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バイク復活ッッ!!

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 イーリス達とちょっとした宴をした二日後、俺はクレイルズとの面会のために行政区へと呼び出された。

 この地に集められた魔道具職人は、巨人の研究のために壁の内側で生活をしているのだが、外から完全に隔絶されているというわけではない。
 ちゃんとした理由があれば尋ねてきた人と面会も出来るし、機密保持さえクリアできれば壁の外で一晩か二晩は過ごすことも許される。

 俺の場合、クレイルズとは知り合いという程度の繋がりしかないが、セインの紹介というカードが上手く効いてくれたおかげで、短い時間だが壁の外すぐ傍に設けられている格納庫らしき施設での面会が叶った。

 そこは手狭な壁内では十分にスペースが確保できない実験を行う作業場で、ある程度機密レベルの低い技術の実証試験などもここで行われているらしく、バイクを保持できるクレーンもあるため、俺の要望を知ったクレイルズが手配してくれた。
 それなりの広さがあるこの場所は、普段なら他にも作業をしている人間もいるらしいが、たまたま今日は俺達以外には誰もおらず、がらんとした中にバイクだけが置かれている光景はなんだか寂しい。

 早速部品を積んだリヤカーを曳きながらバイクで乗り付けたのだったが、クレイルズとの再会を喜んだのもつかの間、持ち込んだソーマルガ製のバイクのことで面倒な説明の時間を強いられてしまう。
 予想していたとはいえ、どう言いくるめるかまで考えていなかった不備をどうにか乗り越え、何とかバイクの修理へと取り掛かってもらうことができた。

 なお、この場にはパーラは同行していない。
 一応来るかと誘ったが、イーリスの仕事に付き合って魔物討伐をすると、今朝方別れたためだ。
 バイクの修理の間は特にやることもないし、どうせ暇になるならばと別行動とした。
 ただ、修理後の試運転には付き合いたいようなので、クレイルズと会う場所を教えてやり、仕事が済んだら合流する手はずとなった。




「今出回ってるバイクって、初期に作られたものと比べれば色々と簡素化されてるんだよ。その分性能は落ちるけど、扱いやすさが望まれた結果だね。制作の手間も減らせるようにごちゃついた機構はなるべく廃して、改造とか修理なんかも楽にしようと考えたわけだ」

 簡易のクレーンで吊り下げられたバイクのパーツを弄りながら、クレイルズはすぐ後ろに立つ俺に対して饒舌に語り掛けてくる。
 作業を開始してからもう二時間ほどは経とうかというのに、口を動かしながらもその手捌きに澱みがないのは、魔道具職人としての経験の深さがなせる業だろう。

「へえ、そういうもんですか。あっちの俺達が乗って来たソーマルガ製のバイクもそういう?」

 クレイルズと視線が合ったタイミングで、広い作業場の隅に置かれているソーマルガ製のバイクを指さす。

「あぁ、いや…あれはソーマルガ初のバイクってことで、色々と試したところがあるんだ。動力部以外は僕らが持ち込んだ技術とソーマルガの技術を、言い方は悪いけど、ごちゃまぜにして乗せたもんだから複雑さではとびっきりだよ。乗った君ならわかるとは思うけど、力はあっても速度と巡航能力の低さが問題と言える。優れてはいるが偏った性能を発揮したバイクとして、ソーマルガもいい勉強にはなったんじゃないかな」

 開発に携わった人間として、造りも把握しているクレイルズからすれば、あれは先の言葉にあった簡素化されたバイクには当てはまらないようだ。
 むしろその制作目的を考えれば、二国が手を組んで仕上げた特注品と考えるべきだろう。

 元々作るは作ったが長旅を想定してなかったようで、これもソーマルガが蓄積する技術の礎として、生まれるべくして生まれたものといえなくもない。
 馬力はあるが燃費の悪いバイクは、俺からすれば使いにくい乗り物ではあったが、それでもここまでこうしてやってこれたのだから、役割は十分果たせたと言っていい。

「このバイクなんか一番最初に作っただけあって、僕以外が弄ったらまずい所なんか結構多いんだ。簡単なメンテナンスならともかく、芯の部品は細かい調整がいるものばかりで、下手な他人には任せられないよ。特にこの魔力タンクから動力に繋がる部分なんて、噛み合いが一つずれるだけで故障に繋がりかねないぐらい繊細でね。はい、これで完成っと」

 細かく調整を施されていた最後のパーツが車体に収められ、クレーンから降ろされたバイクは、以前まで俺達が乗りまわしていた姿そのものだ。
 はるばるこの地まで来て、ようやくバイクが完全な形で修復されたことで、感慨深さで震えそうになる。

「一応試運転はした方がいいけど、多分問題はないはずだよ。元々、後は組み上げて調整するだけで置いてたものだしね。ともかく、これで頼まれてた分の仕事は完了ってことでいいね?」

「ええ、ありがとうございます」

 早速跨ってバイクを起動させると、少しアクセルを開けた途端、軽快な手ごたえが帰ってくる。
 ブレーキをかけていなければ、そのまま走り出しそうな勢いのあるモーター独自の音に、思わず笑みが浮かんでしまう。

 このまま試運転に行きたいところだが、パーラが戻ってくるまではここを離れられない。
 バイクへの思い入れを考えれば、修復が終わった最初の試運転はパーラも一緒の方がいいだろうからな。

 ひとまずバイクを停止させて降りると、一仕事終えて部屋の隅の木箱に座っていたクレイルズの下に歩み寄る。

「おや、試運転はいいのかい?」

「それに関しては、パーラが戻ってくるのを待ちますよ。あいつもバイクが直るのを心待ちにしてましたから」

「そうかい?まぁそれもいいだろうね。…しかし、まさか君達とこうしてまた会えるとはね。正直、ダリアさんから君達の事を聞いて、諦めてたところはあったんだよ。改めて、無事でよかった」

「ご心配をおかけしたようで。俺もパーラも、色々ありつつもここまで生きて来れましたよ」

 クレイルズの正面に木箱を置き、それを椅子にして座る。
 ここは作業用の器具は一通りそろっているが、くつろぐためのソファなどはない殺風景な空間となっており、腰を落ち着けるのにこういう具合に雑になってしまうのは仕方ない。

「わざわざこんなところまでバイクの修理をしに来たのにも驚いたよ。おまけに、ソーマルガ製のバイクでってのがまた、ね。よく国外に持ち出せたもんだ」

「そこはまぁ、色々とありまして。本当は飛空艇で来たかったんですが、ちょっと使えなくなったものですから、止むを得ずあのバイクを借りてきたんですよ」

 期限は決めておらずとも返す意志はあるので、あくまでもレンタルしてきたという体だ。
 決して盗んだなどとクレイルズには言わない。
 多分叱られるから。

「…なんだか君の口から聞くと、そのまま飲み込んでいいのか疑わしく思えるのは僕の気のせいかな?」

「気のせいです」

 クレイルズめ、意外と勘が鋭いな。

 こちらを疑いの目で見つめてくるが、俺も面の皮の厚さにはちょいと自信があるので気圧されることなく見返すと、しばらくして溜息と共にその視線が外された。
 これは俺の言い分を信じたのか、あるいは色々と諦めたが故の溜息なのか分かりにくいが、ひとまずは追及される気配がないようなので、ここは話題を変えるとしよう。

「ところで、クレイルズさんは巨人の死骸の研究にはどこまで関わってるんですか?」

「露骨に話を変えてきたね。まぁいいけど。研究には、僕らみたいな出向いてきた職人はあんまり深い所で関わってないよ。せいぜい、魔術協会の技師が構想した魔道具を試作したり、新技術の実証を手伝ったりとかぐらいだ」

「新技術の実証というと、巨人の体内から見つかった核晶絡みですか?確か、従来よりもずっと大容量の魔力タンクが作れるとか?」

「よく知ってるね。あれは最近のだと一番の発見だと言っていい。なんせ、魔力の貯蔵法に大きく進歩を与えかねないんだ」

「へぇ、クレイルズさんがそう言うってことは、大分バイクの航続距離を延ばせそうですね」

 俺達のバイクに搭載されている魔力タンクは、かなりの燃費の良さを誇っており、それを手掛けたクレイルズが認めるとなると、例の精霊核晶を使った魔力タンクはかなりの性能を持っていそうだ。

「バイクどころじゃないよ。あまり大きな声じゃ言えないけど、今王都の方で開発中のアシャドル製の飛空艇に使えそうだってんで、お偉いさん方が湧きたってるらしいよ」

「…アシャドル王国の開発する飛空艇って、もう形になってるんですか?」

「乗り物としての形だけならもうとっくに出来てたよ。完成形はソーマルガが大っぴらに見せてたからね。後は空を飛ぶ機能を組み込むだけって段階だったんだけど、それが一番難しい」

「まぁそれが簡単に出来れば、今頃この空はもっと賑やかになってますね」

「そういうこと。だから僕達がソーマルガで技術交流をしたわけだけど、正直、あまりいい結果は得られちゃいない。一応、朧げにだけど理論は理解できたんだが、それを実現するための基礎の技術がまだまだ足りないのが現状さ」

 あのソーマルガ号を使った大々的なお披露目以降、飛空艇開発は各国で進められていたとは思うが、到達するべき完成品を既に持っているソーマルガに対し、それ以外の国は開発のスタート地点が違いすぎる。
 飛空艇の技術が外に出ていない現状では、姿形は真似ることは出来ても、飛行能力をいかに実現するかについては地道に模索していくしかない。

 だからこそ、アシャドルはバイクの技術を対価にクレイルズ達をソーマルガへ送り込んだわけだが、それでも完全に飛空艇の技術を習得することは出来なかったようだ。
 しかし、朧気とはいえ理論を理解したというのは、アシャドルにとっては悪くない収穫ではなかろうか。

 自国の優位を脅かすレベルの情報が開示されないのが、この手の技術の扱い方としては普通のことだ。
 ソーマルガとしても、飛空艇を他国に製造されてされてはかなわないため、ある程度情報の制限はかけていたはずだが、その中でもしっかりと技術を吸収して帰国したクレイルズ達はかなり優秀だったと言えよう。

「足りないのは大きく三つ。重量のある船体を滞空させる機構、そしてそれを安定して稼働させる制御系、それら全てを長時間動かせる十分な出力を持った魔力タンクだ。で、その内魔力タンクだけは核晶でどうにかできそうなのが…っと、しゃべり過ぎたね」

 このままアシャドルにおける飛空艇開発についてを全て開示してくれるかと思っていたら、流石にクレイルズも自分の口が滑りすぎたと自覚したらしく、バツの悪そうな顔で話すのを止めてしまった。

「あの…さ、これアシャドルの機密なんだよね。だから、他に漏らしたりしないでくれるかい?口を滑らせた僕が悪いんだけど」

「まぁ俺は別に言いふらしたりはしませんけど、クレイルズさんはアシャドルの飛空艇開発に随分詳しいんですね?やっぱり技術交流の一団に選ばれただけはあるってわけですか」

「それもあるけど、今飛空艇開発を主導してる人ってのが僕の兄弟子でね。そこから色々と話を聞けてるんだ。制御系なんかは、バイクの出力操作系統が流用できそうだって提案を…いけない、また話し過ぎちゃったか」

 分かってはいたが、クレイルズも魔道具職人としては優秀なのだが、この手の機密に関しては意識の低さが問題だ。
 かなり重要なところを口にしてからようやく噤んだあたり、産業スパイが暗躍するととしたらクレイルズが狙い目となりかねない。

「アンディ、このことは…」

「機密だってんでしょう。わかってます。クレイルズさんは誰かとこの手の話をする時は気を付けたほうがいいですよ。下手したら機密漏洩とかで投獄されかねませんし」

「…肝に銘じるよ」

 本当に気を付けてほしい。
 もしまた俺達のバイクが壊れた時、本格的な修理のできる人間が牢屋の中というのはたまったものじゃない。

 こうなると、壁の中のことをあまりクレイルズに聞くのもよくないな。
 下手なことを知ったら、俺まで拘束されそうで怖い。

「あぁ、そうだ。丁度いいんでクレイルズさんにちょっと聞きますけど、今この麓街で一番偉い人ってどういう人か知ってますか?」

「一番偉いって…アシャドル王国に属する人でってことかい?僕自身はあまり親しくはないけど、こっちに来た時に顔合わせはしたね。その人がどうかした?」

「実は以前、ここの差配をしてたセインって人とは俺達も知り合いでして、そのセインさんと入れ替わりでここを仕切ってる方の為人が気になったものですから」

 派閥のパワーバランスでセインはここから遠ざけられたわけだが、その後任としてやってきたのが果たしてセインと同じだけの仕事ができるのかという疑問はある。
 実際、三国での交渉で苦労しているらしいし、これからもこの地を治めるに足る人物か気にはなる。

 ここで巨人と命懸けでやりあったのは俺達であり、散った命もまた無駄ではなかったと思うためにも、その後任の何某が禄でもないタイプの人間だったら、俺も黙ってはいないつもりだ。

「そう言ってもねぇ、僕はあんまりあの人と付き合いもないし…他から聞いた話が大分混ざるけど、それでもいいかな?」

「ええ、構いません」

 親しくはないとはいえ、ここで一番偉いだけあってクレイルズも知っていることは多いようで、語られる内容はかなり細かい。

 セインに代わって、ここら一帯を預かる地位に就いている役人の名前はモスカ。
 年齢は二十代半ばほどの若い男で、少し気弱な性格だが実務能力は悪くないという。
 本人が赴任すると同時に現地職員の増員があっさり行われたことから、恐らく、王国の若手官僚の中ではそれなりに有望株として期待を受けているようだ。

 雑多な人間が集まった急造の街がどうにか機能しているのも、セインのお膳立てがあった上で、モスカの手腕も無関係とは言い難い。
 役人としての裁量を逸脱しない、無難な仕事であればモスカの評価も高かったに違いない。

 だが生憎、今のイアソー山麓街は三つの国が巨人の死骸を巡って睨みあう複雑な状況にある。

 その所在からして、巨人の所有権は確実に主張できるアシャドル。

 援軍として駆け付けた対価として巨人の死骸を一部、あるいは大部分での譲渡を迫るマクイルーパ。

 飛空艇を派遣し、巨人の討伐に著しく貢献したことを盾に、食料の輸入に関しての優遇を得ようとするソーマルガ。

 これらの事情が絡んで、実質的にはマクイルーパとソーマルガがアシャドルに譲歩を求める交渉が持ち掛けられ、それが今も続けられている。
 本来ならアシャドル側が交渉でも強気に出られるはずなのだが、ここでモスカの気弱な性格が災いし、また他の二国もそれに付け込んで交渉は長引いているという有様だ。

「話を聞く限りでは、そのモスカという人はあまり交渉に向いた人材とは思えないんですが」

 一番偉い人間である以上、国同士の交渉に関わらないわけにはいかないにしても、個人の性格で国に不利益を与えるのはいかがなものか。
 せめて向いている人間を代理に立てるか、補佐に置くぐらいはしたら話は違っていたはずだ。

「その点は僕も同意するけどね、どうも聞いた話だと、王都のお偉いさんあたりの意向が働いたらしいよ。彼一人に、この交渉をまとめさせたいらしいとか」

「そういう国同士の交渉を役人一人に任せるって、大丈夫なんですかね」

「普通はもっと地位のある人間をそれなりの数揃えて臨むもんらしいね。ま、普通じゃない功績を狙ってるんだろうけど」

 モスカが属する派閥としては、苦労して自分達の手駒を送り込んだ労に見合う実績は立てたいと、性格的な部分に不安はあった上でゴリ押ししたといったところか。
 この地での交渉もモスカの能力なら纏められると思い込み、為人を考慮しなかったのは政治家らしいと言える。

 半ば追い出されるようにして王都へ呼び戻されたセインよりも、モスカの方が貧乏くじを引いたとすら思える。
 なるほど、王都でセインと会った時、モスカのことを指して胃を痛めているはずと言ったのはこのせいか。

「そう言えば、ペルケティアはその交渉に参加してないんですよね?聖鈴騎士の二人も早期に帰還したとかで」

「らしいね。僕がこっちに来た時には、もうペルケティア教国の人はほとんどいなかったよ。まぁあの国は魔道具より魔術師そのものを重視するお国柄だし、巨人の死骸にあまり価値は見出してないから、ここにいつまでも残る意義があまりなかったんだろう」

 王都でもセインから聞いたが、巨人との戦いの後、グロウズとキャシーはしばらく後始末に加わっていたが、そう時間が経たずに本国からの帰還命令でこの地を離れたらしい。

 ペルケティアという国は、とりわけ魔術師を重んじる風潮がある。
 勿論、魔道具を否定しているわけではなく、ペルケティア国内にも流通する魔道具は多いし、ディケット学園では魔道具技師の育成にも力を入れていた。

 現に少し前、俺は学園でヒエスと共に人工翼を発明し、そのことで主都のお偉いさんの視察を受けたぐらいには、魔道具が軽視されてもいない。
 単純にどちらに重きを置いているかの話で、ここでのことも巨人の死骸を希少な素材と見て執着するより、下手に他国に長居をして関係をこじらせる愚を嫌ったのだろう。

「そのあたり、マクイルーパとソーマルガの二国とは違いますね。実を取るよりも名を惜しんだのか、ペルケティアはいい判断をしたとも言えます」

 現地を知らないお偉いさんの命令で割を食う人間に、自国に利益を誘導するためにゴネる人間と、今この地は随分と賑やかだ。
 早期に撤退を判断できた人間には、実に理性的で機を見るのに長けていたと誉め言葉を送りたい。

「あそこはヤゼス教の総本山だからね。友好国を助けに来て戦後の利益で揉めるなんて、友愛を訴えるヤゼス教の名が泣くんだろうよ」

 宗教によって成り立つ国と言っても過言ではないペルケティアにとって、ヤゼス教の教えに背くというのは、まずあってはならないことだ。
 特に人からの支持が欠かせない宗教国家としては、友愛の名のもとに他国へ赴き、俗物的な理由で名を落としては目も当てられない。

「しかしこうなると、アシャドル王国にとって今回の騒動はペルケティアにはかなり大きい借りになったんじゃないかな。初期の段階で聖鈴騎士を派遣してくれた上に、巨人の死骸を囲んでる壁までペルケティアから来た魔術師達に作ってもらったぐらいだし」

「へぇ、そうなんですか。あの壁を?」

「あれ?この話知らないんだ?どうもそうらしいよ。僕がここに来た時にはもう壁は出来てたけど、巨人が倒されてから結構早い段階で壁は作ったんだってさ」

 まさか、あの壁が魔術で作られていたとは意外だ。
 言われてみれば、あの壁は木だけではなく土や石も組み合わさった複雑な造りをしている。
 木の部分はともかく、土や石の部分は土魔術でどうにか加工できる余地はあるので、その辺りに魔術師が関わったと推測する。

 そう言えば、以前ディケット学園のイベントで遠出した時、土魔術で家を作るのを生徒達に見られ、何人かは真似をしていたのを思い出した。
 あの時の生徒達はまだ学園にいるはずだが、土魔術の家作りの概念は学園内に広まったと見ていいし、もしかしたら教師達経由でペルケティア教国に伝えられている可能性もある。
 それが今回、壁作りに生かされたと考えるのは、おかしい話ではない。

「あの壁も本来なら急いでも何十日とかかるところを、十日かそこらで作ったってんだから、ペルケティアの魔術師も大したもんだよ。その分、魔術師も大勢動員したらしいけど、それだけの数を揃えられるのが今のペルケティアってわけなんだね」

 仮に俺があの壁を作るとしたら、今の魔力量なら全て絞り出して行使した土魔術で、十日の日程は不可能ではない。
 ただ、これは並外れた魔力量を持つことと効率的な土魔術の運用という条件を揃えた俺ならの話で、並の土魔術師でそれをやろうとするなら百人は必要になるかもしれない。

 学園を用意してまで魔術師を育成しているペルケティアであれば、その数の土魔術師は手配できなくもないが、だとしても他国にまで派遣してわざわざ壁を作ってやるというのは、一体どんな目論見があったのやら。

 とはいえ、こうして出来上がった壁は多少見栄えは悪いかもしれないが、外敵の侵入を防ぎ内部を保護するという役割は果たしているのだから、アシャドル王国としてはなんらかの対価を払うに十分な仕事だったと言えよう。

「失礼。クレイルズ殿、そろそろよろしいでしょうか?」

 話し込んでいるうちに随分時間が経ったのか、外に通じる扉から姿を見せた役人が、控えめにクレイルズへ声をかける。

「おや、もうそんな時間か。すまないが、僕はそろそろ行かないと。これで中々忙しい身でね」

 巨人の研究は機密もあって関わる人間をとにかく制限している弊害で、常に人手が足りていない。
 少ない人員で最先端の研究を続けるために、技術者達は日夜寝る間も惜しんで働いている。
 クレイルズも、こうして俺と会う時間を作ることすら苦労したはずだ。
 今呼び出しに来た役人も、恐らく監視に加えて面会時間を管理するための人員だろう。

「いえ、こうして時間を作ってもらえただけで十分です。バイクの修理、ありがとうございました。忙しいのは分かりますが、体には気をつけてください」

「分かってるよ。僕だって働きすぎで倒れるのだけはごめんだからね。……あ、そうそう、忘れるところだった。アンディ、以前君から頼まれてた例のアレ、覚えてるかい?」

 立ち上がり歩き出しかけたクレイルズは、何かを思い出したように立ち止まる。

「ええ、勿論覚えてますよ。もしかしてもう完成してるんですか?」

「いやいや、流石にまだ完成とまではいかないよ。あんなの、一年や二年で作れるもんじゃないからね。とはいえ、試作品としては形になってるから、ちょっと使って感想を聞かせてほしいんだ。王都の工房に置いてあるから、ホルトに用意してもらってよ。じゃ、そういうことで~」

 捲し立てるようにして言い切ると、クレイルズは役人と共に作業場を出て行ってしまった。
 忙しい身というのは分かっているが、ああも慌ただしいとなるとやはり体が心配になる。
 そんな中でバイクの修理を快く請け負ってくれたクレイルズへの感謝の印として、もう姿は見えないがその去った方向へ向けて頭を下げておく。

 これでここの用事はすべて済んだ。
 バイクは直ったし、世話になった人に無事な姿も見せた。

 後はもう一度ソーマルガに行って、飛空艇の問題をどうにかするぐらいだが、もう一つ、アシャドルの王都に用事がたった今できてしまった。
 先程クレイルズが言っていた例のアレに関しての用事だ。

 実は以前、ソーマルガでバイクの修理を頼んだ際、手元にあったとある道具の改造をクレイルズに依頼していた。
 これまでバイクや噴射装置といったものはいずれも期待通り、あるいは期待以上のものばかりという信頼がある。
 その信頼と実績を信じ、クレイルズには特殊な防具の製作を頼んだのだ。

 ものがものだけにすぐに完成するとは思っていなかったのだが、思いのほか早く出来上がっているのは僥倖と言える。
 まだ試作品ではあっても、あのクレイルズが作ったのなら現状でもそれなりの性能に仕上がっているに違いない。

 暫くはこっちに滞在するつもりだったが、これは早いうちに王都の工房へ向かわねばなるまい。
 この短期間で作られた上で、どこまで俺の要求が叶えられているのか、今から楽しみだ。

 少し高揚感を覚え、ただ座っているだけでいるのが勿体なく感じ、修理が終わったバイクに跨って試運転のことを考える。
 試運転には立ち会うと言ったパーラがここに来ない限り、俺はここを離れることができない。
 時間的にまだ昼を少し過ぎたくらいで日暮れまでは遠いが、のんびりしていると冬の太陽はあっという間に沈む。

 時計が一般的ではないこの世界で、正確な待ち合わせ時間を決めるのは困難だ。
 しかし、修理が終わるのが大雑把に昼あたりとパーラには伝えたのだから、流石にそろそろ来てもいいはずだ。

 いっそのこと俺一人で試運転を済ませてしまおうかとも思ったが、生憎今手元にはバイクが二台あるため、一人で両方をもって移動するのはまず無理だ。
 やはりパーラを待つしかないのだが、暇をつぶす道具のないこの場所で漫然と待つだけの時間は退屈過ぎる。

 仕方がないので、待っている間にバイクを磨くとしよう。
 これからも世話になるのだし、ここらでバイクの機嫌を取っておくのも悪くない。
 二台もあるのだし、時間を潰すのには困らないだろう。

 荷物の中からなるべく奇麗な布を手に取り、バイクへと手をかけた。
 あまりパーラも遅くなりすぎると、最悪バイクをピカピカにしかねんぞ。

 ……いいことじゃあないか。
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