロはともかく、本来は部外者である俺も立ち会うのを許されたのは、ハリムあたりが気を利かせてくれたかららしい。

 一般人では立ち入ることのできない施設の奥まったエリアに集まった、ハリムら高位の官僚や技術者達が実験を見届ける。
 大勢が見つめる中、ダリアの指示の下で大掛かりな実験装置が組み立てられ、そこに問題となる低出力の動力部品が固定されていく。
 これで実際に動かした挙動を外部から探り、問題を掘り出していく形のようだ。

 今回の実験に臨む技術者達に、不慣れな動きが所々に見られるのが気になってダリアに尋ねると、これまで飛空艇の不具合が発生した時点での検証は勿論行っていたが、ここまで大掛かりなものはしていなかったという。
 飛空艇の不具合を洗い出す中、検証するべきことがあまりにも多いため、大掛かりなものに手が回りづらかったのも、今日まで本格的な原因究明がなされなかった理由かもしれない。

 なお、この実験装置だが、急遽仕立て上げたせいで、機械類が絡み合ったような見た目で少し見栄えはよくないものの、技術者達が徹夜で作った甲斐あって確かな完成度を誇り、ダリアも薄い胸を張っていたので信頼はしよう。

「宰相閣下、実験を開始してもよろしいでしょうか?」

「うむ、始めてくれ」

 実験の準備が整ったところで、ダリアがハリムの許可を得て装置を稼働させる。
 安全のため動力装置からは全員が距離を取ってはいるが、そこに繋がれている様々な測定器にはアナログなメーターや真空管のようなものが多数見られ、装置が動くと同時にそれらにも変化が訪れていた。

 測定器を真剣な目で見つめる技術者達は、今目の前で行われている実験がいかに重要か理解しており、得られるデータを全て吸い上げようという気概で、無駄口をたたく者は一人もいない。

 実験を開始してすぐは、動力をアイドリング状態で暫く落ち着かせ、頃合いを見て徐々に出力を上げていくらしい。
 こうして見ている限りでは特に大きな変化はなく、何か起きるのはまだ先になろうかと気を抜いた次の瞬間。
 測定器を見ていた技術者の一人が鋭く声を上げた。

「これは…仮設の伝達経路内で魔力の逆流を確認!機構内で異常振動!魔力弁に変形も見られます!」

「何かの間違いじゃないか?こっちの測定器だと問題ないようだが」

 いくつかある測定器の内、たった一つだけに異常が起きているようで、その異常を検知している測定器の周りに技術者達が集まっていく。
 外から見た装置は全く変化はしていなく、何かが起きているというのを知るには測定器からの情報を頼るしかない。

 一応、俺も遠目に測定器から何かを読み取ろうとしてみるが、そこに現れている情報は専門的すぎて何が何やらといった感じだ。

「安全装置を強制起動。魔力の流入を遮断し、動力装置を停止させろ。三番から五番までの密閉軸を解放。圧力は外部に逃がすんだ」

「了解!」

 そうなるという結果が半ば分かっていた実験で、期待したデータを得た技術者達は喜びと驚愕でざわめいていたが、そこにダリアが冷静な声で実験装置の停止を宣言すると、技術者達は与えられた命令に応えるために動き出す。

 慌ただしく動き出す技術者達によって、実験装置では何かの操作が行われた結果なのか、上部に設けられているダクト部分から空気が噴き出すような音が響いてくる。
 丁度、俺達が噴射装置を使った時のような音にも似ていることから、ダリアが言う圧力を外部に逃がした際の音だと予想した。

 こうしてダリア達によって実験装置は稼働を停止され、一先ず実験はこれで終了といった様子だが、何が起きたのか正確に把握していない俺やハリムといった技術者以外の面々に対し、ダリアが改めて解説をしだす。

「さて、お集りの皆様はもうお分かりかと思いますが、今回の実験で得られた結果によると、やはり件の部品によって飛空艇の動力は機能不全を引き起こされていたようです。これは鈎型魔力弁が機構内の魔力の流れを整えるという機能が、形状からくる副産物に過ぎなかったものを―」





 ダリアによる少々専門的な解説はハリム達のような立場の人間にとっては難解なものだったが、要は鈎型魔力弁には与えられた機能以外に、パーツの形状によって発生する特殊な副次効果が備わっていた、ということが判明した。
 その効果とは、魔力の流れを調整するというもので、当然魔力の逆流を防ぐ効果もあったはずなのだが、どういうわけかある特定条件下では逆流を誘発するという致命的な状況を作り出してもいた。

 本来ならばこの副次効果は魔力の流れを正常に整え、高出力と省エネをほぼ自動で切り替えるという画期的な機能だったはずだ。

 そのため、苦肉の策として動力を二つ備える量産型飛空艇に、この魔力弁が異例のスピードで採用されたのも、これらの機能が要求性能にうまくマッチした結果だと言えよう。
 折しも、飛空艇の国産化が急がれていた事情も重なり、この欠点を見つけるだけの余裕が当時の開発陣にはなかったのかもしれない。

 ソーマルガ国内において、安全性を重視し、十分な検証が行われて導入される新型部品であるが、そんな事情もあって安全性の検証が不完全なまま鈎型魔力弁は飛空艇へ組み込まれ、そして致命的な不具合へと至ったわけだ。

 あまりにも急に置き換わったせいで、そこにあって当たり前の部品として異物感を覚える暇もなかったために、不具合の原因として見落とされていたのではなかろうか。
 得てして人が作ったものというのは、小さな部品のマッチング不良が致命的な結果に繋がるということが、どんな世界、どんな技術でも往々にしてあると思えてならない。

「…といった具合で、本来、魔力が逆流するのを防ぐ役割を果たす弁が、逆にそれを誘発してしまったというのも新型の部品に潜んでいた致命的な不具合だと言えます。これはつまり―」

「ダリアよ、もうよい。結論を聞かせてくれ。その魔力弁を改良、あるいは以前のものへ戻せば、飛空艇は問題なく飛べるのだな?」

 放っておけばいつまでも続きそうなダリアの話を遮り、若干の疲れを見せるハリムが今最も知りたいことを尋ねる。

「は、概ねその通りです。鈎型魔力弁さえどうにかすれば、飛空艇は元通り、ソーマルガの空を舞えるでしょう。ただ、今すぐにというのは難しいかと」

「む?なぜだ?また前の部品に戻せばよかろう。簡単な話ではないか」

「単純に、その以前の部品が手に入りにくいんですよ。ハリム様、そういった新型と置き換えられて大量に余剰品となった旧型の部品は、どう処分されたか覚えておられませんか?」

「…技術的に模倣されても問題がない品であれば、他国への輸出品目として扱われる、か。そうか、その部品も既に他国へと売却されているのだな?」

 軍の払い下げ品とは少し違うだろうが、他国に過剰な技術流出の心配がなければ、ソーマルガとしては必要なくなった部品を金に換えて国庫に戻そうとするのはおかしなことではない。
 鈎型魔力弁の登場でお役御免となった以前の部品は、そうして他国へ売られてしまってソーマルガ国内に残ってはいないのだろう。

「はい。僅かな数であればどこかの倉庫にでも眠っていましょうが、現在の量産型飛空艇全てに行き渡らせることは不可能かと。いっそ、売った先へ頼み込んで買い戻すというのも考えてはいかがでしょう」

「足元を見られて高く売りつけられような。まぁそれは最後の手として考えておこう。一先ず、現行の部品の改良で対応が可能か検討し、並行して旧型の部品の再生産も行うとしよう。ダリア、各部署で必要な人員と予算を纏め、ワシまで上げさせよ」

「は、承知しました」

 少々の軽口は混ざりつつも、政治と技術のトップ二人の会話が一旦終わったところで、次は飛空艇が再び飛び立つまで某プロジェクト〇Xばりの壮大なストーリーが繰り広げられ、その果てにめでたしめでたしで大団円に終わる…というわけにはいかない。

 実はこの場には一人、重要な人物が同席している。
 その人物はここにいる人間の中で、唯一罪人のように身体を枷で拘束され、猿ぐつわで言葉を発することも許されずに実験を見ているという、ある意味では超VIP待遇な男だった。

 ダリアとの会話を終えたハリムは、そんな男へ険しい顔で声をかける。

「さて、そろそろよかろう。どうだ?実験の結果は見ての通りだが、これでもまだシラを切るか?モルズ」

 モルズと呼ばれた男は、伏せていた顔を上げてハリムを一度だけ睨むと、視線を逸らす様に顔を背けた。
 会話を封じられているモルズにしてみれば、そうして抵抗の意を示しているにすぎない。
 そのような態度を見せるものだから、周りからの非難の視線を集めてしまうわけだが、もっともこれはモルズがソーマルガに大きな損害を与えた人物だと周知されているのが大きい。

 実験が始まる前に少し時間があったのでハリムに色々聞いた話によれば、このモルズという男は飛空艇製造でそこそこの地位に着く研究者で、鈎型魔力弁の採用をかなり強引かつ性急に推し進めた人物でもあったらしい。
 慣例や横の連携を無視したやり方に問題の声もあったが、それでもこうして実際に新型部品が採用されているのだから、有能な人間だったのは間違いない。

 そんなモルズだがこの度、某国のスパイだったことが明らかとなった。
 以前潜り込んでいたスパイとは別口だが、マトロの報告を受けて怪しい人物として浮上したモルズの尋問を夜通し行い、今朝方断定されたとのこと。

 ソーマルガはスパイが潜り込み放題かと嘆きたいところだが、情報伝達がアナログなこの世界だと、身元を確認するのも精々ギルドカードが最先端ぐらいで、そこを経ることさえしなければ簡単にスパイは活動できてしまう。
 諜報の意義を知っている国ならどこもやっていることで、ソーマルガとて、そうして他国にスパイを送っているはずだ。

 勿論、国も対策はするが、十全のバックアップを受けてよく訓練されたスパイを完全に防ぎきるのは難しいものだ。
 国家機密とも言える飛空艇の製造現場にスパイが関われるというのは、ソーマルガ側の防諜が甘いと言わざるを得ないのと同時に、他国もそれだけ飛空艇の技術を手にしようという本気度の現われとも言える。

 そのモルズが鈎型魔力弁の導入を強く推進した理由だが、聞けば何とも迂遠で意味がよく分からないものだった。

 ソーマルガが飛空艇を量産して正式に配備されれば、周辺の国にとっては脅威になると踏んだモルズは、自国へ指示を仰いで、欠陥のあるパーツを敢えて導入させて、配備までの時間を引き延ばそうと試みたそうだ。
 実際、そうと悟られず欠陥品を正式に飛空艇へ組み込ませたのだから、モルズの偽装能力とプレゼンは優れていたわけだ。

 ソーマルガとしては、何故飛空艇の不具合の原因が今日まで掴めなかったのかも、実のところモルズが裏で色々と工作していたのも効いていた。
 こうしてみると、工作員としてのモルズはかなり優秀だといえ、だからこそ某国もソーマルガという大国へ送り込む駒として選出したのかもしれない。

「…捕えられた間者というのは哀れなものだ。貴様がいずこの国の者かは未だ分かっていないが、これだけのことをしでかした以上、人として扱われるとは思うなよ」

 人道を謳う国であろうと、捕まったスパイの末路などどこの世界も同じだ。
 たとえ法で禁じられていようとも、存在しないとされる人間になら拷問も躊躇われない。
 モルズは苛烈な拷問の果てに、情報をすべて搾り取られ存在を抹消されるか、運が良ければ国同士でのスパイの交換に使われるかもしれないが、望みは薄いだろう。

 その絶望しかない厳しい言葉に、モルズは再び顔を上げてハリムを睨みつけるが、この状況で恐怖や悲哀を表に出さずにいる胆力は大したものだと、思わず感心してしまう。

「しかしハリム様、この者の上役と思しきものは未だに行方が分かっておりませんぞ。ここはひとつ、モルズを餌に彼奴を誘き寄せるというのも…」

 ハリムの傍にいた老人の一人が、モルズを見ながらそんなことを言いだした。

 どうやらこの件に関わっているスパイはもう一人いるようで、そちらは姿をくらましたのか捕まってはいないらしい。
 てっきりモルズ一人でスパイ活動をしていたとばかり思っていたが、協力者がいたのか。

 仲間が捕縛されたのを悟って逃げ出したのか、ソーマルガの追跡から逃げれている以上、そのスパイも随分と優秀に思える。

「悪い手ではないが、それをしてモルズの口封じか奪還をされてはたまらん。今はこの者から情報をさらに得ることを優先する」

「はっ」

 ハリムとしてはモルズを餌にするのも一考の価値はあるが、確実に情報を得られる方を重視したいのも宰相としては当然の判断だ。
 進言した者もハリムの判断には納得し、そのまま引き下がる。

「それではハリム様、今回の実験ですが、ここまでとしてもよろしいですか?うちの連中が装置の劣化具合を見たいと騒いでおります故」

 真剣な話をしているハリム達に、遠慮がちな様子でダリアが声をかける。
 装置の方を見てみれば、先程まで計測器に齧りついていた技術者達が実験装置の周りをソワソワと見て回っており、早く装置を分解して実験データにありつきたいといった葛藤が実に分かりやすい。

「よかろう。これにて実験終了とする。ダリアよ、後のことは任せてよいな?」

「は、撤収作業はすぐに行います。それと、情報の統制もこちらで?」

「うむ、ここにいない研究者にはしばらくは伏せておけ。実験結果も書面にしてこちらに回せ」

「畏まりました」

 ハリムが終了を宣言したことで、この場に残るのは実験装置を分解したい研究者達だけとなるため、俺とマトロも一先ずここを離れることとしよう。

「はー、終わった終わったぁ。アンディ君、この後どうしようか?」

「どうって、ジンナ村に帰る準備をするのでは?」

 俺達がここに来た目的は昨日の時点で果たされており、ここにいるのもその延長だ。
 実験を見届けたことだし、皇都に留まる理由もないのでさっさと帰る準備をしたい。
 マルステル男爵領は辺境の地であり、そちらへ向かう機会も多くない風紋船のチケットとなれば、手配するのも早めの方がいい。

「それもやるけど~、折角皇都に来たんだし、なんかやっておくこととかないのぉ?」

「そう言われても、俺とパーラはついこの前まで皇都にいたんですよ?用事なんて粗方済ませてジンナ村に来てますし」

 強いて言えば俺達の飛空艇がどこまで修復されたかを見るぐらいだが、実験前にダリアから聞いたところではまだまだ終わるのは先だとのこと。
 飛空艇の不具合が解決したとはいえ、俺達の飛空艇はそれとはほぼ関係ないので、この修復の時間だけはどうにもならない。

「んー、そう言われちゃうと、ウチも特にこっちで用事はないしぃ…じゃあジンナ村に戻る準備だけさっさとしちゃう?」

「元々その予定でしょうに。とりあえず、風紋船の乗船券の手配は俺の方でやりますから、マトロさんは―」

「アンディ、少し良いか?」

 マトロを話していら俺にハリムが声をかけてきたため、そちらの方へ体を向ける。
 てっきり先程のモルズに相対していた時のように、取り巻きを引き連れているかと思ったが、そこにいたのはハリムだけだった。
 傍に護衛もいないのは不用心だが、それだけ俺が信用されているのだろう。

「これはハリム様、俺になにか?」

「うむ、今回の件でのお前達の働きを褒めておこうと思ってな」

「お褒めの言葉なら、昨日マトロさんに掛けてましたけど、あれでも不十分だったと?」

「そうではない。無論、マトロの働きは昨夜の言葉以上のものはあるが」

「あら~、恐縮ですぅ」

「もしかしてマトロさんにではなく、俺にもお褒めの言葉を?この件に関しては、俺は特に貢献はしてませんけど」

「そのようなことは無かろう。マルステル男爵からの文には、お前とパーラが申し立てた結果、マトロによってあれの不具合が見つかったと書かれていたぞ。まぁジンナ村に置いている動力の扱いが扱いだけに、あまり大っぴらには言えんが、功績は功績だ」

 アイリーンにモーターボートの件を持ち込んだのは確かに俺達で、さらに言えば最初に気付いたのはパーラだ。
 どうやらアイリーンはそのこともしっかりハリムには伝えていたらしい。
 ハリムのこの言いようだと、ひょっとしたら褒美に何か貰えそうな感じだ。

「そこでだ、今回の件の褒美として、お前とパーラには飛空艇を一機、特別に貸与してやろう。ただし、これはお前達の飛空艇が修復するまでの間の措置だ。また、運用もソーマルガ国内に限らせてもらう」

「それはまた……俺としてはありがたいんですけど、いいんですか?まだまだ飛空艇の運用に余裕はないと思えますが」

 まさか、制限付きとはいえ飛空艇をひとつ俺達に回してもらえるとは、褒美としてはかなりのものだ。
 なにせ、量産型飛空艇の不具合の原因は明らかとなりはしたが、それで動かせる飛空艇がすぐに増えるというわけではない。
 ダリアが言っていたが、使える安全な部品の在庫が心もとないからな。

「無論、余裕などはない。だが、功には報いてやらねばならん。今日の実験をもって、先行きの暗かった飛空艇の問題も展望は見えた。今ならばどうにかして飛空艇を一機、お前の所に回してやるぐらいはできよう」

「なるほど、そういうことでしたら遠慮なく使わせてもらいます。ご配慮、ありがとうございます」

「よかったねぇ、アンディ君~」

「ええ、これでジンナ村まですぐに帰れますよ」

「そうね、ウチも初めて飛空艇に乗れるのが楽しみだわ~」

「おや?そうだったんですか?マトロさんぐらいの地位の人なら、一度ぐらいは乗ったことがあってもおかしくないと思えますが」

「ウチぐらいの地位って、アンディ君にはウチはどんな偉い人に見えてるのよぉ」

 とりあえず、城に入ってからは色んな人に挨拶をされるぐらいには偉いとは思っている。

「マトロほどであれば、確かに飛空艇に乗る権利もいずれは得られようが、生憎まだ飛空艇は気軽に使えるものではない。量産型飛空艇が計画通り配備されていればまだましだったが。その点でいえば、今お前に飛空艇を貸し与えられることがいかに稀有な事か、よく噛みしめておくのだな」

「ええ、それはもう。しっかりと」

「うむ、それでよい」

 本来はマトロも相応に地位の高い技術者であり、チャンスに恵まれれば遠い地に行く機会にでも飛空艇で送り届けてもらえたかもしれないが、残念ながら色々あって実働している飛空艇の数が少ない今のソーマルガでは、まだまだ難しいだろう。

「それでハリム様、俺達が乗る飛空艇はいつ頃用意してもらえるんですか?俺とマトロさんは、今回の件の報告もアイリーンさんにしたいんで、なるべく早く向こうに戻ろうと思ってまして」

「そう急ぐこともなかろう。手配には少し時間がかかる。今皇都にいる飛空艇から抽出する故、その後の点検も含めて…そうだな、四日後にはなるだろう」

 四日か、特に長くもなく短くもない微妙な日数だ。
 それぐらいなら、俺としても飛空艇に積む荷物を調整するのに時間を使えるし、妥当だろう。
 なにより、久しぶりの飛空艇だし、待つ時間もまた楽しみに繋がる。

「そうなると、借りているバイクの方はどうしますか?あれは飛空艇が使えない代わりにという名目でしたけど」

「ふむ、そうだな…そのまま使っても構わんが、返還したいというのならそれもよかろう。在処を知らせれば、ワシの方で回収を手配しておく」

 小型の飛空艇には、あのサイズのトライクを収納できるほどのスペースはない。
 バイク二台体制は便利ではあるが、飛空艇が使えるならあえてトライクを使い続けることもないだろう。
 極短距離なら噴射装置があるし、自前のバイクもあるしな。

 ここはトライクは返還するとしよう。
 ハリムにもそう伝え、了承を貰った。

「念押しにもう一度言うが、運用はソーマルガ皇国内でのみ限るのだぞ。くれぐれも、国外へ持ち出してはならん。よいな?」

 信用されていないというわけではないが、現状で国外へ飛空艇を持ち出されるのがあまり好ましくないソーマルガとしては、国内で運用させて動きを把握しておきたいわけだ。

「分かってますよ。こっちの飛空艇はそちらに預けてるんですから、下手な真似はしませんって」

 俺達の家とも言える飛空艇が質になっているも同然の状況で、釘を刺された言葉を無視して飛空艇で国外へ出るなど、恐ろしくてできん。
 もしそれをすれば、ハリムは俺達の飛空艇を嬉々として没収するだろう。

 性能を考えれば、どちらの飛空艇が手元に欲しいかは考えるまでもない。
 俺にとっても、またハリムにとってもだ。

 とはいえ、国内限定でも飛空艇が自由に使えるようになるのは有難いのは確かで、当分はアイリーンの所で過す予定も、これなら変更してもいいかもしれない。
 ソーマルガにはまだ俺達が行っていない未知の土地が山ほどある。
 この機会に、そういう所に足を運ぶのも悪くない。

 しかしパーラのやつ、俺が飛空艇で戻ったら驚くだろうな。
 あいつには土産はないと断言していたが、これはいい意味でそれを裏切ってしまうことになりそうだ。

 動力の不具合の報告を手土産に皇都へ行って、その帰りに飛空艇を土産に戻るって、なんか素敵。
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