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バイク+変身=…

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 イアソー山の内部にその存在が確認された迷宮遺跡は、入り口が山頂にしか発見されていなかったこともあり、挑まんとする者は実際の攻略の前に険しい山を登ることを強いられるという、これまで発見された中でもとりわけ難易度が高いダンジョンだと言えた。

 なにせ登山に必要な物資に加え、ダンジョン内で消費する物資をも持ち込む必要があったため、通常の登山以上に多くの荷物を背負う道行きはあまりにも険しく、途中で力尽きる者も多かったとか。
 そうしたことも経て、ダンジョンに挑む者と物資を運ぶ者という役割が自然と分かれるようにはなったが、それでも重い荷物を大量に背負って山を登るのは依然労力の大きい仕事のままだった。

 そんな中、ある冒険者が山頂付近に山小屋を作ったことにより、ダンジョン攻略のスピードは一気に増していく。
 まぁそのある冒険者というのは俺達なのだが、ひとまず今は置いておこう。

 温かい寝床に温かい食事を提供するその山小屋は、迷宮探索者と登山者達の憩いの場となり、当初の宿としての役割も徐々に拡大して物資まで売るようになると、瞬く間にダンジョンアタックの最前線のような扱いをされるようになった。

 とはいえ、山小屋はあくまでも宿と売店としか機能しておらず、売り物となる物資はやはり山の麓から持ってくるしかなく、ダンジョンに挑む者達の数を考えると、まだまだ十分とは言えなかった。
 それを一転させたのが、ジップラインの登場だ。

 山頂から麓までワイヤー一本で滑り降りるジップラインは、片道だけとはいえ行程を省略することで、荷運びのサイクルを活発化させることに成功し、これにより山頂へ物資を送る頻度は格段に増すことができた。

 商人ギルドとアシャドル王国も、ジップラインの設置を機にこの山小屋を通した支援を潤沢に行い、ついにはダンジョンの最深部へと攻略者を送るまでに至る。
 だがいいことと悪いことはセットだとあざ笑うかのように、直後に起きたのがあの巨人の目覚めだ。
 山肌を突き破り、イアソー山の麓に姿を現した巨人による被害はもはや語るまでもない。

 多くの犠牲のもとで巨人は討伐されたわけだが、終わってみれば当初の絶望的な風潮から一転し、その死骸によってもたらされる新技術に期待するアシャドル王国は、巨人との戦いを奇貨として精力的に動き出しているというのだから、国というのは強かなものだと感心してしまう。

 当初、この迷宮における発見物で最も価値のあるものが阻導石と思われていたが、最終的には巨人の死骸が齎す新技術こそが、アシャドル王国にとっては最大の収穫となるだろう。

 こうして巨人が山肌を破って現れたことにより、阻導石も巨人の死骸も放出された今、この迷宮は得るものがない、枯れた遺跡となったのかといえば、実はそうでもない。
 かつて太古の文明が魔導性廃棄物の投棄場所としていただけあって、現代では製造も解析も難しい物質がいたるところに残されており、それらは貴重な研究資料としてまだまだ存在感を放っていた。
 それらを求め、ダンジョンへ足を踏み入れる人間が未だに後を絶たないほどだ。

 現在、ダンジョンへ入るには二通りのルートがある。
 以前同様、山頂まで登って通常通りの入り口を使うルートと、巨人が突き破って出てきた山肌に開けられた穴からダンジョンへ突入するルートの二つだ。

 なお、巨人が山肌に空けた穴は山頂の入り口と区別するために、便宜上、新麓口と名付けられている。

 新麓口の存在もあり、ダンジョンに突入する敷居は格段に低くなっているのだが、それでも最下層からのスタートを避け、わざわざ登山をして山頂の入り口からアタックする人間は多い。
 これは迷宮内部の入り組んだ構造のせいで、巨人の空けた穴から突入して最下層からスタートするのも山頂の入り口から下がってくるのも大して労力は変わらないせいだ。

 大体の素材はダンジョンの中間よりやや下層に存在しているため、入り組んだ迷路を逆にたどって上へ上がるルートはかなり迷いやすい。
 特に最下層付近は絶対巨人を外に出さないという意思の表れか、偏執的なまでに細かく道が分岐しているそうなので、似たような景色に明りも乏しいとくれば、正しい道を知っていても一本道を間違えるだけで進むも戻るも難しくなる。

 実際、最下層からダンジョンに入った冒険者が長期間戻ってこれず、そのまま行方不明となっているのも少なくないとか。

 対して山頂からはというと、まず山を登るという手間はあるが、道中に物資の運搬を生業とする連中に同道できれば、慣れた人間の先導に頼れて危険はさほどない。
 山頂まで行けば山小屋はあるので、そこで一休みしてからダンジョンに入れるという、安全で堅実なやり方だ。

 階層が上の辺りは初期の攻略者達によって情報も多く開示されており、また道も下層ほど複雑でもないので、レア素材が多く見つかっている中階層までは、実力さえ確かなら大きな問題もなくたどり着けることだろう。

 迷子を覚悟で登山にかかる体力を温存して最下層から挑むか、あるいは時間はかかるが堅実な方法を選んで山頂から挑むか、よっぽどの運と実力でもないかぎり、俺としては山頂からのルートを勧めるが、どちらを取るかは個人の自由だ。

 いずれにしても、阻導石が全て持ち出され、巨人が倒されたことによってダンジョン攻略の必要性は大きく下がったものの、そこに蓄えられた未知のお宝を求めて、迷宮が人を飲み込む勢いはまだまだ健在ということだ。

 さて、ここまで何故俺が長々とダンジョンについて語ってきたかというと、山頂の山小屋と麓を結ぶジップラインに新しい動きがあったからだ。
 現在でも山を登る人が多いのもあり、かねてより計画されていたが巨人の出現によって導入が見送られていたジップラインを動力付き滑車籠がこの度、正式に稼働を開始することとなった。

 その最初の運転が今日行われるということで、それを聞き付けた暇人達(俺とパーラも含む)が、街外れに立つジップラインのスタートとゴールを兼ねる鉄柱の傍に集まっていた。
 これは以前俺が建てたものだが、今も変わらずここにあるということは、巨人の暴虐が上手く避けてくれて残ったのだろう。

 もうすっかり冬といっていいこの時期、久しぶりに太陽が出ているとはいえ寒さは鋭く、吹き付ける風に身を震わせながらその時を待つ。
 既にジップラインのワイヤーには、エンジン付きの籠が取り付けられており、その見た目は骨組みだけのゴンドラといった感じだ。

 主に物資を山頂へ送るために使われるため、人間が乗る快適さよりもとにかく多くの荷物を積めるように軽量化を図った結果があの形だそうだ。
 そして、ワイヤーと籠を結ぶ一点に取り付けてあるのが、バイクに使われている技術を応用して作った動力付きの滑車だ。

 モーターの動きでワイヤーを挟み込んだ車輪が回ることでぶら下がる籠を動かすという、仕組みとしては簡単だが実によく出来ている。
 おまけにブレーキまでバイクのそれを利用しているのは、パーツの互換性からの整備効率を考えてのことだろうか。
 俺と違ってゴンドラを知らずに、一からこれを考えた人間の発想力には脱帽だ。

 短距離間の試運転以外で初の正式稼働ということで、山頂まで運ばれるのは万が一喪失してもさほど困らない、食料や燃料等だ。
 これらは山小屋で日々消費される物資であり、ジップラインでこの先頻繁に運ばれる機会も多いために選ばれた。

 そうしているうちに籠へ物資の積み込みが終わり、いつでも出発できるという段階になったのだが、しかし籠は未だ動き出す気配はない。
 運転を仕切る役人と技術者達はジッと山頂の方を見つめているだけだが、これは別に呆けているわけではなく、山頂からの合図を待っているのだ。

 ジップラインは主に下りで利用されてきたため、今も不意にジップラインで下ってくる人間がいないか確認した上で、山頂からの合図で籠を動かすという手はずとなっている。
 その時を心待ちにしている見物人が見守る中、山頂からの合図がついにやってきた。

 上へと伸びる先が霞んで見えていたジップラインから、人も物も乗っていない空の状態の籠が姿を見せる。
 これは普段ジップラインで使われている籠で、これから出発する動力付きのものよりも幾分か小さいが、今日まで下り限定とはいえこの山の物流の一端を担ってくれていた働きものの道具だ。

 平地に近付いたことで勢いが弱まり、人の手も加わってゆっくりと止められたその籠には白い布が二枚結び付けられていた。
 恐らくあれが進路クリアの合図なのだろう。

 早速技術者が今下りてきた籠をワイヤーから外し、いよいよ動力付き滑車籠が出発する。

 技術者の一人が滑車から伸びている棒を握り、なにかの操作を行うと、耳馴染みのあるモーターの音がかすかに聞こえてきた。
 そしてすぐに滑車からワイヤーを噛みこむ軋んだ音が聞こえてきたのと同時に、籠はゆっくりとジップラインを上り始めた。

 -おぉー!

 その光景を見守っていた人達から感嘆の声が上がると、まるでそれを合図にしたかのように籠はグンとスピードを上げ、あっという間に見えなくなるほどの高さへと飛び去って行ってしまった。

「ひゃー!もう見えなくなっちゃったよ。ジップラインを上るってだけでも大したもんなのに、あんなに早いなんて凄いじゃん。こりゃあこの先、山小屋で物資不足に悩まなくなるんじゃない?」

「ああ、だいぶ楽にはなるだろうな。見たところ、人が乗ってなくても運用できるみたいだし、安全さえ確保できれば一日中だって動かせるかもしれん」

 俺もパーラも山小屋とジップラインには思い入れがあるため、その新しい運用方法を目の当たりにするとテンションも上がるというもの。
 既に自分達の手を離れたも同然のジップラインが、こうして現地の人間によって改良されていくのが面白くもある。

「あれが本格的に動き出せば、もう物資運搬の登山者はいなくなるのかな?確かあれって結構いい仕事だったんでしょ?仕事無くなっちゃわない?」

 パーラも元商人だけあって、動力付き滑車籠が齎す未来の可能性に思い至るのは当然で、あれの登場によって少なからず職を失くす人が現れることを嘆いているようだ。
 山頂までの物資運搬の仕事はこの辺りだと結構な高給取りだったので、それに従事していた人間もそれなりに多い。
 そういう者の働き口が取られることを心配する気持ちはわかるが、なにも今すぐに全員が職を失いはしない。

「まぁその手の連中は仕事も減るかもな。けど、完全には無くならないと思うぞ。山頂から迷宮に挑戦する人間がいる限り、道中の登山に慣れた人間の先導は欠かせないんだ。今まで物資運搬を専任してた連中も、今後は案内役として食ってくだろうよ」

 とはいえ、それら全員が登山の案内役へと転向できるとは限らない。

 ダンジョンの重要度は依然高いものの、それでも挑戦する人間は一時よりも減ってはいる。
 おまけに山小屋での安定した物資補充の目途が立ったとなれば、頻繁に山を往復する必要もなくなり、案内の仕事を巡る争奪戦は十分にあり得る。

 恐らく、そういう連中は自分達の仕事を守るために動力付き滑車籠の導入に異を唱えたはずだが、コストパフォーマンスを少し考えてみれば、アシャドル王国と商人ギルドの考えを改めさせることは出来なかっただろう。
 こればかりは現場の人間ではどうしようもない公的な決定なのだ。

 その中で、自分達が生きるために仕事を探すか作るなどする人間の強かさに期待するしかないのが、今のイアソー山周辺の不安定さの代償だと言えよう。

 計画ではこの動力付きのゴンドラで運用データを蓄積したら、新しく上りと下りを分けたジップラインを増設するらしい。
 大々的な工事になるだろうから、そっちの方で雇用を賄って失職の不満を和らげるという手なんかも考えられていそうだ。

「そう言えば、あの動力ってバイクの技術を流用したって話だけど、クレイルズさんが作ったのかな?」

「いや、そうじゃないらしい。俺が聞いた話だと、あれを手掛けたのは別の職人だそうだ。まぁバイクの動力はクレイルズさん以外にも作れる職人はいるみたいだし、その誰かの仕事だろうな」

 世に出回っているバイクには、クレイルズ以外の職人が手掛けたものも少なからず存在する。
 性能的にどうかはともかく、問題なく走行できるという点では確かな造りをしているため、それらの職人の誰かがあの動力付き滑車を作ったというわけだ。

 実際、今ああして動いていた様子に不安なものは感じられず、この先も十分働いてくれるであろう機械に頼もしさを覚える。

「…んじゃ、そろそろ戻るか」

 本日のメインイベントである動力付き滑車籠のお披露目を見届け、周りの人達去っていくのに合わせて、俺達もその場を離れる。

「そうだね。もういい時間だし、出発しようか」

 パーラと並んで歩き、遠くに停めていたバイクのある辺りへと向かう。
 いい時間と言われた通り、もうじき真昼といったところで、出発の時間帯としては悪くない。
 丁度太陽も出ていることもあり、温かさが残る内に少しでも移動しておくべきだろう。

 滑車籠の稼働を見届けるのをこの地での最後のイベントとし、イアソー山周辺での用事を終えた俺達は、今から王都へ向けて旅立つ。

 あれからそこそこ長い時間をこの地で過ごしたが、いつまでもここにいるつもりもない俺達は、雪が本格的に積もる前にソーマルガへと向かう準備を整え、今日を出発の日と定めていた。
 動力付き滑車籠のお披露目と重なったのは偶々だ。

 既に知り合いとは別れの挨拶を済ませており、見送りは不要とするためにこの時間帯を選んだのもある。
 クレイルズやイーリスといった連中は、この地だと色々と引っ張りだこで忙しい身なのだ。
 別れの辛さは変わらないが、しかしこれもいつものことと思えばそう悲観するものでもない。

 クレイルズとはバイクの修理の時に会ったきりだが、イーリスとは何度か食事や酒を共にし、時には彼女の仕事をパーラと一緒に手伝ったりもした。
 巨人と戦った時も思ったが、イーリスとは俺もパーラも意外と波長が合い、この短い間で充実した時間を過ごせた。
 まるで何年も付き合いのある友人のような、愛しさと切なさと心強さのある付き合いだった。

 若干ギャンブル関連で怪しいところはあるが、彼女の戦士としての実力は勿論、年齢相応に重ねた豊富な経験にも期待して、旅の共に誘おうかと一時は考えもした。
 だがイーリスもこの地では大勢に頼られる立場であるため、それは難しそうだった。
 まぁ人にはそれぞれの事情があるのだし、こればかりは仕方ない。

 クレイルズには一応この地を離れる旨を伝言で伝えたが、やはり壁の向こうでの仕事が忙しいらしく、直接会って別れの挨拶をすることはできなかった。
 その代わりというわけではないが、王都のホルトに宛てた手紙を預かっている。
 どうやら例のブツに関しての指示がしたためられているようで、これを見せればホルトがすぐに用意してくれるらしい。

 最後に直接言葉を交わすことは出来なかったが、クレイルズもいつまでもここにいるわけでもないし、いつかまた王都に戻った時にはゆっくりと話をしよう。

 そんなことを考えつつ、歩み続けていた俺達はすぐにバイクの下へとたどり着く。
 目の前にあるのは、ソーマルガ製のものとクレイルズ謹製の二台のバイク達だ。

 アシャドル王国では富裕層に限って普及が進んでいるとはいえ、まだまだ珍しいと言えるバイクが二台も並んで停まっているのは人目を惹くようで、近くを通り過ぎる人達の視線は必ずバイクへと吸い寄せられている。
 盗もうとする人間がいないのは、こうも堂々とバイクが停めてあるのが逆に手を出し辛いからだろう。
 そもそも盗もうにも、バイクを起動させるカギは俺達が持ち歩いているのでまず無理だが。

 それぞれに荷物を分けて積んでおり、さらにソーマルガ製のトライクの方には荷物の満載されたリヤカーが接続されている。
 バイクの馬力を考えれば、リヤカーを牽くのにどっちが適しているのかは考える間でもない。

 旅に必要なものは揃えてあるので、いつでも出発できる。
 問題はどちらのバイクに乗るかだ。

「んで、パーラよ、お前どっちのに乗る?」

「私が選んでいいの?だったらこっちがいい」

 そう言ったパーラが指さしたのは、やはりクレイルズが修理してくれた方のバイクだった。

 二つのバイクを乗り比べた感想として、ソーマルガ製のバイクはしっくりこないとパーラは度々口にしており、元々の俺達のバイクが修理されてからの試運転を経てからは、その思いはより一層強まったらしい。
 今日まで何度か二台で走った機会の中でも、パーラがさりげなさを装ってトライクの方に乗るのを避けていたのがその証拠だ。

 トライクは今まで乗ってきたバイクと比べて馬力が大きいせいで、車体が暴れないよう、時にはねじ伏せるような運転を要求される。
 はっきり言ってクセが凄い。

 ステアリングとアクセルワークに素直な挙動を返してくれるバイクが手元に戻って来たのなら、どちらを選ぶかなど分かりきっている。
 とはいえ、俺としては別にトライクを宛がわれても問題はない。

 確かに扱いが面倒な乗り物ではあるが、逆にそれがこの手の乗り物の醍醐味のようなところもある。
 そして何より、今日まで乗って来たトライクにはそれなりに慣れてもいるため、パーラにはあっちのバイクを譲るのは一向に構わん。

「じゃあせっかくだから俺はこの赤いバイクを選ぶぜ」

「なにがせっかく?」

 首を傾げるパーラを無視して、トライクの方に跨って起動させる。
 微かな振動と共に甲高いモーター音が一度鳴り、いつでも走りだせる状態へとすぐに入った。

「よし…パーラ、出発するぞ。いいか?」

「いつでも」

 返事と共にアクセルを開けてモーターの駆動音が一段高くなると同時に、ゆっくりと走り出した俺にパーラも続く。
 街の近くということもあり、最初はゆっくりとしたスピードだったが、街道へ出て人の姿も減ったタイミングで一気に速度を上げて走る。

 トライクの方は相変わらず重々しい動きで加速も鈍いものだが、対してパーラの載るバイクの方は流石の軽快さですぐに俺を追い越していく。

「ひゅうー!やっぱりこのバイクはいいね!」

 やはり加速性では圧倒的に向こうが上なので、こういう構図になるのは仕方がない。
 仕方がないことなのだが、だからといってわざわざ少し進んだらドーナツターンで俺が来るのを待ってからまた走り出すというのを繰り返されると、まるで煽り運転でも仕掛けられている気分になって少し嫌だ。

 まぁパーラも久しぶりの長距離のバイク移動にテンションが上がっているのだとは思うが、だとしてももう少し落ち着いてほしいものだ。
 ああいうことをされるとタイヤが早く消耗するので、無駄な出費に繋がりかねないというのに。

 王都に着いたら、タイヤの交換もせざるを得ない。




「えー八番の木箱ー…と、あったあった。いよっと、お待たせしました、アンディさん。こちらが師匠の言っていた例のブツとやらが入ってる箱です。どうぞ、中を検めてください」

 工房に併設されている倉庫の一画で、乱雑に積まれていた木箱を吟味していたホルトが、ようやく目当てのものを掘り当てた。
 一辺が60センチほどの正方形という、割と大きめな木箱の中には、俺がクレイルズに制作を頼んでいたものが収まっている。

 作業台に乗せられた木箱を早速開封していくが、その際、側面に乱雑に書かれている文字に気が付く。

「なんだこれ?」

「どうかしたの?…ありゃ、なんか書いてあるね。『開けるな危険!』『特級呪物封入』『この箱を開ける者は一切の希望を捨てよ!』…ねぇ、このふざけた文言ってクレイルズさんが書いたやつ?」

 一通り読み上げたパーラの顔は怪訝なもので、実際真面目に書かれたとは思えない。
 字面だけは物騒だが、木箱がその通りのものだとするならこんなところに置いておくべき品ではないだろう。

 試作品だから危険という可能性はあるが、こう書くと逆に興味を引きかねないのがクレイルズは分からんのか。

「文字自体は師匠のものですけど、まぁただの脅しでしょうね。こういうのよくやりますし、あの人は。他人に見られたくないものには、大抵こんな感じに変なことを書いてますよ」

 そう言って木箱をぐるぐる巻きにしてある紐をあっさりと切って、躊躇うことなく蓋を開けてしまう。
 師匠への敬意はあるだろうが、このおふざけに対してはかなり辛辣な思いはありそうだ。

 特に危険なこともなく、呆気なく開かれた箱の中には、緩衝材として詰め込まれていた布の中に埋もれるようにして鈍色の物体が収まっていた。

「これがアンディがクレイルズさんに頼んでた例のブツってやつ?なんかゴテゴテしたベルトだね」

 箱の中を覗き込むパーラは、中身の印象に怪訝な顔を見せる。
 しかし俺は感動に打ち震えていて、パーラのその言葉に何か返すことができない。

 機械的なパーツが円を作るようにして組み合わされたそれは、かなりゴツめのベルトといった感じだ。
 それこそ、格闘技のチャンピオンが付けるような、あんな感じの。
 剣帯やズボンを留めるベルトとしては大袈裟な見た目だが、要求通りの性能をこの形に収めたのなら、流石クレイルズだと称えたいところだ。

 早速手に取り、ずっしりとした重さを感じながらベルトを腰に巻いてみる。
 ベルトの両端が電車の連結部のような仕組みになっているので、少し強めに押し付け合うと、そのままガチャリと小気味いい音を立てて結合する。
 ここも注文通りの仕組みだ。

 その状態で少し体を動かしてみると、このサイズのベルトに色々と詰め込んだせいで見た目よりもかなり重さは感じるが、さほど動きを阻害はしてこない。

「…うん、思ったよりも悪くないな」

「えー?そう?なんか悪趣味じゃない?」

「ば、バカ野郎!見た目の話をしてるんじゃあない。身に着けて動きに支障がないかって意味でだ」

 パーラにしてみれば、このベルトは少し美的センスから外れているようで、俺の姿を見て口を尖らせて言うその言葉に秘かなショックを覚える。
 こうなったら、あくまでも見た目だけのものではなく、ちゃんとした機能を持った道具だということをパーラに分からせてやらねばなるまい。

「ホルト、こいつの使い方はなんか聞いてないか?」

「ちょっと待ってください。箱の中に師匠の手書きの説明書がありますから。えーっと、ベルトを装着したら、右側面にあるレバーを勢いをつけて下ろす、だそうです」

「レバー…ってこれか」

 右腰の部分に、指をひっかけられるフック状のパーツがあり、少し触ってみると動きそうな手ごたえがあった。

 言われた通り、それを掌で弾くように勢いよく下ろす。
 その際、このベルトを最初に使う時に絶対に言おうとしていた言葉も、ようやく口にすることができた。

「…変身っ!」

「ぉわっ、びっくりした。何急―にっ!?」

 俺のその声にパーラが反応するが、しかし俺の体に起きた変化にさらに驚きの声を上げる。

 レバーを下ろした直後、ベルトに過剰な装飾のように着いていた機械が意思を持ったように蠢き出し、それぞれが細かいパーツに分かれて俺の体を這い上がりながら覆っていく。
 ガチャガチャという音とたてながら、ベルトを中心にして全身へ行きわたる部品達が変形と移動を繰り返した果てに、全身に鈍色の鎧を身に着けた俺が誕生する。

 頭部以外を覆う鎧は、元が細かい部品だっただけあって体の動きを阻害しないよう、それぞれが絶妙な可動域を作り出しており、手を振ったり太ももを上げてみたりしても滑らかな動きをしてくれていた。
 ベルトの起動から変身完了まで三秒強といったところだが、普通の鎧の装着時間を考えると破格と言っていい。

「えええぇぇっ!?ちょっとなにそれ!?あ、もしかして駆動鎧!?」

 突然姿の変わった俺に、パーラが目を丸くして詰め寄ってきて、鎧に覆われた体をペタペタと障りだすと、覚えてのある手応えからベルトの正体にすぐに思い至る。

「ああ。前にクレイルズさんに駆動鎧を小型化できないか頼んでたんだ。それがこのベルトだ」

 バイクの修理の際についでに依頼したのが、駆動鎧の小型化だ。

 ベルトタイプになる前の駆動鎧は、展開前でもちょっとした盾ぐらいの大きさがあったため、持ち歩くには少々かさばる。
 展開前の装着と隠密性に難があるのを改良すべく、こうしてベルトの形へと作り直してもらったわけだ。

 モデルは言わずもがな、某仮面のライダーだ。
 バイクを乗り回す俺達なら、変身する道具にはベルトが相応しい。

「えー、いいないいなぁ。ねぇ、それ私のもあるんだよね?ていうか、私も使ってみたい!次貸して!」

「おい落ち着けって。こいつはまだ試作品なんだよ。まだお前の分も用意できるわけないだろ。まぁ使ってみたいなら、今これを解除してから貸してやるよ。それでいいだろ?」

「やった!じゃあほら、早く!早く貸して!」

「わかったわかった、今変身を解除して…解除……どうやって解除するんだ?これ。おいホルト、説明書に解除の方法はなんて書いてる?」

「解除方法ですね。ちょっと待ってくださいよー……あ」

 説明書を勢いよくめくっていたホルトだったが、あるページで手を止めるとなんとも言えない顔を浮かべた。

「…どうした。あったんだろ、解除の仕方。早く言えよ、ほら、早く」

 なんだか嫌な予感を覚えるが、しかし今はこの変身状態からの脱却が優先されるため、ホルトに説明を促すのはやめられない止まらない。

「…いいですか、落ち着いて聞いてください。説明書の最後に装着解除について書いてあるので、それを読み上げます。えー、『改良型駆動鎧は試作品なので、一回装着してしまったら逆手順での装着解除は出来ない。したがって、外部から人の手を使って地道に部位毎に剥がして脱ぐしかない。これを読んでいるということは、多分アンディが身に着けてるんだろう。頑張ってね』…とのことです」

「ふぅ…そうきたか」

 …なるほど、試作品だから装着自体は出来ても、脱着に関しては鎧のパーツを一つ一つ手作業で外すしか解除は出来ないということか。
 変身するまでは俺の要求通り、完璧な挙動を見せていたが、最後の最後でケチが付いたな。

 だからこそ試作品ということなのだろうが、だったら説明もなしに試させるなと言いたい。
 しかも、説明書に書いてあった言葉からして、俺が犠牲者になることを見込んでいたということになる。
 まるでモルモット扱いとは、ひどい話で笑えないのに笑えてくる。

 おっと、そろそろ抑え込んでいた感情が限界を迎えそうだ。
 この口をついて飛び出ようとしている言葉は、きっと工房のあるこの辺りに迷惑をかけるぐらい、大声となってしまうことだろう。
 だがそれぐらい、今の俺には許されるはずだ。
 ということで…




「どちくしょうがぁぁあああっっ!!」

 あのハーフリング野郎、しばく!絶対にだ!
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